最初の作戦会議
洞窟衆内部におけるハザマの一番大事な仕事はなにかというと、これはもう「決断」の一言に尽きる。
洞窟衆全体の今後の方針を決定することは、少なくとも今の体制においてはハザマにしか許されていなかった。
寄せ集めで結果的に出来てしまった組織であるがゆえに、ハザマ以外に大きな決断を出来る者がいない。
強いていえば、ごく短い期間であるといえ、領主代行として働いた経験があるリンザがその次に来る。
それそれの専門分野の責任者こそ何名か存在したが、それ以外に洞窟衆全体の行き先を決断する者がおらず、つまりは強力な指導者がハザマ以外にいないような状態であった。
これは少数が多数を支配するという、一種の寡頭制そのままの体制であるといえる。
無論、ハザマとしても不本意な状態であり、それ故に最近になって責任の分散を図るような動きを取っているわけだが、この寡頭制にもそれなりに有利な点があった。
つまりは、トップダウンで命令を伝え、組織の下部に居る者たちはそれを拒否する権限も与えられていないため、特定の目的に向かって一度動きはじめると極めて迅速にその目的を遂行するフットワークの軽さがあった。
この頃の洞窟衆はかなりの巨大組織に育っていたわけだが、にも関わらずハザマの意向、すなわち、
「森の中の開拓村保護」
という方針が周知されると、すぐに各部署はそのための準備を整えはじめる。
この目的自体に反対する者がほとんどいなかった、という前提があったからだが、それを考慮しても極めて迅速に洞窟衆全体がこの目的のために動きだした形になる。
ほとんど独裁制に近い形であったが、もしも異議がある場合はその場でハザマに意見が送られてくるはずでもあり、反対意見が届いてこないということはそういうことなんだろうな、と、ハザマは思うことにしている。
少なくとも初期のメンバーに関していえば、ハザマにいらない配慮をしていいたいことをいわないような殊勝さなど、持っていないはずであった。
「目的が目的ですしね」
そのことについて、リンザはそう意見をいった。
「今回は完全に、自己防衛が目的になりますから」
自分たちの権益を侵そうとする者に対して、場合によっては実力行使をしてでも阻もうとする。
そうした気概というか一種の鼻息の荒さは、ハザマの世界と比べるとこちらの世界の人々の方がよほど持っている。
元の世界でも比較的平和な、自分自身の手で自分の権利を守る必要に迫られる機会さえほとんどとぼしいハザマなどから見ると好戦的に見えないこともない。
だが、しかしこちらの人々は自分たちを守るはずの公権力があまり頼りにはならず、結局は多くの問題を自分たちの手で解決するしかないという前提を考えると、この手の状況判断に対してシビアになる傾向があることも納得がいった。
仮に庇護者であるはずの貴族側が領民に対して普段から同情的に接していたとしても、今回のような突発的に発生した脅威に対抗する術は、実はあまり持っていない。
そうした事態に即応可能なだけの軍事力を常備するほどの収益を得ていなかったし、仮にすぐに動かせる兵隊が一定数存在したとしても、まとまった人数を動かすともなればそれなりに準備も移動時間も必要だった。
財政的な条件の他に、輸送手段などの技術がハザマの世界と比較すると未発達であるため、
「援軍が到着した時には手遅れだった」
という場合がほとんどなのではないだろうか。
結局、この世界ではたとえ名目上の庇護者であろうとも、他人はあてには出来ない。
ほとんどの問題は、自分たちの手で解決していくしかない。
そうした現実への認識が、この世界の人々の精神には染みついている。
一見好戦的に見える底には、そうしたリアリズムに基づく感覚を、徹底して持っているのだった。
例の報せがハザマの元に届いた翌日、ハザマはルシアニアにある建築中のニョルトト女学院の中に居た。
この女学院は着工をした時期が他の建物よりも早かった関係で、もうほとんど完成している。
一部内装の整備がまだのようだったが、建物自体は普通に使えたので、マヌダルク姫の了解を取った上で、今回の件で司令部としてしばらく借りることになっていた。
まずはここで、洞窟衆内部の意見調整をするための会議を行うことになっている。
この建物が適度に広く、未使用で、ハザマ領から王国方面へ出るアクセスがよい立地であったため、選ばれた。
今回の会議だけではなく、ハザマ領側からそちらへ搬出する物資などの仮置き場、臨時の倉庫としてもこの建物は使われることになっていた。
その建物の中の一室、どうやら講義室として使われることを想定して作られたかなり広い部屋に、ハザマをはじめとした洞窟衆内部の主要なまとめ役が集められている。
ハザマ以外には、リンザ、マヌダルク・ニョルトト姫、メキャムリム・ブラズニア姫、ファンタル、タマル、オットル・オラといった顔ぶれが揃っていた。
リンザはハザマの副官、マヌダルク姫は外交担当、メキャムリム姫は輸送計画担当、ファンタルは軍事全般の顧問あるいは意見役、タマルは財政担当、オットル・オラは諜報や情報収集担当に相当する。
それぞれ、自分の専門分野については第一人者といえた。
今回の件について詳細を詰めるために、まずこれだけの面子を揃えていれば過不足のない面子となる。
いや、これ以上の人材をすぐに召集できる組織は、少なくともこの周辺では洞窟衆しか存在しなかった。
「皆さん、すでに準備を進めているはずでが」
ハザマはそう切り出した。
「念のために一応、この件における洞窟衆の目的を確認しておきます」
そういってからハザマは皆に背を向けて黒板の方に向き、
「洞窟衆と関係している開拓村の安全確保」
という文字列を、大きくな字で書いた。
「アルマヌニア公爵など、周辺諸侯との意見調整がこれからなのでこの先どうなるのか、読めない部分も多いのですが、最低限、この線だけは達成したいと思います」
「ちょっといいか?」
ファンタルが片手をあげて発言した。
「この目的自体はいいのだが。
どこまでやるのだ?
開拓村の自衛能力を高めて、半永久的に外敵を寄せつけないようにするためには、かなりの人手と金を費やさねばならぬはずだが」
「あ」
想定外の指摘を受けて、ハザマは一瞬言葉を失った。
ファンタルは、時間的な制限について問うていた。
どこまで面倒を見るつもりか、と。
仮に今回の敵を撃退できたとしても、それでそうした村々の先代的な危険がすべて回避出来たということにはならない。
かといって、そうした村のひとつひとつに警戒網といざというときのためだけに十分な戦力を配置するとなると、その維持費はかなり莫大な物になる。
そうした村々は基本的にアルマヌニア公爵領内にあるわけで、その村からあがってきた税収はアルマヌニア公爵の方に行く。
つまりは、こうした経費についても完全に洞窟衆の持ち出しになるわけで。
どこまでやって「よし」とするのか、その線引きを最初に設定しておいた方がいいのではないか。
そういうファンタルの提言は、いわれてみればもっとと素直に首肯が出来るもなのだ。
「とりあえず、まずは目前の脅威を排除してから改めて検討します」
ハザマは、ファンタルの問いに対してその場で回答することを回避した。
「まずは今回、森の中に入ってきた武装勢力へ対処することを優先しましょう」
「アルマヌニア公爵をはじめとして、王国の諸侯へもこの件についてはまだ交渉をはじめていないのですよね?」
今度はマヌダルク姫が、確認をしてくる。
「まだはじめていません」
ハザマはいった。
「報せが届いたのが昨日ですし、こちらの準備を進めるのと平行してやってもいいかなと、そう思いまして」
「いえ、洞窟衆が軍を動かすことに反対をする方はいないとは思いますが」
マヌダルク姫は思案顔でそういった。
「ただ、軍隊を通過させることに関しては、進路上にいる領地の方々に早めに了解を取っておいた方がよろしいかと思います。
なんなら、そのお仕事はこちらで引き受けましょうか?」
「そうしていただけると助かります」
ハザマはいった。
「ぶっちゃけ、アルマヌニア公爵は別にして、その他にはどこに了解を取っておけばいいのか、よくわからない部分もあったので」
ハザマは、王国の中では新参者なのであった。
しかも、その王国自体が体制刷新の準備を進めている、かなり微妙な時期でもある。
王家から公爵号を受けることが内定しているハザマが、王国内でそれなりにまとまった武装勢力を動かせば、いらぬ疑心をかきたてられる者も出てくるかも知れない。
そうした事態を避けつつ必要な連絡をし、なおかつ必要な了解を取る。
ハザマ自身がそんな微妙な交渉を出来るものかどうか、自分でも不安に思っている部分があった。
その点、このマヌダルク姫ならば、ニョルトト公爵家の人間であるし王国内貴族とのコネもある。
その手の交渉も、やりやすいだろう。
「それと、物資の輸送計画についてなのですか」
今度は、メキャムリム姫が発言した。
「今の時点ではっきりとさせていただきたいのは、やはり出兵の規模になりますね。
どの程度の人数を動かすことを前提としているのか。
それが定まりませんと、計画そのものが立案出来ません」
もっともなことだな、と、ハザマもその言葉に内心で深く頷く。
まずは運ぶ荷物の量を確定しなくては、輸送計画なんて立てられるわけがない。
「もっともだとは思いますが」
しかしハザマは、歯切れの悪い答え方をした。
「今回、敵の位置や総数など、今の時点で詳細が不明な部分が多いので。
この時点でどれほどの人数を動かすことになるのか、予想がつきません」
情けない回答だと、自分でも思うのだが。
だが、不確定要素について、その場の憶測で適当な予想や断定をするのも危険だよな、と、ハザマはそう判断した。




