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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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巨人の残余

 なんだこれは。

 その場の惨状を目撃した兵士たちはみんな、そんなことを思った。

 異常であり凄惨。

 触手、としか形容のしようがない物体、つまり、なんらかの生物の、脈打っている、細長い筒状の物体に手足を拘束され、場合によってその先端が腹部などに潜り込み、その部分からは出血の跡さえ確認できる。

 その場に居る兵士たちは皆、その触手に絡め取られた上、体液や血肉をそのまま生きながらにして啜られているようだった。

 生きたまま人間が他の生物、それも、正体も定かではない未知の生物に襲われ食べられている現場を目の前にして、後から来た兵士たちは唖然として立ちすくんだ。

 まるで予想をしていなかった、想定外の事態に直面して、思考が停止してしまったのだった。

 この兵士たちは直前まであの巨人を相手にしていたのであって、こんな未知の生物、怪物が出現しあまつさえそれに自分が食べられることなど、まるで想定をしていなかった。

 近衛連隊は洞窟衆側から巨人について判明した事柄を逐一、報告されていた。

 しかし、基本的に軍事組織であり、即物的な事柄以外にはあまり価値をおかない近衛連隊は、問題の巨人がなにで構成されているのかなどの、些細な情報までを全構成員に伝えることはしていない。

 そうした細々とした情報は、せいぜい作戦立案に参画する少数の人間が把握していれば十分であり、こうして現場に出るような末端の兵士たちまでもが把握をする必要はないと、近衛連隊の上層部は、そのように考えていたのだ。

 さらにいえば、これほどごたついた、ごく短時間のうちに情勢が変化する現場の中にあって、通信に寄ってそうした子細を伝えきるようなノウハウも、近衛連隊は持っていなかった。

 近衛連隊は通信術式の詳細を得てからまだ日が浅く、その運用でさえ試行錯誤を繰り返している途上なのである。

 軍事的な組織の常として、情報は上意下達の一方通行でよく、下部の構成員は必ずしもすべての情報を把握している必要はないと、そう考える伝統もあった。

 これはこの近衛連隊が特別に旧弊な体質であるというわけではなく、この時代の軍隊はだいたい「そういうもの」だったのである。

 指揮官と参謀以下、ごく一部上層部だけが敵や作戦の全体像を把握していれば、実用上なんの不都合もないという経験則から、こうした体制は疑問を差し挟む根拠も持たない、強固な物であると想定されていた。

 どちらかというと、「公開してもいい情報はなんでもかんでも広めて共有する」という洞窟衆のやり方の方が、この世界ではかなり独特で、例外的であった。

 それはともかく。

 とにかく、この場に居た、居合わせた兵士たちは、そうした近衛連隊の体質のお陰で、巨人の残骸に対する注意を怠ってしまった。

 この兵士たちがもう少し警戒心を持ってことに当たっていたら、以後の展開もまた違った物になっていたことだろう。

 しかし実際は、巨人の周囲に近づいた兵士たちはあっという間に全滅した。

 現地でなにが起こったのか、それを通信で司令部に伝える余裕すらなく、連絡が途絶したのだ。


「連絡が途絶えただと!」

 司令部の中で、マリエン子爵が叫んだ。

「なにが起こっているのだ!

 巨人はどうなった!」

「わかりません!

 通信が途絶しました!

 新たな斥候を派遣しますか?」

「そうするしかないだろう!」

 巨人のことも、だが、それ以上に通信が途絶をした理由が気にかかる。

 よもや、とか思いながらも、マリエン子爵はこの時点で、まだこの事態を楽観していた。

 なんといってもあの巨人を、少なくともあの巨体を、再度使用出来ない状態に破壊していた。

 マリエン子爵にとってあの巨人の脅威とは、すなわちあの巨体を倒す術が見つからなかったことに尽きる。

 その両方の脅威が意味のないものになった現在、過度に警戒をする必要もなくなった、と、そう考えていたのであった。

 このマリエン子爵以下、今回の巨人対策において作戦立案などを担当した幕僚たちは、物見の塔の下敷きになった巨人の様子を確認しに行った兵士たちとは違い、洞窟衆側からもたらされた情報をすべて把握していたはずであったが、その重要性を十分に認識していたとはいえなかった。

 彼らは軍人であり、研究者ではなく、巨人という存在に対する想像力を、決定的に欠いていたのである。


「連絡が途絶えただと?」

 ハメラダス師が目を見開いて、そう嘆いた。

「どうにも嫌な予感がするの」

 同じ頃、洞窟衆の側にも同じ報告がもたらされていた。

 近衛連隊の側は洞窟衆に期待をするところはなにもないのだが、巨人対策初期の段階で巨人についての情報を提供する見返りとして、近衛と洞窟衆とが現在起こっている出来事の情報を共有するため、通信網の共有化を図っている。

 そのため、近衛の動きは洞窟衆側に筒抜けであった。

「巨人が倒れたのをいいことに、不用意に人員を近づけさせたものと推測する」

 エルフのトスラタトテが、そう指摘をする。

「想像力のない軍人には、あれの本質的な恐ろしさが理解出来ない」

「大丈夫なのか、おい!」

 ゼスチャラが、大仰な物言いで嘆いてみせる。

「よりによって今、あのハザマには連絡がつかんのだろう!

 近衛に注意を呼びかけるのにも一苦労だ!」

 通信で近衛連隊に連絡を取ることは可能であったが、近衛側がこちらの忠告を真摯に受け止めるかどうかは、また別の問題なのであった。

 うさんくさく思われつつも、なんだかんだいって王国側から一目置かれているハザマがいうのと、その他の洞窟衆の物がなにかをいうのとでは、受け止める側の真剣さが違ってくる。

 ましてや、この非常事態。

 こちらから忠告をしても、そのまま放置され忘れられる可能性が大きかった。

「ハメラダス師の名前を出せば、まだなんとか……」

 ゼスチャラが、弱々しい調子でそんな提案をした。

「まるで効果はないとはいわんが、まず駄目じゃろ」

 当のハメラダス師は、そういって首をゆっくり左右に振る。

「そもそも、軍人と魔法使いとでは、物事の受け止め方がまるで違う」

 王国内の魔法使い社会においては、ハメラダス師の名を知らない者はいない。

 現役を退いたとはいえ、少し前の世代の第一人者であると、誰もが認める名前であった。

 しかしそうした魔法使いの言葉を、近衛のような生え抜きの軍人がそこまで重く受け止めるという保証は、どこにもなかった。

 この世界の魔法使いとは基本的に研究者であり、世俗への感心を捨てて自分の興味がある分野だけを探求するような変わり者であると認識されている。

 そうした世捨て人がなにを注意しても、現実主義者の権化ともいうべき近衛連隊がまともに相手にするとは思えないのだ。

「近衛なんか通り越して、ハザマの野郎に直接連絡が出来れば、こんなに気を揉むことはねーのに」

 ゼスチャラは、そう嘆じる。

 そのハザマは、現在、通信が届かない王城の結界内部に居る。

「当てに出来ない物は仕方がない」

 そういって、トスラタトテは転移札を取り出した。

「ハザマも近衛も駄目なら、自分たちの手でどうにかするしかない。

 あの巨人を構成していた不定形生物は不明な部分が多く、このまま放置しておくのはあまりにも危険」

「ま、そういうことになるな」

 ハメラダス師はそういって、自分の肩を揉みはじめた。

「ブラズニア家の小僧が手空きであったらちょうどよかったのだが、あちらはあちらで忙しいらしいし。

 ここはわしらで、どうにかするしかなかろう」

「お、おれは行かねーぞ!」

 ゼスチャラは叫んだ。

「あの近衛でもどうにかできなかった化物を、おれたちだけでどうにかしようってのが間違っている!」

「そうはいっても、他に代わりはおらん」

 ハメラダス師は大きな手のひらをゼスチャラの肩の上に置いた。

「王都がこのまま灰燼に帰すような羽目にならぬためにも、われらが一肌脱ぐよりなかろうよ」

 そういって、まっすぐ至近距離からゼスチャラの目を射すくめた。

「……なんてえこった……」

 ゼスチャラは、小さな声でそういって、弱々しく首を振った。


 血肉が、まるで足りない。

 それは、そう思考をする。

 破損した肉体を再現するのは、まず不可能だった。

 破損した部分が、あまりにも多い。

 再生をするのには、養分がまるで足りない。

 欠損した部位を転移で換装することも、もはや無理。

 ここに来るまで、想定外に魔力を消耗している。

 これ以上、大きな質量を転移魔法によって動かすことは、事実上不可能であった。

 それどころか、この思考を途絶えさせず、維持するだけでもかなり厳しい有様だ。

 近づいてきた生物、どうやらヒト数十名分、であったようだが、とにかくそのヒトたちの血肉を取り込み、消化することによって、ようやくそれはまともな思考を取り戻すことが可能になった。

 これで、思考をすることは、思いのほか養分を消耗する。

 思考を取り戻したそれは、自身の破損部分をチェックし、すぐにこの体を放棄するべきだという結論に達した。

 半壊を通り越して全壊に近い。

 かろうじて斥力結界を張るのが間に合い、操者であった部分は無事であったが。

 この新組織と半ば融合をしていた操者を中心にして、今度はあまり大きくはない、それだけ維持するのに養分を必要としない体組織を臨時に再構成するべきだろう。

 おそらくは、それが、一番合理的な判断だった。

 形状が決まっていない体の一部を再構成し、手近な物質を取り込んで、臨時の骨格に流用する。

 不定形のままでは直立をするだけでも余分な養分を消耗するので、ある程度硬い物質で姿勢を固定、安定させる必要があった。

 形状は……やはり、操者やあの巨人がそうであったように、二本足で歩行する形態が望ましいだろう。

 操者の脳髄はまだ使用可能であり、当然、生前の処理系もそのまま使える。

 運動をする、という思いの他重たい処理も、その処理系をそのまま使用すれば想定外に軽い負担で運用が可能なのであった。

 形状が決まっていない生物になるというのも、実際になってみると煩雑なものだな。

 それは、そう思った。

 なににでもなれるということは、その場でなにになるのかを決定し、その案に応じた体組織をその場で設計し、動かすための処理系も構築しなければならない、ということだった。

 これは、形状が不定である体組織を取り込み、制御できる今だからこその悩みでもある。

 あの巨人形態は、周到に準備をされ設計し、その素材を集めて構築された物であったが、まだ試用実験の段階で嗅ぎつけられ、仕方がなく未完成品のまま運用を開始する羽目になった。

 その割には、成果を出せたと、そう見なすべきか。

 まだ生きている視覚組織で外部の情報を取り込み、それはそう判断する。

 目標である王城の外壁は、一部破損。

 実際に壊したのは自分ではないのだが、それでも目的の一部分は、完遂している形となる。


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