読書/海音寺潮五郎『中国英傑伝』 ノート20180320
海音寺潮五郎『中国英傑伝』文藝春秋 1971年
中国の古代王朝は、夏・商(殷)・周・秦・漢である。このうち最も長く続いたのが周(紀元前1100ごろ‐紀元前256年)の約八百年だ。とはいっても大きな版図を領していたのは前半までの西周だ。後半は有力諸侯が群雄割拠の争乱を繰り広げる東周となる。東周はさらに前半の春秋時代と、後半の戦国時代に分割される。
春秋五覇というのが、経済力と軍事力とを背景にした実力ある諸侯を盟主が、王室を奉じて二重権力構造をこしらえた時代だ。その盟主が覇者と呼ばれたわけだ。覇者はいろいろいたが、人気ベストファイブが五覇だ。斉の桓公、晋の文公、楚の荘王までは定番だが、あとの二人は人によって異なる。この三人のうちの荘王が治めた楚は、諸侯たちが掲げるスロガーン、周王室を尊んで異民族をやっつけようという「尊王攘夷」とは矛盾する異民族だ。諸侯としては下っ端の子爵なのだけれども、他の覇者たちを圧倒し、代々王号を僭称していた。戦国時代になると、他の諸侯たちもこれに倣うようになる。
『中国英傑伝』に登場する覇者のうち一番痛快なのが荘王だ。即位したばかりのころ、重臣が実権を握っていたので、バカを装って、酒池肉林の宴ばかりしていた。心ある臣下たちが諫めに行っても追い返して相手にしない。しかしあるとき、死ぬ覚悟で直諫た臣下が現れると、ついに立ち上がって軍団を率い、周王室にとって代わってやるというデモンストレーションを起こした。その後、実権を握っていた若敖一門を倒して全権を掌握すると、天下の大半を手に入れた。だが、新王朝樹立も間近というところで没する。「大器晩成」の故事はこの人のことをいい、「鼎の軽重を問う」の故事は、この人が周を威圧したときに天下を治める実力がないだろうと王の使いに問いかけたことをいっている。
本作品は、宮城谷昌光の『沙中の回廊』以下古代中国ものに影響を与えている。
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