ハザマの気持ち
「お前にはお前の人生ってものがあるだろう」
ハザマは意外に真面目な表情をして、そんなことをいう。
「別にお前だけに限ったことでもなく、おれは洞窟衆の全員に自分の望むような生活を送って貰いたいと思っている。
洞窟衆の存続や、あるいは都合のために誰かに犠牲を強いるなんていうのは、本末転倒もいいところだ」
あくまで、洞窟衆は構成員の便宜のために立ち上げた組織である。
少なくともハザマの中では、そういう性質のものだった。
ただ、ここまで組織として大きくなると、本来の性質から外れて、組織自体を存続させるため、その逆の論理を押し通そうとする動きも出てくる。
ハザマは今回の件についても、そういう組織としての自己保存の論理が強く働いているのではないか。
と、そう捉らえていた。
そしてハザマとしては、リンザに限らず洞窟衆のために誰かが犠牲となることなどあってはならないという、そういう方針を出来るだけ曲げたくはないと、そう思ってもいた。
「おれがなにを望んでいるかといえば、お前がお前らしく生きていくこと、そういう自由を守ることを望んでいる」
ハザマは、リンザにいい聞かせるように、ゆっくりとした口調でそういった。
「周囲の人間が望んでいるから。
そんな理由で結婚相手を選ぶような真似はするな。
お前の人生はお前自身の物なんだから、なにをするにしても堂々と自分の意思を第一に考えて選択しろ」
そう口にしながらハザマは、
「この娘が求めているのはこんな言葉ではないんだろうな」
とも、思っている。
だが、こればかりは仕方がない。
その場しのぎで誤魔化しても、誰も幸福にはならない。
そんな局面だった。
「わたしが洞窟衆の犠牲になるのは駄目で」
リンザはハザマの顔をまっすぐに見据えていった。
「あなたが不本意な生活を続けるのはいいのですか?」
「おれの場合はまあ、いろいろと特別だからなあ」
またその流れか。
とか思いながらも、ハザマは真面目な口調を崩さずに答える。
「この世界に来たのも異例。
洞窟衆の首領に収まっているのも異例。
これだけ責任のある地位に収まっていれば、相応に行動に制限がつくことも避けられない、というか」
そうした制限の中でも、ハザマとしては自分なりに奔放に振る舞っているつもりではあったのだが。
さらにいえば。
「おれには、こいつがついているからな」
ハザマは、自分の肩の上に乗っているバジルを指さして、いった。
「こいつの能力を使えば、少なくとも普通の人間が相手ならば、たいていの無理を通せる。
あえてそれをしないでこの世界のルールに準じて行動をしているのは、おれなりの矜恃でもある」
「それは」
リンザは、少し困惑をした表情になった。
「知っていますが」
「いいや。
せいぜい、知っているつもり、止まりだ」
ハザマは、あえてリンザに説明をした。
「バジルはルシアナも食って、その能力をわが物にしている。
ルシアナの能力、その性質を考えてみろ。
おれが、自分でも意識しないうちに周囲の人間を都合よく操っていないと、そう断言することはできないんだ」
ハザマがそう指摘をすると、リンザは、
「あ!」
と、小さく叫んだ。
おそらく、そういう可能性はこれまで考えたことがなかったのだろう。
ルシアナの能力は「魅了」。
他の生物に働きかけて、自分の意にままに操る能力だった。
その「魅了」を、現在のバジルは引き継いでいる。
ただ、実際の威力としては、往事の、ハザマたちが戦った時点でのルシアナほどではないのだが。
それでも、バジルがそういう能力を駆使できる、という事実は動かせなかった。
「こいつを肩に乗せている以上、おれにまともな恋愛関係を築くことは出来ないんじゃないか」
ハザマはリンザに向かって、静かな口調でそういった。
「仮に、おれが誰かから好意を寄せられたとしても、それがその人の本心からの気持ちなのか、それともバジルの影響を受けた結果発生した好意なのか。
どうやってそれを区別する?」
この世界におけるハザマは、異邦人である。
埒外の、この世界の価値観や規範には必ずしも従属しない人間であり、ハザマ自身も意図的にそう振る舞うことが多かった。
ハザマにしてみれば一種のロールプレイのような感覚だったが、単なるロールプレイ、真似事だけに留まらず、自分はすでに人間としての一線を越えた存在になりつつあるのではないか。
そういう自覚も、ハザマは持ちはじめている。
「今のおれは怪物になりつつある。
そんな存在だ」
ハザマは静かな口調で説明を続けた。
「この世界に人間としての能力を超えた加護持ちが大勢存在していることはわかっている。
ただ、そうした存在とおれとでは、自分が意識しないうちに他人に影響を与えているのではないかと、そういう疑念を持てるかどうかで、一線を画している。
そんなおれには、自分から相手を選ぶ権利はないと思うのだがな」
ハザマなりに、真剣に考えていることを口にしていたつもりだった。
そう考えているからこそ、自分から望んでもいない女性が近づいてくることを拒んでいるのである。
マヌダルク・ニョルトト姫にせよ、メキャムリム・ブラズニア姫にせよ、政略結婚という「利害」を第一にしてハザマを伴侶として選んでいるわけで、その点では安心が出来た。
つまりは、ハザマとしては相手の本心を詮索する必要がなくて、面倒ではなかった。
そういう、意味である。
しかし、リンザの場合は、この二人の女性とはかなり前提となる条件が違ってくる。
少なくともハザマの方からリンザに向けて、積極的に働きかけるべき理由は存在しなかった。
現在のリンザに向かってハザマがいえることといえば、
「よく考えて結論を出せ」
とか、あるいは、
「後悔をしない選択をしておけ」
というような、抽象的なことくらいに限られている。
ハザマの立ち位置からすれば、それ以外のことは、
「口にするだけ無駄」
でしかない。
バジルの能力が存在をする限り、そういうことになるのである。
ハザマの言葉を受け止めたリンザは、少し顔を顰めてなにやら考え込んでいた。
「つまり、男爵は」
しばらくの間を置いてから、リンザが口を開く。
「女性が、他人の本心がわからないから、遠ざけているんですか?」
「もの凄くシンプルにすれば、そういういい方も出来るな」
しぶしぶ、といった感じでハザマは頷いた。
「それよりもむしろ、自分でも知らないうちに他人を操っている可能性があるということを恐れているんだが」
「バジルやルシアナの能力を持ち出すまでもなく、誰もが誰かに影響は与えているんですよ」
リンザはそういって、上目遣いにハザマのことを睨みつける。
「普通に人つき合いをしていれば、自然にそうなるんです」
「いや、だが」
ハザマは、リンザが想定外の反応を示したことに、少し戸惑う。
「これは、そういう問題ではなくて、だな」
「では、どういう問題なんですか!」
リンザは、ハザマに掴みかからんばかりに前のめりなって、声を大きくする。
「そんなくだらないことでいちいち悩んでいたんですか!
怪物だろうがなんだろうが、そういう能力も含めて男爵なんです!
そんなこと、いちいち断られるまでもなく弁えていますよ!」
リンザにしてみれば、
「ハザマが尋常な人間ではない」
ということは、あまりにも自明なことだった。
それこそ、初対面のときから、そう感じていたのだから。
その上でリンザは、ハザマの悩みについて、
「馬鹿馬鹿しい」
と、そうも思う。
確かにバジルが存在することにより、ハザマは周囲の人間を自分の都合がよくなるよう、行動をさせているかも知れない。
だがそれで、そのことで、一体誰が傷つき損をしているというのか。
好き勝手に行動をしているように見えて、いや、ハザマが実際にそうしている側面は否定できないのだが、それと同時にハザマは、執拗なまでに自分の言動が与える影響について気にかけている。
時に予測不能な結果を呼ぶことはあっても、基本的にハザマは周囲に気を遣い、可能な限り無害な存在であろうとしていた。
結果を見れば、その目論見が完全に達成されることはほとんどないのだが。
それでもハザマは、なにかを決断する際には可能な限り資料を集めて、時間をかけて熟考し、検討している。
そうした様子を、リンザはこれまで身近に目撃をしていた。
確かにハザマは、自分で口にしたように、すでに人外の怪物になりかけているのかも知れない。
そのこと自体は否定しようもないのだが、同時にハザマは、見ているこちらが歯がゆく思うほどに周囲への影響について考えてもいるのだ。
仮にハザマが自己申告した通りの存在であったとしても、これほど自分の立ち振る舞いを気にかける怪物も、そうそういない。
いやしない。
まったく、この人は。
と、リンザは半ば呆れながら、思う。
なんだってここまで、他人に気を遣うのか。
どうやら、別の天地から来たということで、本人としては本来居るべき場所に居るわけではない、という遠慮があるようだったが。
そんなことを気にかける「怪物」が、他のどこに居るのだろうか。
小心なんだか、豪胆なんだか。
多くの国々とその臣民に対して平然と大きな影響を与えてきたこの男は、なぜか、自分の周囲の人間に迷惑をかけることについては、いたく気にかけているらしい。
それはハザマという男が内包している、矛盾であるといえた。




