王女の救出
そうした機構は、根本的な部分に無理を抱えている、かなり不安定な代物であった。
その不備を、トスラタトテは突くことにする。
そもそもトスラタトテは、現行の通信術式を整えた張本人であった。
通信術式関連の知識については他の追随を許さない存在であったし、不定形召喚獣と他の生物との間を結ぶ術式についても、そのトスラタトテにいわせればいかにも急ごしらえで稚拙な出来に見える。
おそらくこの術式を構築した魔法使いにとって通信関連の術式は専門外であり、慌てて詳細を調べながらどうにか使える術式を仕上げたのだな、と、そう感じるような部分が随所に散見された。
そうした急ごしらえの術式を読み取り、その上でこちらに都合よく変更を加えるのはトスラタトテにしてみれば造作もないことだった。
そこまで解析を進めるまでの手数と比較して、術式の正体が判明してからは驚くほど進展が早くなる。
トスラタトテはやるべきことを理解すると躊躇することなくその術式に手を加えた。
不定形の召喚獣と他の生物との連絡を絶てば、当面の面倒はかなり回避されるはずなのである。
「通信を不通にするだけならば簡単だな」
トスラタトテはそう呟き、その言葉の通りに実行する。
この際に不定形の召喚獣と物理的な接触を伴っていない生物間の通信はもとより、直接物理的に接触をしていたグラウデウス公爵との通信も遠慮なく不通にした。
選択的に不通にするよりは、一気にすべての通信を絶つ方が簡単だったからだ。
グラウデウス公爵の背中に張り付いていた不定形の召喚獣がいきなり暴れ出したのは、このことによる。
「あ」
その直後、トスラタトテはあることに気づいた。
「あの中に、人が居る」
大きさから見て、成人ではない。
いや前後の状況から見て、おそらくは王女様だろう。
グラウデウス公爵は、あんな場所に人質である王女様を隠していたのだ。
……安全かつ確実な、グラウデウス公爵が倒されでもしない限りは安全な隠し場所であったのは、確かなのだが。
そのことをハザマに告げようとしたときには、当のハザマはグラウデウス公爵を倒すことに全力を注いでいる。
不定形の召喚獣が暴れ出したのをいいことに、床に散らばっていた重たい武器などを片っ端からグラウデウス公爵へと投げつけているのだった。
グラウデウス公爵はその大半を避けることに成功していたが、何割かの攻撃はまともに食らっている。
タイミング的に避けるのが無理な場合は手にした剣で叩き落とそうと試みていたが、質量比の問題で成功しないことは明らかだった。
結局、そうした攻撃の何発かは自身の体で受け止める形となる。
そうした光景を、トスラタトテは自分の仕事を進めるのと並行してハザマの視覚をモニターすることによって把握していた。
通常ならばトスラタトテも他者の五感をそのまま共有するなどという趣味の悪い、覗き見のような真似をすることはないのだが、今回はなんといっても非常時であり、遠く離れた場所の状況を時差なく把握するのに適切な手段であったから、あえて採用している。
普段から通信術式のためのアイテムを身につけているハザマは、そうした術式とも相性がよかった。
ハザマ自身には承諾を得る暇もなくやってしまった形になるが、トスラタトテとしてはハザマの私生活などには別に興味がなく、この件が一段落さえすればこの術式を解除するつもりだった。
ともかくハザマは、その視覚を通じてトスラタトテが見守る中、投擲攻撃によってグラウデウス公爵を攻撃していた。
その最初の段階で真っ先に王子様を捕らえていた偽腕を分断し、今では憂慮するべきことがまるでないため、それはもう容赦なく各種の武器を投げつけている。
暴走をし続ける不定形の召喚獣とグラウデウス公爵とを区別することなく、ハザマは手にしていた武器を投げつけていた。
いや、それでは困るのだが。
「ハザマ」
そう判断をしたトスラタトテは、すかさずハザマに注意を促した。
「不定形召喚獣の中に、王女様が隠れている。
まずはグラウデウス公爵を倒すことだけに集中をして」
『はぁ!』
予想外の注意だったためか、ハザマはかなり驚いたようだった。
『わかった。
まずはグラウデウス公爵だな。
その後、召喚獣の中から王女様を救い出す方法を考えておいてくれ』
人質を失った今、グラウデウス公爵はハザマたちの敵ではない。
時間の問題……というより、この時点ですでに、意識と戦意を半ば喪失しているような状態だった。
頭部を含めた体の各部に金属の塊を投げつけられ、見事に何度か命中していれば、大抵の人間はそうなってしまう。
むしろ今の状態でも意識を失わず、自力で立っているこの方が驚きだった。
なんらかの改造を経て、体が強化をされたせいか?
と、トスラタトテは思う。
せっかくのタフさも、こういう状況になってはかえって苦痛を長引かせる役にしか立っていないようだったが。
いずれにせよ、ハザマはグラウデウス公爵に対する攻撃の手を緩めることがなかった。
何度かハザマの投擲攻撃がグラウデウス公爵に命中し、グラウデウス公爵は自身の血で全身を汚されていた。
両腕はあらぬ方向に折れ曲がり、あちこちの服が裂けてそこから傷口や、場合によっては骨が露出している。
かばう腕が折れているせいか頭部にもハザマの攻撃は何度か命中していて、額は割れ頭蓋の形も変形していた。
そんな状態でもまだ立っていられるのだから、グラウデウス公爵が自身に施した改造は結果として見るとかえって逆効果だったといえる。
ついに度重なる攻撃に耐えきれなくなったのか、グラウデウス公爵はその場にうずくまった。
しかしハザマは攻撃の手を緩めることなく、さらに投擲攻撃を続ける。
その場でグラウデウス公爵を挽肉にするまで攻撃の手を緩めるつもりはないようだった。
容赦がない、わけではなく、その逆。
と、トスラタトテは思う。
ここでハザマに倒されてしまった方が、グラウデウス公爵本人にとっても幸福な結末だといえる。
下手に生きながらえてしまったら、なにしろこれほどのことをしでかしてしまった張本人だ。
責任を追求する手が緩められることはないだろうし、その余生もかなり悲惨なことになるのは目に見えている。
ハザマもそのことを弁えているのか、全力でグラウデウス公爵を倒すつもりで動いているようだ。
少しして、ハザマの攻撃をまともに受け続けたグラウデウス公爵は、体を半壊させた状態で沈黙した。
完全に生命活動が停止している。
そう判断をしたハザマは、ようやく手を止め、そしてすぐにトスラタトテに確認した。
『王女を救う方法はわかったか?』
「それがまずいことになった」
トスラタトテは簡潔に答えた。
「王女の意識が判然としていない。
意識を失っているのではなく、どうも召喚獣の意識と混ざりつつあるらしい」
あの状態の、他の生物と見境なく繋がるように調整された召喚獣の体の中に王女の全身を隠すからだ。
と、トスラタトテは思う。
こうなることは、おそらくはグラウデウス公爵の側でも予測はしていなかっただろうが、彼らはそうと意識はせずにかなりの無茶をおこなっていた形になる。
『……面倒な』
トスラタトテがいったことをすぐに理解し、ハザマは吐き捨てるようにそういった。
『王女を救出する手立てはあるのか?』
「実際に試してみないとわからないが」
トスラタトテはいった。
「お主の力をまた、借りる必要がある」
召喚獣の体の中に隠されていた王女の意識が、召喚獣のそれと混じりはじめている。
グラウデウス公爵を倒したハザマはそんな事実をトスラタトテから知らされた。
「召喚獣の中から王女の体を引き剥がすだけでは駄目なのか?」
『もちろん、それもするべきだが、それだけでは足りない』
ハザマの疑問に、トスラタトテが答える。
『物理的に離しても、意識の方は混合し続ける。
そちらの方もどうにかして引き離さないと、王女の人格は大きく損なわれる結果となる』
「おれなんかよりもトスラタトテさんが居れば十分な気がするけどな」
ハザマは、ため息混じりにそういった。
『ここからそこまでは距離があるし、それに不確定要素が多すぎる』
トスラタトテは即答する。
『そちらに駆けつける時間が惜しいし、なによりハザマは自覚していないだろうが、長く通信術式を使用し続けてきた実績がある。
今回の件では適任者』
「そんなもんかなあ」
ハザマは自信がなさそうな態度で答えた。
「後始末については他の連中に任せるにしても、おれは具体的になにをやればいいんだ?」
ハザマにしてみればこの大騒ぎの事後処理を自分でやるよりは、こうした未知の案件に首を突っ込む方がいくらか気が楽だった。
王国がこの件をどのように処理をするのかはこの時点では不明だったが、公爵の一人が王都を大きく損なった上王城内で王子や王女を人質に取って暴れているのである。
物理的な後始末も大変そうだったが、それ以外の政治的な判断も前例がなさすぎて事後処理をする人々は頭を抱えているのではないか。
ハザマとしては、そちらで意見を求められるよりは王女の救出を手助けする方がずっと気安かった。
『わたしが先導して、混じり合った召喚獣と王女の意識の中に入る』
トスラタトテは説明をする。
『ハザマは、自分の身を誰からも動かされないよう守らせておいてくれ』
「おれが召喚獣の中に入るって?」
ハザマは眉根を寄せた。
「それって、おれの意識だけがってこと?
そんなこと、可能なのか?」
『可能』
トスラタトテは、これにも即答をする。
『ただし、急がないと王女の意識を救い出すことが出来ない』
「わかった」
ハザマはいった。
「おれの身を守ることについては、トエスと水妖使いに任せる。
ブラズニア公爵くらいには、簡単に事情を説明しておいてもいいな?」
それくらいのことをしておかないと、ハザマの意識が召喚獣の中に入っている間、無駄に騒がれてしまいそうだった。




