公爵の手段
「意味?
意味だと?」
グラウデウス公爵は怪訝な表情になった。
「さて、そのような物が必要なのかね?
己の成るべきことを成す。
それが権力を持つ者の醍醐味であると思うが」
あかん。
と、ハザマは思う。
義務と責任とをセットとして考えているハザマと、生来の、産まれたときから領主様になることが決定していたグラウデウス公爵とでは、そもそもの発想からして大きな齟齬が存在する。
グラウデウス公爵からしてみれば理由なぞ、
「やりたいし、出来るからやる」
で十分だし、そのことに微塵も疑問を抱いていない。
世襲の領主様とは、一歩間違えるとこれほど止めにくいものなのか。
と、ハザマは改めてそう思った。
いや、今回のこの騒動に関しても、グラウデウス公爵領の内部に反対者がまるで居なかったとも思えないのだが、この公爵様はまるで聞く耳を持たなかったのだろう。
場合によっては、なんらかのもっともらしい口実を設けて左遷とか処刑を行っていた可能性すらある。
自分の欲望に忠実、といえば聞こえはいいのだが。
まあ、領主とか為政者の発想ではないわな。
心の中でハザマは、そう結論づける。
なんといっても、目の前の現状を否定していたずらに過去を美化している。
そうした懐古主義は、引退したご隠居がやっているのならばまだしも害がない。
だが、現役の領主様が、それも今回のようなかなり強引な手段にまで訴えるということになると、犠牲も問題も多すぎる。
要するにこのグラウデウス公爵は、特に苦労することもなく公爵様としてふんぞり返っていられた時代を懐かしんでいるだけなのだ。
いや、その時代、ハザマ出現以前であっても、貴族や領主には相応の悩みや苦労があったはずであり、しかしそのことはきっぱりと脳裏から消え去っている。
今も昔も、それに世界が変わっても、ある程度以上の組織を運用していく指導者はなんらかの悩みを抱えているはずであった。
時代や状況が変ればそうした悩みの性質が変わるのかも知れないが、悩みがなくなるということは考えられない。
指導者や経営者という者は、その責任に応じた重みを常に背負っているものではないのか。
周囲の環境の変化を無視して一種の現実逃避を図っているようでは、領主や指導者としては完全に失格であるとしか思えなかった。
そんな人間が王族を滅してこの王国を乗っ取ったとしても、その後はどうするつもりなのだろうか。
ハザマはとしては、そんな疑問を抱いてしまう。
ただでさえ、簒奪後の舵取りは難しい。
信用の出来る配下を選別することからはじめなければならないからだ。
そもそも不当な手段によって得た有意を認める者はただでさえ少なくなりがちであるし、そうして残った者にもそれなりに得心のいくプラン、未来図を提示して見せないと、後が続かない。
それまでの現状に不満があったから下克上をしたわけで、その簒奪が成功した瞬間から、周囲から、
「さて、どんなビジョンを提示してくれるのか」
と期待半分の品定めをされるところからスタートするのが、簒奪者の現実だろう。
そしてグラウデウス公爵は、仮に首尾よくこのクーデターに成功したとしても、周囲に喧伝をするべき計画やビジョンを……。
「持っては、いないだろうな」
と、ハザマは、内心でそう断じる。
そもそも、具体的な構想があるのならば、そのまま正規のルートで国王に懸案すればいだけのことである。
王国大貴族であるグラウデウス公爵はそうしたことが可能で、かつしやすい地位に居た。
なにもこれまでその手の働きかけを一切した様子が見られないということは、つまりは具体的な政策その他の構想をほとんどなにも持っていない、ということなのだろう。
やれやれだな。
と、ハザマはそう嘆じる。
ハザマとしては野心や陰謀、クーデターを全否定するつもりはないのだが、そうした行為には常に多大な犠牲がつきまとう。
どうしても実行に踏み切るというのならば、その前にもっと穏当な手段を尽くしてからにするべきだし、さらにいえばそんな大胆な手段に訴えるのであれば、それ相応の思想や哲学を持っていて欲しかった。
これまでの発言を聞く限り、グラウデウス公爵が望んでいるのはひたすら後ろ向きであり、未来に対する具体的な構想などなにもない。
グラウデウス公爵は、自分の権力を世襲で譲られた領主様としてはそれなりに無難な存在であったのだろう。
しかし、現状を分析して未来を切り開くような能力はなさそうだった。
従来の王国のような、確たる枠組みが存在した世界の中でなら、自分の役割を演じることが出来た人物だが、現在そうなりかけているように、その枠組み自体が揺らぎはじめた時代の中では居心地が極めて悪い。
つまりは、そういう人物なのだろうな、と、ハザマはグラウデウス公爵についてそう評価を定める。
だったらこの現状を嘆きながら、おとなしく消えていけばよかっただろうに。
とも、思わないでもなかった。
仮に王国が大貴族を切り離したとしても、グラウデウス公爵領の威光がすぐに消え失せてしまうわけでもない。
以前よりは羽振りがよい生活は出来ないかも知れなかったが、それでもまだまだ大身の大貴族様として穏やかに老いていくことも出来るはずだった。
しかし、グラウデウス公爵は、どうもそれでは不満であったようだ。
まあ、本音で動いてはいるんだろうけど。
ハザマは、そうとも思う。
ただしその本音に基づいた行動は、多大な破壊と殺戮、迷惑をこの王都に振りまいている。
その逆に、後に残る成果物はほとんどない。
強いていえば、グラウデウス公爵自身の個人的な満足感くらいなものか。
善悪を度外視したとしても壮大な蕩尽、施設と人命の無駄使いとしか、ハザマの目には映らなかった。
一言でいえば、
「はた迷惑なことだ」
ということに尽きる。
その迷惑なグラウデウス公爵を見据えて、ハザマは、
「さて、どうしたもんかな」
と思案をする。
そして、
「この場で決闘を申し込んだら、受けてくださいますかね?」
と、ハザマは提案する。
「もちろんだとも」
グラウデウス公爵は鷹揚に頷いた。
「その手の申し出を蹴るのは貴族としての名折れでもある。
ただ、その厄介なトカゲはわかりやすい場所に置いて、ハザマ男爵単身で挑んで貰おう」
やはりそうなるか。
と、ハザマは思った。
ここまでの準備を進めてきたグラウデウス公爵が、バジルのことを見過ごすわけがなかった。
いや、今のグラウデウス公爵が一番警戒をしているのは、このバジルの存在だろう。
あの巨人の中身であった術者を直接破ったのも、このバジルなのである。
その時の子細についても、このグラウデウス公爵はなんらかの方法で把握をしているのではないか。
あの巨人に見張りをつけ、後で経過を漏らさず報告させるくらいのことは、このグラウデウス公爵ならば、当然していそうに思えた。
というか、ハザマがグラウデウス公爵の立場であったなら、必ずそうする。
対ハザマ戦の、貴重な実戦データをそのまま記録せずに終えるわけがないのだ。
その伝でいくと、あの巨人はそこまで含めて、先行してデータを取るために用意されたのではなかったか。
そう考えると、しばらくの間、あの巨人に注意が集中するように仕向けていたことについても、納得がいくのであった。
「本当に決闘なんかするおつもりですか?」
「まさか」
アズラウストに訊ねられたので、ハザマは即答をする。
「この時点でそんなことをしても、なんの益もありません」
グラウデウス公爵は、相変わらず王子様を抱えている。
それが厄介だった。
あの人質がいなかったら、もっと思い切った手段に訴えることも出来るのだが。
グラウデウス公爵の腕に抱えられた王子様は、蒼白な表情ですっかりおびえきっている。
今まで、グラウデウス公爵が護衛の衛士たちを皆殺しに、その直後にこの現状になっているのだから、年端もいかないあの王子様が怯えているのも無理はなかった。
やりにくいな。
と、ハザマは思う。
あの子どもがこの国の王位を継ぐ立場だからではなく、怯えた子どもが人質になっているという事実がハザマを萎縮させている。
ハザマは冷静にこの状況について考え、グラウデウス公爵の狙いを悟ろうとした。
この場で時間稼ぎをしても、グラウデウス公爵にとっていい状況になるとは、到底思えなかったからだ。
むしろ、時間が経てば経つほど、この場に王国側の人間が駆けつけて、グラウデウス公爵の逃げ場がなくなるはずで。
「あなたはなぜ逃げないのですか?」
ハザマはグラウデウス公爵に聞いてみた。
「今のその体なら、この場から遁走することも可能に思えますが」
グラウデウス公爵の改造された体、その詳細についてハザマは把握していなかったが、あの巨人であった術者と同等の性能であると仮定すれば、王子様を抱えたままこの天守から降りていくくらいのことは簡単に出来そうに思えた。
「遁走するだと?」
グラウデウス公爵は不快そうに顔を歪める。
「なぜこのわたしが、逃げなければならないのかね!
これほど有利な立場にあるというのに!」
その言葉が終わる前に、グラウデウス公爵の周囲に倒れていた、血塗れの者たちが次々に立ちあがった。
「そうか!
あの……」
巨人を制御していた召喚獣の特徴は、不定形であり、他の生物の体を操れることにある。
この場の、これまでに倒してきた衛士たちの体を自分のために役立てることは、グラウデウス公爵にしてみれば造作もないことだった。
「トエス!」
グラウデウス公爵から視線を逸らさないまま、ハザマは叫ぶ。
「わかっているって!」
トエスは即応し、次の瞬間には立ち上がった衛士たちの全身からどす黒い血液が噴射する。
一気に体外に排出した血液は空中で合流し、太い鞭となって衛士たちの体に打ちつけられ、そのまま水分の抜けた体組織を容赦なく砕いていった。
「なんだこれは!」
この時になって、ようやくこの場に到着した援軍が、ハザマの目の前で繰り広げられている酸鼻な光景を目にして驚愕の声をあげる。
「この件の首謀者は、あそこに居るグラウデウス公爵だ!」
ハザマは叫んだ。
「グラウデウス公爵は、王子様を人質に取っている!
そのため、こちらは思い切った手が取れない!」
今この場に到着したということは、おそらくは近衛の者なのだろう。
この状況では人数が増えたからといってハザマの側が優位に立てるとも思えないのだが、なにかの間違えで王子様をグラウデウス公爵の手から奪回する妙案を思いついてくれるかも知れない。
「ああ、ちょうどよいところに来た」
グラウデウス公爵は、のんびりとした口調でそういった。
「君たち、ちょっと手伝ってくれたまえ」
到着したばかりの近衛たちは、なぜか、抜剣してハザマたちを取り囲む。




