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新生活の開始

 翌朝、ハザマは犬頭人に起こされた。頭を小突かれたのである。

 ……こんな、死体ばかりが転がる場所に、好んでくる奴もいないか……とか思いつつ、上体を起こして大きく伸びをする。硬い岩盤の上で寝たせいで、体のふしぶしが痛い。しかし、森の中での生活を考えると、このときばかりが劣悪な環境というわけでもないのだ。ああ、しょーもな。

 そんなことをいいながら、

「バジル!」

 と相棒の名を短く呼んで、起きあがる。

 見渡すと、あれほどあった周囲の死体が、きれいになくなっていた。

 ハザマがバジルのことを通常の生物ではないと断定する根拠が、いくつかある。

 自分の体の何十倍もの体積のものを平気で食べ尽くす。全長三十センチ前後の現在の大きさ以上に育たない。体表に排出をする器官が見あたらない。排出行為もしない。少なくとも、ハザマは観察する範囲内では。睡眠は必要としないらしい。

 などなど。

 あれがどういう存在なのかはこちらの事情に詳しくはないハザマには予想もつかないところではあるが、超自然のことに詳しく、長寿で、なにか物知りらしいエルフの巫女、エルシムもなにであるとは断言できないらしい。

 なんか後々になってからやっかいの種になりそうな気もするのだが、現状では、ハザマに、このバジルと縁を切る選択肢はなかった。バジル抜きのハザマなど役立たずもいいところである。それ以前に、肝心の縁の切り方でさえ、よくわからない。

 特に森の中でのサバイバル生活で多大な利益を受けていたことは確実であり、今の時点では、ハザマも状況が許す限りバジルの要望には応えてやろうと思っているし、実際にそうして来てもいる。

 バジルはすぐに先に歩き出したハザマのところに駆け寄ってきて、器用に服に爪をたててよじ登り、ハザマの肩の上に乗った。

 バジルは、小さな体の割に、かなり素早く動ける。しかし、自分の足で長時間歩くことは、あまり好まない。


 洞窟の外に出ると、宝の山の前にガルバスとファンタル、エルシムと女数名が勢ぞろいして待っていた。

「遅い!」

 顔を見るなり、エルフの巫女、エルシムに一喝される。

「あー。

 遅刻したか」

「特に時刻を決めていた訳ではないが、できればもっと早くにここを立ちたかったものでな」

 苦笑いをしながら応じたのは、ファンタルである。

「なにしろ日が空にある時間は、有限だ。

 夜になると、森の中では危険度が格段に増す」

 日の高さから判断して現在の時刻を予測するのなら、午前八時から九時程度だろう。スマホのバッテリーが切れてからもう随分になるので、そうしたハザマの見立てもどこまで有効なのか、あまりあてにはならないところだが……。

「時間を無駄にさせてしまったか。

 すまん」

 ここの人々は、おそらく日が出てから動き、日が沈めば寝る準備をする……そうした生活習慣を持っているのだろうとハザマは予測し、素直に詫びた。

 そういえば、傭兵たちもランプとかそういった類の照明器具を持ち歩いていない。高価なのか、それともそうした機能を代用する魔法が普及しているから持ち歩く必要がないのか、今の時点では判断がつかないところであるが……。

「それで、なんでおれを待っていたんだ?

 もう準備が済んでいるんなら、さっさと本隊へ向かえばいいのに……」

「……お前様よ。

 それは本気でいっておるのか?」

 なぜか、エルシムの言葉に怒気が込められていた。

「傭兵どもに渡す財貨をお前様が検分せずに、誰が検分するというのかっ!」

「……えっと……ああ。

 そーゆーことですか……」

 ハザマは、ポンと柏手を打つ。

 反射的に、

「いいよ、そんなの。

 そっちで勝手にやってくれ!」

 と返事をしそうになったものだが……その場にいる全員の顔を見渡して、その言葉をあわてて引っ込める。

「……うん。

 じゃあ、その……とっととやっちゃおう。

 その、検分とやらを」

 集められた宝物の中で、宝石類などの小さくてかさばらないものを一つ一つ取り上げて、

「白陽石の指輪。石の大きさは約八デラタ。台は純度の高い銀。浮き彫りあり」

 などと特徴と大きさを声に出して、袋に移していく。

 その読み上げを傭兵と女が同時に紙に書き取っていき、めぼしい宝石類をすべて袋の中に移し終わったところで、傭兵側のリストと女が書いたリストと照らし合わせた上、その紙にガルバスとハザマが署名して交換した。

 ハザマはこちらの文字は知らなかったから、エルシムに確認した上で、漢字で「間繁」と署名した。責任者の名前が書いてありさえすれば、文字の種類はどうあれ用は足りるらしい。

「……珍しい文字ですな。

 二文字ですか?」

「おれの国では、音ではなく意味を表す文字もあるのです」

 ガルバスが署名をしげしげと眺めて感心した声をだしたので、ハザマは適当に答えておいた。

「ほう。それは便利な」

「そのかわり、一文字が複雑で書くのに手間がかかります」

 あとでエルシムに、「あの文字は、どういう名前なのか?」と質問されたので、「隙間に苔がびっしり生えている様子。生命力が強い子になりますように、という願いが込められている名だ」とさらに適当に答えておくのだが……それは、もう少し後のはなしになる。

 次に傭兵側が用意した食料の売買申込書の内容を(エルシムが)確認し、それにも署名をして、写しを貰う。

 もちろん、ハザマ自身は読めないわけであるから、ここも傭兵とエルシムの良心に期待するしかない。

 というか……ハザマはここでの財貨にはあまり興味を持っていないので、騙されようが誤魔化されようが、興味を持っていない。怒りもしない。

 ……やっぱ、おれ、この場にいなくてもいいんじゃねーの……と、内心で思わないでもなかったが、行きがかりでこの場の最高責任者と目されている以上、つき合わないわけにもいかないらしかった。


 そうした儀式めいた取引が取りあえず終結して、傭兵たちの準備もハザマが寝坊している間に終わっていたわけだが……。

「まだなにか、問題が?」

「犬頭人だ。

 何匹、持って行っていい?」

 ファンタルに、問いただされた。

「最低でも、半分以上持って行ってくれ」

 ハザマは即答した。

「多ければ多いほど、いい。

 正直、あまり大勢残っていても、食わせるのが大変だ」

 残される人数が大きくなれば、それだけ食料が減るのも早くなる。

「なるほど。

 大勢で押し掛けた方が、本隊へのプレッシャーにもなるだろうしな」

 ファンタルは深読みをして、にやりと笑った。

「いざというときは、使い潰してもいいだろうか?」

 もちろん、犬頭人を……である。

「ああ、いいぞ。

 最終的に食料さえこちらに届けてくれれば、何十匹損耗しても構いやしない」

「それを聞いて安心した。

 本隊が出し惜しみをするようだったら、あいつらを捨て駒にしてでも略奪してこよう!

 その方が、ずんと面白くなる!」

 ハザマ自身はそこまで深くは考えていないのだが、犬頭人たちを庇護するべき理由も特になかったので、ファンタルのいいようを否定しなかった。

 そんなやり取りを間近に見たガルバスは、ひきつった笑いを浮かべているだけだった。

「ああ、あと……。

 そうそう。

 あれも持っていかない?」

 ハザマが犬頭人たちに命じて持ってこさせた巨大な物体を見て、ガルバスは絶句する。

「あれを持っていけば、さ。

 兵隊さんたち、半分以上お亡くなりになった理由ってのの、説明にはなるんじゃない?」

 巨大な、猪頭人の頭部。

 バジルと犬頭人と女の間に生まれた嬰児たちにいいように肉を毟られ、今では半ば白骨化している。

「犬頭人たちに持たせていけばいいから、そちらの負担にはならないと思うけど……」


「……さて、と……」

 傭兵たちとその後に従う犬頭人たちとが森の中へと姿を消すと、ハザマは大きく伸びをした。

「あとは……ああ、そうだ。

 着替え……」

「傭兵たちの死体からはぎ取った衣服は、洗って干してある。

 もう少しすれば乾くと思うが……まともな服を持っていない女たちに、優先的に分けてよいな?」

 エルシムが即答した。

 打てば響くような反応だ。

「任せるよ」

 ハザマにしても、拒否すべき理由がない。

 むしろ、煩雑な手配を先回りしてやってくれるのであれば、大歓迎だ。

「ただ、おれの方にも一着、回して貰いたいかな?」

 現在のハザマは、スラックスにワイシャツを着ている状態だ。

 革靴はボロボロだし、靴下はとうの昔に擦り切れて使い物にならなくなったので、捨てている。ワイシャツの下に着ていたシャツも、長期間着たきりたったせいでずっと汗を吸いすぎて黄ばみと匂いが染みつき、タオル代わりにしか使用したくない有様になっていた。

「……確かに、酷い有様だな」

 エルシムが、ハザマの全身をしげしげと眺めて、呆れたような感心したような声を出す。

「五十日間、身一つで森の中に放り込まれていたんだ」

 ハザマとしても、憮然とした声を出すしかなかった。

「これくらいで済んでいれば、まだしもマシってもんだろう?」

 実際、ハザマもバジルと出会うまでには慢性的に餓え、何度も死にかかっている。バジルと合流してからは、少なくとも食料に困ることはなくなった。

 食料が硬直して、始末されるのを待ってくれるようになったからだ。

「よかろう。

 お前様の体に合いそうな大きさのを一式回すよう、手配する。

 今着ている服はどうする?」

「こんなんでいいんなら、くれてやるよ」

 ハザマとしては、別段これに執着すべき理由はない。

「いや……とくにこの服、薄い割には丈夫そうで……ずいぶん、上等なものなのではないか?」

 エルシムはワイシャツ袖を摘んで感触を確かめながら、興味深そうな声を出した。

「まあ……こちらには、化繊はないだろうなあ」

 ハザマはそっとため息をつく。

「かなり汚れているが、こんなんでよかったら好きに使ってくれ」

 ハザマとしては、裸にならなければどうでもいい、という諦観がある。

 衣服をつけないで森の中を歩くのは自殺行為だと、経験上知っているからだ。枝が手足を傷つけるだけではなく、多種多様な虫も寄ってくる。皮膚が露出する面積は、少なければ少ないほどいい。

「では、新しい服と引き替えに」

 エルシムが、もっともらしい表情でうなずく。

「では、次に……」

「あ、あの……」

 エルシムとの会話に、割り込んできた者がいた。

「なにかな?」

 ハザマは、声がした方に顔を向ける。

「タマル、といいます。

 その……」

 なんのことはない。

 傭兵たちとの検分の際、書類を書いていた女だ。いや、どうみてもまだ十代にしか見えないから、年齢的なことをいうのなら、女の子、か。

「……現在の財産目録が、できています。

 先に、こちらをご確認ください」

 なんでも、これで犬頭人に拐かされる前は行商人として独り立ちしていた、という。

 当然、読み書きはできるし、帳簿をつけるのも得意ということで、書記のような役割を昨夜から勤めているという事だった。

「それ……今、確認しなければ、駄目?」

「駄目というか、なんというか……。

 その、あとで硬貨の数が合わなくなったりしたら……」

「……ああ、はいはい。

 数を検めるのに、つき合えばいいのね……」

 ハザマはがっくりとうなずいた。

 いきがかり上とはいえ……責任者とは、興味がもてない雑用ばかりが増えるものだな、とか思いながら。

 ハザマ個人の興味は、硬貨の数にはない。

 どんなにこちらの金を持っていても、こんな森の真ん中では使う場所もないのだ。それに、ここなら金を持ち逃げされる心配もない。

 森の中をあてもなく歩き回る危険性は、誰よりもハザマ自身がよーく知っている。

 だが、まあ……。

「ポケットにしまっておいて、使える時期までそっと持っておく……ってパターンもあるのか……」

「そ、そうです。

 金貨なら、一枚でも麦十袋は買えますから……」

 そう説明されても、ハザマにはまるでピンとこないのであった。

 

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