深夜の待ち合わせ
「という連絡があったんで、巨人を攻撃するのはもうしばらく待ってな」
『それはいいけど、なんというか場当たり的に方針が変わりすぎじゃない?
その、近衛の人たちって』
ハザマが移動中のトエスに連絡をすると、すぐにそういう答えが返ってくる。
「おれもそう思うけど、待つだけなら別に問題はない。
おれたちの側に損害が出るわけでもないし」
ハザマは、平然とそういってのける。
「もちろん、対応が遅れればそれだけ王都の損害が増えるわけだが、待てといわれて待っているおれたちがそこまで考える必要もない」
いいながらハザマは、
「多分、緊急のことで近衛連隊の中で意見をまとめている余裕がないのだろうな」
とか、推測をしている。
近衛連隊がこんな形で王都に直接外敵が出現するような状況を想定していなかったことはこの対応を見れば明らかであった。
普通、王都を脅かすような敵は、もっと段階を踏んで姿を現すはずで、近衛連隊はそうした異例の存在に対応出来る体制を持っていない。
現状では各連隊がバラバラに対応しているので、外からそれぞれの要望を受ける立場のハザマたちに取っては、その主張するところがころころ変わるように見える形である。
せめて命令系統を一本化してくれれば、こっちも楽に対応出来るんだけどな。
などとも、ハザマは思う。
どうやら各連隊の中では年長者であるらしいオングドラーデ子爵あたりが音頭を取って近衛全体の方針をまとめてくれるとハザマたち洞窟衆側としても楽が出来るのだが、どうやらそちらはそちらで王城方面で忙しくしているらしい。
あっちはあっちで、大変なんだろうな。
とは、ハザマも推測している。
オングドラーデ子爵からの通信は少し前から途絶えていたが、それはオングドラーデ子爵が王城に入ったからではないのか。
王城は、ほとんどの領域が魔法効果を消去する結界に包まれていた。
当然、通信術式も使用不能となる。
それに。
と、ハザマは思う。
王城内部でも、あんな非常識な存在が現れて物理的に王城を攻撃する可能性など、ろくに想定していないだろうしな。
王城内部の警護体制がどのような物なのか、ハザマは詳しく知っているわけではなかったが、この非常事態に対して少なからぬ混乱が起こっているであろうことは、容易に想像が出来た。
ハザマとしてはむしろ、このような突発事にも動じず近衛連隊の各隊長たちが各自の判断によって行動を起こしていることの方に驚いているくらいなのだ。
巧拙や成果の差こそあれ、巨人という未知の脅威に対しても怯むことなく作戦行動を行っている。
これは、この世界の軍隊、特にその即応性として見ると、かなり練度が高いのではないだろうか。
指揮系統が一本化されていないという難点こそあったがこれはそもそも通信術式が普及してからまだ間もないこの時点では当然であり、ハザマとしては近衛連隊の活躍ぶりに対する評価はむしろ高かった。
もっとも、そうした評価と洞窟衆にとっての連携のし易さとは、また別の問題ではあるのだが。
「あちらはあちらで、想定外の事態にもめげずに頑張っているんだうな」
というのが、この件に関するハザマの心証であった。
ハザマが度重なる方針の変更に腹を立てないのは、水妖使いたちが居ればあの巨人を倒すこと自体は容易く、むしろその後に控えている事後処理の方が面倒になるのではないか、と予想しているからでもある。
現在、先に捕獲してある敵側の術者たちを尋問し、他の証拠なども確保させているところだが、この件を仕組んだのが大貴族の一員ということになると、当然、その影響は大きくなるはずであった。
そちらの方はあくまで王国側の問題であり、ハザマたち洞窟衆は深入りをしないにしても、今夜になっていきなり住処を奪われ着の身着のままで放り出された王都の住民が数万人単位で出ている。
それら方面に対する保障についても、早急な解決が必要だった。
この寒い季節、適切な助けがないままに放置されていたら、それこそ凍死者が続出する事態にもなりかねない。
ハザマが手配をするまでもなく、洞窟衆の関係者がこうした巨人の被害者に向けて炊き出しなどの準備を進めているとのことだったが、この時点では、犠牲者の総数さえ把握出来ていない。
万全の手当を約束する、ということも、現実には難しいのだった。
別段王都の住民たちに対して、ハザマたち洞窟衆側が保護をしなければならない義理や義務が存在するわけでもないのだが、助けられる限りは助けたいとハザマは考えていたし、洞窟衆の関係者にもその意図を徹底するように通達もしていた。
『なに、また難しいこと考えているの?』
ハザマが少し沈黙したからか、トエスがすぐにそう声をかけてくる。
『考えたって、なるようにしかならないよ』
「そりゃ、そうなんだがな」
ハザマは即応した。
「それでも出来る限りのことはしたいって思うのが、人情だろう」
『わかるけど』
「ところで、こっちにはいつ合流出来る?」
ハザマは訊ねた。
「こっちはもうすぐ正門前に着くけど」
『うん。
見えた』
トエスの返答と、大きな塊がいくつか、突然頭上から降ってきたのはほぼ同時だった。
「今、合流したけど?」
サーベルタイガー形態の水妖使いの背に乗ったトエスが、そういって首を小さく傾げた。
どうも、逃げる王都民で混雑する路上を嫌って、建物の上を飛び移りながらここまでやって来たらしい。
「上等」
ハザマは、さして驚くこともなくそういって頷く。
「オングドラーデ子爵がいうには、ここいらに迎えを寄越しているってことなんだけどな」
この正門前で、合流するということになっていた。
王城正門前は巨人の予想進路上にないので避難民などの姿も見当たらず、しんと静まりかえっている。
「待ち合わせってわけ?」
「そんなもんだ」
ハザマはトエスとそんな問答を交わしながら、足元に寄ってきたサーベルタイガーが上体を持ち上げて寄りかかって来たので、その体を受け止める。
そのまま、その牙猫の喉をさすると目を細めてごろごろとのどを鳴らした。
「あの、ハザマ男爵様、ですか?」
そんなとき、正門の脇にある通用口が開いて、中から顔を出した若い女性から声をかけられた。
「そうですが」
こんな物騒な事件が起きている真夜中のこんな場所に、ハザマたち以外の人影は見当たらない。
「わたしはディアーナ。
おじいさま、オングドラーデ子爵の使いでハザマ男爵をご案内することになっています。
どうぞこちらにおいでください」
「このまま城内に、ですか?」
ハザマは確認をした。
「こいつらもいっしょに、でよろしいのですよね?」
「この非常時です」
ディアーナと名乗った女性はきっぱりとした口調でそう返答する。
「子細に構っている余裕はありません。
それに、この子たちは男爵様の頼もしい、大事な手勢なのでしょう?」
「ご理解いただけて幸いです」
ハザマはそつのない対応をした。
「同行をするのはいいとして、オングドラーデ子爵がなんでおれなんかをこの場に呼んだのか、その理由をそろそろお教え願いませんでしょうか?」
このディアーナという女性は、先ほどオングドラーデ子爵のことを「おじいさま」といいかけている。
おそらくはオングドラーデ子爵とは気安い間柄であり、たぶん身内なのだろう。
であれば、オングドラーデ子爵からもより詳しい事情を知らされている可能性があった。
「城内の警備は選抜された衛士隊が担当することになっているのですが」
ディアーネは早口に説明をする。
「そのすべてが信用できるわけではないと、オングドラーデ子爵は考えています。
城内の衛士隊は国内有力貴族が推挙した者たちの中から選ばれるからです」
「城内の衛士たちが、この混乱に乗じてなにか行動を起こすかも知れない、と」
ディアーナに促されて城門の中に入りながら、ハザマはいった。
「オングドラーデ子爵配下の近衛の者たちがすでに相当数城内に入っておりますが」
ランタンを持ったディアーナは、ハザマたちを先導しながら説明をする。
「国王陛下の一族はどうやら避難をされたらしく、いまだに見つかっておりません。
城内の居るかも知れない敵対者をどうにかして発見するか、それも彼らよりも先に国王陛下とご一家を見つけ、保護する必要があります」
「城内に入った近衛が何名居て、信用できるかどうかわからない衛士が何名居るのか知らないが」
ハザマは、げんなりとした口調でこぼした。
「人海戦術でどうにかならないものなんですか?」
「こればかりは」
先を歩いていたディアーナは一度足を止めて振り返り、ゆっくりと首を横に振った。
「この王城内は広く、一般には公開されていない場所も多いのです。
その全貌を知る者はごく少なく、国王陛下とそのご一家が隠れている場所を探り当てるのさえ苦労するでしょう」
非常用のシェルターや脱出路があちこちに、それこそ数え切れないほどある感じなのか、と、ハザマは思った。
多分、この世界では、王族がその程度に用心することは、常識の範囲内なのだろう。
これまでにハザマが関係した他の国の王城にも、相応の備えはあったしな。
と、過去の経験まで振り返って、ハザマは納得をした。
「ご存じの通り、王城内は一切の魔法が使えません」
ディアーナは、そう続けた。
「あの巨人の目的は、この王城内に張られた結界を無効化することではないのかと、オングドラーデ子爵は申しております」
「それは十分にあり得ると思います」
ハザマはいった。
「やつの目的がそれだけだとは、思いませんが」
いよいよ本格的にクーデターじみて来たな、と、ハザマはそんな風に思った。
こんなに先を読めない状況下では、バジルの能力は重宝するし、味方にもつけておきたくなるだろうな、とも。




