異邦人の評定
「……お。お……」
ブシェラムヒ・アルマヌニアは先ほどから嗚咽とも呻吟ともつかない声をあげ続けている。
ブシェラムヒの目前には、「これぞ戦場」としかいいようがない光景が広がっていた。
苦痛の声をあげる負傷者。それらに治療を施す人々。
そのふたつを合わせたよりも多いのは、死体、死体、死体……。
周辺の空気全体が、血の匂いで鉄臭く感じるほどであった。
あるいは、戦闘の高揚の中にいれば、そうした死臭にも鈍感になれたのかも知れない。
しかし、ブシェラムヒの部隊はたった今、出先から逃走してきたばかりであり、自分たちが不在の間、この場所でどういうことが起こっていたのかまるで知らされていない。
こうして帰還してみれば、タバス川にほど近い山道は大きく抉られて地形が変わっており、そこから延びる山道には、こうして累々と死体の山が築かれている。
「……兄貴!
いったいここで、なにがあった?」
ブシェラムヒは、単刀直入にムヒライヒに訊ねてみた。
「この拠点を守るため、敵味方の区別なく、多くの兵が死にました」
ブシェラムヒの兄にあたるムヒライヒ・アルマヌニアは、素っ気ない口調でそう応じた。
「ブシェラムヒの部隊がもっと早めに帰還して合流してくれれば、救援隊を出す必要もなく、その分、味方の被害も軽減できたことでしょうが……。
今さら、いっても詮無きことですね」
確かに、ブシェラムヒの部隊は、ムヒライヒからの伝令を通じて何度も「その場を放棄して撤退せよ」との勧告を受けては、いた。
しかし、撤退したくても、できない状況というものがある。
何倍もの戦力を持つ敵から絶えず攻撃され、背を向けようものならばすぐにでも追撃がかかってくるようなあの状況下で、どうしてこちらの都合だけでうまうまと撤退ができるものか……など、ブシェラムヒにはブシェラムヒなりの言い分というものがあった。
しかし……目前の惨状を目の当たりにすると、抗弁する気がきれいに失せていくのであった。
この「現実」を目の当たりにすると、あらゆる言葉が力を失ってしまう。
ムヒライヒもいったように、すべては「今さらいっても詮無きこと」、なのだ。
ブシェラムヒは、しばらくその場で目を閉じて、戦死者たちに黙祷を捧げた。
「なあ、ブラズニア公」
ハザマたち洞窟衆の一行が退出したあと、ベレンティア公は、そんなことをいいはじめた。
「貴公は、あの男のことを年齢の割には軽いと、そのように表現した。
だが……一体、あれのどこが軽いというのかね?」
「冷静、狡猾……。
いや、どれも微妙に違うような……」
ブラズニア公も、戸惑った顔をして呟きはじめる。
「第一、あの男は、金銭や地位にもなんの執着も持っていないようだし……」
この軍の監査役を任じられているブラズニア家の当主として、もちろん、洞窟衆のような得体の知れない集団のことも、それとなく探らせてはいるのだ。
それによると、ハザマはたいていのことは手下に任せるままであり、下の者からあげられてくる報告もお義理に目を通すくらいで、あまり関心を持っているようには見えない、とのことだった。
あれでは、仮に配下の者がその気になって横領を企んだとしても、そのことに気づきもしないだろう。
ハザマは、確かに多くの嘘を今もつき続けているようだが……その動機はどうも欲心からではないらしい。
職業柄、多種多様な人種と顔を合わせる機会に恵まれている大貴族たちは、野心をたぎらせ、我欲に我をわすれている類の輩ならば、一目見てそうと気づくことができた。
あのハザマという男がなにかを企んでいるのは確かなのだが、どうにもその根幹にある動機が見えてこない。
不気味ですら、あった。
ハザマは、ブラズニア公がこれまでに知ったどんな人種とも違った価値基準に従って動いているらしい。
「ああいうのはな、場当たり的、あるいは、行き当たりばったりというのだ」
そう断言するのは、アルマヌニア公である。
「このいくさも佳境になってきたこの時期に、戦場は部下に任せて自分は一時退場します……だと?
あの男は、一体なにを考えておるのだ!」
「だから、なにも考えてはいないのでしょう。
洞窟衆は今、この戦場で膨大な資金を集めつつありますが……それも、このいくさの趨勢も、彼の興味を引き続けることはできなかったらしい」
今度はブラズニア公が、アルマヌニア公にそう応じた。
「単なる、無欲な馬鹿なのか。
それとも、別の、思いも寄らぬ処に関心事があるのか……。
あの男にしてみれば、このいくさも王国も、すべて他人事なのでしょうな」
「他人事、か……」
ベレンティア公が、軽い吐息をつく。
「そういえば、あの男は異邦人であったな。
ブラズニア公の言には、一考の価値がある。
確かにあの男にしてみれば、このいくさや王国がこの先どうなろうとも、まるで関係がないからな。
おまけに、あの洞窟衆とかいう集団にも強い愛着を感じていないとなると……これは、少々扱いに困ることになるな」
「……扱い、でございますか?」
「なに。
駒として、な。
馬を走らせるには、鼻先にニンジンをぶら下げればよい。
しかし、あの男の鼻先にぶら下げるべきニンジンが具体的にどういった性質のモノになるべきなのか、どうにも思いつかん。
あれは、いざ使おうとしたら、なかなかに使い勝手が悪い駒になるぞ」
「はぁ……なるほど」
ブラズニア公は、なんとも微妙な表情になった。
「いわれてみれば、確かに。
しかし、あやつの洞窟衆は、もともとアルマヌニア公の配下という扱いのはずですから……」
苦労をするのは自分ではない……ということらしかった。
「おいおい」
水をむけられたアルマヌニア公は、苦笑いを浮かべた。
「いくら、読みにくいとはいっても、言葉は通じるし意志の疎通もできる相手だ。これまでだって、そんなに困ったことにはなっていない。
そこまで警戒することもないだろう。
確かにやつら洞窟衆は、やり口に不審な点が多いし、引き続き警戒はすべきであるとは思う。
しかし、そんなことをいったら、この地に集結している傭兵や貴族たちだって、叩けばいくらでも埃がでてくるやつらばかりだ。
そういう輩をうまく扱ってみせるのが、われら大貴族の役割というものだろう」
「では……今後も、あの洞窟衆という輩の扱いは、アルマヌニア家に一任してもよろしいのであるな?」
ベレンティア公が、アルマヌニア公に対して確認をしてきた。
「ええ。
今後とも、うちで面倒を見ることにしましょう」
アルマヌニア公は、そういって受け合った。
「森の中でも動ける兵はこちらでも貴重でありますし……正直に申しまして、ムヒライヒが敵地に打ち込んだ楔も、洞窟衆の存在なくしては守り通すことが不可能となりましょう。
あまり先のことまでは見通せませんが、少なくともこのいくさが終わるまでは、あの洞窟衆はこの王国軍にとってもなくてはならない存在になると……そのように思います」
「このいくさが終わるまでは、ね」
ブラズニア公が、意味ありげに微笑んだ。
「それまでに、やつらの尻尾を掴むことができればいいのですが……」
「恩賞をケチることばかり考えるべきではないぞ、ブラズニア公」
ベレンティア公が、もっともらしい口調でブラズニア公をたしなめる。
「功績は功績、罰は罰だ。
疑惑については、今後も公正な捜査と検証が必要となろう。
その結果がはっきりするまでは、あの洞窟衆も多くの功績をあげてきた王国軍の一員なのだ」
「心得ております。
あくまで麾下の一軍として扱い、他との隔たりが出るようなことはないように気をつけさせます」
「ん。それでよい。
褒賞の不公正は軍の規律を乱す元であるからな。
では、これでやつらの、洞窟衆に関する議題は打ち切ってもよいな?
次の議題だが……」
もともと多忙な大貴族たちは、すぐに次の議題に集中し、洞窟衆についてのあれこれを一時的にその脳裏から除去した。
洞窟衆の天幕に帰ってきたハザマは、例のやたら硬いパンとありあわせのスープという粗末な食事にありついた。
昨夜、叩き起こされて以来、はじめて口にするまともな食事がこの有様であると、少々悲しくなってくる。
が、ここは戦場でもあるわけだからあまり贅沢はいえない。
「……さて、と……」
ハザマは、あまりにも硬いパンにナイフの刃を入れて半ば無理に引きちぎり、その切れ端を自分の肩に乗っていたバジルに与える。
「それ……いつも、食事のときにそうしていますね」
傍らに侍っていたクリフが、ハザマに対して確認してきた。
ハザマは、食事のたびに最初の一口は、まずこのバジルに与えているのだ。
「ああ。
こいつのおかげで、随分と助けられて来たからな。
これが、おれなりの礼ってことで……」
この程度のことでどこまでこのバジルの食欲を満たせるのか、実際のところはかなり疑問なのだが……。
一応、バジルは、与えさえすれば、どんな食物でも食らいついてくれる。
「それよりも、ぼちぼち、旅立ちの準備をしないと……」
ハザマはわざとらしく、視線をリンザに走らせた。
「まずは、船の用意ですね。
これから、手配します」
リンザはというと、臆することなく淡々と言葉を紡ぐ。
「食料や着替えは、すぐにでも用意できるでしょう」
「……あんた。
本当にそこまで、この男につき合うつもりなの?」
そんなリンザの意志を、ハヌンは改めて確認してくる。
「この人、放っておくと何日も着替えない人ですから」
リンザは、軽く肩を竦めてそう答えた。
「それよりも、ハヌンさんは一緒に来ないんですか?」
「いかない。
危険だってこともあるし……そう。
それに、新しく入植した村についての書類も、ぼちぼち整理していかないと……」
ある村の村長の娘であったハヌンは、役所に提出する書類の書式などについても、それなりの知識を持っていた。
洞窟衆の中ではその手の知識を持つものは極端に少なく、今の時点ではまともに書類をまとめられるのはこのハヌンしかいないといってもよい。
新しく入植した村、というのは、犬頭人たちの巣から救出した女性たちと、軍の輸送隊を襲ったときに口封じのために捕虜とした人々を収容している村々のことを指す。
何らかの理由で放棄された森の中の廃村に手を入れて、開墾や手工業、それに牧畜などの事業をはじめさせていた。
そうした、洞窟衆の手配によって人が住みはじめた村々の数も、そろそろ十二を超えようとしている。
ハザマたちは、この戦争で洞窟衆がたてた功績を盾にして、それらの新しい村々の自治権を認めさせるつもりだった。
「だけど……リンザも物好きねー……」
そういって、ハヌンは小さな吐息をついた。
「ハザマさん。
ぼくは、連れて行ってはくれないんですか?」
そう問いかけてきたのは、クリフだ。
「連れて行かない。
だって、敵の真ん中を突破していくんだぞ。
危険きわまりない。
今回は、少数精鋭で……。
まあ、クリフはクリフで、ここにいてもおぼえることがいくらでもあるだろう。
回復魔法とか、負傷したときの対処法とか……」
クリフとカレニライナは、特に用がないときはムムリムの救護隊に混ざってそういったことを手伝っているらしかった。
「じゃあ……ぼくが大きくなったら、そのときは連れて行ってくださいね!」
「んー……まあ、そういう機会があったらな」
ハザマは、適当に言葉をぼかして答えておく。
この少年は、どうもハザマの存在を美化して捉えらえているような気がする。
「今回は、何人くらいでいく予定ですか?」
リンザがハザマにそう訊ねたのは、食料を確保する必要があったからだろう。
「どうかな。
まだ、志願者を募ってもいないし……あんまり大人数にはならないように、気をつけるつもりだが……」
この問いにも、ハザマは言葉を濁した。
実際、この時点ではハザマ自身にも、どれくらいの人数を集められるのか、はっきりとしたことはわかっていなかったのだ。




