ハザマの抵抗
「そもそもこれは、通常の人間には手に余る代物です。
それがたとえ帝国のような大国であったとしてもね」
ゲイル・ゴウドはそういって自分が腰掛けている棺の表面を指先で愛おしそうに撫でた。
「扱いを間違えれば大惨事にもなりかねないし、だとすればこちらで預かって適切に管理をされた方がいい」
「まるで自分たちが通常の人間ではないとでもいわんばかりのいいようだな」
ハザマはそう応じながらも、心中では、
「いや、すでに普通の人間の域を超えてはいるのか」
と、自分の言葉を打ち消す。
しかしそれはあくまで、その能力についての評価であり、決してこのゲイル・ゴウドの倫理観などについての評価ではない。
この男が帝国よりも適切に、この戦略兵器ともなり得る棺を使えるのかどうか、対面してから間もないハザマには判断がつきかねた。
「あんたが信頼していない帝国だって、そこまで悪い国には思えないんだがな、おれには」
ハザマは、口ではそう応じておく。
これは、ハザマの本心でもあった。
確かに帝国はこの世界における覇権国家であるから、その内外に様々な問題を抱えているであろうことは容易に予想できる。
しかしハザマがこれまで観測してきた範囲内においては、それでも現在の帝国の機構はあまり腐敗もしておらず、そこそこうまい具合に統治機構としての機能を全うしているように見えた。
「確かに、今の時点では」
ハザマの言葉に、ゲイル・ゴウドは素直に頷く。
「帝国は、そこまで悪い国家であるとはいえません。
領地や領民に対して過剰な干渉を控えた、おとなしい権力者であるといえます。
しかしそれは、あくまで今の時点でのことです」
「……将来のことはわからない、ってか」
ハザマは、そういって顔をしかめた。
これから起こり得ること、可能性のことまでを視野に入れはじめたら、それこそまとまるはなしもまとまりやしない。
「そうです」
ゲイル・ゴウドはハザマが内心で苦々しく思っていることも知らずに、ハザマの言葉に頷く。
「現在の帝国自体が悪い権力者ではないにしても、将来どのように変質するのかは予測できません。
いえ、長い目で見れば、権力というのはいずれは腐敗するものです。
そうして帝国が権力者として腐敗したとき、こういう極端な破壊能力を持つ兵器を持たせておくのは、とても危険です。
普段ならば警戒が厳しくて近寄ることもできませんでしたが、幸い、今回はこのぼくでさえこうして間近に迫ることができる状態です。
この機会を逃せば、帝国の手からこれを奪う機会はかなり遠くなるでしょう」
だからわざわざこうして奪いに来た、というわけだった。
ご苦労なことだな、と、ハザマは思う。
「正直なことをいえば、おれはあんたがこれを帝国よりも適切に管理できるという確信が持てない」
そして口では、こういった。
「別に帝国に対して格別の義理があるってわけでもないのだが、このまま見過ごすこともできない。
できれば、このまま手ぶらで帰ってくれないか?」
このゲイル・ゴウドはどう見ても歪んだ価値観に従って行動をしている。
信念、といいかえてもいい。
しかしハザマは、この歪んだ男を決して嫌いにはなれなかった。
「それは、この場ではこのぼくに敵対するということでしょうか?」
ゲイル・ゴウドはハザマの言葉を聞いて、首を傾げた。
「あなたはもっと賢明な方だと思っていました。
お互いの実力差はすでに理解しているでしょうに」
「いや確かに、無理ゲーだとは思うんだけどな」
ハザマはゲイル・ゴウドにそう応じる。
「それでも、なにもせずにあんたがそいつを持ち逃げするのを黙って見ている気にはならないんだ。
困ったことにな」
このゲイル・ゴウドのことを、ハザマはあまり嫌っていない。
「嫌えるほどには、よく知りもしない」
という方が正しいのか。
ただ、広大な版図をそれなりによく治めている帝国と、このよく知らない男とを比較すると、まだしも帝国の方が常識的でその分、信頼がおけた。
ハザマは、少なくともこの時点ではそう判断している。
「悪いが、あんたがそれを悪用しないという確信が持てないんだ」
ハザマは、そう説明した。
「少なくとも帝国は、これまでそいつを持ちながらも普通の人間相手にそいつを使おうとはしなかった。
これまでそれだけの分別があるのだから、これからも当分は、遠い未来のことまでは保証できないにしても、あと数年か数十年は、帝国に預けておいても問題はないものと、そう判断する」
というのが、ハザマが出した結論である。
帝国のためというよりは、こんな危ない代物を、なにを考えているのかよく見通せないこのゲイル・ゴウドの手に渡すことの危険性を、ハザマは警戒していた。
そう判断しながらもハザマは、
「目の前のこの男を、このおれがどうにかできるとも思えないんだがな」
とか、気弱なことを思っている。
「もしもこうして時間を稼いで、救援が来るのを待っているのだとしたら無駄というものですよ」
ゲイル・ゴウドはそういってゆっくりと首を横に振った。
「このぼくにまともに対抗できる人が居るとすれば、大陸広しといえどもあのヘムレニー猊下くらいなものでしょう。
そして今になってもそのヘムレニー猊下がこの場に居ないということは、彼女はこの件については干渉しない立場を選択したということです。
ぼくにとっては幸いなことに、あなたにとっては不幸なことにね」
まあ、そうだろうな、と、ハザマは思った。
そして、この場に居る加護持ちたちは、この男の前ではたいした戦力にはならない。
ゲイル・ゴウドの周囲に倒れている、先行してこの男に挑んだ末、今では意識を失って倒れている加護持ちたちの方にちらりと視線を走らせて、ハザマはそう判断をする。
「ああ、この方たちですか」
ゲイル・ゴウドはハザマの視線の先を読んだ上で、そういった。
「加護持ちなどといっても、少し特殊な能力を備えただけの人間です。
基本となる人間の部分をどうにかしてしまえば、簡単に無力化することが可能です。
ことに生まれついての能力持ちというのは、自分の能力を過信してその使い方についてもろくに研究していないことが多い。
加護持ちの加護というは、所詮はあなたのような亜神憑きの残滓に過ぎないと、そういうべきでしょうか。
生来なんらかの能力を持っている者は、その能力を自明なものとするためかえって使い方を工夫しない傾向があります。
実に滑稽で、哀れな存在ですね」
「確かにおれでは、あんたには敵わないかも知れない」
ハザマは素直に認めた。
「実際、いろいろ考えてみたんだが、おれがあんたをおとなしくさせる方法はまるで思いつかなかった。
ただ……」
「ただ?」
「そんなおれでも、あんたに一矢報いることくらいは、できると思うぜ」
「へえ」
ゲイル・ゴウドはそういって目を見開き、まじまじとハザマの顔を見つめた。
「それは、それは。
あの湾内での光景を見たあなたが、それをいいますか?」
「あんたがさっき自分でいったじゃないか。
どんな特殊な能力を持とうとも、相手が人間である限りはつけいる隙は存在するって」
ハザマは油断なく周囲を見渡して、そういった。
「おれは、確かにあんたをやっつける算段を思いつかない。
だけど、あんたに抵抗する方法くらいならばどうにか思いつく」
「面白い」
ゲイル・ゴウドはそういって口元を歪めた。
「あなたという存在が今の時点でどこまでのことができるものか、確かめてみたくなりました」
「おい!
この場に居る加護持ちたち!」
ハザマは、大きな声を張りあげる。
「とばっちりを受けたくなければ、さっさと逃げろ!
これからどえらいのが来るぞ!」
「準備はいいですか?」
ハザマの背後で見物を決め込んでいた加護持ちたちがわらわらと遺体安置室から出ていくのを確認して、ゲイル・ゴウドはゆっくりと片手を振りあげた。
「自分から挑発をして来たのですから、この程度の攻撃は凌いでくださいね」
いい終えるのと同時に、ゲイル・ゴウドはあげていた右腕を振りおろす。
見えない、膨大な力がその腕の動きに合わせて動き、周囲の空気を震わせて、その他その場にあったすべての物質を一閃した。
ハザマの背後にあった遺体安置室の壁が、その一振りで一瞬にして瓦解する。
湾内で、海水の塔に対して振るった、例の破格な攻撃方法であった。
屋内で使うわけだから、それでも相応に手加減はしていたのだろうが。
「ほう」
砂塵が収まらない中、ゲイル・ゴウドは目を細めて感心したような声をあげた。
「それがあなたのやり方ですか?」
「人間ってえのはな!」
大型の円形盾、今は地面に伏して伸びている盲進のホースイが持っていた絶対守護の盾を構えてゲイル・ゴウドに対峙しながら、ハザマはそう声を張りあげる。
「知恵も使えば道具も使う、そんな生き物なんだ!
自分が持っている能力だけで勝負する、野生動物じゃねえんだぞ!」
この盾が床に転がっていたのを認めたハザマが、素早くそれを拾いあげて構えたのである。
「なるほど」
ゲイル・ゴウドは棺の上に腰掛けたまま、頷いた。
「確かにあなたは、よくよく特殊で、かつ、殊勝な方だ。
そのことは、素直に認めましょう。
しかし、このあとはどうするのですか?
もう、あとがないのではないですか?」




