術理の解析
その前後、エルフのトスラタトテ、ハメラダス師、ゼスチャラなどを筆頭とする洞窟衆の魔法使いたちはグラウデウス公爵が使用している術式の解析に忙しかった。
筆頭に、というのは、その三人だけでその仕事に当たっていたわけではなく、通信術式を利用して動員できる魔法使いを可能なかぎり引っ張ってきて、同じ作業に当たらせていたからである。
それほどの短期間に大勢の人間が同じ作業をしようとしても、通常であれば相互の意思確認が出来ずに混乱をするばかりなのだが、上記の三人が適宜に分担を割り振って解析を進めたので、どうにかまともに進行することが可能であった。
そもそもグラウデウス公爵が使用していたのは、多くの魔法使いにとっては完全に未知の術式となる。
実際にはただ一行の呪文について大勢の魔法使いが意見を出し合い、その中で一番妥当性が高い推論について再度検討、検証を進めるという、試行錯誤を厭わない地道なやり方であった。
しかし、今では洞窟衆の活動範囲もかなりの広範囲に及び、関係する魔法使いだけでも相当な人数になっている。
そのおかげでその大勢の魔法使いが全員で知恵と知識を出し合い、競うようにしてその術式の実際の姿を露わにすることが可能となっていた。
各所からあがってくる断片的な解析結果をつつき合わせ、整合性のある全体像を類推していくのもまた、エルフのトスラタトテ、ハメラダス師、ゼスチャラの三人の仕事であった。
情報の出力と入力、その双方をこの三人が担当している形になり、それだけにかかる負担も大きかったが、なにぶん急な仕事でこの三人以外に関係した魔法の全体像を把握している術者はいない。
だから三人とも、それぞれの方法で必死になって仕事を進めていた。
なにしろ一刻を争うような事態である。
さらにいえば、この王国の浮沈さえかかっている。
愚痴や文句をいう暇さえ惜しかった。
にもかかわらずゼスチャラなどは、各所との連絡の合間に、
「なんでおれがこんなことを!」
的な愚痴を盛大に垂れ流してはいたのだが。
喧しかったが、ゼスチャラは決して無能ではなかった。
各所からあがってきた断片的な解析結果をつき合わせ、その間にある不足している部分を推測し、整合性がある形で隙間を埋めるような作業を得意としていて、ときには解析結果があがってくる前に自力だけで正解を出すようなことも多かった。
つまり、直感力に優れたタイプの術士であったわけだが、一刻を争うような今回の場合、ゼスチャラのこの直感力はかなり役に立った。
ハメラダス師は、ゼスチャラのような直感で正解を出すようなひらめきこそなかったものの、膨大な情報を短期間で読み込み、その全体像を把握し他人に説明する能力に優れていた。
これまでの経験から得た能力であると思うのだが、ゼスチャラのように個人的な資質に依らない、いいかえれば普遍的で相互の理解を推進する役目を果たす処理能力は、この場ではやはり重要といえた。
エルフのトスラタトテは、術者相互の情報の橋渡しと、それにハザマとの連絡役をしながら自分でも解析作業を行っている。
個人の術者としてみると、トスラタトテの解析効率は、おそらく今回関係した魔法使いの中でも群を抜いていた。
長寿のエルフであるだけにヒトの術者とは比較にならないくらい、膨大な魔法の知識を蓄えているがゆえに、未知の術式を前にしても誰よりも早くその意味するところを理解し、誰にでも理解出来る形へと書き換えることが出来る。
召喚魔法を主体としてその他雑多な術式を組み合わせて作られたグラウデウス公爵の術式は、トスラタトテにいわせれば、
「性根のひん曲がった、おおよそ素性のよくない」
術式であるといえたが、だからといってトスラタトテとしては、それを読み、解析することを苦とはしなかった。
どんなに非論理的な術式であっても、術式である以上は期待されるべき効能が存在する。
その結果を念頭において読み解きさえすれば、どんなに拙い、非論理的に思えるこんがらがった術式も筋目を読み取り解析することが可能であった。
トスラタトテの場合、魔法使いとしての経験の蓄積もそこいらのヒトの魔法使いの比ではない。
そのおかげでその内容が秘匿され、一般には流通していない召喚魔法のようなキワモノの術式についても真っ先に手を着けて誰よりも早く、大量に理解をし、解析することが可能だった。
トスラタトテは誰よりも大量の術式を読み込み、理解し、他の術者たちにも理解出来る形に書き換えた。
さらにそれをハメラダス師やゼスチャラに渡し、全体像の把握はそちらに任せて自身はその術式をさらに書き換えることに専念をする。
今回は研究や真理の探索ではなく、もっと差し迫った事態の収拾を目的としているのだ。
具体的にいえば、今暴れているグラウデウス公爵が使用している召喚獣をどうにかする方法を探すのがまず第一の目的であり、それ以外の諸々は後回しにしても問題はない。
とはいえ、
「読み込んだ膨大な術式のうち、どの部分がその目的のために必要なのか?」
を判断することはかなり難しかった。
作業効率がよいトスラタトテが真っ先に他の術者たちにとって馴染がない、召喚術関係の術式に手を着けているのもそこことに起因している。
基本的に、魔法使いという人種は拙速を嫌う、とされる。
彼らの多くは長い時間をかけて特定のテーマを研究する者たち、実用性を度外視し、自分の関心が向かうかどうかを第一義に考える性質を持っていた。
研究者気質というか、浮世離れした連中が多いわけで、その魔法使いをこれだけ差し迫った状況で迅速に、それも自分の専門外の術式について働かせることは、根本的にかなりの無理がある。
今回協力しているのは多少なりとも洞窟衆とつき合いがある魔法使いたちであり、実用性重視の姿勢についていえば、あくまで「魔法使いにしては」比較的理解がある方であったが、性急に成果を求められていることについては不満を持つ者が多かった。
これは、王都から離れた場所に居る魔法使いがほとんどであり、こちらの窮状について理解が浅かった、という事情も手伝っているわけだが。
いずれにせよ、人海戦術も魔法使いに限っていえば相応の無理を抱えており、その無理を強引に押し通すためにトスラタトテ、ハメラダス師、ゼスチャラの三名が必死になって働いた形になる。
グラウデウス公爵と直に対戦をしていたハザマに比べ、表沙汰にはならない地味な仕事ではあったが、彼ら魔法使いの働きがなければこの事態を収拾することは不可能であった。
地道な解析作業の末、トスラタトテはこの術式の勘所について、次第に理解を深めていく。
召喚獣の性質が、一番の問題となっていた。
不定形の召喚獣、中洲での騒動のときに現れた物とはどうも近縁種になるようだったが、この召喚獣には他の生物と接触することによって、その生物を操るという性質があった。
グラウデウス公爵が雇った術者は、その召喚獣の性質に通信術式の効果を付加することによって、特定の条件下において直に接触していない生物の体も操作が可能なように改良をしていた。
もっとも、その性質を最大に発揮出来るのは、操る対象がすでに死んでいて、意思を持たない状態であるので、なかなか使いどころが難しかったのだが。
さらにその不定形生物は、知性は乏しいながらも学習能力を備えており、何度も同じことを繰り返して教え込めば、特定の形状の構造物を動かすことも可能だった。
他の生物の死体やその一部分などを取り込んで動かすことが出来、さらに辛抱強く仕込めば無機物なども自分の一部分として認識させることが出来た。
こうした性質を利用し、根気よく仕込んでどうにか形にしたのが、例の巨人である、ということになる。
あれは、グラウデウス公爵配下の術士たちが試行錯誤の末ようやく作り上げた、知恵と工夫の結晶だったわけだ。
さらにその術者たちは、その召喚獣を従え、自分の思い通りに動かす方法について研究を重ねた。
これについては、もともと知性が希薄な生物であり、長く難航したようであったが、その召喚獣もろともを操作者の体の一部であると、そう錯覚させる方法をある時点で見つけたことによって解決をした。
操作者が、その召喚獣が操作しているすべての物を自身の一部として認識させることによって、動かす形である。
相当に無理のある発想であったが、どうにか実用化までこじつけたようだった。
これについてはトスラタトテは、
「かなり強引な方法だ」
と呆れるほかなかった。
例の巨人の制御に成功した術者たちは、今度はもっと手軽な方法で不定形召喚状を操作する方法を模索しだした。
あの巨人はなんといっても大柄で、実際に運用をするとなると人目に立ちすぎる。
さらにいえば、戦場などではゴーレムなど、もっと小回りが利く魔法が幅を利かせてもいた。
もっとも、人型をして大きな図体をして動き回るような代物が必要とされる戦場も、ほとんど存在していないのだが。
とにかくあの巨人は用途が極めて限定される。
もっと目立たず、手軽に件の召喚獣を使役する方法を見つけようとするのは、当然の帰結ともいえた。
それに成功をしたのが、あのグラウデウス公爵の姿だ、ということになる。
術者たちはそれまでの成果をさらに集結させ、召喚獣の操作者に他の生物を操ることが出来るような仕組みまで整えてしまった。
とはいえ、他の生物を操るなどという不自然なことは本来的に難易度が高く、かなり限定された条件下によってのみ、可能となったわけだが。




