オングドラーデ子爵との合流
「あっちでもの凄い物音がしたけど」
その音がした方を振り返って、トエスがハザマに確認をした。
「あちらは、確認をしなくてもいいの?」
「大方、近衛と巨人がやり合っているんだろうよ」
ハザマは即答する。
「巧くいっていればそれでよし。
仮に失敗をしたとしたら、巨人の方からこっちに来るから今の時点では放っておいていい」
「うん。
そうだね」
大きな音が響いた方角を振り返った姿勢で足を止めていたディアーナも、ハザマの言葉に大きく頷いた。
「おじいちゃんも、きっとそういうと思う」
「その、おじいちゃんてのは、オングドラーデ子爵なのですか?」
「いってませんでしたっけ?」
ハザマが訊き返すと、ディアーナは軽い口調でそういって頷いた。
「オングドラーデ子爵は、自分の祖父になります。
自分、ちょっとした加護持ちなんで、祖父の公務に随伴することが多くて」
やはり、オングドラーデ子爵の身内だったか、と、ハザマは納得をする。
「もしよろしければ、その加護の内容などもお教え願いたいのですが」
ハザマは続けて、そう訊ねた。
不躾な問いかけかも知れなかったが、今後、必要となる能力になる可能性もある。
早めにその内容を把握しておいた方が、ハザマの立場としては不安が少ない。
「自分の加護は、千里眼ってやつです」
ディアーナはあっさりと教えてくれた。
「遠くの風景を見通すことができるって、あれですね。
便利なようですが、制約も多いのであまり役に立たないことも多いです」
「その、制約とは?」
「知らない事物について、直接見ることが出来ない。
たとえば今回も、自分、巨人についてはまるで知らないので、巨人を直接見ることは出来ないっす。
でも、それなりに顔見知りである近衛の皆様の様子は、離れていても見ることが出来るっす」
「なるほど」
ハザマはディアーナの言葉に頷いた。
「便利だけど、便利過ぎはしない、といったところですか」
自分が知っている事物の状態しかモニター出来ない。
そういう制約があるのだったら、利用できる局面はかなり限られている。
このディアーナ自身が行ったことがない外国の情景などは見ることが出来ないわけで。
「今回の場合、近衛が見ている巨人の様子は、その加護の力で見ることは出来るんですか?」
ハザマは、さらに確認をした。
「それは出来るっす」
ディアーナは、頷く。
「ただ、その後も巨人のみの姿をこの能力で追うことは出来ないっす。
自分が直接、見たり来たりした物でないと、追尾して見ることは無理っす」
「この今の時点で、巨人がどうなっているのかもわかりませんか?」
「わからないですね」
ディアーナはあっさりと認める。
「もうひとつ、別の制約として、この千里眼を使うときには精神を集中しなければ出来ないっす。
出来れば安全な、他から邪魔が入らない場所で、じっと目を閉じて集中しなければ無理っす」
「こうして、立ったり歩いたり、誰かとしゃべったりでは無理か」
ハザマは、そういって頷いた。
「条件さえ整えれば、それなりに便利な加護ではあるんですがね」
少なくとも今、この場で、巨人がどうなったのかを知るための役には立ちそうもなかった。
「では」
ハザマは、質問の矛先を変えてみた。
「王族の方々が今、どこに居るのか。
それくらいは見えるのではありませんか?」
このディアーナは、近衛連隊で重職にあるオングドラーデ子爵の孫娘だ。
珍しく、かつ使い勝手のいい、千里眼という加護も持っている。
もしも自分がオングドラーデ子爵の立場だったら、ハザマはこの娘を事前に王族の方々に謁見をさせて有事の際に備えるだろう。
「さっき見たときには、無事でした」
ディアーナはいった。
「でも、所在地まではわかりません。
真っ暗な、見通しがまるで利かない場所にいらっしゃったので」
それを探しに行かなければならないのか。
ハザマはそう思い、内心でうんざりとした。
この王城の中は、かなり広い。
内部に政庁や練兵場さえある、公的な機関としての意味合いが強い施設なのだ。
王族の住居という、私邸があるだけの場所ではない。
その広大な王城の中を、隅から隅まで探すとなると……かなり、苦労することになるだろう。
あの巨人がどうなったのか、その結末がはっきりしていないこの時点で、迂闊に王城から脱出をするということもないはずなのだが。
敵の手の内にまだ不明な点が多いこの時点で、王城の外に出たりしたらかえって危険なのである。
敵側が、事前にリサーチして王族が使いそうな脱出口で待ち構えている可能性すらあった。
だから、ディアーナの言葉通り、王族がどこかくらい場所でひっそりと身を隠しているというのは、どちらかというと朗報なのだろう。
彼らを所在を探し保護する必要があるハザマたちの方は、そのおかげでかなり苦労をすることになりそうだが。
「ここでもう一度、王族の方々の居場所を『視て』みましょうか?
幸い、護衛としてこれ以上はないくらいに最適な方々がこの場に揃っているようですし」
千里眼の能力を使う間、このディアーナは無防備になるということだった。
しかし今、ここには、ハザマと水妖使いの三人が揃っている。
少なくともこの王国内で、これ以上確かな護衛もないだろう。
「止めておきましょう」
ハザマは軽い口調でそういった。
「なにをするにしても、まずはオングドラーデ子爵と合流してからにした方が確実です」
独自の判断で動いて、その結果後で誰かから難癖をつけられてもつまらない。
オングドラーデ子爵と合流した後でならば、そうした非難を躱すことが出来るのだった。
「ハザマ様は、見かけによらず慎重なのですね」
気のせいか、ディアーナは失望したような口調でそういった。
「もう少し大胆で破天荒な方かと思っていました」
「時と場合によってはいくらでも大胆になりますがね」
ハザマは、そういってディアーナの挑発を軽く流す。
「今はその時ではありません。
あえて大げさないい方をすれば、今は王族の方々の命が懸かっております」
正直、ハザマの本心としては、王族の命運などには欠片も関心がないのだが、だからといってそれを露骨に表明しても角が立つだけだし、それ以上に後で責任を問われる。
こんな異常事態の後は、必ずといっていいほど、誰かに「すべての責任と詰め腹」を押しつけたいと思う者が出てくるはずなのである。
貴族とはいっても、どんな世界、時代においても権力者の思考はさして変わらず、
「不祥事が起きたら自分以外の責任、功績があったらたとえ他人の物でも自分の物に変換する」
といったところだろう。
そういう厚顔さがなければ、そもそも世代をまたがって権力を維持することなど出来ない。
ここで不用意な真似をして、そうした権力者たちがつけいる隙を自分から作ることもないだろう。
というのが、ハザマの思考であった。
本人としては、「慎重」というよりは、「最低限の護身」として認識している。
こんなくだらない、権力者同士の抗争で足を取られるのも詰まらない。
ハザマとしては、ただ、それだけを考えていた。
「よくぞ来てくれた、ハザマ男爵」
ディアーナとハザマの姿を認めたオングドラーデ子爵が、愛想よくそういってハザマたちを手招きした。
「わが近衛連隊は貴公らを歓迎する!」
オングドラーデ子爵の部隊は王城内にある練兵所、そのだだっ広い中に陣屋を設けていた。
陣屋とはいっても折りたたみ式の机をいくつかおいて、その上に地図や王城内の略図などの書類を広げ、その周囲に人が集まっているだけであったが。
当面、ここが臨時の司令部ってところかな。
ハザマは、そう判断した。
「状況は?」
挨拶も抜きにして、ハザマは訊ねた。
「王家の方々の所在は判明しましたか?
それに先ほど、あちらの方角からもの凄い物音がありましたが。
あの巨人はどうなりましたか?」
ハザマとしては、早く現状がどうなっているのか、把握をしておきたかった。
状況の変化が激しい割に、移動の間、外の情報がまるで入って来ない状況におかれている。
この場でなにを優先して動くべきなのか、それを判断するためにも、正確な情報は必要なのであった。
「まあ、そう急くな、ハザマ男爵」
オングドラーデ子爵は好々爺然とした笑顔を浮かべながら、ハザマをいなした。
「状況は、相変わらずなにがなにやらわからん。
王族の方々の所在は知れんし、例の巨人に関しては、つけていた見張りが物見の塔の下敷きになったところまでを確認した。
が、それでもどうも、倒しきれなかったらしい。
マリエン子爵配下の近衛が数名行方不明になった後、その行き先が知れんようになっておる」
「巨人の行き先がわからない?」
ハザマは首を捻った。
「あのデカいのを、見失ったというのですか?」
「それがどうも、今では別の姿をしている公算が大きい」
オングドラーデ子爵は表情も変えずにそういった。
「マリエン子爵の部隊による攻撃は、相応に効果があったらしくてな。
巨人を構成していた部位のほとんどは破壊をされ、その破壊された部位は丸ごと捨ててどこかに行方を眩ました様子」
「そういう真似も可能な相手でしたね」
ハザマは、渋い顔をして頷いた。
「それで、おれたちとしては姿形や大きさも定かではない相手を探し出し、無力化しなければならないわけですか」
「そうはいっても、例の巨人は一目散にこの王城を目指しておった。
おそらくは、今の時点ではすでにこの王城の中に入っている物と想定し、その前提で部下たちに手分けをして王城内を捜索させておる。
ただ、その。
ご覧の通り、この王城は、これでなかなか広い。
仮に部下の誰かが異変を見つけたとしても、その報がこちらまで届くのにはいささかの時間は要することになろうな」
なんということだ、と、ハザマは思った。
「例の結界のせいですか?」
「例の結界のせいじゃな、うん」
ハザマが確認をすると、オングドラーデ子爵はあっさりと認めた。
「おぬしら洞窟衆が広めた通信術式、あれはなかなかの優れものだと認めぬわけにはいかぬな。
こうした、その術式が使えぬ場に押し込められた際、あれの利便性がいやというほど実感できる」
「巨人と、それに王族の方々の捜索はそれでよしとして」
おそらく、オングドラーデ子爵の部下たちは、その両方を同時に捜索しているのだろう。
ハザマはそれを前提にして、語り出す。
「あの巨人は結局、王城にあるなにを目的にして移動していたのでしょうか?」




