魔人との邂逅
『そちらの様子は?』
エルフのトスラタトテから通信が入った。
『オングドラーデ子爵とは、無事に合流出来たのか?』
「ああ、合流出来た」
ハザマは即答する。
「それで今は、例の巨人だった物、つまりは、それらしいと目星がついた物が王城内に入り込んでいるので、そいつの相手をするために移動中」
ハザマたちは現在、オングドラーデ子爵が乗った馬車の中に居る。
転移魔法で移動すれば一瞬なのだが、どうもその巨人だった物を見張っていた連中はその手の術式についての素養がなく、詳細な座標を特定できないらしい。
結局、普通の手段で移動するのが一番早かった。
『大丈夫なのか、迂闊にそんなものに近づいて』
「こっちには水妖使いが居るからな」
ハザマは、軽い口調でそういった。
「よほどのことがなければ、大丈夫だろう」
『巨人、だった物は、あの巨大な体躯こそ破壊されたものの、そんなに侮ってよい存在ではないぞ』
トスラタトテはハザマに警告をした。
『あれだけ暴れた後に大打撃を受けたわけだから、まったくの無傷だとも思わんが。
それでも、やつは熟練の魔法使いであるとも推測される。
備蓄の魔力はもうほとんど使い果たしていると思うが、他にどんな奥の手を隠しているのかわかったものではない。
せいぜい、心してかかれ』
こうなった今の時点においても、油断していたら返り討ちにあいかねない相手だと、釘を刺された形だ。
「魔法使いですか、あれは?」
その程度のことはすでに想定していたので、ハザマはその警告を軽く流す。
『おそらくは、な。
あの光条による攻撃魔法、あれは、魔力がありさえすれば誰にでも使えるという物でもない。
魔法に関してもそれなりに造詣が深いと、そう思って間違いがない』
「それで、奥の手か」
ハザマは頷く。
「こちらが予想もしていない攻撃を仕掛けて来る可能性もあり、と」
『それから、すでに承知していることと思うが相手は自分の体と召喚獣と融合している可能性が高い。
そんな無茶でもしなくては、そもそもあんな巨人は制御出来ん。
そこまで覚悟を決めて無茶をして来る相手というのは……』
「なりふりを構ってはいられないだろうな」
ハザマは、トスラタトテの言葉に頷いた。
「少なくとも、目的を完遂するまでは」
必死になって抵抗をするはずだ。
これもまた、ハザマが予想をしていた通りの内容だった。
「なあ、トスラタトテさん。
魔法使いからみた意見が聞きたい」
ハザマは、質問をした。
「あんな無茶なことをした後も、あの巨人を操っていた人間っていうのは元に戻ることが出来るのか?
それと、召喚獣と融合をした姿でも、長く生きられる物なのか?」
『その手の前例について聞いたおぼえがないので推測でしか語れないが、どちらも無理だろう』
トスラタトテの返答は素っ気なかった。
『塩水と真水を混ぜた後で、元通りの状態に分けろといっているようなものだ。
一度深く混合したら、元の状態に戻すのは難しい。
それと、生命の維持についていえば、そもそもあれは長生きを目的として作られたものではなかろう。
目的を達成する程度の時間、自身の体を維持できればいいと、そう割り切っているのではないか。
でなければ、あんな巨体を構成することはないだろう。
あれほどの体躯を長期間維持するためには、どれほど大量の食料を用意すればいいのか。
補給などのことを考慮すると、あれは使い捨てであると断じてもまず間違いはないと思う』
「実に理論的ですね」
ハザマはトスラタトテの言葉にあっさりと頷いた。
「おそらく、そういうことなのでしょう」
一度踏み出せば後戻りが効かない、操縦者の命も含めた使い捨て兵器。
それが、あの巨人の正体だった。
醜悪な存在だ。
と、ハザマは思う。
その後、そこまでする動機について想像してみようとしたが、これについてはハザマにもうまく推測することが出来なかった。
なにがやつらを、そこまで駆り立てているのか。
なぜ、そこまでしなければいけないのか。
「もう、肉眼で見える距離になります」
「馬車を止めて降ろしてくれ」
御者がそういったので、ハザマたちは馬車を降りた。
中が狭いので少女の形になっていた水妖使いたちが地面に足をつけた途端、その場で大きな身震いをしてサーベルタイガーの姿に変わると、その様子を目撃していた馬車の御者はぎょっとした表情になる。
どうやら水妖使いたちは、そのサーベルタイガー形態である方が気が楽であるらしい。
開放感があるのと、それに、立ち振る舞いに関して煩いことをいわれないからだろうな、と、ハザマは推測する。
それに今回の場合、人間の形のままでいるよりずっと素早く動けるサーベルタイガー形態の方が、なにかと都合がいい。
「暗いな」
周囲をざっと見渡したハザマは、ぽつりと呟いた。
「やつの周囲を照らすように指示をします。
周辺に張りついている兵がおりますので」
「それはありがたいけど……そんなことをして大丈夫なのか?
その、見張りの兵隊さんたちは?」
「どうやらやつは、われわれ近衛にはあまり興味はないようです」
そういって、馬車の御者は肩を竦めた。
「こちらから攻撃を仕掛けない限り、無視をされているとか」
そのやり取りからいくらもしないうちに、見通しのいい練兵所の一部分に唐突に光源が発生する。
ハザマたちから、目測で五百メートルくらいは先か。
そこに、巨大な物体を背負った人影が、立っている。
この距離では細部まで確認できなかったが、まだ一応、人の形は保っているんだな、と、ハザマは思った。
異様なのは、自分の体の何倍もの大きなの巨大な物体を、肩と背に乗せて運んでいることだった。
どうやらその体勢で引きずるようにして、わざわざここまで運んできたらしい。
「あんた、まだ言葉は理解出来るか?」
ハザマは、遠くに居るその人影に向かって、声をかけた。
「理解が出来るのなら教えてくれ。
なにを目的にして、あんたはここまでのことをしでかしたんだ?」
言葉が通じるのならば、交渉の余地はある。
ハザマとしてはそう思いたかったが、一方で、トスラタトテが指摘をしたように、そこまで腹を括った相手にこちらの言葉がどこまで届くものか、危ぶんでもいた。
いずれにせよ、実際に試してみなければ結果も出ないわけで、少しでも可能性があるのならば無駄な戦いは回避したい。
そんな気持ちが、ハザマの中にはあったのだった。
「そういうお主は、何者か?」
その場で足を止めて、それはいった。
「なにかのはなしを振るのであれば、まずは自身の身元を明かすのが礼儀であろう」
「おれは、洞窟衆のハザマ・シゲル。
この王国では男爵ということになっている」
妙なところで常識的なんだな、とか思いつつ、ハザマは答えた。
別にここで名乗ったところで、デメリットが生じるわけではない。
そう、判断したのだ。
「なに、ハザマだと!」
しかし、それはハザマの名を聞くとかなり驚いたようだった。
そう叫んだ後、しばらく高笑いをし、その後呼吸を整えてから、こういった。
「いや、すまぬ。
本当に、こんなところにハザマ男爵が出てくるとはな!
あの公爵からはそんなこともありえるとはいわれていたが、本当に念願が叶うとは、今の今まで思ってもみなかったぞ!」
「念願……だと?」
そう聞いて、ハザマは眉根を寄せる。
「それは、どういうことか?」
「どうしたもこうしたもあるか!」
それは、叫んだ。
「このわしがはるばるこんなところまで来たのも、志願をしてあの巨人を操ったのも、ひとえにこの国の王都で暴れればお主が出てくるといわれたからよ!
お主の悪行、忘れたとはいわせんぞ!」
……そういわれてもな。
と、ハザマは思った。
「すまん」
そして、それに向かって素直に謝る。
「正直、身に覚えがあり過ぎて、どの件についていわれているのかまるでわからん。
もう少しはっきりと、どんなことをやられたから恨んでいると、詳細について教えては貰えないか」
とぼけているようだが、ハザマとしてはこれであくまで真面目に対応している。
本人も口にしていた通りに、他人に恨みを買うようなおぼえがあまりにも多くて、そのうちのどれか判断がつかないのである。
洞窟衆や冒険者ギルドの活動によってなんらかの被害を被った人間は、それはもう多いはずであった。
「そこまでいうか」
しかしそれは、ハザマの態度を見て、むしろ感心をしてくれた。
「いや、それでこそハザマ男爵!
悪行におぼえがありすぎてそのどれとは特定できぬとは!
いいか、それでは説明してやろう!
おれはもともと、お前たちが勝手に森東地域と呼んでいる場所に居住していた術士であった。
こちらの公爵とも以前からそれなりに懇意にはしていたが、以前まではあくまで仕事を受けていただけに過ぎぬ。
しかし、最近になって、お主らのいう冒険者ギルドなる組織がわが郷里周辺に無理な介入をして来て、戦乱が拡大した!
ことにおれが属していた豪族は壊滅の憂き目に遭い、再興の目処も立たん!
ハザマ男爵!
今こそお主の悪行をそれと知れ!」
「あー」
そこまで聞いたハザマは、どこか白けたような気分になる。
そして、そばに居たトエスに顔を向けて、
「なにお前ら。
森東で、そんなに強引な真似してんの?」
と、訊ねる。
トエスは、この件に関わるまでその森東地域でそれなりの役割を担っていたはずなのである。
「いやいや、とんでもない!」
しかしトエスは、大きく首を振った。
「濡れ衣もいいところですよ!
確かに現地勢力との衝突もまったくないとはいいませんが、そうした武力行使が必要になる時というのは、たいていはもともと地元で評判が悪かった勢力の討伐を頼まれる形で。
もちろん、そこで聞き込んだ情報だけを信用せず、別に調査をして真偽を確認した上で動くようになっていますし……あの人が属していた勢力が冒険者ギルドに潰されたとすれば、それは大方、普段から潰されても仕方がない振る舞いをしていたはずです」
「と、うちの者はいっているが」
ハザマは、それに顔を向けて会話を続行する。
「あんたのところ、元から相当恨みを買っていたんじゃないか?」
基本的な前提として、禁忌とされる召喚魔法を使えるような連中なのである。
周囲の人間と、根本的な部分で価値観が噛み合っていない可能性が、大きいような気がして来た。




