王女との接触
「肝心のお姫様はどこに居るんだ?」
ハザマはトスラタトテに訊ねた。
「探すあてとか?」
「わからない」
トスラタトテはきっぱりとした態度で首を横に振る。
「いろいろ試して結果を見るしかない」
なんだそれは、と、ハザマは思う。
「ここは召喚獣の意識の中だから」
ハザマの表情を読んだのか、トスラタトテは説明を続けた。
「まずは、こちらの意図を相手に伝えて反応を見るのが適切なのではないか?」
「出たとこ任せもいいところだなあ」
いいながらハザマは、左右を見渡す。
「なにかしろっても、なんにもないからなあ。
肝心の召喚獣が存在していれば、引き裂いてでも中からお姫様を救い出してやるんだが」
過激なようだが、ここはリアルの世界ではない。
ハザマたちの意図を明確に召喚獣に伝えるのなら、それくらい誤解がないような行動を示す必要があるだろう。
そもそも人間の言語を理解しているのかどうかさえ不明な生物に対して、その他にこちらの意図を伝える方法があるとは、ハザマには思えなかった。
「今おれたちが見ているのは、召喚獣が見ている光景なんだよな?」
ハザマはトスラタトテに確認をする。
「と、思われる」
だから、ハザマたちの目には召喚獣の姿が映らない。
鏡などがない限り、自分の姿をそのまま見ることができる生物は、皆無であるとはいわないがかなり限られている。
「……仕方がないか」
少し考えた末、ハザマはそう結論した。
「バジル!
召喚獣だけを囓ってみてくれ!
くれぐれも中に居るっていうお姫様までは食べるなよ!」
ハザマやトスラタトテに感知することができないというのなら、召喚獣と同じく人外の存在であるバジルに頼るしかない。
バジルはハザマの意図をどう理解したのか、ともかくハザマの肩から素早く飛び降りて、そこで首を振って、一見してなにもない空間を乱暴な動作で食いちぎった。
ハザマたちが目にしていた光景がそこだけ食いちぎられ、その欠落の向こうにはなにもない虚無だけが見える。
なるほど。
と、ハザマは思った。
この光景もすべて召喚獣の意識が感知している物であるから、召喚獣の意識を構成している一要素ではある。
下手に理論だった思考を展開しようとしていたハザマたちにはない、乱暴な選択だった。
だがこの場合、それで正解だったようだ。
バジルの行動を機に全周の光景がぐしゃりと歪み、ハザマたちの方に襲いかかってくる。
召喚獣は確かにバジルの食欲と殺気を感知し、それに抵抗をしようとしている。
生物として見ると、当然の反応といえた。
どんな生物だろうと、唯々諾々と自分が食べられるのを待っているはずがない。
この場合、バジルが食べているのは物理的な肉体ではなく召喚獣の意識とか精神であるはずだが、それだって喜ばしいことではないはずで。
まあ、リアクションは発生するわな。
とか、ハザマは思う。
ハザマが制止しないので、バジルは黙々と食事を続ける。
なにもない空間を咥えては引きちぎり、咀嚼して嚥下する行為を繰り返し続けていた。
「出てこい!」
ハザマは大きく揺らぎ、歪んでいく光景に向かって吼える。
「早くおれたちの前に姿を現さないと、バジルがお前のすべてを平らげちまうぞ!」
召喚獣がその意思をどこまで正確に理解することができたのか。
ともかく、反応は生じた。
再び全周の光景がぶるんと震え、その次の瞬間には元の、なにもない空間にハザマとトスラタトテ、バジルだけが存在していた。
そしてハザマの足元に、高さ一メートルほどのゼリー状の塊がいつの間にか存在していて、ぷるんと身震いをしている。
どうやらこいつが、召喚獣のセルフイメージであるらしい。
「おれたちが望んでいるのは、お前が取り込みかけているお姫様を救うことだ」
ハザマはそのゼリー状の物体に説明をした。
「わかるか?
人間の女の子だ。
お前がその子を完全に取り込む前に、元に戻したい。
嫌だというのなら、またバジルの餌にしちまうぞ」
足元のバジルを指さして、ハザマは語りかけた。
召喚獣の理解力に期待はまったくしていないのだが、警告なしにバジルを嗾けるよりは紳士的な対応だろうと、ハザマはそう判断したのだ。
しかし召喚獣の反応は、ハザマの予想を完全に超えていた。
大きく身震いしたかと思うと、一瞬にして形状を変化させる。
一メートルほどの生首に。
女の子ども、ハザマはその細部まで記憶していなかったが、おそらくは王女の顔だった。
王女の頭部をそのまま拡大したような形状に、召喚獣は変化をしたのだ。
「男爵」
一メートルほどの生首は、ハザマに語りかけた。
「助けて」
「どうすれば助けられる?」
ハザマは、生首に訊き返す。
「おれたちはなにをすればいい?
できるだけ具体的に教えてくれ」
この生首は、おそらくは召喚獣の中の王女の意識が具現化したものだろう。
「わからない」
生首はそういって一筋の涙を流した。
「でもここは、つらい」
「意識をしっかり持て」
それまで黙っていたトスラタトテが、唐突に口を開いた。
「これまでのことを思い出すんだ。
自分が何者であるのか、しっかりと意識をし続けろ」
おそらくトスラタトテは、王女の意識が召喚獣に飲み込まれてしまうことを警戒している。
物理的に王女の体を召喚獣の中から取り出したとしても、王女の精神が失われてしまった後では意味がないのだ。
「これまでのこと」
「昔の、今までのことだ」
トスラタトテは生首に語りかける。
「嬉しかったこと、悲しかったこと。
なんでもいい。
自分が感じたこと、経験したことをすべて思い返せ」
「君は誰だ?」
ハザマが生首に質問をした。
「思い出せるか?」
「この国の、おおおうじょ」
生首の輪郭が、ぶれた。
「わたしわたしわたしわわわわたし」
「思ったよりも危うい」
トスラタトテが振り返り、ハザマにいう。
「もうかなり意識が、王女の精神を構成する要素が散逸しはじめている」
「でも、どうすれば?」
ハザマは訊ねる。
「おれたちはなにをすればいい?」
これまで様々なことを経験してきたハザマだが、流石にこのような事態に遭遇するのははじめてのことだった。
正直、なにをすればいいのか、判断がつかない。
「そうだな」
トスラタトテは思案顔になった。
「ハザマはバジルと、どういう関係を築いているのか?」
「どういうもなにも」
唐突な質問に、ハザマは怪訝な表情になる。
「知っているはずだが。
対等だよ対等。
助けて貰うことのが多いんだが、その分、普段から食べ物をやって借りを返すようにしている」
「では、それだ」
トスラタトテはことなげにいった。
「王女にそのコツを教えよ」
「はあ?」
予想外のことをいわれ、ハザマは大きな声を出す。
「なんでまた、そんなことを!」
「ここまで混合が進んでいると、外部からの力によって無理に分離するとかえって危険だ。
それよりは、王女に一旦、召喚獣を飼い慣らして貰い、制御をする方がいい。
分離を試みるのならば、その後の方が成功率が高くなる」
「いや、理屈としてはわからないでもないんだけど」
ハザマはいった。
「そんな方法が、うまくいくのか?」
「実際に試してみないと、なんともいえん」
トスラタトテの返答は極めて頼りないものだった。
「こんな事態は、はじめて経験するしな」
「今、自分がどういう状態に居るのか理解しているか?」
ハザマは輪郭が崩れかかった生首に語りかけた。
「わか。
わわわわからない。
だれだれだれ。
いや。
なにかが。
なにかがわたしの中にしみこんで」
「落ち着いて」
ハザマはいった。
「おれたちは、君を助けるためにここまで来ている。
その中に入って来るなにかを無闇に恐れたりせず、一度受け入れてしまうんだ」
「うううううけいれる」
生首は、いやいやをするように左右に震えた。
「いや。
こわい」
「入ってくるなにかも、君だ。
いや、君の一部にしてしまえ」
ハザマは、出来るだけ落ち着いた声を出そうとする。
「君の中に異物が入ってくるんじゃない。
君の中に入ってきたなにかをすべて受け入れ、君の思うとおりに動かすんだ」
「おおおおもいどおりに」
生首は縮こまってから、上目遣いにハザマを見上げた。
「そそそそれ、できる?」
「出来るとも」
ハザマは安易に受け合った。
「そんなやつらよりも、君自身の方が遙かに頭がいい。
君の中にやつらが入ってくるんじゃない。
君がやつらを取り込んで、君の思うがままに操るんだ」
「やややややや」
生首は、そういってしばらく震えていた。
「やって、みる」
しばらくして、ゼリー状の生首に変化が起こった。
崩れかかっていた輪郭がしっかりとしはじめ、形や大きさも、本来の王女の物に近くなってきている。
「こ、これが」
いつの間にかドレス姿の王女が、立っていた。
「わたし」
「いいぞ、その調子だ」
ハザマは大仰な動作で頷いて見せた。
「うまいじゃないか。
中のやつらはどうだ?」
「おとなしくしている」
ゼリーで出来た王女はいった。
「やつら、怯えていただけみたい。
落ち着かせてみたら、うん。
素直にこちらのいうことを聞くようになった」
『これ以上、意識や精神の混合が進むことはないようだな』
通信で、トスラタトテがハザマに告げてくる。
『それがあるにしても、主導権は王女が握っているようだ。
すぐに問題は起こらないだろう』
どうやら第一の難関は越えたか。
ハザマは、内心でそう安堵をする。
「さて、お姫様」
ハザマは、声に出してはそういった。
「今、自分がどういう状態にあるのか、理解出来ているかな?」




