未完の勝ち筋
味方であるはずの近衛兵たちに抜き身の剣を向けられても、ハザマは動揺することがなかった。
すぐにバジルの能力によって全員の動きを止めたので、実害はない。
また、ハザマにしてみれば、
「無駄だとわかっているはずなのに、なぜこんな無駄な真似をするのか?」
という疑問の方が大きかった。
「おれには、無駄ですよ」
だから、淡々とした口調でグラウデウス公爵に、そう告げる。
「わかっているはずだ」
人数をたのむようなやり方は、ハザマに対してはまるで効果がない。
いくらかでもハザマのことを知っている者にしてみれば、それは自明の事実であるはずなのである。
だからハザマとしては、これがハザマたちの気を逸らせてその隙になにか別のことを画策するグラウデウス公爵のはったりではないかという警戒の念を強めていた。
このわかりきったことをわざわざ口に出して告げたのは、グラウデウス公爵を牽制する意味もある。
「果たして、本当にそうなのかな?」
しかし、グラウデウス公爵は余裕のある態度を崩さずにそういった。
「この天守に入ってきた近衛のすべてが男爵の敵に回ったとしても、同じことがいえますか?」
ハザマはしばらく口を閉ざした。
グラウデウス公爵の言葉が意味することを、考えていたのである。
「そんなことが出来るのか?」
とは、あえて訊ねなかった。
この場でグラウデウス公爵がそんなはったりを使うべき理由がないから、だ。
グラウデウス公爵はこうしている今も余裕のある態度を崩していない。
つまりは、なんらかの成算があるということで、だとしたらこの天守に入った近衛兵をなんらかの形で意のままにする力を、このグラウデウス公爵が持っている可能性が高かった。
ルシアナの「魅了」、いいや、そこまで強力な力ではない、はずだ……と、思う。
ルシアナの「魅了」は、ただ近づいただけの生物をそのまま操ることができる、強力な能力だった。
その能力に対する耐性を持たない存在にとっては、無敵に近い能力であるともいえる。
「……かなり以前から、周到に準備を進めていたということか」
ハザマはすぐに、そう結論をした。
「そもそもの最初、異変について知らせてくれたのは、王城勤めの衛士だった。
同じような異変が王城の外、例えば近衛の中で進行をしていても、おかしくはない」
「よくそこに気がつきました」
グラウデウス公爵はそういって拍手をした。
「近衛とあなた方が倒したあの巨人、その威容にばかり目を引かれていて、それ以前の前兆を合わせて警戒することがなかった。
それがあなた方の敗因ですよ。
それとも、今、城内に詰めている近衛と貴族たちの郎党、そのすべてを汚染された者として切り捨て鏖殺して回りますか?」
そこまで広い範囲に、影響を及ぼせるのか。
ハザマは、呆れた。
「召喚獣の中に、人間を洗脳する能力を持ったやつが居たんだな?」
ハザマは、そう確認をする。
「洗脳とは人聞きの悪い」
グラウデウス公爵は反駁した。
「ただほんのちょっと、各人の思い込みをほぐし、別の概念を植え付けているだけですよ。
たとえば、この王国の王子様が捕らわれたとしたら、それはこの国の実権が移ろうための好機である。
時代を担う王子様を抱えている側に道理が、王位を継ぐべき正当性が存在すると。
そんな、概念を」
つまり、グラウデウス公爵は王子様の身を人質としている限り、近衛や貴族たちからの信認を得ているわけであった。
さらにいえば、長期的な展望を考えて、その上で自分の立場を正当化するために、そんな洗脳をこれまでこつこつと植えつけてきたのだろう。
「回りくどい真似を」
ハザマは渋い顔になる。
「そこまでして自分は正しいと、周囲の人間に認めて貰いたいのか?」
案外、グラウデウス公爵の動機は、そんな単純なところにあるのではないだろうか。
「ええ、認めて貰いたいですね!」
グラウデウス公爵はここで声を大きくした。
「ハザマ男爵。
あなたにわかりますか?
盤石に思えた足元が日々に脆弱になっていくことを実感する、あの感触を!
それまで微塵も疑うことがなかった自分の地位や身分が、次第に単なる虚妄に過ぎないのではないかと思えてくる心細さを!」
「生憎と、おれにはあなたの人生相談を受けるべきいわれがない」
ハザマは素っ気なく返答をする。
「ただひとついえることは、この世界に存在するほとんどの人間は、あなたのいう脆弱で虚妄に思えるような地盤さえ持たずに、浮き草のような不確かな人生を生きているということだけだ。
あなたの悩みが取るに足らない物だというつもりはないが、この世にはもっと切実な、自分や家族の生命に関わる問題を抱えている人間の方が圧倒的に多い。
あなたはそうした人々を大勢死傷させてきているし、それに、こうしている今も、あなたは他人をおもちゃにして自分の欲望をまっとうしようとしている。
あなたの悩みは、そうした、あなたのために被害を受けた人々への罪状を罷免する根拠にはならない」
食うや食わずの状態でどうにか生を繋いでいる人間がごまんと存在するこの世界において、グラウデウス公爵がかかえた苦悩は、比較的「深刻ではない」ものであるように、ハザマには思えた。
あるいは、
「なにを脳天気な」
とでも、いってやりたくなる。
本人にとっては深刻なのだろうが、もっと過酷な状況で生きている人々とこれまで身近に接してきたハザマからすれば、一笑に付したくなるほどに軽薄な物だった。
仮にグラウデウス公爵の悩みにハザマが感情移入をしたとしても、それでこれまでグラウデウス公爵が直接的間接的に行ってきた加害による被害がなくなるわけでもない。
ハザマにいわせればこの場に及んでそんな戯言をいうグラウデウス公爵の態度は、どこまでも自己中心的でありこの事態を客観的に見る能力の欠如を証明しているようにしか見えなかった。
グラウデウス公爵が「どんなつもり」で今回の事に及んだのか知ったことではない。
ここでハザマがやるべきなのは、一刻も早くグラウデウス公爵の影響力を無力化して、事態の収拾を図ることである。
その目的を完遂するためにはやはりグラウデウス公爵を問答無用で殺害するか意識を喪失させることが一番手っ取り早いのだが。
……人質が、なあ。
と、ハザマは思う。
グラウデウス公爵の腕に、身動きも出来ないほどにしっかりと抱かれている王子様。
あの、クリフと同年配に見える子どもが、ハザマの行動を鈍らせていた。
『あいつの死角まで移動して、一気に襲うことは出来るか?』
ハザマは通信で水妖使いたちに確認をする。
『襲うところまでは出来るけどー』
『うまくはいかないんじゃないかなー』
『透明な腕があるしー』
グラウデウス公爵の背中から生えているように見える、太く透明な偽腕。
近寄る物があれば、あれでブロックされるのではないか。
水妖使いたちは、どうもそういいたいらしかった。
『あれ、マズいんだよねー』
『さっき食べたのと、同じ匂いがするー』
『あんまり食べたくはないかなー、って』
水妖使いたちは訊いてもいないことまでべらべらとしゃべりはじめた。
この牙猫たちは、つい先ほど巨人の中身であったあの術者の体、その一部を囓り取っている。
そういえばバジルも、あれはあまり食べたがってはいないな、と、ハザマは今さらながらに思い当たった。
あの偽腕の部分は、おそらくはこの世界とは異なる摂理によって動いている異界から来た物で構成されているのだろう。
ハザマたちは「召喚獣の一種」と見なしているわけだが、あれが本当に「獣」、つまり動物であるかどうかは実際にはわからない。
この世界にだってバジルやルシアナのような存在が居るわけだから、召喚魔法で呼び寄せる存在が通常の意味での動物や生物である保証はなかった。
『やつらは、どうやら他の生物の意識に干渉をしているらしいな』
唐突に、ハメラダス師が通信でそんな内容を送ってきた。
『通信術式に似ているところもあるが、それよりも強引で影響力が強い』
『原理とかその他の詳しい内容を聞いている暇はありません』
ハザマはすぐに断りを入れた。
『今必要なのは、あれへの対応法です。
近寄ってくればバジルの能力で動きを止めることは出来ますが、バジルの能力の範囲外から攻撃をされるとこちらではどうにも出来ません』
一例をあげると、ハザマたちが居るこの天守へ火でもつけられると、ハザマとしてはこの場から逃げるしか対応法がない。
『やつらの影響力はどこまで及んでいるのですか?』
続けて、ハザマはそう訊ねた。
一刻も早く把握しておくべき情報である。
『現在、続々と大勢の近衛兵や貴族たちがそちらの天守へ向かっている』
ハメラダス師は即答をした。
『人数が多すぎて制止することも出来ん。
皆、それまで手をかけてした仕事をいきなり放り出してそちらに向かっているようだ』
仮に逃げたとして、そこでまた包囲をされるわけか。
と、ハザマは思った。
バジルの能力がある以上、そうなってもすぐに捕まる心配はないのだが、それでも状況は非常によくない。
なんといっても、グラウデウス公爵を止める方法、勝ち筋を思いつかないのが、まずい。
今、割と危機的な状況にあるんじゃね?
などと、ハザマは他人事のように考えていた。




