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そもそもの原因

 一度動きはじめると洞窟衆は迅速であった。

 会議の途中でもリンザやメキャムリム姫は通信でどこかと連絡を取り、必要な手配をしていく。

 連絡を受けた方も慣れたもので、特に異論を挟むこともなく淡々と命令をこなしているようだった。

 なんだかんだいって、うちの連中もこの手の突発的な仕事に慣れているからなあ。

 などと、ハザマは思う。

 一年のうちに何度も大きないくさを経験しているわけだから、もはや日常茶飯事といってもいい。

 ハザマ領はこの手の戦争バックアップ事業にも、慣れきっているのだった。

 ありがたい反面、

「これでいいんかいな?」

 という疑問も起こる。

 こんな戦争なんて、しばらく続いていればいずれは敵がいなくなる。

 少なくとも、この領地の近くには。

 そうなった時に、戦争需要を前提にした経済構造をうまく別の方向へと変換できるのかどうか。

 長期的な課題としては、そういうことも考えていかなければならないのだろうな。

 とか、ハザマは思う。

 ただそれはもう少し先になって顕在化する、長期的に取り組むべき課題であった。

 今はまず、開拓村を守り通すことを考えなければならない。


「森の中に入り込んだ勢力の位置と規模を確認して、早期に対処できればいいのですけど」

 通信を終えたメキャムリム姫がハザマに顔を向けていった。

「いつまでも敵の位置などが特定できず、事態が長期化することも十分に考えられます。

 そうなると、少し厄介なことに」

「なにしろ、森の中だからなあ」

 ハザマはいった。

「敵さんが本気で逃げ隠れをしはじめたら、なかなか厄介なことになりますね」

 広い上に隠れる場所がいくらでもある。

 まとまって動いてくれればまだしも対処しやすいのだが、人数を分けて複数箇所でゲリラ戦など展開されたらかなり手を焼くはずだった。

「なにより、輸送路を維持するのに手がかかります」

 メキャムリム姫はそう指摘をした。

「大勢の兵を動員することは正解だと思いますが、その戦線を維持するためには長い兵站線も維持する必要があるわけでして」

「長期戦になると、いろいろきつくなるってわけか」

 ハザマはため息をついた。

「タマル。

 こんな時に使える予備費はどれくらい残っている」

「かなり潤沢に」

 タマルは即答をした。

「というより、他の部門で出した利益をあまり使っていませんからね」

「ここの、ルシアニアの建築費用とかは?」

 ハザマが疑問を口にする。

「かなり莫大な資金が必要なはずだが」

「こちらは、完全に投資扱いです」

 タマルはいった。

「領内の開拓費用と同じですね。

 莫大な費用が必要であることは否定しませんが、長期的に見ればそれ以上の利益が見込めます。

 数年もしないうちに投資した以上の見返りを得ることが出来る計算になっています」

「当座の戦費に事欠く、ってことはないんだな?」

 ハザマは確認をした。

「王国中が戦場になっているのならば別ですが」

 タマルはそういって肩を竦めた。

「戦場が森の中に限定される程度の規模でしたら、五年以上は戦えます。

 つまり、戦費の面から見ればということですが」

「そりゃ凄いな」

 ハザマは素直に感心をする。

「あの森、かなり広いはずだが」

「ざっと、三十万人が参戦することを想定した期間です」

 タマルが、具体的な数字を補足する。

「今のうちには、それくらいの財政的な余裕があるということで。

 それに、森東地域へは他の商会なども積極的に投資をしているので、場合によってはそちらからも必要費用の援助が望めるかも知れません」

「そうか」

 ハザマは頷いた。

「それでは、それを前提にして動く」

 このタマルが断言をするのならば、それなりに確かな計算なのだろう。

 三十万人からの将兵を養い、その上必要となる兵器や消耗品などもひっくるめた上で、その五年分。

 かなり莫大な金額になるはずだったが、こと、こうした金回りの計算について、ハザマはタマルのことを完全に信頼していた。

「でも、使わないで済めば、それにこしたことはないんですからね」

 タマルは慌てて、そういい添えた。

「もっとはっきりいえば、戦う期間は短ければ短いほどいいです。

 それだけ、余計な支出をしないで済みますから」

「もちろんだな」

 この意見についても、ハザマはあっさりと頷いた。

「そのためには。

 うん、今現在森の中に侵入している連中への対処はこのまま続けるとして、それ以外に、流入路を元から絶っておいた方がいいかな」

「森東地域の鎮圧を急がせるか?」

 これまで黙っていたファンタルが、この会議ではじめて口を開く。

「だが、あちらはあちらで広いぞ」

「その上、内情が複雑そうでもある」

 ハザマはファンタルの言葉に頷いた。

「これまでうちの連中が大勢あそこに押しかけて頑張って、その上で短期決戦は無理だといっている場所ですからね。

 扱いが難しい土地であることは、重々承知しています」

「ならば、どうする」

 ファンタルがハザマに確認をする。

「今まで以上に、力押しで平定していくか?」

「後のことを考えると、それはそれで面倒くさい」

 ハザマはその言葉を軽く流す。

「こっちとしては、これ以上に面倒を見る人数を増やしたくはないんですが」

「では、どうする?」

「地図を見てて気づいたんですけど」

 ハザマはいった。

「これ、森東地域へ、海方面からはアプローチしていませんよね?」

「水運関連は、洞窟衆では直接扱っていませんからね」

 メキャムリム姫が指摘をする。

「海なり河川なりを経由する運搬業務は、必然的に外部の組織に依頼を出すことになりますし。

 通常の運搬業務であればそうした外注でも支障はないのですが、戦地へと輸送となると、頼れる相手が必然的に限られてきます」

「さらにいえば、危険手当込みで輸送料金もかなり割高になります」

 タマルも指摘をする。

「先ほどの計算では、そちらの分までは計算に入れていませんが」

「では、入れたと仮定したら」

 ハザマはタマルに確認をした。

「前提条件が不確かだから、なんともいえない部分が多いですが」

 タマルは思案顔で答える。

「戦線を支えられる期間が半分かそれ以下になると、そう思ってもらえば大きな間違いはないでしょう」

「ざっと、二年くらいは戦えるってわけか」

 ハザマはタマルの言葉に大きく頷いた。

 半減したとしても、ハザマの目から見ればかなり余裕があるように思えた。

 ともかく、最長でもその二年の間に平穏を取り戻す必要がある。

 それが出来ないと、洞窟衆はかなり困った立場に立たされることになる。

 と、いうことだった。

「開拓村の防衛だけに止まらず、そこまで手を広げるとなるとかなりの大事になるぞ」

 ファンタルはいった。

「事実上、戦線を数倍に拡大する。

 それも、敗退することをゆるされないいくさになる」

「その代わり、勝ち進めるたびにこちらの足場が強化され、楽になります」

 ハザマは、そう応じる。

「山地方面から南下している、今の戦線。

 それ以外に、海方面から北上して攻略する戦線。

 この二つで、森の付近の地域を優先的に安定化させていくことは可能ですかね?」

 今回の場合、現地の連中を軒並み屈服させる必要はなく、道や水路などを整備して、

「洞窟衆とつき合いを持つと利益になる」

 というイメージを広めていけばいいわけで。

 それでも物わかりの悪い連中は残るのだろうが、それに対しては個別に対処していくしかない。

 軍事的な平定作戦よりも、よほど手間も時間も節約できると、ハザマは思うのだが。

「いうのは簡単、だがな」

 ファンタルは苦笑いを浮かべた。

「ただでさえ、なにが起こるのかわからないのがいくさというものだ。

 構想は構想として、すべてが思い通りにいくとは思えない」

 ごもっとも。

 ハザマは、心の中で頷いた。

「戦線を拡大する、ってことは、つまりはその不確定な要素を倍増させるってことですからね」

 ハザマは、そう続ける。

「ただ、この時点で森東地域への干渉は、つまりはこちらへ人が無分別に流入してきたら困る、それを阻止するため、っていうのが根本の動機になっているわけで。

 その目的を果たすためには、もう、そもそもの原因をなくすしかないでしょう。

 かろうじて森で交通が難儀しているとはいえ、陸続きの場所なんですから」

 森東地域の秩序を回復することでしか、この一連の騒動は収まらない。

 ハザマの構想は、結局その基本に立ち返っただけ、ともいえる。

 ただ、これまではあまり成果を急ぐ必要もなかったのだが、今回の件により、急がねばならない理由が出来てしまった。

 ハザマとしては、

「今までにやって来たことを、これまで以上に徹底して、効率的に行う」

 と提案しているだけであり、そんなに奇異なことを主張しているつもりもなかった。

「小さな開拓村をいくつか守って、根本の原因を放置したままでは、いつまでも同じことを繰り返すだけでしょう」

 ハザマは、そういって周囲を見渡す。

「対症療法ではなく、病根から完治させる方がいいというわけですね」

 マヌダルク姫が、真っ先にハザマの意見に賛同した。

「具体的な詳細についてはまだまだ意見を摺り合わせる必要があるかと思います。

 ですが、基本方針としてはそれなりに妥当なのではないでしょうか」



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