騒がしい一夜
「こっちの始末はつきました」
ハザマは通信でオングドラーデ子爵に報告した。
『軽くいってくれるな』
オングドラーデ子爵は、ハザマの素っ気ない口調に含み笑いをしていた。
『われらがあれだけ苦労をした相手だというのに』
「正体がわかっていれば対処するのは難しいことではありません」
ハザマは、平静な声で告げる。
実際、近衛からの横槍がはいらなかったら、もっと早い時期に方をつけることが出来たはずなのだ。
自分たちの手で対処をしたいという、近衛連隊のわがままがここまで被害を拡大させた、ともいえる。
今回のこの戦いも、ハザマにしてみればルシアナ戦とほとんど同じ戦法を採用している。
つまり、ハザマたちが目立つ活動をしてその間にバジルに相手の始末を任せるという方法だ。
相手がこちらの手の内を知らず、なおかつ、こちらの実力を見くびって低く見積もっている場合には、効果がある方法であるともいえた。
いずれにせよそういう相手は、ハザマにとってはあしらうのに容易く、今回もむしろあっけなさ過ぎて拍子抜けしているくらいだった。
あの術者は、おそらくはなにかもっと奥の手を持っていたのだが、それを出す前に倒されてしまったのではないか。
おれたちを見くびりすぎなんだよな、と、ハザマは思う。
おれたちと対決することを予想しているのなら、もっと事前に、過去の戦歴なども調べて対策を練るくらいのことをしてくればいいのに。
どんな奇抜な兵器や魔法を用意されるよりも、そうした地道な対策を用意される方が、ハザマとしては遙かに脅威に感じていた。
どんなに強力な破壊力を秘めた攻撃方法を持っていたとしても、その運用法、使う側の人間がアホで間抜けで不用心であったら、対処することはそんなに難しくはない。
その意味で今回の仕事も、ハザマにしてみればどちらかというといつもの消化試合、ルーチンワーク的な感触しか得ていない。
すなわち、「面倒なだけで、やっていて面白くもなんともない」仕事に過ぎなかった。
こんなにつまらん仕事なら、前にいっていた通り、近衛の方でどうにかしてくれりゃあよかったのに。
というのが、この時点でのハザマの本音だった。
「それで、そちらの進捗はどうですか?」
今度はハザマが、オングドラーデ子爵に質問する。
『それがな、今、部下に捜索させ、姪にも千里眼を使わせているのだが、王族の方々の行方はまだ把握できていない』
姪、というのはディアーナと名乗っていた娘のことか。
文脈から見て、そうなんだろうな。
と、ハザマは判断する。
千里眼のような特殊な能力の持ち主が、そこいらにごろごろ居るとも思えなかった。
「つまり、情勢に変化はないということ……」
ですか?
と、ハザマがそう確認を仕掛けたとき。
『申し訳ない!』
唐突に、切迫した声がハザマたちの通信に割り込んでくる。
『どうやら、王都市中で暴れようとしていた連中は囮であったようです!
たった今複数の、それもかなり手練れの魔法兵が王城内に侵入したことが判明しました!』
アズラウスト・ブラズニア公爵の声だった。
『なに!』
ハザマが反応をするよりも早く、オングドラーデ子爵が叫んだ。
『聞いての通りだ!
城内を捜索中の者たちにこの事実を伝え、警戒するように命じよ!』
「どうやら敵さんは、あの巨人に結界を壊させ、その後に魔法兵を中に侵入させることが目的だったようですね」
ハザマは、落ち着いた声でいった。
「どうりであの男に、護衛や援護がまるでついていなかったわけだ」
あの巨人は、騒ぎを起こして王城の城壁や結界を破壊すれば、それでもう役割を終えたことになる。
この一連の騒ぎを企てたやつらにしてみれば、むしろこれからが本番だろう。
しかし、手練れの魔法兵、か。
と、ハザマは思う。
そんなのが出て来たとなると、洞窟衆や冒険者ギルドの連中はあまり役には立ちそうにないな。
そうした連中は、そもそも魔法兵と戦うような訓練を受けていない。
あくまでハザマが把握している限りでは、ということであったが、常識的に考えてそんな需要が豊富にあるとも思えなかったので、魔法兵に対する無力さは、ハザマの予想する範囲内からさしてはみ出ていないはずだった。
洞窟衆や冒険者ギルドは営利企業であったので、基本的に、需要がほとんどないような仕事用の人材は、そもそも育成しようという動機がないのだ。
つまり、ここから先は、完全にハザマたちの手を離れることになるだろう。
ハザマは、すぐにそう予想をする。
『ハザマ男爵!』
しかし、オングドラーデ子爵は逼迫した口調でそう伝えて来た。
『男爵には、是非とも王族の方々の保護をお願いしたい!
彼らの所在については、近衛の意地を賭け、これより早急に割り出してみせる!
男爵の能力は、魔法兵に対しても有効であろう!』
これから行方が知れない王族を探すから、うまく探し当てられたらその護衛をしてくれ。
要約をすれば、そういうことだった。
「それ、間に合うんですか?」
反射的に、ハザマは訊ねていた。
実際には、王城の内部に侵入をして来た敵魔法兵たちと、王族の所在を探し当てる競争になるはずだった。
ハザマがその依頼を引き受けたとして、実際にはハザマの出番があるのかどうか。
『それについては、こちらでどうにかする!』
ハザマの懸念するところを理解してないはずがないのだが、オングドラーデ子爵は力強い口調でそういい切った。
『一度馬車で、この臨時指揮所に戻ってくれ!』
まあ、乗りかかった船だしな。
と、ハザマは思う。
この時点で断るくらいなば、そもそも今回の発端でもある、国務総長からの依頼も無視している。
ハザマの立場としては政局が乱れるよりは安定していた方が都合がいいわけで、ここでまた王族に、いや、この王国に貸しを作っておくのも悪くはないか。
ハザマはその場でそう判断をして、オングドラーデ子爵の指示に従うことにした。
トエスや水妖使いたちといっしょに乗ってきた馬車に再び乗り込んでから、ハザマは通信を使って王城外の各部署と連絡を取った。
魔法使いたちは、なにかの役に立てると思ってから、こちらに、つまり王城内を目指して移動中であるらしい。
この後、練兵場の片隅に設けられたオングドラーデ子爵の臨時指揮所で合流をする手筈になっていた。
その他の場所では、苦情というか悲鳴というか、ともかく、
「もっと人手や資材が必要になりますよ!」
と、連絡をつけた場所からほぼ同じ内容を告げられた。
どうも、今回の騒ぎによって発生した被害が、当初の予想よりもよほど大きかったらしい。
いや、時間が経つにつれて、楽観視していたよりも酷い現状が、徐々に関係者の間でまともに認識をされている最中であると、と、そう見るべきか。
倒壊した家屋の数や死傷者の予想数は、時間が経つにつれて大きくなっていく。
洞窟衆の内部に緊急対策本部を設置して必要な人員や資材をかき集めているところだというが、これもまたその必要数がどんどん膨れあがっていくので収拾がつかないような状態だった。
ともかく今回の件のフォローをすることで、洞窟衆は全体にかなりの、想定外の出費を強いられることは確実だという。
「金や物資なら構わんからどんどん使え」
ハザマは、即座にそう答えた。
「出し惜しみはするな。
本来ならば国やこの原因を作った連中が負うべき負債だ。
この件が落ち着いたら、その時に適当に請求書を突きつけてやる」
実際には、王国なり今回の原因となった大貴族なりが、この件における被害のすべてを賠償するとも思えなかったが、ハザマは洞窟衆の関係者にはあえてそう繰り返した。
ハザマにしてみればそうした権力者との駆け引きよりも、今、実際に困窮している人々をどうにかして救う方が優先順位が高かったからである。
さらにえば、この先、洞窟衆がそうした諸勢力に対して、強硬な態度で出られる根拠を今のうちから作っておけば、後でなにかの役には立つだろうとも、思っていた。
こんな騒ぎを引き起こしたこの国の権力者と、私財をなげうってこの王都の民衆を無条件に救おうとしている洞窟衆。
そのどちらの方がイメージがいいかといったら、やはり後者なのである。
基本、この世界の権力者とそれ以外とでは、どうしても前者の権力者側の力が強い。
一方的に権力者側の力が強いので、パブリックイメージという物は軽視されがちであったが、ハザマは不特定多数が抱く印象の強力さを熟知している。
ハザマにしてみれば、今この時点で本気で案じるべきなのは、この国の王族よりも無名、無数の王都の民の安否なのであった。
別に正義の味方になろうなどとは思わないのだが、どちらの側を優先するべきなのかは、ハザマ自身にとっては自明のことであった。
馬車で移動中、案の定というか予想した通りというか、侵入した魔法兵はあちこちで暴れ、場合によっては近衛やそうした魔法兵を追ってきたブラズニア公爵家の手勢と交戦をし始めていた。
政庁の一部では火の手があがり、そちらの消火活動もしなければならない。
近衛も王都衛士隊に声をかけて人を集め、かなり忙しくしているようだった。
ここまで来るともはや沽券だ権勢だと取り繕っていられる余裕はなく、とにかく使える人手を募ってはその場その場の問題にあたらせている、という状況になっている。
そもそも。
と、ハザマは考える。
政治と権力の中枢であるこの王城の中でこれだけの騒ぎが起こっている時点で、敵の目的は半ば達成できているようなもんだしな、と。
巨人の件から起こった一連の騒ぎは、ハザマにいわせれば厳然たるテロ行為であった。
そして、そのテロ行為の目的というのは、まずは既存の社会秩序の破壊。
あるいは、その社会秩序が見かけほどには盤石なものではないと、不特定多数の民衆に知らしめるパフォーマンスにある。
このうち、後者の目的は、今この時点でも十分に達成していた。
つまりこの王国は、それほど強固な基盤を持っていない、いるわけではない。
そう、証明されたのも同じだった。
これから、この王国は後始末に苦労をするだろうな。
と、ハザマは、そうも考える。
この惨状を、どのように王国の民に説明をするつもりなのか。
巨人に対抗出来ず、被害を大きくした件や、今も王城内で魔法兵が暴れている件。
つまりは、こうした不埒な連中に対抗可能な力を、王国や貴族が持っていなかったと、そう思われてしまう。
政体として、この王国の正念場はこれからになるのではないか。
ただの一夜で、随分と情勢が変わってしまったな。
と、ハザマは思う。
そうすることが敵勢力の目的であったなら。
まあ、そういう意味も絶対に含んでいるのだろうが。
王族をどうこうするという以前に、敵はその目的を、半分くらいはすでに達成していることになる。




