グラウデウス公爵の動機
「他国から隔絶して立ち後れようとも、大地さえあれば民は食っていける」
グラウデウス公爵は公然と胸を張ってそういった。
「孤立し、商売や文化が不活発になろうとも、それがなんだというのだね。
この王国は、平地部の周辺諸国は、そうして何百年も農地の収穫に根ざした生活を続けてきたのだ。
その姿こそが本来の物であり、それ以外の部分は表層的な付け足しに過ぎない」
ああ、そうか。
ここでハザマはグラウデウス公爵の見識について、ようやく納得がいく。
古典的な農本主義……と、いうより、ただ単に、自分がこれまで育んできた価値観を更新したくないだけの、単なる頭の硬いおっさんなんだ。
と。
これまでは、それでなんら問題がなかった。
だから今後も、そうでなくてはならない。
本質的にそういう、硬直化した思考を維持したいだけの年寄りなんだ、と。
そうした思考からすれば、ハザマや洞窟衆がもたらすような変化は到底容認できる物ではなく、それどころか秩序を乱すだけの邪魔な存在に過ぎない。
出来れば丸ごと否定をし、完全に排除したいというのが本音だろう。
「仮におれがこの国に現れなかったとしても」
ハザマは、グラウデウス公爵にそう告げた。
「いずれは、なんらかの変化は起きたはずですよ」
ハザマは、この世界の技術水準が意外に高いということをこれまでの経験から思い知らされている。
ドワーフの金属加工技術などがわかりやすい例だが、それ以外に建築や工学などもかなりの水準にあり、なんらかのきっかけさえあれば、加速度的に花開いたはずだと、そう思っていた。
そのきっかけがたまたまハザマがもたらす各種の情報になり、技術革新の波が加速度的に大きくなっているのが現状なわけだが、仮にハザマが存在していなかったとしても、いずれは同じような変化が起こっていてもおかしくはなかった。
ハザマの存在はそうした変化を先取りし、加速しただけである。
と、ハザマ自身は半ば本気で思っている。
基本的に人間というのは、より便利な何物かを求め、作り続ける生物である。
変化がない時代、というのは、実際にはよほど条件が揃わなくては出現しない物なのだ、と。
そしてそうした変化は、人の意識も徐々に変えていく。
変化を拒絶するのは意味のない懐古主義でしかないし、市井の一個人ならばともかく、大きな組織のトップがそうした硬直した思想の持ち主だった場合、これはもう害悪でしかない。
そうした変化がなぜ必要とされるかといえば、ひとつは競合組織との勢力争いに勝てなくなるからで。
武力による他国の併呑が必ずしも悪とはされないこの世界において、国家の頭が変化を拒むということは、つまりはそのまま亡国へと繋がっていくのではないか。
洞窟衆がもたらす変化というのは、つまるところ各種作業の効率化を目指している。
その効率化のせいで社会的な変化が起こることは、ハザマもかなり早い段階から予測しており、そうした社会的な変化が急激になり過ぎないように配慮することも、可能な限りして来たつもりだ。
しかし、そうした変化の存在その物を根底から否定されると、ハザマの立場としては、
「では、勝手に自滅しろ」
としか、返しようがない。
周囲が急速に変化していく中、自分の国だけがその変化を拒んだとしたら、その国には未来がない。
……などの理屈は、ハザマにとっては説明をするまでもない、自明の理だったのだが。
しかしこのグラウデウス公爵にとっては、到底容認できないようだった。
「黙れ、ハザマ男爵」
それまでの余裕がある態度をかなぐり捨て、グラウデウス公爵は唐突に真顔になった。
「貴様が現れなければ、そもそもこの王国も安泰だったのだ」
「そして今でも部族連合と不毛な争いを続け、毎年のように何十万という戦死者を生産していたのでしょうね」
それまで口を挟まなかったアズラウストが、ここで発言をした。
「多大な犠牲を伴う国境紛争を前提とした安定。
それが、グラウデウス公爵のいう変化がない王国の正体です。
国境紛争だけではなく、ガンガジル動乱もスデスラス王国の争乱も、ハザマ男爵が存在しなければまったく生じないか、生じたとしてもまったく別の様相を見せたことでしょう。
ぼくにいわせて貰えれば、ハザマ男爵が存在しなかった場合よりも現在の状況の方が、多くの面で優れているように思われます。
数十万単位の死ななくてもいい者が生き延び、多くの技術革新や需要拡大のため通信や流通は改良され、国境をまたいで行き来をする文物や人は以前よりも格段に多くなった。
その結果、多くの貧者が新たに生計を立てる術を身につけ、地に足がついた生活を出来るようにもなっている。
多くの国々が悩まされていた流民問題に対して有効な解決策を打ち出しているのは、今のところハザマ男爵の洞窟衆と冒険者ギルドだけです。
いかにグラウデウス公爵が否定しようとも、ハザマ男爵が存在したおかげで助かった人は大勢存在する。
そのすべてを否定し、自分の頭の中にしかない理想像にしがみつくことが、為政者のあるべき姿だと思いますか?」
「黙れ若造」
グラウデウス公爵は真顔のままアズラウストを一喝した。
「王室の恩顧を顧みず造反したブラズニア公爵家の小僧が、知った風な口を利くな!」
「あなたが今、その腕に握っているのはどなたですか?」
すかさず、ハザマは指摘をする。
「そうして王家の若様を人質にする行為は、王家への造反を通り越して謀反と見なされても文句はいえないのではないでしょうか?」
「王家が不甲斐ないからこうしてわたしが起ったのですよ!」
グラウデウス公爵は大きな声を出して、王子様の小さな体を持ったままの腕を高々と掲げて見せた。
「王家は各公爵との主従関係を白紙に戻すことを計画しているという!
であれば、それを先取りしてよりふさわしい主人の元にこの王国を本来あるべき形に作り直す方がよほどいい!」
支離滅裂だ。
と、ハザマは思った。
従来の政体のままでは非効率的だから、王国中央は公爵領の切り離しを検討しはじめたのではないか。
非効率的というのは、いいかえれば「割に合わない」ということだ。
現在の王国中央が「このままでは共倒れになる」と、そう判断した形である。
このグラウデウス公爵はこれまで、懐古的な思想こそさんざん吐露しているものの、具体的な政策や展望についてはなにも発言していなかった。
というより、そうしたビジョンを持っているようには思えない。
理性的な判断力によらず、漠然とした感情論だけで動いているように、ハザマには見えた。
経営者とか為政者には絶対に向かないタイプでもある。
これまでまがりなりにも大貴族としてやってこられたのは、世の中全体が安定していて、前例に倣ってさえいれば大過なく業務を遂行できただけのことだろう。
世の中全体の変化が速く、判断力を要求される機会が多くなると、この手のタイプは無能さを隠しきれなくなるのではないか。
と、ハザマはそんなことも思った。
つまりこの人は、ハザマが出現して以来、領主として大貴族として意見や判断力が求められる機会が増えた結果、ストレスが高じてこんな大事までしでかそうと企てるに至ったわけか。
見識がないままに責任のある地位に就き、そのこと自体が自身と周囲を傷つける、そんな状態だったのか。
それはそれで、不幸ではあるよなと思いかけ、ハザマは慌てて思い直す。
いやだったら、早い時期に見切りをつけて、自分以上の適任者を見繕ってその人に権限を預ければよかっただけではないか。
勇退して次代の人材に仕事を任せてもよかったし、有能な人間を見いだして責任のある地位を任せる道もあった。
グラウデウス公爵領に有能な人物がまったくいなかったとは、考えにくい。
個々人としてならばともかく、ある程度以上に人数がまとまっていれば、その中には必ずそれなりに有能な人物が含まれているはずなのである。
貴族自身が執政をしない、いわゆる代官という制度も、この世界では公認されていた。
にもかかわらず、政務を自分自身で行い続けたのは、他ならぬグラウデウス公爵自身の判断による。
自身が能力的に、この時代の領主としてふさわしくはないと自覚しながら、なにもせずに鬱屈だけを溜め込んでいた。
これは、他ならぬグラウデウス公爵自身の責任になるのではないか。
ざっとそこまで思考を進めた後、ハザマは、
「馬鹿馬鹿しい」
と、そう結論した。
結局この件は、グラウデウス公爵が自身の器量を認める勇気を持たなかったことが、すべての原因なのである。
大貴族たらんとするグラウデウス公爵一個人の肥大したプライドや虚栄心を守るために王都はあの巨人に蹂躙され、今、この王国の王子様は人質となっていた。
これだけの大事件を起こしておいて、その原因がたかだか、
「自分に現在の仕事をこなすだけの力量を備えていない」
と、素直にそう認めることが出来ないグラウデウス公爵の、心の弱さに起因するとは。
人間らしいといえば、人間らしいのだが。
それでも、ハザマにいわせれば根本の原因とその結果起こったこととのスケールに違いに、呆れるしかなかった。




