具体的な軍議
「現状では、現地の正確な情報が一刻も早く欲しいところですね」
オットル・オラが発言をする。
「無論、われらもそのための準備を進めております。
この時点で先行をさせた何名かは開拓村に到着し、情報収集を開始しております」
「王都経由で情報は引き出せないのか?」
ハザマはオットル・オラに問いかけた。
この男は元々王家直属だった。
そちらになんらかのコネを持っているはずでもある。
「残念なことに、そちらの方もはかばかしくありません」
オットル・オラは神妙な顔つきで説明をする。
「どうにも、中央にも詳細はあまり伝わっていないみたいです。
実際に敵勢力と接触した人間の数が、まだ限られているせいでもあるでしょう」
本格的な情報収集は、王国側でも始動していないということかな。
と、ハザマは考える。
鷹揚というか、いささか対応がゆったりとし過ぎている気もするが、この世界のペースではそんなものなのかもしれない。
洞窟衆が通信網を整備するまでは、緊急時にも転移魔法使いが実際に行き来をして情報を伝えるのが最速の方法ということになり、社会全体がそうしたペースを前提として整備されていた。
基本、貴族たちは自前の軍事力を持っているので、なにかことが起こればただそれだけで奮起する。
それは、今回のように極めて不明確な情報が広まった場合であったも例外ではなかった。
彼らにしてみれば、そうした「戦場の発生」は功績をあげるいい機会であり、一種のビジネスチャンスでもあるのだ。
この時点では、誰もが正確な詳細を知らずに動いている感じかな。
と、ハザマは心の中で結論をする。
「なにはともあれ、実際になにが起こっているのか把握をすることを最優先にする、だな」
ハザマは、ため息混じりにそういった。
「オラ組で、なにか必要になる物はあるか?」
「潤沢な資金はもちろんですが」
オットル・オラは考える間もなく即答をした。
「それ以外に、犬頭人を出来るだけ多くお借りしたい」
「今回は、森の中だもんな」
ハザマはその言葉に頷いた。
「あちらでもかなり増えているって聞いているけど、数は多い方がいいか。
ハザマ領の犬頭人で体が空いているの、好きなだけ連れてってくれ」
そちらは、冒険者ギルドに事情を説明しておけばたいした問題にならないはずだった。
この時点で、ハザマが連れてきてハザマ領内で群れを拡大し繁殖した犬頭人は、成体に関してはそのほとんどが冒険者ギルドに登録して人間社会での仕事を経験している。
その、はずであった。
「王国内にまで大勢の犬頭人が列を成して移動するとなると、それなりに騒ぎになりますね」
ここで、マヌダルク姫が口を挟んでくる。
「領内ならば、すでに見慣れた光景なのですが。
それ以外の平地諸国では、異族が人間社会の中に堂々と入り込んでくることに免疫がありません。
事前に移動経路周辺に周知をした上で、その周辺の顔役にも了解を求めておいた方がいいでしょう」
「ですよね」
ハザマも頷く。
「こちらとしても、無闇にトラブルを起こしたいわけではないし。
その手配も……」
「まとめて、こちらでしておきます」
マヌダルク姫がハザマの言葉を引き取った。
「その方が早いですし」
不慣れなハザマ領の人間が連絡を取るよりも、コネがあるマヌダルク姫がはなしを通す方が円滑に進むだろうな、と、ハザマも思った。
「お手数ですが、お願いします」
ハザマは素直にそう応じる。
実務関係になれた人材は徐々に育ちつつあるのだが、こうした他の地域との連絡や交渉に関しては、マヌダルク姫のような肩書きと地縁を持った人物の方が向いている。
なによりも相手側の心証が、違ってくるのだ。
ハザマにしてみれば、そうした強みを持っている人物が自発的に動いてくれることは、素直にありがたかった。
「こちらからですと、移動経路のほとんどは緑の街道になりますね」
手元の地図を見ながらマヌダルク姫がいった。
「その周辺についても連絡は取りますが、それ以外に王国とアルマヌニア公爵家にも対しても事前に了解を求めておいた方がよろしいかと」
「それは、もちろん」
これについても、ハザマは頷く。
「そちらについては、こちらの出兵計画の詳細がある程度固まってからするつもりでした」
王国なりアルマヌニア公爵なりの了解を得るにしても、
「動く人数はまだ決まっていないけど、そっちにうちの軍勢が行くから」
などというあやふやないい方をすれば余計な疑心を招くだけであり、まずはこちらの出方について詳細を決めるのが先決であると、ハザマは判断していた。
「冒険者ギルドに今の時点でどれくらいの犬頭人が動かせるのか、確認をしてみます」
リンザがいった。
「条件をつけずに稼働可能な人数となると、かなりの人数になるものと思いますが」
「正直にいえば、人数は、多ければ多いほどありがたいですね」
ハザマがオットル・オラの方に視線を向けると、オットル・オラは静かな表情で頷きながらそういった。
「場合によっては、開拓村の周辺ですぐに交戦が開始される可能性も否定できませんので」
オラ組の差配で開拓村周辺の警戒と情報収集に犬頭人を使用する。
それが前提ではあったが、相手の位置と進路によってはこちらの想定外のタイミングで交戦がはじまる可能性もあった。
そこまで考えると、「援軍の人数は多い方がいい」ということになる。
「犬頭人用に味付けを薄くした缶詰なども開発されています」
メキャムリム姫がいった。
「その缶詰も、あるだけ持っていって貰いましょう」
「そうですね」
ハザマはあっさりと頷く。
「道中の食糧は、やつら自身に持たせていきましょう」
犬頭人は人間が食べる物ならばほとんどすべての種類の食糧を食べることが出来た。
しかし、嗜好としては、塩分その他の味付けはあまりない方がいいらしい。
そのため、人間にとっては美味とはいえない動物が獲れた時など、まとめて犬頭人用の保存食として缶詰にされていた。
別に犬頭人のために動物を狩っているわけではないのだが、不味くて食用には向かない、しかし人間にも捕まえやすい動物というのはそれなりに居るもので、領内のなりたて冒険者用のクエストとしてそうした獲物と引き返えに小銭を渡すような仕事も、冒険者ギルドはクエストとして受け付けている。
こちらはどちらかというと、森歩き初心者に向けた、冒険者育成用のクエストといえた。
それと、缶詰工場を休まずに稼働させるための施策でもある。
犬頭人たちはというと、自分たちの食糧は森の中で調達をしてくるわけで、そうした犬頭人用の保存食は常に在庫がだぶつき気味であった。
今回の件は、その在庫を始末するのにちょうどいい機会であるともいえた。
「今日にでも出発できるのが二万前後」
通信で冒険者ギルドと連絡を取っていたリンザが、そう報告をする。
「明日以降も含めればさらに三万以上は追加可能だそうです」
「だ、そうですが」
ハザマはオットル・オラの方に顔を向けて確認した。
「それだけの人数、そちらに預けても問題はありませんか?」
「むしろ、願ったりですね」
オットル・オラは鷹揚な表情で頷いた。
「一見多過ぎるように思えますが、洞窟衆が関係している開拓村は三十を超えています。
そのすべてを守り、周辺を警戒し、接敵する可能性もあるとなると、決して多過ぎるということはありません。
主戦場となるのは森の中になりますから、移動その他の点でも人間の援軍よりも犬頭人の方が頼りにもなります」
「冒険者ギルドには、すぐに人数を集めて出発する準備を整えるように指示を出しました」
リンザがいった。
「メキャムリム姫。
その保存食も保管場所に取りに行かせましょうか?」
「そうした方がいいでしょうね」
メキャムリム姫はそういった頷き、数秒押し黙った。
「今、缶詰倉庫に連絡を取りました。
ただ、犬頭人だけで取りに行くとなると、委任状なりなんなりの書類を持たせる方が現場の混乱が少ないと思うのですが」
「今、用意しましょう」
いいながら、ハザマはその場で白紙を手元に寄せ、定型書式で委任状を書いて領主印を押した。
メキャムリム姫に、
「委任状は何枚必要ですか?」
と確認をした上で、そうした書類を必要な枚数作成し、リンザに渡す。
リンザはその書類をまるめて蝋で封印した上で、室外に待機していた者に手渡した。
委任状を渡された者たちはその場で転移札を使用して姿を消す。
「冒険者として働いている犬頭人ならば、すでに自前の武器を持っているはずですが」
続けて、メキャムリム姫はそう続ける。
「予備の武器も、続けて開拓村に運ぶように手配をしましょう。
現地で破損する、あるいは消耗をする分もあるでしょうから」
兵站管理に定評があるメキャムリム姫ならではの意見だった。
「お任せします」
ハザマはいった。
それから、タマルの方に視線を向けて、
「費用は予備費で?」
と、確認をする。
「じゃんじゃん使いましょう」
タマルは即答をした。
「食糧にせよ武器にせよ、こちらが買い取ればその分のお金が領内に回っていくわけで。
こんな時に出し惜しみをしていたらいけません。
かえって男爵の評判が落ちます」