お茶会のはじまり
ニライア姫がアズラウスト・ブラズニア公爵との会見に望むことを伝えると、洞窟衆は即応し、すぐに、
「翌日に決行する」
との連絡を返してきた。
なんなんでしょうね、この手回しのよさは、と、ニライア姫は内心で中ば呆れてしまう。
ブラズニア公爵は自領を王国から独立させようと運動しはじめたことによって、ここ最近の各国首脳部から今後の趨勢も含めて注視される存在となっている。
それはいいとしても、対するニライア姫の方は、そのブラズニア公爵ほどの重要人物というわけではない。
洞窟衆がやけに急いでいるように見えることに、ニライア姫は違和感をおぼえ、
「ひょっとしたら今回の件は、自分の与り知らないところでなにか重要な影響をもたらす、そんな要素を含んでいるのかも知れない」
などと思い、その直後に慌ててそれを否定した。
「いや、まさか。そんな」
というわけである。
ともかくニライア姫とその弟であるバイデアル王子のガンガジル王家の二人組は、やはりガンガジル王国人の護衛数名と連れ立って、洞窟衆が用意をした転移魔法使いたちに送れられてスデスラス王国王城跡地へと移動する。
ついこの間までスデスラス王城があったその場所は、まず解放軍の手により完膚なきまでに、つまりは城塞として機能できなくるほど破壊され、そして今ではその構造材であった瓦礫でさえも半分以上はどこかへと搬送されていた。
残った石材などを搬出する人足たちが活発に行き交う中、そうした人足連中とはまた明らかに身なりが違う人士が集まっていて、そこここに数名ずつ固まってなにやら真剣な顔をして語り合っている。
彼らは周辺諸国から集まってきた文官や重要人物たちであり、自国の未来を賭けてスデスラス王国が主導をするこの場へと集まっていた。
つまりこの時期の王城跡地とは、戦乱後の物理的な後片付けと、それに政治的な後片付けとが並行しておこなわれていたわけであり、なかなか混沌とした状況になっていた。
ニライア姫たちの一行は、そんな王城跡地にある解放軍の天幕の中にまず転移し、そこから徒歩でブラズニア公爵家が構えている天幕へと移動する形となる。
直接、ブラズニア公爵の天幕内、あるいは天幕近くへと転移しないのは、無用の混乱を避けるためであった。
多くの耳目が集まるこの場所において、そうでなくとも注目を浴びているアズラウストの元へと訪れるわけであり、余計な詮索をされたくはなかったのだと、ニライア姫はそのように説明されている。
また、このような場合でなくとも、相手が所有する地所内に直接転移魔法によって出現することは、不躾で礼儀知らずな行為であるとされていた。
余程緊急の用件があるのならばともかく、目的は定かではないものの、今回のような顔合わせだけのためにそこまでする必要も特にない、というわけである。
とにかく、ニライア姫たちは解放軍の天幕内に出現し、そこで待っていたリンザと合流してから、外に出てアズラウストが待つブラズニア公爵家の天幕へとむかう。
「リンザさん、男爵がいなくなったあと、かなりお忙しいのでは?」
歩きながら、ニライア姫は前々から抱いていた疑問をぶつけてみた。
「案内役など、ご自身でなさる必要もありませんでしょうに」
「そうはいっても」
リンザは複雑な表情を浮かべて空に顔をむける。
「ここで手を抜くわけにもいかない事情というものがありまして。
それに、ニライア姫の方にしてみればあの方はほとんど初対面になるわけですから、わたしなり他の人なり、両方のことを知っている人が同席しておいた方がないかと心強いでしょうし」
「それは、こちらにすればありがたい限りなのですが」
ニライア姫はいった。
「本当に、なんなんですか?
この物々しさは」
「いずれご説明をする機会もあるかと思いますが、この場ではちょっと」
リンザは言葉を濁した。
「こうした往来でしゃべることでもありませんね」
確かに、各国の要人やその取り巻きが集まっている、このような場所でするのは障りがある話題というのは存在するのだろうな、と、ニライア姫はそのリンザの態度を、そう納得した。
この二人は気づいていなかったが、ここ最近、リンザが何度かブラズニア公爵家の天幕を訪れているところは目敏い者たちに目撃されており、洞窟衆とブラズニア公爵家がなにやら企んでいるのではないかという憶測が一部の識者の間で噂として流れていた。
このリンザもまた、
「自分の動向がそこまで注目を浴びているわけがない」
などと高をくくり、自分の挙動にあまり注意していなかった。
実際には、
「ついこの間までハザマの付き人も同然であった者が、この難しい時期に、どうしたわけかあの洞窟衆の全体を牛耳って動かしている」
として、一部の事情通からかなり強い関心を寄せられていたのであるが、そのことに対する自覚はほとんど持っていなかった。
迂闊さと軽率さ、それに自己評価の低さという点において、この二人、リンザとニライア姫はどっこいどっこいであったと断言できる。
少なくとも、この時点では。
この自分の立場というものに自覚が薄い二人を、ブラズニア公爵側は快く出迎えた。
案内の者に来意を告げるとうその場でうやうやしく内部へと案内され、すぐにアズラウストその人と対面する。
「ようこそお出でくだささいました」
アズラウストは丁重な態度でニライア姫の一行に挨拶をする。
「このたびブラズニア公爵家を引き継ぎましたアズラウスト・ブラズニアという者です。
もっとも、そちらのニライア姫とは厳密にいえば初対面というわけではないのですが」
「あのときは、わたしは気を失っていたそうですから」
ニライア姫は軽く会釈をしてそう応じる。
「実質的には、初対面であるといってもいいでしょうね」
アズラウストは、ガンガジル動乱の際、ハザマと連れ立って潜入したガルメラ城内部でこのニライア姫と遭遇している。
実際には、ガルメラ城にガンガジル王国側の人間として詰めていたニライア姫を、ハザマがその機転により結果として無力化したあと、気を失ったニライア姫を二人で捕縛していた。
なれそめとしては、かなり特殊かつ例外的なシチュエーションであるといえる。
「先のガンガジル動乱についてまとめた文書を読ませていただきましたが」
来客たちに椅子を勧め、配下の者に茶や茶菓子を配らせたあと、アズラウストはそう切り出した。
「あれは、なかなかのものです。
少なくとも、誰にでもできる仕事ではない。
なんとしても、世に出すべきですね」
「とはいえ、出版にはなにかと入用ですから」
こうして正面切って褒められることに慣れていないニライア姫は、警戒心を強くしながら慎重な口ぶりで応じる。
「人手も、ですが、なかなかまとまった量の紙の手配がつきませんので、実際に流通するのはかなり先になると聞いています」
そうした出版計画を考えるのは著者であるニライア姫などではなく、洞窟衆の出版部門なのであった。
他にまだまだ優先順位が高い、各種の教本などの出版が優先され、緊急性も実用性も薄いニライア姫の著作などは後回しにされている。
ガンガジル動乱についてかなり詳細にまとめたあの草稿も、何部か写しが取られ、一部の関係者などに渡されているだけとなっていた。
このアズラウストも、洞窟衆の誰かから、その草稿の写しを入手したらしい、と、ニライア姫は推測する。
というか、他の入手経路をニライア姫は想像できなかった。
「自国の都合に左右されず、あそこまで公平な視線を保ちつつ、ああした複雑な記録を整理できる人はなかなか居ません」
戸惑った様子のニライア姫には構わず、アズラウストは続ける。
「あなた様はもう少し、自分の知性と仕事に自信を持っていい」
「はあ」
対するニライア姫はというと、なんとも煮え切らない返答をした。
「仕事といっても、厳密にいえばまだ仕事にもなっていないんですけれどね」
そのガンガジル動乱についてまとめた文章はまだ出版も販売もされておらず、従ってニライア姫もその報酬を受け取っていない。
今の時点では労働に応じた金銭を受け取っておらず、いつその報酬が発生をするのかすらわからない現状では、ニライア姫としてはあれを「仕事」に数えることさえ躊躇いを感じてしまう。
あれでは、仕事ではなく仕事未満だよな、などと、そんな風に思ってしまうのだった。
「それでブラズニア公爵様」
こうして正面から賞賛されることに慣れていないニライア姫が、自分から話題を変える。
「今回は、どのようなご用事があってわたしなどを呼び出したのでしょうか?」
「わたしのことなら、どうかアズラウストとお呼びください」
アズラウストは即座にそう返す。
「爵位を譲られてからまだ日も浅いですし、それに、一国の王女であるあなた様の方が、わたしなどよりも、地位でいえばはるかに上です。
それで、今回お呼びだてをしたことについてですが。
ニライア・ガンガジル姫様。
あなた様は、今のこの世をどのように思われますか?」
「どのように、とは?」
ニライア姫はそういって首を傾げる。
「この世とか、どのようにとかもうされましても、なにもかもが漠然とし過ぎていて、どうお答えをするのが適切であるのか。
わたしにはよく判断することができません」
「それでは、もう少し具体的に問い直しましょう」
アズラウストはそういい直した。
「ハザマ男爵の存在。
彼の出現以前と以後とでは、様々な変化があったと思います。
その変化について、あなた様はどのように思われますか?」
「基本的には、好ましいものと思っています」
ニライア姫は慎重な口ぶりで答えた。
「ただ、その変化が急速に過ぎて、若干混乱しているところもあるようですが。
ハザマ男爵がもたらした様々な事物によって、この世の中全体が、より便利に、あるいは、より公平になっているものと認識しております」
「結果として公平さがもたらされるとしても、その過程を公平とは思わない者たちも存在します」
アズラウストはそのことを指摘する。
「そうした変化によって、損害を被る人たちです。
失礼ながら、あなた方ガンガジル王国の方々も、こうした損害をこうむった人たちに含まれるわけですが」
「確かに、洞窟衆の存在がなければ、ガンガジル動乱の結末も違ったものになっていただろうな」
唐突に、それまで黙って成り行きを見守っていたバイデアル王子が口を開いた。
「しかしそのことは、この場でいいたてたところでもはやどうにもならん」




