関係者の対策会議
「で、あんたのことはなんと呼べばいいんだ?」
ハザマは覆面姿の女に訊ねた。
「セトナと」
「ゴウド家のセトナね」
「いいや、ただのセトナだ。
わが身はまだゴウドの家名を名乗る資格がない」
「わかった、ただのセトナだな。
随分と奇妙ななりゆきになったもんだが」
そういってハザマは周囲をざっと見渡した。
「まずはこの場に居合わせた面々に、共通の目的を確認しておきましょうか。
皆さんは、ここエンテラの異変を解決して元通りの状態に戻すことを望んでいる。
そういうことで、いいんですよね?」
まずは前提から確認をしていかないとな、と、ハザマは思ったのだ。
「無論」
帝国人であるガグルバイド伯爵が真っ先に同意する。
「平穏を求めるのは当然のことですね」
ヘムレニー猊下も同意した。
「その通り。
わたしもこの異変の解決を望んでいる」
セトナもハザマの意見を認めた。
ここは寺院の中にある一室。
この三人の他にハザマと、それに管区長が同席している。
ヘムレニー猊下が直々に寺院の者たちに声をかけて、その他の人員はこの部屋からしばらく遠ざかっているようにいいつけていた。
あえて人払いをしたのは、この前例がない事態に対してこの対話がどのような結論に行き着くものか、誰にも予想ができかなかったからである。
「そこまでは、合意が取れたようでよかった」
ハザマはため息まじりにそういった。
「ではその共通の目的のためには、この場に居る人たちは協力し合うことができると、そのように考えていいんですね?」
ハザマの言葉に、その場に居る全員が無言のまま頷く。
というか、なんでおれが議長役をしているんだ?
と、ハザマは疑問に思った。
社会的な地位でいえば帝国のガグルバイド伯爵やヘムレニー猊下の方が断然上であり、この場を仕切るのもこの二人の方が相応しいように思える。
「それに異存はないのですが」
ガグルバイド伯爵が発言した。
「具体的にこの異変を食い止め、元の状態に戻す方法はあるのですか?」
「その辺のことは、どうなんでしょう」
ハザマはその問いをそのまま、ヘムレニー猊下とセトナの方に流した。
この二人の方が、ハザマやガグルバイド伯爵よりはその手のことに詳しそうな気がしたのである。
続けて、
「そもそも、この異変を起こした連中の正体について、お二人はなにか心当たりがありますか?」
とも、問いかけておく。
相手の正体が不明のままでは、有効な対策も立てようがない。
「おそらくは、深き者とか古き者と呼ばれる種族の眷属だとは思うのですが」
ヘムレニー猊下が慎重な口ぶりで答えた。
「彼らのうち、どの種族なのかはよくわかりませんね。
そもそもその眷属たちは、存在自体はかなり以前から確認されているものの、その正体や習性、撃退法などはほとんど伝わっていませんし」
セトナもヘムレニー猊下の言葉に深く頷いていた。
「正体や習性、撃退法がよくわからないって」
ハザマは重ねて訊ねる。
「それはまた、なぜですか?」
「彼らと接触をした者のほとんどがその場で即死しているからです」
ヘムレニー猊下は淡々とした口調で説明した。
「ごく少数の生存者も、正気を保っていられた例はほとんどありません」
「つまり、そいつらと接触してなおかつまともな証言ができる者がこれまでほとんど存在していなかった、と」
ハザマは冷や汗をかきながら確認した。
これ、まんま、SAN値直葬のパターンやん。
そんな連中にも、バジルの能力が通用するもんかなあ、とも思った。
「封魔のゴウド家の関係者として、なにか意見はないか?」
一縷の望みをかけて、ハザマはセトナに訊ねてみた。
「古き者に対する唯一有効な対策は、そうした存在の触れそうになったらその場から一目散に逃げることですね」
セトナはいった。
「彼らは完全に人智を超越した存在です。
人間風情がまともに対抗できるとは思わない方がいい」
「まったく役に立たない助言をどうもありがとうよ」
ハザマはいった。
「今回、標的になっているのはこのエンテラだからなあ。
まさか町全体の人間がどこかに逃げ続けるわけにもいかんし」
エンテラの人口から考えても、一時的にどこかに避難するという方法はどう考えても現実的ではなかった。
「仮にこのエンテラの住人、すべてがどこかに避難することができたとしても」
ガグルバイド伯爵も、そう指摘をする。
「ただこの場から距離を置くだけで、やつらの影響から逃れることができるものですかね?
そもそもやつらは、どことも知れない海の底からこのエンテラの住人の意識に干渉をして来ているわけで」
「つまり、距離を置いても解決にはならない、と?」
ハザマは確認をする。
「その可能性は、大いにあるかと」
ヘムレニー猊下もガグルバイド伯爵の意見に賛同した。
「なにせ相手は、超自然的な存在なわけですから」
あんたがいうな、と、ハザマは思った。
セトナのいう「亜神憑き」ということなら、ハザマもこのヘムレニー猊下もその「超自然な存在」の強い影響下にあるわけだが。
「ヘムレニーの神様にどうにかしてもらうことはできませんか?」
ハザマはヘムレニー猊下に確認をする。
「あの子もこの海域に急行しているところなのですけど」
ヘムレニー猊下はおっとりとした口調で答える。
「なにぶん、海というのは広大なものなので、果たして間に合いますかね?
あの子、もうかなりの年だから、普段はかなり深いところで微睡んでいるもので」
「よし」
ハザマはいった。
「間に合うかどうかはわからないが、神様が直々に来てくれるならば心強い」
「でも、仮に間に合ったとしても、あの子が古き者に対抗できるかどうかは保証できませんよ」
ヘムレニー猊下は、そう念を押してきた。
「なにしろ、いくらあの子でも古き者に対抗した経験はありませんから」
実地にやってみなければ、どんな結果になるかはわからない、ということらしかった。
「それは仕方がないんじゃないですか?」
ハザマはいった。
「なにしろ、相手の正体すらはっきりとはわかっていないんですから」
「さっきからなんのことをはなしているのかわからないんだけど」
セトナが不満そうな口ぶりで口を挟む。
「なに二人だけで理解し合っているわけ?
まさか本当に、ヘムレニー神がこの窮状を救いに来てくれるとでもいうの?」
「そのまさかだよ」
ハザマはいった。
「信じてくれるかどうかはそちらに任せるが、ヘムレニー神は実在するんだ。
そして、おれたち人間だけで古き者に対抗するよりは、実在する神様に参戦してもらった方がよっぽど心強い」
「……まさか!」
数秒考え込んだ顔をしたあと、セトナは顔をあげた。
「ヘムレニー神も、亜神の一種なの!」
「あなた方がどのような存在を亜神と呼んでいるのかは知りませんが」
ヘムレニー猊下が柔和な笑みを浮かべながらいった。
「神と崇められる元となった存在、あの子は、普段は海の底で寝ています。
ときおり最低限の食事をする以外は、いたって無害な存在ですよ」
「今はそのヘムレニー神の正体よりも、そのヘムレニー神がわたしたちに味方してくれるということの方が大事です」
ガグルバイド伯爵が断定的な口調でいう。
「間に合うかどうかはわからないということでしたら、そちらをあてにすることなく、わたしたちだけでできる自衛策を検討するべきではないのでしょうか?」
「ごもっとも」
ハザマは頷いた。
「そのためには、ええと。
やつらがこのエンテラの人たちの意識に干渉してくるのを止める手立ては、なにかないのかな?」
「想像もつきません」
「わかんない」
ヘムレニー猊下とセトナがほぼ同時にそういった。
「なにせ、前例がないものですから」
「一口に古き者の眷属といっても、どうやらいろいろな種族を一括してそう呼称しているらしくて。
せめて、そのうちのどの種族なのか特定できれば、それが既知の種族ならばなんとか対策案らしいことも出すことができるんだけど」
「ようするに、データ不足ってことか」
ハザマは項垂れた。
「ええと、それじゃあ管区長さん。
あんたはこの中で一番やつらと深い関係を結んでいるわけだ。
なにかやつらの正体に関係しそうなことを、知ってないか?」
その上で、一番情報を持っていそうな人物に水をむける。
「正体っていわれましても」
管区長はそういったきり、身を竦めて小さくなっている。
「そんなことより、わたし、これからどうなるんでしょうね?」
「おれに訊かれても」
ハザマはいった。
「仮にあんたを処分できる人物が居るとすれば、それはヘムレニー猊下になるんでないかい?
わけがわからない種族と接触して無理に操られたってのが、なんらかの罪状になるのだとしたらだが」
「そのこと事態はなんの罪にもなりません。
むしろ、管区長は被害者であるとさえいえます」
ヘムレニー猊下は淡々とした口調で説明をした。
「ただ、それとは別に、このエンテラにあの存在を招いてしまったという件がありますからね。
いかに操られていたとはいえ、このことが引き起こした事態の深刻さを考えると、到底看過することはできません」
「エンテラに招いたことが、か」
ハザマは呟く。
「あのようなモノは、招かれた場所へはやすやすと侵入できるようになりますからね」
セトナがいった。
それが、この世界での常識なのだろうと、ハザマは思った。
「招いたからといって、すぐに来るものなのですか?」
ガグルバイド伯爵が疑問を口にする。
「来るでしょうね」
ヘムレニー猊下はいった。
「エンテラの人々の精神に接触をしてきたということは、つまりはそういう、人間の心身双方に興味を持つ種族であるということですから。
まずは精神を味わい、そのあとにその体も味わうために上陸してくると予想できます」




