ハザマの方法論
表面的な現象としてみれば遅延で間違いではないのだが、その内情としてはもっと複雑なことがおこなわれているのではないか。
ハザマはそう疑っていたが、しかし、目の前のガグルバイド伯爵には考えていることのすべてを説明することはできなかった。
そのときにハザマが考えていた内容はかなり煩雑であり、仮にそのまま説明をしたとしても、このガグルバイド伯爵が完全に理解をすることは難しいだろうと、そう予測していたのである。
「おれを海のど真ん中に放り出したゴロジオ王国のなんとかという女が……」
「ステラシュス、という名でしたね」
「そう。
そのステラシュスという女が、ある程度他人の精神を操作することができる加護の力を持っていたという」
「同じような加護の力によって、この異変が引き起こされているということでしょうか?」
「だとしたら、かなり強力な力ということになりますね」
そういって、ハザマは両手を大きく広げる。
「なにせ異変は、このエンテラ全域で発生しているわけで」
バジルの能力でさえ、そんな広い領域をカバーすることはできない。
その以前に、この異変の性質がハザマの想像する通りのものだったとしたら、別の意味で一個体の生物の仕業だとは到底思えない。
「規模から考えて、人為的な原因である可能性は少ないというわけですか?」
間髪入れずに、ガグルバイド伯爵が訊ねて来る。
「規模も問題ですが」
考えながら、ハザマはいった。
「それ以上に、うん。
おれはこの異変は、なにかがエンテラの人々が見聞きしたことを盗み見しているせいだと思っています」
ハザマの言葉に対してここまで迅速に的確な反応をしてくる男になら、ある程度の詳細を理解してもらえるだろうと、そう判断したのだ。
「盗み見、ですか?」
ガグルバイド伯爵はハザマのいった内容をにわかに飲み込めなかったのか、そういって眉根を寄せた。
「見たり聞いたりした内容をそのまま、あー、筒抜けにして、監視しているのではないかと」
モニターする、という言葉を使いかけて、ハザマはもっと平易な、この世界の人間にも理解しやすい語彙に置き換えて説明した。
「今、ここの人たちが外部からの刺激に対して反応が遅れるのは、その刺激に対応して監視するのを止め、本人の判断させる状態に切り替えるのに若干の時間を要するためではないのか、と、おれはそんな風に考えはじめているのですが」
「このエンテラには少なく見積もっても二十万からの住人が居ます」
厳しい顔つきのまま、ガグルバイド伯爵はそういった。
「それだけの人数が見聞したことを一度に監視をしているとなると、それは、とてつもない人数で対応しているのか、それとも人間などよりもよほど優れた頭脳を有した存在ということになるのではないでしょうか?」
やはりこの男は頭が切れるな、と、ハザマは思った。
たったあれだけの内容から、すでに人間とは違った形の知性体の存在をかなり具体的に想像しているようだ。
頭の回転が早いだけではなく、思考が柔軟なのだ。
「何者がこの異変を生じさせているのかはわかりませんが、とにかく一筋縄ではいかない相手であることは確かでしょう」
ハザマはいった。
相手が何者かはわからないが、ハザマの予測が当たっているのだとすれば、まず確実に人間以上に複雑な情報処理が可能な機関を備えていることは確かだった。
「おれたちの手には余る相手であることは、確かだと思います」
とも、つけ加えた。
「それでは、打つ手はないのですか?」
ガグルバイド伯爵はハザマに訊ねた。
「ないことも、ないのですが」
ハザマは微妙な表情になる。
「この事態を解決、とまではいかないものの、解決に至るきっかけくらいにはなりそうな手は、いくつか思いついています」
「具体的にどんなものか、お教え願えませんか?」
ガグルバイド伯爵はそういって身を乗り出してきた。
「これですよ」
ハザマはそういって、首からさげていた鎖を引きあげ、そこに吊るしていた宝玉をガグルバイド伯爵に示した。
「それは?」
ガグルバイド伯爵は、首を傾げた。
「それなりに値打ち物にも見えるのですが、今回の事態を打開できるものだとは……」
「今回重要なのは、これの宝石としての価値ではありません」
ハザマはいった。
「この宝玉には、心話が使えるようになる魔法とその他もろもろの魔法がかけられています。
おれがこうしてこちらの言葉を不自由なく伝え、聞き取れるのも、この宝玉のおかげです」
「はあ」
ガグルバイド伯爵は要領を得ない顔つきになった。
「そのことと、今回の件とがどのように結びつくのでしょうか?」
「この宝玉の持ち主は、すなわちおれのことになるわけですが、おれはこの宝玉のおかげで自分の意図するところを相手に伝え、相手の思ったことも理解しやすい状態になっているわけです」
ハザマは説明した。
「一方、この異変を起こしている何者かは、このエンテラの住人たちが見聞している情報を根こそぎ自分で盗み見しているような存在なわけです。
この状況で、おれが人の多い場所に出かけていってそこで大勢の人間の注目を集め、そこの人間たちを経由してどこか別の場所に居る何者かに語りかけ、意志の疎通を図り、あわよくば相手がなにを望んでいるのか突き止めて今後の交渉を有利に進めようとすることくらいは可能であると思います」
「は」
ガグルバイド伯爵はそういったきり数秒絶句した。
「人間以上の情報処理能力がある存在と、取引をなさるおつもりですか?」
「割りと人間以外の存在には縁がある身でしてね」
ハザマは平然とした表情でいい放った。
「相手が何者かは知りませんが、少なくともこれまで無用に人間を殺そうとはしていない。
だとすれば、こちらから声をかけて要求を伝えれば、なんらかの譲歩を引き出すことも可能なのではないでしょうか?」
「突拍子もないことを思いつきましたね」
ガグルバイド伯爵はそういってハザマの顔をしげしげと眺めた。
「相手は得体の知れない存在なのですよ」
「なに、出たとこ任せの賭けはいつものことですよ」
ハザマはそう応じる。
「それに、なにかしら良好な反応があれば、この事態の打開策になるかも知れません」
「いつもの」
ガグルバイド伯爵はそういって絶句した。
ガグルバイド伯爵の感覚でいえば、この手の仕事とはもっと確実性を重視する。
ハザマのいうように、
「危険かもしれないけど、とりあえずやってみよう」
などという出たとこ任せの方法はまず採用しない。
無謀なのか思い切りがいいのか、いや、その両方なのだろうな、と、ガグルバイド伯爵は思う。
いずれにせよ、ここはハザマのやりようの乱暴さに呆れるべき場面であることには変わりがなかった。
「そこまでおっしゃるのでしたら、こちらも協力しましょう」
しばらく間を空けてから、ガグルバイド伯爵はようやくそういった。
「試しても、なんの進展も見られない場合も考えられるわけですが」
「それこそ、今さらでしょう」
ハザマはガグルバイド伯爵の言葉に特に臆した様子もなく、あっさりと頷く。
「このままなにもしなければ、なにか進展をする目すらない。
試してみる価値はあるのではないでしょうか?」
「それがあなたのやり方であるとおっしゃるのでしたら、もはや止めはすまい」
ガグルバイド伯爵はそういいながらゆっくりと首を横に振った。
「これを食べたら、人の多い場所へ案内しましょう」
港町の市場は朝が早く、人出が引くのも早い。
まだ昼下がりといっていい時刻であったが、市場の人々の多くは帰り支度をしているところだった。
「この時間帯ですと、この町で一番人出があるのはここかと思います」
ガグルバイド伯爵はハザマにそう教える。
「これだけ人数が居れば十分でしょう」
素早く左右を見渡して、ハザマはいった。
「それでは、っと」
ハザマは目ざとく道端に放置されていたいくつかの木箱を見つけ出してそれを適当に積みあげ、高さ五十センチほどの高台を作ってその上に立った。
これで、通行人よりも少し上に頭が出るようになる。
「ええ、エンテラの皆さん!」
木箱の上に立ったハザマは、声を張りあげた。
「もしもよろしければしばらくこちらにご注目ください!
別におれはなにかを売りつけようとしているわけでもなければ、宗教の勧誘のためにこうしているわけではありません!」
例によって、一、二秒の間を置いてから、エンテラの人たちはハザマの方に注目する。
忙しく働いていた人々も、手を止めてハザマの方を注視していた。
実はハザマは、この場で少しのずるをしている。
というのは、バジルがルシアナを食べたときに獲得した能力、「魅了」をこの場に居合わせた人々に使用していたからである。
現在のバジルの位階ではその「魅了」もせいぜい小動物を制御する程度に留まっていたのだが、知能の高い人間が相手であっても、こうして漠然とした雰囲気を醸成し、「ハザマのいうことに注目させる」程度のことはできるのであった。
「おれは今、皆さんの目や耳を通じて、その向こうに存在するであろう者に語りかける試みをおこなっています!」
ハザマは、そう続けた。
「エンテラの皆さんもお気づきであろうここ数日の異変、それを引き起こしている存在との交渉を試み、あわよくばその存在の欲するところを知り、なんらかの妥協点を引き出すことを目論んでいます!」
ここに居るエンテラの住人たちにしてみれば、ハザマの主張する内容はまるで理解できないものであったはずだったが、その場に居合わせた誰もが黙然としてハザマを注視していた。




