目撃者の視点
迅い。
ハザマとグラウデウス公爵の攻防を見ていたアズラウストは、そんな感想を抱いた。
両者ともに動きが速すぎて、ともするとアズラウストでさえその動きを目で追えなくなる。
芝居がかった剣戟などではなく、どちらも相手を仕留めることを前提として渾身の一撃を繰り出していた。
自然、その場は緊迫感を帯びてくる。
これでは、手の出しようがないな。
アズラウストは、そう思った。
もしも手出し出来そうな隙があったら、アズラウストとしても助力を惜しむ気持ちはなかったのだが。
これだけの速度で攻防を繰り返しているとなると、下手な介入をすることはかえってハザマの足を引っ張ることになる。
つけいる隙がない。
とは、まさしくこのような状態なのか、と、アズラウストは得心した。
まず、グラウデウス公爵はなんらかの手段によって魔法攻撃の一切を無効化している。
結界ではないようなので、おそらくはルシアナ甲紋かそれにたぐいする術式による効果であろうとアズラウストは分析していた。
そのため、グラウデウス公爵に対して有効な攻撃を仕掛けようとすれば、物理的な物に限定されてくるわけで。
つまりは、今、ハザマがやっているように、原始的などつき合いになるしかないのだった。
グラウデウス公爵は、かなり余裕のある表情をしていた。
背中下から生えている太い鞭状の物体は、すでに何本かがハザマによって両断されていたのだが、そのたびに新しい物が生えてくる。
どうやら一度動かせる物は二本くらいに限定をされているようだったが、その鞭状の物体自体はかなり自在に新しい物を生やすことが出来るらしかった。
いや。
形が定まらない塊があって、それを一度に制御できる限界がせいぜい二本でしかない、ということなのか。
おそらくは、そうなのだろうな。
と、グラウデウス公爵は考える。
もしも何本も一度に動かせるのであれば、このハザマとの勝負も今とは別の様相を呈しているはずであった。
その動かせる二本のうち一本は、王子の体を戒めることに使われている。
グラウデウス公爵は何度か、間近に迫ったハザマの攻撃を遮るための盾としてその王子の体を使用していた。
また、グラウデウス公爵自身も、なかなか達者な動きをしている。
早さとか力強さとは別に、グラウデウス公爵は正統派の剣術使いでもあった。
達人の域にまでは達していないが、それでも実戦に際して遅れを取るようなことはない。
本体のみで考えても必要十分な戦闘力を有しており、その上さらに背中から伸びた鞭状の物体が縦横に襲いかかってくるので、ハザマも気が抜けないようだった。
その割には、ハザマの方も、ときおり、目の前の戦闘以外のことに気を取られているような表情を見せることがある。
あれはおそらく、洞窟衆の仲間と通信でなにがしかのやり取りをしているのだろうな、と、アズラウストは予想する。
無論、この場でわざわざそうしているのだから、相応に重要な内容なのだろう。
いや、十中八九、この戦いに関係した内容をやり取りしているはずであったが、アズラウストはその内容までは知ることが出来なかった。
そうした通信は内容が秘匿された状態で行われており、そして洞窟衆が通信関連に使用している暗号化技術はそれ以外の術者の水準から見ると数十年は進んでいるといわれているくらいなのだ。
だから、やり取りの内容までをアズラウストが知ることは出来なかったが、それでもハザマがこの戦いについてなんらかの策を用意していることは、容易に察することが出来た。
もともとハザマは、今目の前で繰り広げられている戦いが証明しているように、自分自身も十分な戦闘能力を持っているが、自分が先頭に立つことよりも他人に任せたりなんらかの策を用意してより少ない手数で勝つことを好む。
そんな傾向があった。
今回もその策が、うまく填まればいいのだが。
と、アズラウストは考える。
仮にハザマと洞窟衆が敗れたとしたら、今度はアズラウストがグラウデウス公爵を止めねばならない。
近衛や他の貴族たちがあてにならない以上、順番的にはそうなってしまうのだった。
そしてアズラウストはといえば、基本的には、ある程度は手口が予想できる相手を敵にすることを好む。
今回のグラウデウス公爵のようにどんな手段を用意しているのか予測がつかない相手ほど、心身両面において無駄な消耗を強いられるからだった。
その意味でハザマなどは、これまでの戦歴を見る限り、そうしたなにをしでかすのか事前に読むことが出来ない、そんな相手ばかりを敵に回して戦って来ているわけで、その一点だけでも十分に敬意を表すに値する。
そうした相手を敵に回し、現在に至るまで現に生き残ってきている。
その実績を軽視することは出来なかった。
今回の件についても、「ハザマならばどうにかしてくれるだろう」という安心感が、アズラウストにはある。
実質的には、手を出したくても出来ない状態にあったわけだが。
それでもハザマがまだ諦めていない様子を見せている限り、「今回もどうにかなるのではないか」という希望を持ってしまう。
しばらくして、様子が変わった。
両者ともに動きが激しいので、もう随分と長いこと戦いを続けているような錯覚をおぼえるが、実際にははじまってから数分といったところだろう。
それまで余裕の表情を浮かべていたグラウデウス公爵が困惑しているような様子を見せはじめる。
まるで想定外の変異に遭遇したかのように、露骨に戸惑っていた。
見ると、背中か伸びて王子の体を戒めていた物体が出鱈目に動き、ついには王子の体を放り投げた。
「おっと」
アズラウストは慌てた様子もなく駆け出し、難なく王子の体を抱き留める。
魔法により身体能力を向上させていたので、その程度の仕事は造作もなく完遂することが出来た。
「男爵!」
王子の体を保護したアズラウストは、叫ぶ。
「おうよ!」
ハザマも叫んで、そのまま素早く床に転がっていたメイスを掴みあげ、全身のバネを使ってグラウデウス公爵に投げつけた。
グラウデウス公爵は慌ててメイスの軌道上から飛び退いたが、出鱈目に伸びた物体のいくつかはもの凄い勢いで飛来したメイスに引きちぎられていた。
一方のグラウデウス公爵はといえば、どうやら背中の物体が暴走をしはじめたようだ。
何本もの鞭状の物体が背中から伸びて、めいめいが勝手に、目的もなく動いている。
アズラウストの目には、そう見えた。
なにが起こったのか、具体的なことはわからなかったが、ハザマか洞窟衆の誰かが、なんらかの細工をしたらしい。
グラウデウス公爵はといえば、突如自分の制御を離れて勝手に動き出した背中の物体を完全に持て余していた。
今では背中から太さが異なる鞭状の物体が十本以上も伸び、その上でおのおのが勝手に動き回っているような状態なのだ。
それらの物体の長さを考えるとどうみてもグラウデウス公爵自身の体重を遙かに上回っているはずであり、そんな細長い重量物がぶんぶんと風切り音を発しながら活発に動いていれば、それに振り回されないようにするだけで手一杯になるはずである。
事実、今のグラウデウス公爵は立っているだけで精一杯の様子であり、とてもではないがハザマの相手をまともに出来るようには見えなかった。
「ええい!」
グラウデウス公爵は叫んで、その背中から大きな物体がぼとりと音を立てて床に落ちた。
どうやら制御が不能になったとみて、その物体を切り離したらしい。
しかし、そうすることでグラウデウス公爵の体にも、鞭状の物体が当たるようになった。
これまでは密着をしていたおかげで当たらなかったのだが、分離して距離が出来たことによりグラウデウス公爵が本来ならば自分の物であったその物体による攻撃を受けることになった形だ。
「この!」
グラウデウス公爵は、罵声をあげながらその暴走する鞭の束に剣を向けはじめる。
「よ!」
そんなグラウデウス公爵に向かって、ハザマは次々と床から拾いあげた物を投げつけた。
床にはこれまでに倒された衛士や魔法兵たちが落とした武器がいくらでも転がっており、投げつける物には困らない。
ハザマ自身がグラウデウス公爵に近寄らなかったのは、暴走する鞭を避けながらグラウデウス公爵とやり合うのが単純に面倒だったからだろう。
別に距離を詰めなくとも攻撃をする手段があるのだから、この状況では当然そちらを選択する。
「牙猫ども!」
投擲攻撃を続行しながら、ハザマは叫んだ。
「順番に試してみてくれ。
公爵の体内の体液を暴走させる。
あの偽腕の体液を暴走させる。
周囲の死体の体液で公爵を攻撃する」
牙猫ども、とは、つまりはサーベルタイガー形態になっている、水妖使いの娘たちのことだと、アズラウストは知っている。
これまでその攻撃が防がれていたのは、おそらくはグラウデウス公爵がなんらかの防御策を講じていたから。
これまでに通用しなかった状態が、こうしている今も続いているとは限らない。
魔法を無効化する手段がどこに仕込まれていたのか、それがわからない今、順番に試してみるのは意味がある行為だった。
数秒を要せず、周囲に転がっていた死体から血流だけが集まって、一斉にグラウデウス公爵へと襲いかかる。
しかし、そうした血液はグラウデウス公爵の体に届く直前で力を失って霧散した。
現在でも、グラウデウス公爵の周囲は魔法が無効化されているらしかった。




