グラウデウス公爵の抵抗
頭上から迫る偽腕だけではなく、グラウデウス公爵自身も剣を構えてハザマに向け殺到していた。
どちらかを受ければどちらかにやられる、か。
ハザマは頭の中で素早く見通しを立て、まずは剣を抜いて偽腕を斬りあげる体制になった。
そうする間にもグラウデウス公爵の剣先はハザマに近づいてくる。
ハザマは降ってきた偽腕を剣で斬り払い、ついで、体を微妙に捻ってグラウデウス公爵の剣を躱す。
偽腕は予想をしていたよりも重たい感触があったが、どうにかハザマの剣でも両断することが出来た。
そしてグラウデウス公爵の剣筋は、速くはあるが鋭くはない。
素直で直線的で、つまりはどこをどう攻撃してくるのか、用意に推測することが出来た。
ま、こんなものだろうな。
と、ハザマは心の中で嘆息をする。
ハザマ自身、剣とか武芸の腕についてはからっきしなわけだが、それでも一時期はファンタルにしごかれ、数々の実戦も潜っているわけで。
そんなハザマの目から見たら、グラウデウス公爵の剣筋はあまりにも規範に則り過ぎであり、それだけに見通しが利きやすい。
その意欲に比べ、グラウデウス公爵は戦士としては凡庸に思えた。
たとえ今のグラウデウス公爵が改造された身であり、従来とは比較にならないほどの身体能力を得ていたとしても、その根本の部分は変わっていない。
グラウデウス公爵の動きには、「生き残るためには何でもやる」といった態の気迫や狡猾さが絶対に足りていなかった。
ハザマにいわせれば、グラウデウス公爵は、自分自身でこういうことをするのには、頭でっかちであり上品すぎる。
そして、そのことをあまり自覚してはいない。
このことは、うまく利用すれば大きなアドバンテージになるな、と、ハザマは思う。
そうした性格の根本の部分は、いくら表面的な能力が向上しようとも変わらない部分であったからだ。
ハザマは床に落ちていたグラウデウス公爵の偽腕、その切断した部分を視界の隅に認め、そちらを見もせずに蹴飛ばしてグラウデウス公爵から遠ざける。
その偽腕はまだ蠢いており、もしもグラウデウス公爵が拾いあげて自分の背中にくっつけたら、何事もなかったかのように使えそうな気がしたからだ。
完全に回復することはないにせよ、敵にとって有利になりそうな要素は出来るだけ少なくしておいた方がいい。
『今、グラウデウス公爵が近衛や貴族たちを操っている、そのからくりを解析しているのだが』
唐突に、トスラタトテがそんな内容を伝えてきた。
『なかなかに興味深い。
どうやらやつは、召喚獣の性質をうまく利用して他者の意識に影響を与えているらしい。
以前、王城内の者の反応が一拍遅れるとか知らせてくれた者が居たが、つまりはその性質を経由して外界に反応して居た者が、そんな風に遅れて反応を返すようになるらしい』
『詳しい研究内容はそちらで検討してくれ』
ハザマは短く答える。
『知っていると思うが、こっちは取り込み中なんだ』
研究も考察も対応も、今のハザマには関わっている余裕がなかった。
というのは、このときのハザマは、グラウデウス公爵から何度も斬りかかられている最中だったからである。
避けるか、剣で相手の攻撃を弾くか。
とにかくなんらかの対応をしないと相手に斬り殺されるだけなので、この時点でのハザマは気を抜くことが出来ない。
抜きようがない。
『では手早く内容をかいつまんで伝える』
しかし、トスラタトテは説明を続けた。
『こうした性質を持つ召喚獣は、どうやら不定形で他の生物の体を操る召喚獣とは別種の存在であるらしい。
それよりも重要なのは、そうした他の生物の意識と接続する性質を持つ召喚獣の能力と、他の生物の体を操る召喚獣の能力とかうまい具合に絡み合っていることだな。
後者の能力は通常、物理的に接触をしていないと効果がないようだが、別の召喚獣の能力に相乗りすることで、離れた場所に居る生物の意識に働きかけ、体も操れるようになる』
『結果としては他の生物を遠隔操作することが可能になったってことか?』
『結論からいえば、そういうことになる』
故意にそうしたのか偶然そうなったのかは不明だが、いや、実験を重ねる過程でたまたまそういう効果が発生したと見るのが妥当なのだろうが、ともかくも今、大勢の人間がその能力によって操られているわけで。
『対策は?』
ハザマは短く問いかける。
今、必要とされているのは、そうした機序や詳細ではなく、具体的な対応策なのである。
『大雑把にいって二通り、考えられる』
トスラタトテは早口に答えた。
『まずは、グラウデウス公爵を捕らえて完膚なきまでに叩きのめすこと。
能力を持っているのはグラウデウス公爵だ。
そのグラウデウス公爵が不明な状態になれば、自然とその効果も途切れる』
『もうひとつは?』
『今試みているのだが、こちらから術式などを経由して、その遠隔操作能力が機能しなくなるよう妨害を試みている。
ただこれは、なにしろ未知の生物の能力を解析して干渉というのだから、どれほどの時間が必要になるのかがまるで読めない。
通信術式に似たような部分がないわけでもないので、まるっきり手掛かりがないというわけでもないのだが』
つまりは、グラウデウス公爵をどうにかするのが一番確実で手っ取り早いというわけだった。
『すぐにそれが出来てりゃ、誰も苦労はしねえって!』
こうした問答を行っている今も、ハザマはグラウデウス公爵と芝居じみたチャンバラを演じている最中だった。
もう何本も公爵の偽腕を斬り飛ばしているのだが、グラウデウス公爵はあまり弱っているようには見えない。
やはり本体をどうにかしないと、どうにもならないようだ。
に、しても。
と、ハザマは思う。
これでグラウデウス公爵は、なかなか隙がない。
剣術は、あくまでハザマの目から見れば、だが、なかなか正統派に見える。
剣筋が端正で面白みには欠けるのだが、その分、隙も少なかった。
さらにいえば、グラウデウス公爵は偽腕も使える。
何度か隙を突いてハザマがとどめを刺そうと迫った場面もあったのだが、そのたびに偽腕に邪魔をされた。
そのうちの一度か二度は、王子様の体を掴んだ偽腕がグラウデウス公爵とハザマとの間に王子様の体を割り込ませ、それ以上のハザマの動きを封じている。
単純に速度や力の強さを比較するとハザマの側がやや有利なのだが、グラウデウス公爵は偽腕と人質をうまく活用してハザマの攻撃を捌いていた。
攻守ともに一種の人外的な存在であったから、その動きはめぐるましく、とても速い。
ハザマも当事者ではなく見物人であったなら、その芝居がかった剣戟を大いに楽しんだはずだ。
しかし悲しいかな、今のハザマはその派手で素早い剣戟を観る側ではなく、演じる側なのである。
気が抜けないから精神的には疲れるものの、肉体的な疲労はあまり感じないのがまだしもの幸いといえた。
王子様だけでも、どうにかならんかなあ。
剣やトンファーを縦横に振るって素早く動きながら、ハザマはそんなことを考える。
人質さえいなければ、もっと思い切ったことが出来るんだが。
遠くからグラウデウス公爵に向かって砲撃魔法をお見舞いするとか、あるいはこの天守の床を何層か抜いてグラウデウス公爵を落下させるとか。
人質さえいなければ、相手に合わせてこんなチャンバラを演じなくとも、対処する方法はいくらでも思いつくのだった。
そもそもハザマは、正々堂々とかフェアプレイの精神から遠いところに居る。
自分たちの生死と、それにこの王国の未来を賭けるこのような戦いで、なりふりを構っている場合ではないと、本気でそう思っていた。
それはグラウデウス公爵にしてみても、同じなのだろうが。
グラウデウス公爵の攻撃を捌きながら、ハザマはグラウデウス公爵の表情を観察していた。
今のところ、グラウデウス公爵は焦っているようには見えない。
それどころか、ハザマとの決闘を楽しんでいるようにさえ、見える。
あくまで表面的には、上機嫌なように見えた。
そのことに、ハザマは強い違和感をおぼえている。
この状況で、まだなにか手を隠しているのか?
グラウデウス公爵は、天守のこの階に孤立している。
配下の魔法兵やその他、操っている近衛や貴族たちがこの場に駆けつけようとしても、ハザマが姿が認めた時点でバジルの能力によって動きを止めるので、戦力にはならかなった。
グラウデウス公爵自身にはバジルの能力は通用しないようだったが、だからといって公爵が単身で動いているだけでは出来ることに限りがある。
現に、ハザマの相手をすることで他のことが出来なくなっているような状態だ。
その他に、グラウデウス公爵がこの状況を打開できる手段を持っているとすれば、それはなんだろうか?
グラウデウス公爵と剣を交えながら、ハザマはそんなことを考えている。
『解析が終わった』
しばらくして、またトスラタトテからの通信が入った。
『試しに、他の生物を操る能力を逆流させてみようと思う』




