読書/村上龍『タナトス』 ノート20180318
村上龍『タナトス』新潮社1997年
キューバの地方都市に住む日本人写真家〈オレ〉は副業で現地ガイドをしていた。そこに精神に異常をもった女優・桜井レイコが現れる。首都ハバナや周辺都市をポンコツ車で案内する〈オレ〉。レイコは以前ヤザキとも先生とも呼ぶプロデューサーと一緒に、何度かキューバにきたという。先生はハーレムをつくるのが好きだ。ケイコという実質的な妻を侍らせ、レイコと、ホテルのスイートルームでプレイする。そこにゲスト的な女たちが加わっての狂乱となるのだという。容姿は少女漫画のヒロインのようで、幼児番組のお姐さんのような声をして、立ち振る舞いは優雅だ。〈オレ〉は最初、警察に引き渡そうとするのだが、道義心とスケベ心から、ガイドを続ける。ハバナの美しい旧市街、椰子の木並木の海岸通りを通っても、レイコは卑猥な先生とケイコの怖い色をつかいわけて、性体験を延々としゃべり続ける。レイコは先生を愛しつつも激しい憎しみを抱いていた。言っていることが矛盾していることが多々あった。〈オレ〉は彼女を、真実を見せるということで定評のある、凄腕のブードゥー教の呪術師のところにレイコを連れて行くことを思い立つ。
呪術師いわく、レイコには自分というものがないのだという。レイコは先生と出会ったばかりのころ、新宿のぼろアパートに住んでいて、近所のごみ集積所で、テレビを拾いしばらく視ていた。そのテレビというのが、映るまでに時間がかかるのだが、そのときになる音に安らぎを感じた。ところが先生を思い浮かべながら自慰をしたときに壊れたのだという。呪術師は、そのテレビこそが貴女自身だと言い、さらに、壊れたのは、子供のときに父親から受けた暴力からくるトラウマだという。貴女は絶対に人を愛さないし愛を受け入れない。それが自分というものがない原因だ。けれどもそういう人格を自分は認めると結んだ。
物語の終わりで、現地に伝わる神話を挙げている。そこに登場する神々は、舞台俳優や女優のように、エピソードごとに、敵になったり、親子になったり、恋人になったりと、さまざまな役割を持つ。レイコは自らを女優だと言った。つまるところ、女優レイコの物語は、仮面をいくつも取り換えてはさまざまな役割を演じるペルソナの物語で、レイコの話に登場するクロサキもケイコも、妄想が生み出した架空の人物ではないのかと〈オレ〉は推理して物語は終わる。
巻末解説者は、匿名の〈心理学者〉と記し、本作を絶賛していた。
ノート20180318




