リンザの施策
「それって最低なんじゃない?
プロポーズとしては」
というのが、リンザからアズラウスト・ブラズニア公爵のプロポーズの様子を聞いたトエスの感想だった。
「ムードもへったくれもないっていうか、相手のことをなにも考えていないっていうか。
第一、二人はそのときがほとんど初対面だったわけでしょ?」
なにかと多忙なリンザはその会見が終わったその足でバジルニアに取って返している。
現在はハザマの執務室ないで業務の合間に食事を摂っている最中であった。
トエスはときおりリンザの様子を見がてら、こうして食事時を狙って訪れて同席しており、そうなれば自然とその時々にリンザが手がけている業務の話題が出てくる。
さらにいえば、このアズラウストの一件についてはその性質上、洞窟衆の中でもごく一部の者にしかその内容を知らされていないわけであり、そのごく一部の一員であるトエスは相談相手としてはうってつけでもあった。
「客観的には、そうなんだけど」
リンザはため息混じりにそう答える。
「でも、ニライア姫様の方も、なんか戸惑いつつもまんざらでもなかったような」
「ああ。
見てくれはいいからねえ、アズラウスト公子」
トエスはそういってしたり顔で頷いた。
「いや、今は公爵様だったんだっけか。
ニライア姫、そういうことには慣れてないみたいだし、なおさらころっといっちゃったんじゃ」
貴族や王族を相手に、いいたい放題であった。
「だけど、同席していたバイデアル王子が興奮しちゃってね」
またもや、リンザはため息をつく。
「『仮にもガンガジルの王族を相手にその軽々しさはなんだ!
そういうことを申し込むのならばしかるべき手順を踏め!』
って、それはもうえらい剣幕で」
「あ、やっぱ、偉い人たちはそういう作法ってのがあるだ」
「普通は、まず人を介して打診をして、よさそうな感触だったら改めて書状とか贈与品のやり取りとかを何往復かやり取りしあってって、とか、とにかく面倒な手順があるみたい」
リンザは淡々と説明をする。
「それ全部すっ飛ばして直接本人に、ってのはかなり異例というか、ぶっちゃけかなりの無作法だったみたい。
公爵様は、面倒だしこうして本人が目の前にいるんだから直接本人に確認するのが合理的ではないですか、って涼しい顔だし。
その態度を見て、バイデアル王子がさらにいきりたつし」
リンザは苦々しい気分で思い返す。
ニライア姫と二人でそのバイデアル王子を宥めるのに、かなり苦労したのだった。
「まあ、こちらとしては、アズラウスト様の依頼はこれでこなしたわけだから、あとはご両人でご自由に、っていう感じだけど」
リンザとしては、アズラウストと約束したのはあくまで、
「アズラウストが提示した条件に見合った伴侶候補を見つけてくること」
だけであり、その候補者として連れていったニライア・ガンガジル姫をアズラウストが気に入った時点で、この案件は終わっているのだった。
その後に、
「アズラウストとニライア姫がうまくいこうがいくまいが、どうでもいい」
というのが、本音であったりする。
だけど、
「あの様子では、案外うまくいくのではないか」
とも、思ってはいた。
特殊な加護の力を持っているがために過剰に他人から遠ざけられ、対人関係に自信を喪失しているニライア姫と、そんな加護とかその背後に居るやはり加護持ちの小舅とであるバイデアル王子とか、普通ならば障害となるべき要素も、あのアズラウストならば特に苦にすることもないのではないか。
第一、他人に認められることに慣れていないニライア姫の反応がまんざらでもないようだった。
これについてリンザは、
「無理もないか」
と、思っている。
アズラウストはいかにも貴族風の、貴公子然とした風貌の持ち主であり、一言でいえば美形ではあるのである。
ニライア姫のような、自分に自信が持てない女性がそんな美貌の貴公子に、かなり真剣な様子でいい寄られたりしたら、舞いあがりもするだろう。
ただ、これ以降は当人同士の問題であるし、必要以上に介入をしている余裕もないので、リンザとしては深入りをするつもりはなかった。
なんといっても、その他に手を着けなければならない問題が山積みになっているのである。
アズラウストの依頼を達成したことにより、ブラズニア公爵領からの協力を引き出せすことができるようになったので、王国内部への支店進出はいよいよ本格化することになった。
もともとブラズニア公爵領はドン・デラをはじめとして洞窟衆やハザマ商会の支店が多かったのだが、その機能を拡充しつつ、王国の他の地域に進出するための中継地点として活用する形になる。
特に力を入れるのが人材育成の機能であり、これについてはブラズニア公爵領との利害も完全に一致していたので、資本的な援助も得た上で私塾や各種の育成所を領内に数十という単位で新たに開設をする予定になっていた。
これはブラズニア公爵領だけではなく、ニョルトト公爵領でも同じような取り決めを結んでおり、両公爵領はしばらく洞窟衆メソッドの人材育成工場としてフル稼働をする予定である。
ハザマ領内に目を向けると、すでにそうした体外的な動きに対応するべく人材と物資の搬出作業が活発化しており、各現場でかなり忙しないことになっていた。
特に各種工房では熟練した職人が引き抜かれて外部へ流出し、そのかわりにろくに経験のない新人が補充される形となる。
当然、短期的に見ればそうした現場では生産効率がかなり落ちることが予想されるわけであるが、これについては仕方がないと割り切るしかなかった。
領地外での生産現場が立ちあがり、本格的に稼働をしはじめれば各種業種の総生産量は増えるはずであったし、なにより、より広い範囲で一斉に熟練職人の育成がはじまるわけで、たとえ一時的に生産量が落ちたとしても、長期的に見ればかえって生産効率がよくなるはずなのである。
また、熟練の職人を各地に分散させておけば、いざというとき技術の逸失に対するリスクも軽減できるはずであった。
最先端技術の持ち主がハザマ領内にばかり集中していると、この先、政変や自然災害などによってそうした人材が一気に失われる可能性もあるわけで、そうしたリスク管理の面からも今回の措置をおこなうのは、いいタイミングではあっただろう、と、リンザはそう判断をしている。
構想自体の是非はともかくとして、その構想を実現するため、現場の方ではかなり忙しくなっているらしく、財政部門のタマルや人材育成部門のルアなどはここ最近、ほとんど不眠不休の状態であるという。
そちらの方も、それぞれに副官レベルの人材はそれなりに何名か育ってきてはいるようだったが、まだまだ全体の指揮を執るところまでは至っていないらしく、結局は今の時点では、トップであるタマルやルアの負担が大きくなるらしい。
これについては、リンザとしては心配をするものの、実際に助けられることはなにもなかった。
この前後のハザマ領内の様子を一言で表すのならば、
「あらゆる動きが活発になった」
ということに尽きるだろう。
物資と人材の流動性が限界までに高まっている。
当然、お金の方もかなり活発に動いているはずであった。
そうした変化は隠しようもなく、ハザマ領周辺に居合わせた者たちにもすぐに知られるところとなる。
「連中、今度はなにをやりだすのだ」
「また大きないくさが起こるのか!」
といった反応が大半であったが、一般的には、
「単なる引っ越しです」
「スデスラス王国の方が一段落したから、支店を増やすことにしたんですよ」
的な説明をしてお茶を濁すことにしている。
説明を受けた側がそれで納得してくれたのかどうかは不明であったが、丸っきり嘘というわけでもなかった。
『それでは、この件は以前より予定されていたものだと?』
王国の役人であるオルダルトが通信を介してそう確認してきた。
「ええ」
リンザはできるだけ平静な声で応じた。
「この支店の増設については以前より計画されていて、しかしスデスラス王国の件が発生したためにこれまで実行を延期されていたものです」
「ハザマが不在の今、どうして洞窟衆の動きがここまで活発化しているのか?」
と、そう問われたのであった。
王国中央としては、最近の洞窟衆の動きを不審である、不自然であると感じ取っているらしかった。
無理もないかな、と、リンザ自身も、そう思う。
王国にしてみれば、洞窟衆とはすなわちハザマのための集団であるだろうし。
おそらく、王国中央の役人たちにしてみれば、洞窟衆内部の、ハザマ以外の有象無象はその視野にも入っていないのに違いない。
このオルダルトにしてみても、個人としてみれば決して悪い人間ではないのだが、リンザら洞窟衆の側が王国に逆らう、とまではいかないものの、その意志から外れるような選択をしている以上、最後まで騙し続けるしかないのであった。
『そちらとしては、予定通りにことを進めているだけだと』
オルダルトの声は戸惑いを多く含んでいるようだった。
『それにしては、そちらの各所で混乱が起きているように見受けられますが』
「これほど大きな施策を実行するともなれば、多少の混乱は避けられません」
リンザはきっぱりとした口調でいった。
「その混乱もまた、こちらが事前に予測した範囲内に収まっています」
『まあ、いいでしょう』
口調から判断するに、オルダルトはやはり疑念を解いてはいないようだった。
『ニョルトト、ブラズニアの両公爵との交渉をする件については?』
「そちらの進捗状況については、かなり詳細な報告書をまとめて毎日のようにそちらに届けているはずですが」
リンザは感情がこもった声でいった。
「実際、三日と開けずに両公爵のもとに足を運び、交渉を進めるのはかなり煩雑な作業なのですよ。
ねぎらって欲しいとはいいませんが、正直にいえば、もう少しは評価をしていただきたいものです」
その報告書でさえ、嘘で塗り固めたような内容なのであったが、両公爵家と実際に進めている交渉の内容については最小限の者にしか知らされていない関係上、リンザ自身が書かなければならなかった。
たとえ書かれている内容が真っ赤な嘘であったとしても、まぎれもなくリンザ自身の手になる労作なのである。
あからさまに軽く扱われているのはやはり不本意に思うし、自然と、いかにも残念そうな感情がこもってしまうのであった。




