不測の敵
周辺住人の避難や消火活動などは洞窟衆の者たちに任せて、ハザマは爆破した建物、その残骸の調査に専念をする。
今のところ、ハザマにこのような極端な決断をさせた代物は見当たらなかったが、ハザマは油断しなかった。
たったあれだけの爆発で綺麗に吹き飛ぶような可愛げのある連中なら、かえって手間が省けるんだがな。
これだけで片付くはずがないという、奇妙な確信をハザマは抱いていた。
内心でそう思いながら、ハザマは油断なく周囲を見渡しながら周囲に散らばった建材を手や足をつかってどけたりしてみる。
しばらくそうして周囲を探っていると、ときおり、人の残骸らしき肉片なども見つけたが、ハザマが見つけたがった召喚物の断片などは一切見つけられなかった。
そのことに、ハザマは漠然と不自然さを感じる。
『そちらの探索を手伝いましょうか?』
しばらくして、魔法の効果を消去する結界が無効化されたのか、少し離れた場所に居る洞窟衆の者から通信が入った。
「いや、こちらには誰も近寄らせないでくれ」
ハザマは即答する。
「確たる根拠はないんだが、まだ嫌な予感が消えていない。
今ここに来られても、かえって足手まといになるだけだ」
『それでは、われわれは周囲の住人の避難誘導と消火活動に専念させて貰います』
返って来た声に、ハザマは心なしか安堵したような響きを感じた。
『人手が必要なときは、いつでもおっしゃってください』
「それから、先に捕らえていた術者、やつらの尋問も急がせておいてくれ」
ハザマは、そう言い添える。
「場合によっては、一刻一秒を争うような事態になるかも知れない」
なんといっても、情報は多ければ多いほどいい。
たぶん、洞窟衆のやつらにしてみれば、敵の潜伏先であるとはいえ、いきなり民家を爆破したハザマは、乱心したように見えるのかも知れないな。
ハザマは、そんな風にも思う。
中洲の召喚獣やエンテラの怪物が王都のような密集都市にいきなり出現する可能性を考えると、自分が奇異の目で見られるくらいで済めば、かえって有り難いくらいだった。
もともとハザマは、こちらでは存在自体が異端児なのである。
ときおり、動機がわからない無茶をしでかしても、
「ハザマがやることならば」
と流してくれる傾向もあった。
もっともそれも、あくまで味方か洞窟衆に対して好意的な人々に限ったことではあるのだが。
これでやつらがなにか企んでいたという証拠が出てこなかったら、少なくとも王国内でのハザマの立場はひどく危うい物となるのだが、そのことについてはハザマはあまり頓着していなかった。
そもそも洞窟衆の活動全般を好ましく思っていない連中についても、ハザマは「政敵」であるとは認識しておらず、せいぜい「障害物」扱いなのである。
すでに帝国にハザマ領の所属を移す算段がついている今の段階では、この事件を口実にハザマを非難する勢力が力を増したとしても、なにかと時間稼ぎをしながら王国との袂を分かつ時期を早めるだけのことであった。
仮にそうなったとしても洞窟衆の側は打撃を受けることが少なく、しかし王国内から洞窟衆が撤退をすると、王国内の経済や生産活動は確実に打撃を受ける。
そうした非対称的な構造がすでに確定している現在、王国内の反洞窟衆派の連中は対等の敵と見なす要因が存在しないのであった。
ハザマは、現在、わかりやすい力を持っている貴族連中の意向よりも、もっと漠然とした、不特定多数の大衆が抱くイメージが悪くなることの方を恐れていた。
なぜならば、洞窟衆がここまで勢力を伸ばして来た源泉は、そうした無名の大衆にあるからである。
『そちらの状況は把握しているつもりです』
さほど間をおかず、アズラウスト・ブラズニア公爵が通信でハザマにはなしかけた。
『なにかお手伝い出来ることがありますか?』
「ええと」
ほんの数秒考えた後、ハザマはそう伝えた。
「しばらく待機して、そうですね。
こちらから合図をしたら、砲撃魔法でありったけの砲弾をここにぶち込んでください。
召喚によりここに呼び出された何物かが、この付近に潜伏している恐れがあります」
『やはりそうなりますか』
アズラウストはハザマの返答を予想していたようだった。
『もうすぐ衛士や公館から出て来た貴族連中がそちらに到着する頃だと思います。
そちらの対応も、こちらで引き受けますか?』
「そうして貰えると助かります」
ハザマは即答した。
「なにかと微妙な時期に、無理なことをお願いする形になってすいません」
『この時期に王都が灰燼に帰しても、誰も得をしませんからね』
そう返してきたアズラウストの声は微かな笑いを含んでいた。
『駆けつけてきた連中の矛先がこちらに向かってくるのであれば、それはそれでこの状況にとっては有益でしょう』
独断で王国からの脱退を宣言したアズラウストは、他の王国貴族から見れば完全に裏切り者であるはずだった。
その事実を重々承知した上で、そのことさえも利用しようとするアズラウストの態度は、この場のハザマにとってはかなり有益といえた。
「なにか見落としているのか?」
しばらく廃材をどかしたりして周囲を調べて見た結果、これといった異常を発見できなかったハザマはそう自問した。
あるいは、最初の段階でハザマが感じた危惧が、完全に錯覚であり、ハザマが過剰反応しただけなのか。
ハザマとしては、いっそのことそうである方が有り難いくらいなのだが、そんなに簡単に収拾する事態であるとも思えなかった。
なにより、ハザマが爆破をした建物に突入した前後からしきりに感じていた恐怖は、いまだに継続して感じているのである。
まだこの付近に、ハザマを恐れさせる何物かが潜んでいる。
そのこと自体に、ハザマは疑念を超えて確信に近い感触を得ていた。
こうした第六感を、これまでに様々な出来事をくぐり抜けていたハザマは決して軽視することはなかった。
「おれはなにを見落としていると思う、バジル」
ハザマは、肩の上に乗ったままのバジルに、そう語りかける。
「いや違うな。
この近くで、お前が食べたいと思う獲物のところにおれを連れて行ってくれ」
次の瞬間、ハザマの肩に乗っていたバジルがはじかれたように動き出し、ハザマの体を駆け下り、瓦礫の隙間を縫うようにして駆けていった。
普段の怠惰さが嘘のような、機敏な動作だった。
バジルの後を追いかけながらハザマは、
「最初からこうすればよかった」
と、そんな風に思う。
なんでも自分一人で解決しようとするのが、そもそも柄ではなかったのだ。
適所適材というか、誰にも似合いの仕事というものは存在する。
バジルはすぐに止まった。
というか、そこで一件廃材にしか見えない木材に齧りついていた。
「そんな物がうまいのか?」
などと疑問に思うこともなく、ハザマは鉄製のトンファーを抜きはなってそのままその木材に叩きつける。
トンファーが木材にぶつかる寸前、木材が唐突に変形し、ハザマを包み込むような形に無数の触手、としか形容の出来ない物体を伸ばしてきた。
なんとなく警戒心を抱いていたハザマは、その場で大きく後ずさってその触手様の物体から逃れる。
「擬態していたのかよ」
と、ハザマは呟く。
バジルはといえば、その触手様の物体を何本か根元から噛み千切り、吸い込むようにして食べている。
バジルの悪食は今に始まったことではなかったので、このことについてはハザマは驚かなかった。
面倒なことになったな、と、ハザマは思う。
しばらくなりを潜めていようと考えられるほどには、知能らしきものを持ち合わせている相手であるらしい。
どこまで複雑な形状を模倣できるのか、この時点ではなんとも判断がつかなかったが、ますます対応に苦慮することになるのこれで確定的になった。
「召喚獣は姿形を自由に変える能力を持っているらしい」
ハザマは、通信で洞窟衆の者にそう伝えた。
「この場からの人払いを徹底させてくれ。
また、今後、この場から出て行こうとする者は問答無用で攻撃せよ」
『それは』
ハザマの通信を受けた人間は、その場で少し絶句をし、しかし直後には気分と頭を切り替えて、
『わかりました。
誰も近づけませんし、その場から出しません』
と、ハザマの指示を復唱した。
こういう臨機応変な対応に着いて来られる人材が育ってきているのは、いい傾向なんだろうなとハザマはそんな感慨を得る。
ハザマがそんなやり取りをしている間にも、バジルは木材に化けていた召喚獣を食べ続け、そしてすぐに完食をしたらしくすぐに次の獲物へ向けて駆けだしていく。
ハザマも、すぐにその後を追う。
召喚をしたやつらも、召喚に成功したやつらがこういう性質を持っていると理解した上で召喚をしているのかなあ。
バジルの後を追いながら、ハザマはそんなことを考える。
やつらがどこまで複雑な形状に変化でき、またその変化を長時間維持できるのかどうか、この時点のハザマは知りようがなかったが、仮にやつらが長時間人間に化けられるとすれば、それこそ収拾がつかなくなるはずだった。
仮にそうなれば、王都や王国だけに留まらず、この世界全体の人間社会にとって、大きな脅威となり得る。
禁忌とされるわけだよなあ、召喚魔法。
と、ハザマは改めてそう思った。




