天守での会話
近衛兵たちによる天守内部の捜索が開始された。
彼ら近衛たちは、ハザマやアズラウストのことなどは目もくれず、足音も荒く建物の内部に散って姿を消す。
「ふむ」
その様子を見て、ハザマはいった。
「やつらの目的は、あくまで王族の保護、か」
一刻も早く彼ら王族の現在地を突き止めねば、その目的も達成できない。
ハザマたちの相手をしているような余裕は、ないのだろう。
そもそもこの時点でハザマたちと協働したとしても、王族の所在地を突き止める行為に益などないのであった。
ハザマの力が必要になるとすれば、それはなんらかの邪魔立て、妨害をする者が現れた時になるわけで。
なにより。
「彼らは彼らで、必死なのでしょうね」
アズラウストが肩を竦めながら、そういう。
「これからの行動や判断いかんで、この王国の行く末が大きく変わってしまうこともあり得るわけで」
独立を宣言したブラズニア公爵家の当主であるアズラウスト、それに、ハザマ自身は、彼らにとってはあくまで「協力的な部外者」であって、それ以上の存在ではない。
礼節を保つのも、時と場合によりけりだろう。
今の近衛には、そうした体面を保つだけの余裕もないわけだった。
ま、王族が無事に保護されてくれれば、この件も後始末を残すだけになるんだけどな。
ハザマも、内心でそう考える。
同時に、
「そんなにすんなりと解決もしないだろうな」
とも、思っているが。
あんな巨人を開発したことからもわかるように、この件の首謀者はかなり本気なのである。
この時点で諦めて次の機会を伺うような殊勝さ、諦めのよさは、残念なことに期待できないような気がした。
ハザマがそんなことを考えている間にも、近衛たちは各所の扉を開け放って遠慮なく中を改め、確認の声をあげながら捜索を続行している。
まだ明け方だというのに、あちこちから足音や物音、人の声が聞こえてきて、天守の内部はにわかに騒がしい様子となった。
「勝手に居なくならないでくださいよ」
サーベルタイガー形態の水妖使い三人を引き連れたトエスが、姿を現した。
「男爵をまた見失ったりしたら、リンザあたりにどやされるんだから」
転移魔法ではなく、自分の足でここまで歩いてきたらしい。
それからトエスは周囲をざっと見渡し、
「なんだか物々しいことになっているね」
といった。
「仮にも一国の王族の命がかかっているわけだからな」
ハザマはそう答える。
「物々しくもなるだろう」
なにしろ王族は、この王国の政治体制上の最高責任者なのである。
様々な権限が集中しているその王族が根絶やしになってしまったら、国政は文字通り、ひっくり返るわけで。
権力争いが激化するといった要素を抜きにしても、その王政の下で働く人々にとっても、そんな面倒な事態に陥ることは避けたいだろう。
「勤勉な不埒者が居ると周りの人間がいい迷惑だな」
ハザマはそう感想を漏らした。
「この騒ぎを作った連中からは、ハザマ男爵がそう思われていますよ」
アズラウストが、微笑みを崩さずにそういった。
「やっぱり洞窟衆への反発から、やつらはこんなことをしでかしたの?」
ハザマは、アズラウストへ反問する。
「洞窟衆への反発、というよりは、洞窟衆がもたらす変化への反発、でしょうね」
そういって、アズラウストは肩を竦めた。
「実際、その影響でこの王国も、大貴族の切り離しを画策していますから」
「公爵領程度の経営基盤があれば、王国から独立したとしてもすぐには困らないだろうに」
ハザマは、軽く顔を顰めてそういう。
「経済的に逼迫するかどうかではなく、それまで安泰であった身代が脅かされている。
彼らは、そう感じているのでしょう」
今度は、アズラウストが肩を竦めた。
「それに、実益とは別に、名誉や身分の問題もあります。
単なる独立領の領主と王国から身分を安堵された公爵とでは、対外的な見る目も違ってきますから。
これまでは、黙っていてもその身分の上に収入も他者からの敬意も保証されていたのに、王国から切り離されたらすべてを自力で手に入れなくてはならなくなる」
「他人に保証される身分が大事ってわけか」
ハザマはゆっくりと首を振りながらいった。
「正直、よくわからん価値観だなあ」
世襲の身分制度という物が実感として理解出来ていないハザマとしては、そういうしかない。
しかしそれが、そうした身分を生まれたときから自明視して育ってきた人々には、持っていて当然の権利を理不尽に取り上げられようとしていると、そう感じられるのだろう。
その程度のことは、ハザマにもどうにか想像が出来た。
「だからって、そんなことのためにここまでのことをしでかすのはなあ」
ハザマはガラス窓から外の風景を見ながら、そう呟いた。
ハザマが今居るのはかなりの階上であった。
日が昇り外も明るくなってきたため、ここからはまだあがり続ける煙や巨人が通り、破壊された王都の様子、倒壊した王城の外壁などが一望に出来る。
生々しい傷跡だった。
遠目からも、その被害は相当な、漠然と予想をしていたよりも大きい。
ハザマは、そう考えた。
あの巨人を準備するだけでも相当な資金と期間を必要としている、という。
その費用と人手を、どうしてもっと生産的な方向に使用出来ないのか、ハザマにはまるで理解が出来なかった。
ま、あちらも、洞窟衆の活動に対して同じように思っているんだろうけど。
と、内心で、付け加えた。
旧来の価値観や体制の保持を自明とする側からすれば、それを容赦なく変えようとするハザマや洞窟衆こそが排除しなければならない害悪な存在、ということになる。
ハザマたちと、変化を容認出来ないそちらとでは、どうしようもない価値観の断絶があった。
ハザマにいわせれば、
「嫌だっていったところで、変化することは避けられるわけではないだろうに」
ということに、なるのだが。
一度定まった時流が、逆向きになることはないのである。
仮にこのクーデターが成功し、王族を排除したやつらがこの王国を牛耳ったとしても、やつらの体制はさほど長続きはしないだろうな。
とも、思う。
あるいは、周囲から孤立して、この王国だけで旧弊な体制と価値観を守り続けるかだ。
いずれにせよ、ハザマにしてみてもそんな未来がない連中にこの王国のことを任せるつもりはない。
この騒ぎを起こした連中が満足しても、その下に居る何十、何百万という領民たちが不幸になるだけだからである。
浅薄な連中が思いつきで起こした騒動に、つき合ってやるべき理由もなかった。
「これからどうするの?」
トエスが、呑気な口調で訊ねてくる。
「どうするもなにも」
ハザマはいった。
「無事に王族の方々を保護できればこちらの勝ち。
あるいは、この件の首謀者を捕らえて責任を取らせてもいい。
そのどちらかをやらないと、この騒ぎは終わりにはならんよ」
王族を保護することはいうまでもなく、ここまで被害が大きくなった以上、騒ぎを起こした物は誰なのか、しっかりと周知をする必要がある。
そうでないと、この王国の人々が納得をしてくれないだろう。
いくら公爵様のしでかしたことでも、ここまでになると最早うやむやには出来ないはずであった。
王族の弑逆容疑まで固められたら、なおさらうやむやには出来ない。
「ふうん」
その意味することをうまく実感できないのか、トエスは生返事をした。
「なんだか大事だね。
むしろ、どうにか片がついた後の方が大変になるような」
「片がついた後の方が、よっぽど大変なんだよ」
ハザマは、押し出すよう口調でそういった。
「被害の大きさもさておきながら、王族が国内の貴族に狙われたってだけでも大きなスキャンダルだ」
この世界にマスコミが存在したら、かなり騒がしいことになっているはずだった。
幸か不幸か、この世界にはそんな暇な連中は存在しないわけだが。
その代わり。
と、ハザマは思う。
近隣の諸国は、今回の成り行きを、固唾を呑むような気持ちで注視していることだろう。
「よくわかんないけど、この年末に大変なことになっているんだね」
「この年末に、大変なことになっているんだ」
ハザマはトエスにそういった。
「この国がどうなろうと正直他人事でしかないんだが、この騒ぎのお陰で洞窟衆も大変なことになっている」
救援物資などを持ち込むために、また物流網に負担がかかることになるな。
と、ハザマは思う。
物資もだが、人や金の流れも、さらに盛んになることだろう。
洞窟衆にとって、想定外の仕事が増えることは確かであったが、長期的に見れば損害ばかりが増えるわけでもない。
雇用が増え、貨幣の流動性が高まり、と、それなりに利するところもあるのだった。
なんだかなあ、と、ハザマは思う。
洞窟衆の動きに反発する連中が起こした騒ぎを収めるために洞窟衆が動いて、そのおかげでまた周辺地域社会の変化が加速をする。
ハザマたち洞窟衆の側がそう企図して動いていたわけではないのだが、結果として見るとなんかマッチポンプみたいではないか。




