ホースイとの会話
「あんたらの事情はよく知らんけど」
そういわれても、ハザマの中にはなんの感慨も生まれなかった。
「こっちはいつも通りの仕事をさせているだけだしなあ。
逆に、冒険者ギルド程度の組織を、これまで誰も作らなかったことの方が不思議なんじゃないのか?」
ハザマにしてみれば、冒険者ギルドという組織が特別な仕組みであるとも思わない。
むしろその逆に、商業の振興を重視しているらしい帝国がこうした人材流動性を確保するための仕組みをこれまで誰も作らなかったことの方に驚いているくらいだ。
「作るって、異族も加護持ちも同列に扱い、仕事を斡旋しろってことか?」
ホースイは目を剥いて驚いた。
「そりゃあ、いくらなんでも無理だ。
誰もが反発するだろうし、仮にどうにか立ちあげたとしてもうまく動くとは思えない。
というか、だからこそあんたの冒険者ギルドがうまく動いていることに驚いているんだが」
「反発?」
そう聞いて、ハザマは眉根を寄せた。
「それは、身分差ってやつか?」
「それもあるし、ことに異族を雇って仕事をさせようって発想をするやつがいない。
やつらは獣同然で、家畜のように働かせるのならともかく、対等の立場で雇うとかいい出すやつが居たら、まず頭を疑われる」
ホースイはハザマに説明をした。
「おれたち加護持ちだって、別の理由でかなり窮屈なもんさ。
たいていはどこかの国の紐付きだし、そのために、普段できる仕事も限られている。
今回は帝国のお声掛かりだからこうして集まって肩を並べることもできたんだが、普段はともてもじゃないが一緒に同じ仕事を、って仲ではない」
「……帝国傘下の国同士でも、必ずしも仲がいいってわけでもないのか?」
少し考えてから、ハザマは推測した内容を漏らす。
「仲がいい国同士もあれば、そうではない国同士もある」
ホースイは即答した。
「帝国は、一度傘下に治めた国の内情には深く立ち入らないからな。
傾向としては、地理的に近い国同士の方が仲が悪くなりがちだ」
近い国同士の方が、なにかと利権の衝突などが起こりやすいのだろうな、と、ハザマは想像した。
「帝国の下に居る国同士でいくさとか起こらないのか?」
「小さな紛争程度ならば、なにも起こっていない時期の方が珍しいくらいだな」
ホースイは肩を竦めてそういった。
「あんまり派手にやりすぎると見かねた帝国が介入してくるが、そこまでおおっぴらな諍いでなければ帝国も見逃してくれるし。
というか、あんまり小さな諍いにまでいちいち口出しをしてくるほど、帝国も余力がないだろう。
帝国傘下の国々は、それこそ何百とあるわけで」
人間の集団が複数集まっていれば、それなりに問題は発生するし、そうした問題に対する根源的な対処法はない、というわけだった。
そして、そうした国々を勢力圏内に取り込んでいる帝国は、自分たちにまで被害が及ばない限りは、そうした国々の問題は放置する方針であるらしい。
ある程度の調停能力はあるようだが、それを発動するかどうかの判断は帝国が自分たちの都合で判断する、ということなのだろうな、と、ホースイが発言した内容からハザマはそう判断した。
そんな情勢下において、多くの加護持ちはそれぞれに所属する国家の管理下に置かれているわけで。
そう考えると確かに、ホースイがいう通り、気軽にどこかの加護持ちに仕事を斡旋するのは、かなり難しいのではないか。
加護持ち自身が自分の能力を活かした仕事をしたくても、その加護持ちを支援している国家がそれをよしとするのかどうかは、わからない。
能力の種類や傾向にもよるだろうが、どこかの紐付きになるほどの加護持ちであれば、大抵は生きた兵器扱いになるだろうし。
となれば、余計な口出しをしてくる連中がその背後にわんさか控えているのは、容易に想像できた。
「さらにいえば」
ハザマが思案顔になって黙り込んだのを見たホースイは、さらに説明を続けた。
「加護持ちの中には、かなりの割合で王族や貴族の出身者が存在する。
そうした高貴な方々に対して、おいそれと仕事を頼むというわけにもいかんだろう」
所属する国や勢力圏の問題。
それに加えて、身分差という要素もある。
だから、ハザマが作った、風通しのよすぎる冒険者ギルドのような組織はこれまで成立していなかった。
と、いうことらしい。
この世界は、しらがみが多過ぎるのだな。
と、ハザマは思う。
「だからあんたの冒険者ギルドは、こうして存在して機能していること自体が奇跡みたいなもんだと、おれなんかは思うわけだが」
ホースイは、さらに言葉を紡いだ。
「あんたはいったいどうやって、こんな組織を作ったんだ?
それも、誰にも邪魔されることなく」
「そいつは一言には答えにくい質問だな」
ハザマはいった。
「強いていえば、おれが異邦人だからだってことに尽きると思う」
「……異邦人?」
ホースイはそういったきり、ぽかんと口を空けて黙り込んだ。
「あんたが、別の天地から来た人間だってことか?」
「事実、そうなんだ」
ハザマはそう断言した。
「別に無理に信じてくれとはいわないが。
おれとしては、そちらでは当然と思われていたことをこちらでも実現しているだけだ。
邪魔は……実際にはあったのかも知れないが、これまでそうと意識している余裕はなかったな。
なんといっても、次から次へと想定外のことばかりが起こってくれるので、それに対処するに忙しかったから」
仮にどこかの既存の勢力からの邪魔や横槍があったとしても、ハザマたちは「いつもの障害」としか意識しなかっただろう。
その手の障害があることに慣れすぎていて、相手の意図や動機をいちいち勘ぐっている余裕もなかった、というのが、正直なところだった。
「ああ、いいや。
信じる信じない以前に、どう思っていいのかわからなくて戸惑った」
ホースイはそういって自分の頭を掻いた。
「お伽噺の主人公がいきなり目の前に現れたら、誰だって困惑するだろ?」
つまり、この世界の人間にとって、「異邦人」とは、それくらい遠い存在なわけだった。
「あんたの能力やそのトカゲも、あんたが居た場所では普通に存在していたのか?」
ホースイは続けて、そんな質問をしてくる。
「いいや、こいつは多分、こちらに属している何物かだ」
ハザマは自分の肩に乗っているバジルを指差して、そういった。
「そして、おれの能力もだいたいはこいつに由来している。
と、思う」
ハザマとしては、
「あんたら加護持ちのように、自分自身の力ではない」
というニュアンスをその言葉に込めたつもりであったが、さて、どこまで相手に伝わったものか。
「ということは、あんたは加護持ちではないのか」
ホースイは素直に感心をしてくれた。
「それであのゴウド家の魔人に、あそこまで強く出たとは」
「魔人、か」
ハザマはそういって軽く顔をしかめた。
「確かにあれは、そう称して大げさではないくらいの能力を持っていたが。
だが、だからといって……」
あのゲイル・ゴウドをそこまで大げさに怖がる必要は、ないのではないか。
そういいかけて、ハザマはその言葉を途中で飲み込む。
よくよく考えてみれば、相手は一種のサイコパスであり、なおかつ、強大な力を秘めた存在でもある。
客観的に見れば、「ナントカに刃物」という表現そのままの存在、なのではないか。
物怖じせずに追い返してみせたハザマよりも、ホースイのように感じる方が、どう考えても正常だった。
「よくあいつをあの場から退去させたもんだよなあ、おれ」
今さらにその事実に気づいて、ハザマはそんな風に呟く。
「あのときは、なんとなくあいつがこちらには危害を加えないっていう確信が持てたんだけど」
その確信も、どこまで根拠があるものだったか。
ハザマの些細な言動に刺激されて、ゲイル・ゴウドが激昂して見境なく暴れまわる、という展開も、あの場は十分にあり得たのではないか。
もしもそうなってしまったとしたら、深き者がもたらす被害ほど甚大なものにはならないかも知れなかったが、それでもこのエンテラくらいは軽く廃墟になっていてもおかしくはなかったように、思う。
もちろん、ハザマ自身も無事では済まされなかったはずだ。
「今まで自覚していなかったんかい!」
ハザマの呟きを耳にして、ホースイがつっこみを入れた。
「豪胆なんだか鈍感なんだかよくわからない旦那だな!
まあいいや。
今はあんたのことよりも冒険者ギルドのことだ」
ホースイはすぐに話題を変える。
「冒険者ギルドってやつ、今後も帝国内で拡大していくつもりなんだろう?」
「皇帝陛下様は、どうやらそうしてもらいたいとの希望を持っていなさるようだがな」
ハザマはホースイの言葉にあっさりと頷いた。
「だから自動的に、少なくともおれたちもそうなるように努力することにはなると思う。
なんといっても、帝国の意向には逆らえないわけだから」
帝国の意向に逆らわないのはいいにしても、現実問題としてどこまでそれを実行できるものか。
と、ハザマはそういいながらも内心で考えている。
広大な帝国の版図内に、冒険者ギルドのような組織を根付かせていくには、現実問題としてかなり課題が多いはずなのだった。
ホースイが指摘したような帝国内部の事情以外にも、単純に、マンパワーがまるで足りない。
今の冒険者ギルドの規模では、とてもではないが帝国中に支部を作りまともに機能させるまで持っていくのは、かなり人力が不足しているはずだった。




