決闘の前
「よしわかった」
少し考えた末、ハザマはそう結論をした。
「それじゃあ、やっぱり決闘をしよう。
もちろん、バジルはここに置いていく」
「男爵!」
アズラウストが真っ先に反応した。
「あまりにも危険です!」
「いつまでも睨み合いをしていも埒があかない」
ハザマはいった。
「それに、やつはおれの首こそが欲しいんだ」
グラウデウス公爵は、あの術者を倒したバジルのことを警戒している。
同時に、ハザマの存在さえなければ、後はどうにでもなると考えている節がある。
仮にこの時点でハザマがこの世界からいなくなったとしても、ここまで組織として肥大化した洞窟衆や冒険者ギルド、それに、それらの働きによって作られた成果の影響がいきなりなくなるわけでもないはずなのだが。
それでも、「旧来の世界」をよしとするグラウデウス公爵として、まず元凶であるハザマに退場して貰いたいはずだった。
さらにつけ加えれば、今ならばグラウデウス公爵は自分が圧倒的に有利な立場に居ると、そう確信をしている。
仮に単身でそんなグラウデウス公爵に挑んだとしても、つけいる隙はいくらでも作れそうな気がした。
「トエス」
ハザマはそういって肩に乗せていたバジルを掴み、トエスの方に放った。
「しばらく預ける」
「え!」
反射的にバジルの体を手のひらで受け止めたトエスは、抗議の声をあげた。
「ちょっと!」
「これで文句はないな」
しかしハザマは、それには取り合わずにグラウデウス公爵の方へと進んで行く。
「これはこれは」
グラウデウス公爵は破顔した。
「無論、ありませんとも!」
おそらく、改造を施された今の体と、それに王子を人質に取っていることでかなり自信を抱いているのだろう。
自分が敗北する可能性があるなどと、微塵も思っていない余裕のある笑顔を浮かべていた。
『ハザマ』
そんなとき、エルフのトスラタトテが早口で語りかけてくる。
『これから支援をする』
『そこからなにが出来る?』
ハザマは、早口に訊き返していた。
『あれが周囲に及ぼしている影響は、通信術式に似たなにかに依っていると考えられる』
トスラタトテも早口に説明をする。
『ハザマの通信を経由してあちらの手の内を解析し、利用することが出来るかも知れない』
ハッキングみたいなものか?
と、ハザマは考える。
ハザマの想像が的外れでなかったとしても、そもそも通信に使用される波長やプロトコルの解析からはじめなければならないわけで。
成功する可能性はともかく、そんなこと実際にやるとなれば……。
『かなり時間がかかるんじゃないか、それ』
ハザマは思ったままのことを訊ねた。
『つまりは、これから相手の手口を研究して対策をします、ってことだろう』
『可能な限り速やかに終わらせる』
トスラタトテは断言した。
『ハザマがあれと近距離に居さえすれば、なにかとやりやすい。
ハザマはそのまま自分が思うとおりに動いて』
ハザマの側はなにも気を使う必要がないらしかった。
そういうことなら、好きにやらせておくか。
ハザマとしては、そう思うしかない。
仮に トスラタトテが思うような効果が出せなかったとしても、それでもともとではある。
おれが単身で、グラウデウス公爵を倒してしまえばいいだけのことだ。
とも、思った。
人質を取られている以上、それがそんなに容易い仕事だともハザマは考えていなかったが。
ま、出たとこ任せは今に始まったことでもないしな。
ハザマとしては、そう思い切るしかない。
「まずは、そこで」
十歩ひどの距離にまで迫ったとき、グラウデウス公爵はハザマを制止した。
ハザマは、素直にその地点で立ち止まる。
「なにも小細工などしていないな?」
グラウデウス公爵がそんなことをいった。
「そんな物をする暇があったか?」
そう応じながらもハザマは、
「自分が人質を取っている側でなにをいうのか」
などと思っている。
仮にハザマはグラウデウス公爵のいう小細工をしていたとしても、この場で素直に申告するわけがない。
この場でハザマが身につけている武器といえば腰に差した長剣と腿のホルスターに装備しているトンファー。
それと、地面にいくらでも転がっている近衛とか魔法兵とかが落としたままになっている得物も、場合によっては拾って使うこともあり得た。
ただ、いくら武器が豊富にあるといっても、それだけで勝てるような相手でもないのだが。
「せっかくの決闘だ」
グラウデウス公爵はそういって両腕に抱きかかえていた王子様の体を背後から伸びた自分の偽腕に託し、自分の腰から剣を抜き放って構えた。
「これでお相手しよう」
なかなか、様になっている構えだった。
おそらくは貴族の嗜みとして、それなりに修練を積んで来てはいるんだろうな、と、ハザマは思う。
実戦経験の有無までは、ハザマは把握していなかったが。
それよりもハザマは、グラウデウス公爵の背中から伸びている偽腕のことが気になっていた。
かなり太く、だからハザマは「触手」ではなく「偽腕」と呼んでいるわけだが、これのところグラウデウス公爵は、一度に一本から二本しか出していない。
かなり器用でどこまで伸ばせるのか、最大の長さも不明。
指はないが、形状を変えて物を掴むことも出来る。
リーチが不明なあの偽腕は、実際にグラウデウス公爵と対戦するとなると、かなりの脅威となるはずだ。
『意識を集中しないと、あまり器用には動かせないようだ』
ハザマの考えを読んだのか、トスラタトテがそんなことをいった。
『おそらくは習熟の問題だろう。
本来自分にはついていない器官を操ることになるからな』
『適当に振り回されるだけでもかなり怖いんですけど』
ハザマは即答した。
あの偽腕の場合、リーチと速度だけ、それにあれがいつ動くのかわからないと警戒をするだけでもかなりの注意力を必要とする。
決闘の最中にそこまで気にかけねばならないということ自体が、すでにハンデとして機能している形であった。
あれ、剣で切り飛ばしたどうなるのかな。
と、ハザマはそんなことを考える。
『直後に多少は動けるかも知れないが、後はそのままのはずだ』
トスラタトテが、また即答をした。
『ハザマが考えているように、遠隔操作などは不可能。
もしもそんなことが可能であったら、あの巨人ももう少しやりようがあったはず』
それもそうか。
と、ハザマはすぐに納得をする。
あの巨人とグラウデウス公爵の偽腕とは、おそらくは似たような技術によって作られている。
立場からいえば、あの巨人の方が試作品でグラウデウス公爵が本番、なのだろう。
より洗練された技術が使われている可能性はあったが、基本的な機能にはそんなに差がない、はずだ。
つまり、人間の動きから隔絶した動き方は出来ない、という点において。
あの巨人がどうして人の、直立二本足歩行の形態をしていたのか。
それ以外の形態であると、操作をする側が戸惑うからだ。
以前に、そう考察をされていた。
グラウデウス公爵のあの偽腕も、意識して動かすことにはまだ慣れていないはずだった。
動かすことに慣れるような時間は、そんなになかったはずなのである。
『もしも可能であったなら、容赦なく切断せよ』
トスラタトテは、そうもいった。
『質量のことを考えると、それほど大量の肉塊をあの公爵が背負っているとも思えない。
一度切断をされたら回収する動作の分隙が出来るし、なにより相手の手数を制限することになる』
『いわれずとも、やれるだけのことはやりますけどね』
ハザマも即答する。
もしも隙があったら、だが。
あの王子様だけでも先に助け出して、回収しておきたかった。
そうするだけで、ハザマの勝率が格段に向上するからである。
ハザマとトスラタトテがそんなやり取りをしていたのも、時間にすればほんの数秒のことであった。
心話による通信は、使い慣れてさえ居れば瞬時に概念やイメージを送り合うことが出来る。
ハザマやトスラタトテのような熟練者同士が使用すると、ごく短時間のうちに密度の濃い情報のやり取りが可能だった。
まあ、おれがやるべきことはあんま変わらんよなあ。
と、ハザマはそんなことを思う。
王子様を解放し、同時にグラウデウス公爵をぶちのめす。
これだけのことをした後に下手に生かしておいてもかえって地獄を見ることになるはずなので、本人のためにも完全に息の根を止めるつもりでかかった方がよさそうだった。
責任の所在を追及されるべき存在がすでに死んでいたら、紛糾のしようもない。
その分、王国も復興作業などの後始末の方にリソースを割けることだろう。
「ハザマ男爵」
グラウデウス公爵が静かな声で訊ねた。
「貴様、今、なにを考えている?」
「あなたを倒した後のことを」
ハザマは素直に答えた。
「後始末が大変そうだな、と」
その返答を聞いたグラウデウス公爵は一瞬、怒りの表情を浮かべたが、すぐに顔を引き締めた。
「それが貴様の手か、ハザマ男爵」
少し間を置いて、グラウデウス公爵は続ける。
「故意に相手を怒らせて、平常心を奪う」
「あなたの中では、そういうことなんでしょうね」
ハザマは投げやりに答えた。
「それよりもさっさとはじめませんか?」
多分この人には、なにをいっても無駄だ。
この時点でハザマは、このグラウデウス公爵と言語によってコミュニケーションを取ることを諦めていた。
なにをいっても自分に取って都合がいいようにしか解釈をしないのだ。
「承知した!」
次の瞬間、グラウデウス公爵の背後から伸びた偽腕がうなりをあげてハザマに襲いかかった。




