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外交上の問題

「では、対症療法に関してはこれまでに出てきた方針でいくとして」

 ハザマはそう続ける。

「森東地域に関しては、山地がある北からと海がある南側、両方から干渉をしていく、ってことでいいかな?」

 ハザマがそこで言葉を句切って周囲を見渡すと、その場に居た全員が神妙な顔をしていた。

 特に異論はないと、そう考えても良さそうだな、と、ハザマは判断をする。

「正直にいうと、こういう二正面作戦はあまりやりたくはないんだよなあ」

 ハザマは、そうぼやいた。

「一度に二カ所でこういうことをするとなると、人も金も二倍になるわけでさあ」

 それだけ、リソースを大きく食われてしまうことになる。

 今回の場合、そのことを承知した上で、

「このままの延長でことを進めるよりは、損失が少ない」

 と判断し、決断をした形となる。

 ハザマとしてはよりよい方法を選択したつもりであったし、財政その他の条件を鑑みても現在の洞窟衆であればこの程度の負担にも耐えられると、この場に居た者全員が判断をした結果、誰からも制止されていない。

 つまりは、それ以上にいい思案がなかったことになる。

 しかし、ハザマはとしては今回の件に関しては、かなり不明瞭な危惧を抱いていた。

 いや。

 森東地域のことに関しては詳細が明らかになっていない部分が多く、これから先なにが起こるのかわからない。

 そのことを、ハザマはかなり重く受け止めていた。

 この時点で森を渡って王国側にまで攻め込んでくることも、予想していなかったもんな。

 ハザマもそうだが、王国の関係者にしても森東の連中がそこまで積極的に動くとは、まるで予想をしていなかった。

 あの森を組織的に越えてくるなんて、これまでの常識でいえばあり得なかったらしい。

 それだけ、こちらとあちらを隔てている森は広く、深い。

 もっと追い詰められた状態でなければ、まとまった人数の集団が群れをなしてあの森を越えてくるはずがないと、そう思い込んでいた。

 森のこちら側の、平地諸国の人間たちが、森の中は危険であると強く認識しているということでもあったし、それに、地図で見たところ、その森は王国よりもかなり広く描かれていた。

 この世界には正確な測量結果に基づいて精妙な地図を作るような習慣がなく、この地図にしても現実の土地の地形や広さ、距離などを忠実に反映した物ではない。

 せいぜい、主要な地点の位置関係や道順を記した略図程度の代物でしかなかったのだが、その簡単な略図の中でも、王国の東側に広がる森はかなり大きく描かれている。

 つまりは、王国側の人間にとって、それだけあの森が広く深い、人が足を踏み入ることが出来ない人外魔境であるという認識が、強く刻み込まれているわけだった。

 その森を越えてきた相手は、土地勘がなく、単に無知で無謀だったからそんな危険な森を突っ切って来たのか。

 それとも、なんらかの採算や思惑があって、そんな暴挙に出たのか。

 そのことも、今この時点では明らかになっていない。

 というか、その「敵」が何者であるのか、さえ、ハザマたち洞窟衆側は知らない。


「こちらからアルマヌニア公爵に対して連絡を取り、なんらかの連携をお願いすることは可能でしょうか?」

 ざっとそんなことを考えてから、ハザマはマヌダルク姫に訊ねてみた。

「最悪、こちらのやることを黙認してくれるという保証だけでも欲しいところですが」

「それについては問題ないでしょう」

 マヌダルク姫は断言した。

「洞窟衆がこれまで投資をして来た開拓村を守ろうとする行為は、立派な自衛行動です。

 領主のアルマヌニア公爵でもその動きを無理に止めることは出来ません。

 ただ、それ以上に緊密な連携を、となると」

 ここでマヌダルク姫は、少し間を置いた。

「正直、どんな反応が返ってくるのか、予想がつきませんね」

「では、こちらの兵隊を黙って通してくれる保証だけでも貰ってください」

 ハザマはいった。

「その上で、アルマヌニア公爵と共同戦線を張れるようだったら、こちらとしてはかなり助かります」

 なにしろ、アルマヌニア公爵は地元勢力だ。

 森林州と呼ばれた時代もあるそうで、つまりは、王国内の勢力としては森の中での動きに慣れている。

 その、はずだった。

 そんなアルマヌニア公爵領の勢力と相互に連携を取りながらその敵とやり合えれば、洞窟衆側としてもかなり負担が軽減することになる。

「提案してはみますが」

 マヌダルク姫はいった。

「なにぶん、相手の出方次第ですので。

 あまり期待はしないでください。

 それに、アルマヌニア公爵と首尾よく手を組むことが出来たとしても」

「なにか不安がありますか?」

「今回は、森の中ですからね」

 マヌダルク姫はため息混じりにいった。

「アルマヌニア公爵をはじめとして、王国側の人間が森の中での行動に慣れておりません。

 行軍にせよ、実戦にせよ、どこまで当てに出来るものか」

「首脳部がこちらと手を組む気があっても、実際の戦力としては当てには出来ない、と」

 ハザマはそう呟いて黙り込んだ。

「かえって、こちらだけで動いた方が身軽でいいかも知れません」

 マヌダルク姫は、そうつけ加える。

「足手まといになりかねない、ってことね」

 ハザマは誰にともなくそういって、天井に視線を向ける。

「まあ、それならばそれで。

 実戦部隊はともかく、それ以外の部分で協力体制を築くことが出来たら、今後なにかとやりやすいです」

 ここ、ハザマ領から目的地の森まではかなりの距離がある。

 途中、ブラズニア公爵領を抜ける形となるが、こちらは今ここに居るメキャムリム姫の実家なので特に問題はない。

 ただ、目的地の森があるアルマヌニア公爵がこちらの動きになんらかの掣肘を加えようとしてくると、なにかと不自由になるのだった。

 出来れば、協力的な関係を築いて置きたいところなんだけどな。

 と、ハザマは思う。

 当代のアルマヌニア公爵は、ハザマが男爵号を下賜されて以降に代替わりをしている。

 つまり、これまでハザマとは直接的に接触する機会がなく、相手の人物像に関してもこの時点でハザマははっきりとした印象を持っていなかった。

 国境紛争の時に戦死をした、当代の公爵の末弟に当たる、先代公爵の三男坊。

 それに最近に至るまでなにかと連絡を取る機会が多い次男坊のことは、それなりに把握していたのだが。

「当代のアルマヌニア公爵は、実直な方ですよ」

 ハザマの表情からその不安を読んだのか、今度はメキャムリム姫がハザマにそういった。

「こちらの申し出に対しても、そんなに無茶な対応はして来ないと思いますけど」

「ただ、今はちょっと微妙な時期でもありますからね」

 マヌダルク姫は、その場に居た全員にいい聞かせるように、そう続けた。

「わたしたちは、すでに王国からの独立を宣言している立場なわけでして。

 その点が、どのように受け止められているのかがよくわかりません」

「今のアルマヌニア公爵ってのは、親王家派なんですか?」

 ハザマはマヌダルク姫に確認する。

「そういうはなしも、これまでに聞いたおぼえがありませんけど」

 マヌダルク姫は即答する。

「そもそもアルマヌニア公爵家は、これまで王家とは一定の距離をおいてつき合っていましたから。

 王都から比較的近い立地、それに広大な領地を持つ割には、正直あまり羽振りがよくない家柄でもありますし」

「領地のうち、大半が森ですからね」

 メキャムリム姫も、説明を補う。

「領地が広い割には、税収に結びつかない部分はあったかと」

 そういえばかなり前に、「アルマヌニア公爵は、大貴族の中でも一番豊かではない」とかいった意味のことを聞いたおぼえがあったな。

 と、ハザマは思い出す。

「相手に不足している物がはっきりとしているのなら、交渉のしようはありますか」

 ハザマはそう結論した。

「こちらが申し出ることも、アルマヌニア公爵家にとって決して不都合な内容でもないし」

 頼みごとをするのに、さほど不安な要素はない。

「後は、実際に交渉をしてみて、相手の出方を見てから対応を考えましょう」

 ハザマとしては、そう結論するしかなかった。

「次に、海岸線方面の輸送路その他について、ですが」

「沿海州のグフナラマス公爵を頼るのがいいかと思います」

 タマルが口を開いた。

「アラテラ公爵は?」

 ハザマは即座に訊き返す。

「あそこも確か海に接していて、港を持っていただろう」

「アラテラ公爵でもいいんですけど」

 タマルはいった。

「ただ、使用可能な港の数が違いますからね。

 アラテラ公爵領は実質二つだけ。

 グフナラマス公爵は、大小併せて六つも港を持っています。

 通常の荷下ろしなどもある上、今回、緊急に予定外の荷捌きをねじ込むとなりますと……」

「余裕がある方が、なにかと融通が利くってわけか」

 ハザマはそういって頷いた。

「はい」

 タマルは一度頷いてから、つけ加える。

「それと、軍隊の問題もあります。

 グフナラマス公爵は、精強な海軍を持っていますので。

 今回の件でも、はやめに味方につけておけば、なにかと安心できます」

「なるほど」

 ハザマはその言葉に頷いた。

「でも、あちらもただでは動いてくれないのだろう」

「森東地域の港、その利権のいくらかをグフナラマス公爵に譲る。

 そういうことではどうですか」

 タマルはことなげな口調でそういった。

「港そのものを分割することは、地元住民の反発が強いでしょうから無理だと思いますけど。

 でも、港を優先的に使用する権利とかなら、どうにか都合がつくのではないでしょうか?」

「おれたちがやりたいのは侵略じゃない」

 ハザマは即座にそういう。

「だから、その。

 よその土地に関する利権について、勝手に保証することは出来ないんだが。

 でもまあ、これから、森東地域の湾岸地区に連絡を取って、なんらかの交渉をしてみることは可能か」


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