血塗れの公爵
その後、さらに大勢の近衛たちが天守に駆けつけて捜索に加わる様子をハザマたちは見守った。
「手伝わなくていいの?」
「いや、下手に手を出すと、かえって邪魔になるだろう」
トエスとハザマとは、そんな問答を交わす。
「なにせおれたちでは、この中の様子に不案内だからなあ」
勝手にうろついて迷子になるようでは、かえって迷惑をかける。
ハザマとしてはそう判断をし、いやそれを口実に、公然とサボることにしていた。
なにか出番があればすぐに呼び出されると、そう確信していたこともあったが。
ふと見ると、サーベルタイガーたちは大口を開けてあくびをしている。
「普段は夜更かしなんかしないからね」
トエスは、そう説明をした。
考えてみれば、水怪使いはおろかトエスにも完徹を強要しているわけで。
元の世界の基準からいえば、完全に労働法と児童福祉法違反だな。
ハザマは心の中でそんなことを考えていた。
「後でなんかボーナスでもつけるわ」
「え?
いいよ、いつものことだし」
身内だけで、現状とはまったく関係のない会話をする。
そうしている間にも事態は進行する。
まず、王城近くの公館街で、貴族たちが行動を起こしていた。
王都内の惨状を目にして、家を壊された人々に対して炊き出しなどを行う者がぼつぼつと現れはじめ、同時に有志を募って王城内部への支援を申し出てくる貴族が続出する。
こうした申し出に対して近衛のオングドラーデ子爵は、火事になった政庁の消火活動や焼失した部分の整理作業に人員を回した。
この世界では、ある程度以上の火勢になるとすぐに消火をすることも出来ず、結果、延焼を防ぐために周囲の建物を壊しはじめる。
今回、火の手があがったのはいくつかある政庁のうちの一棟であり、他の建物とは少し距離が開いていた。
そのため、すぐに周囲の建物を破壊するということはなく、しかし燃えやすい部分に布を当ててそこにたっぷりと水を含ませるなどの地道な作業をする必要があった。
火災が起こった建物に関しては、すでに手の施しようがなく、消失するのを見守るだけになっている。
重要な文書などもその建物の中にはそれなりに保管をされていたはずであり、今後の国政にも相応に影響してくるはずであったが、燃えさかる炎をすぐに消し止めるような術はこの世界には存在しなかった。
「魔法とかは使えないの?」
「建物ごと吹き飛ばすつもりならば、やりようもあるのですがね」
この件について、ハザマとアズラウストはそんな会話を交わしている。
「物理的な被害でいったら、そのまま自然に火が消えるまで放置をしておくのと大差はありません」
つまり、周囲への延焼を防止した上で、放置するしかないということだった。
王国側にしてみれば、この火災もまた、一方的な「やられ損」ということになる。
ちなみに、こうした協力してきた貴族たちに対してオングドラーデ子爵は王城内に入れることは許しても王族の捜索活動に参加させることはなかった。
近衛側が、どの貴族が潜在的に王族に反抗する意思を持っているのか、見極めが出来ていないからである。
近衛の立場からいえば、捜索に参加をした貴族が発見した王族をそのまま害するようなことは、断じてあってはならないのだった。
貴族の側も弁えているのか、そのことについて特に不平を漏らす者もいなかったようだ。
いや、その前に。
と、ハザマは思う。
徐々に明らかになっていく被害の大きさに驚き、単純にそこまで考えが回っていないだけなのかも知れないが。
人の手による災害としては、今回の被害は少し規模が大きすぎた。
目の前の惨状に驚き、正常な判断力が失われているというのは、十分にありそうに思える。
ほとんどの人間にとって今回の件は予告もなく起こった突発事であり、まずは目の前の被害をどうにかすることにしか、思考が向かないのだろう。
さらに先の未来とか、この災禍が意味するところなどについてのんびりと考えを巡らせるほど余裕がある者は、そんなに多くはないはずだった。
「王族の方々がみつかりました!」
しばらくして、そんな報告がハザマたちの元に届いた。
「全員ですか!」
ハザマが口を開くよりも早く、アズラウストが伝令に確認をする。
「いえ、残念ながら」
伝令は即答をした。
「衛士に守られた王様と王妃様だけです!
王子様と王女様は、別の場所に避難していたそうで……」
「保険というわけですか」
アズラウストは、小さく呟いた。
「どちらかが敵の手に落ちても、どちらかが健在であれば国政に支障はありませんからね」
王族がそうしてリスクの分散を考えるほど、今回の件は重く受け止められていた、ということなのだろう。
なにしろ、王城の内部にまで敵の侵入を許しているのだ。
「侵入してきたやつらはどうなっているんだ?」
ハザマが伝令に訊ねた。
「まだ全員は、確保出来ていないのか?」
「侵入した総数がはっきりしていませんので、なんともいえません」
伝令は、はきはきとした口調で答える。
「まだどこかに潜伏をしている者が残っている可能性もあり、しばらく城内の警戒を緩める予定はありません」
この時点でブラズニア公爵家の魔法兵と近衛とが躍起になってかなりの人数を始末しているということだったが、それでもまだ安心は出来ない状態だという。
「王様たちが近衛に保護されたということは」
ハザマは低い声で呟いた。
「少なくとも最悪の事態は、回避出来たということになるな」
王都の復旧作業と家を失った人々への保証など、後始末的なことをいえばまだまだ問題が山積みなのだが、少なくともこれ以上に悪いことにはなりそうもない、という意味である。
とはいえ、王様たちとは別行動で逃げているという王子と王女の安否もそれになりに気がかりではある。
先に保護をした王様たちの証言により、だいたいの行き先は判明しているので、近衛たちの大半はそちらの方に移動をして捜索活動を続けている、とのことだった。
「で、その王子様たちは、いずこへ?」
ハザマは伝令に確認をした。
「この上へ」
伝令は、自分の頭上を指さして答えた。
「王様と王妃様は地下の避難所で息を潜めておりました。
万が一、自分たちが捕まっても、そちらを探すことはないだろうと」
「転移魔法で外部に逃げ出したということはないのか?」
「転移が出来る術者も同行していませんし、転移札も持っていなかったそうです」
「ってことは」
ハザマは、天井を見上げた。
「後は時間の問題というわけか」
この建物の中に、これだけ近衛が詰めかけていれば、王子様たちがそのまま外部に脱出するということはほとんど不可能なはずだった。
「だと、いいのですけどね」
アズラウストが、呟く。
「こちらが彼らの居場所を限定したということは、敵側も同じ情報を把握していてもおかしくはないわけで」
「こんだけ大勢の近衛が居る中に乗り込んできて、王子様たちをどうにかするってことですか?」
ハザマは、反射的に訊ね返している。
「すでに王様たちが保護をされている以上、そんなことをしても意味がないでしょう」
「敵にとっても今回の件は、乾坤一擲の大勝負だったはずです」
アズラウストは冷静に指摘をした。
「当初の目的を完全に果たせないまでも、ここまでの大事をしでかした側は、あっさりと諦めるものでしょうか?」
「……これまでの努力が無駄ではなかったと、自分にいいきかせるためにせめてもの嫌がらせをしていくってか?」
ハザマはそういって、眉根を寄せた。
「いやらしい考え方だ」
だが、感情論としては、よく理解が出来る。
そもそもまともな思考が出来る人間ならば、今回の件のようなことを仕組みはしないのだった。
ってことは。
と、ハザマはその続きを考えた。
この場でおれたちにお呼びがかかることがあるとすれば、そのときは王子様たちの身が危うくなった場合なわけだ。
「遠見のディアーナ殿が、王子たちの居場所を発見しました!」
いくらもしないうちに、そんな報せがハザマたちの元に届けられた。
「どこですか?」
アズラウストが、真っ先に反応する。
「やはり階上、最上層階です!
近衛の者もそちらに駆けつけております!」
「最上階?
そこにはなにがあるん……」
「行きますよ」
ハザマが疑問を最後まで口にするよりも早く、アズラウストはハザマの肩に手をおいてその場に転移をする。
転移した先は、すっかり朱に染まっていた。
「おや?
あなた方ですか?」
周囲に散らばった血肉、その中央に立っていた人物が、転移魔法により出現したハザマたちの姿を認めて、そういった。
「いずれはまみえる機会があるとは思っていましたが。
そうですか。
この時、この場であなたちが立ち塞がりますか」
全身に返り血を浴びたその人物は、いたって平静な様子で、そんなことをいう。
「公爵様。
自分がなにをしているのか、理解をしておいでですか?」
「あなたはすでに王国の臣下ではなかったはずですよ。
公爵様」
アズラウストとその人物とは、そんな会話を交わした。
「すでにことは破れた」
ハザマが、そこに割り込む。
「王様たちは、近衛に無事保護されたそうだ。
これ以上に悪あがきをしても意味はない。
自分の身をさらに危うくするだけだぞ」
「なにを賢しげなことを」
その人物は、目を剥いてハザマのことを睨みつけた。
「元凶であるあなたにだけはいわれたくはありませんね」
聞く耳持たず、か。
仕方がないなと思いつつ、ハザマはバジルの能力をその人物に対して解放する。




