スデスラス王国の方針
バイラド・ゴロジオとハザマ男爵とやらのやり取りを眺めながら、ビゲジア国王は、
「若いな」
という感慨を持つ。
特に、ゴロジオの覇王とやらを自称する、バイラド・ゴロジオが。
この若者は、王という器に過剰な思い入れをしている。
実際の王というものは実に窮屈な立場であり、自分が思うように物事を動かせることなど十にひとつもないというのに。
このバイラド・ゴロジオとやらは、どうやらたかだか一国の王位というものを、それこそ号令ひとつでなにもかもを動かせるような万能の存在であるかのように錯覚をしているらしい。
おそらくは、実際に国を治める実務の経験がほとんどないのではないか。
自分の意思を表明しただけで物事がその通りに動いてくれるのであれば、これほど楽なことはない。
そんなものが王の仕事であるとするのなら、それこそそこいらの阿呆でも連れてきてそいつに王を務めさせておけばいいだけのことだ。
現実にはそれでは済まないから、一国の王ともなればその資質を問われ、場合によっては後継者争いも発生する。
「そのへんにしておくがいい、バイラド・ゴロジオとやら」
様々なことを考えた末、ビゲジア王は口を開いた。
「ゴロジオ王国では並ぶべき者がいない身であるのかも知れぬが、各国の王が並ぶこの場では御身も単なる若造に過ぎん。
自身で判断がつかないことには、しばらく口を閉じて様子を見るくらいの慎重さはわきまえているべきだ」
さて、この諫言をバイラド・ゴロジオはどこまで真剣に受け止めてくれるものかと、いいながらビゲジア王は疑念にとらわれていた。
「そうはいうがな、ビゲジアの王よ!」
案の定、バイラド・ゴロジオという若造は、どうやらろくな思索もなく感情的に反発をする。
「なんでこんな、どの王家にも属さないようななりあがり者が、このような場で偉そうな顔をして講釈を垂れておるのか!
なんでわれらがこの者のいいなりにならねばならん!
なんとも承服しかねるではないか!」
「とはいえ、そのハザマ男爵とやらが持つ影響力は確かなものだ。
そのことは、否定できん」
ビゲジア王は、諭すような口調でバイラド・ゴロジオに語りかけた。
「聞けば、解放軍とやらも裏で絵を描いていたのはこのハザマ男爵であるらしい。
その解放軍によって揃ってスデスラスより退けられたわれわれが、この場でそのハザマ男爵に敬意を払ったとしても、誰からもうしろ指をさされることもないと思うがな。
それどころか、いつまでもそうした事実から目を背け、子どもじみた反発をおこないつづければかえって面目を失うことになろう。
いいたいこともまだまだあろうが、まずひとまず身を引いて、もう少し様子を見るべき局面ではないのか」
「ふん。
王者としての体面というやつか」
不服そうなものいいをしながらも、バイラド・ゴロジオはビゲジア王の勧めに従ってその場に腰を降ろす。
「この場では、ビゲジア王の顔をたてて引いてやる。
スデスラスの小娘、議題を続けるがいい」
「それでは、少し脇道に逸れましたが、本題に戻りたいと思います」
それまで、特に困った様子も見せずに一連のやり取りを黙って見守っていたアポリッテア姫が、表情を改めて続きを口にした。
「解放軍の今後の維持費を各国に分担していただくことを、スデスラス王国は提案します、というところまでご説明申しあげました。
この分担金以外に、スデスラス王国が各国に負担していただきたい資金がいくつか存在します。
まずは、この一連の軍事闘争によってスデスラス王国が蒙った被害に対する賠償金。
これについては、各国それぞれに当国が計算をした資料を用意させていただいたので、詳細な金額などについてはそちらをご覧ください。
この賠償金についてのご質問や要望などについては、のちほど個別におうかがいたします」
アポリッテア姫が合図をすると、待機していた小者たちが各国の代表者たちに書類を配りだした。
「なんだ!
この金額は!」
その書類にざっと目を通して、バイラド・ゴロジオは思わず目をむいた。
「法外ではないか!」
「これでも最小限に留めて計算させたのですけどね」
アポリッテア姫はため息まじりにそういった。
「軍靴によって踏みにじられた農地。
そうした農地が完全に以前と同じような収穫が望めるような状態になるまで、どれほどの年月と費用が必要になると思っているのですか?
その間に収穫できるはずであった作物の価格とそれに農地を復活させるための費用を合わせれば、その程度の金額にはなるはずです。
決して、法外な金額であるとは思いませんし、その金額を算出した根拠についても詳細に記して提示させていただきました。
内容をよく吟味していただきた上で、なおかつ不満がある場合には、先ほどもうしましたようにあとで個別に相談させていただきます。
賠償金についてはここで請求したものを、各国の事情に応じて分割で支払っていただきたいと、スデスラス王国としては希望しています。
一括でお支払いしていただくのが一番なのですが、なにせ金額が金額であるからよほどのことがなければ不可能でしょう。
ただし、数年に渡って分割して支払われる場合は、完済までにかかった年月と残金に対応した金利も加わることもご承知ください。
わが国から各国に求める賠償金については、以上です」
「ちょっと待て!」
今後はベズデア連合国家主席が発言した。
「この賠償金の支払いを拒否したとしたら、どうなるのか!」
「その場合は、拒否をした国に停戦の意思なしと見て交戦を続けることになりますね」
アポリッテア姫は澄ました顔で答えた。
「現在スデスラス王国内に駐留しているベズデア連合軍はすでに本国の指揮を離れているようですし、そうなるとこちらから軍隊をベズデア連合国内にまで送り込む形になるわけですか?
首都での暴動と地方反乱に晒されている現在のベズデア連合に攻め入るような行為はスデスラス王国としても本意ではないのですが……」
「いや、早まるな!
支払わないとはいっていない!」
冷や汗をかきながら、ベズデア連合国家主席はそういった。
「ただ単に確認をしただけだ!
ただその、詳細についてはあとで個別に相談をさせていただきたい」
「はい、それがよろしいかと思います」
表情も変えずに、アポリッテア姫は頷く。
「ただ、こちらの都合としては、ベズデア連合がまだ国家としての体をなしているうちに、つまり支払い能力を喪失する前に、全額を回収するように務めるつもりです。
その辺はご了承ください。
では、賠償金のことはこれまでとして、次に……」
「まだあるのか」
バイラド・ゴロジオが、げんなりとした表情で小さく呟いた。
「先ほども話題に出した、現在は解放軍に在籍している、各国軍出身の兵員の扱いについてです。
これについては、現在の生存者については詳細な名簿を作成しています。
のちほど配布いたしますので、各国から身代金を支払う旨の連絡があった者から順次解放をしていくつもりでいます。
スデスラス王国としてもあまりにも過大な兵員をいつまでも抱えておくわけにもいきませんので、その名簿を持ち帰った上で前むきに検討してくださることを希望します」
そうした兵士たちの親族との橋渡しをしてくれ、というわけであった。
とはいえ、身代金を支払えるほどに裕福な一族の出身者は、全体数から見ればそれこそごく一握りに過ぎず、そうした裕福な一族の出身者であったとしても、わざわざ身代金を支払ってくれるほど大事にされている者ばかりでもない。
現実的に考えれば、現在スデスラス王国が抱えている戦時捕虜のうちの一割ほどがこの身代金と交換に故国へ帰還できればいい方であろうと、スデスラス側では予測している。
いいかえれば、残りの兵員たちについては、どうにかして無駄飯ぐらいにならないように、手配をつけていくしかないわけであった。
「今回、スデスラス王国から各国の皆様にもうしあげたいことは以上となります。
それぞれにご検討の上で、色よい返答をしてくださることを期待します」
アポリッテア姫は、そう締めくくった。
スデスラス王国側からの要求を提示するだけして、あとは個別に相談に応じる、という形であった。
各国代表者たちの反応は様々であったが、困惑していることだけは共通していた。
なにせ、スデスラス王国側からの要求をされた金額が、想定外に多い。
いや、賠償金と身代金くらいまでは予想していたのだが、今後の解放軍の維持費を分担することまで求められるとは、ほとんどの者が予想をしていなかったのだ。
このうち、身代金については、各捕虜の身内が支払うものを仲介すればいいだけのことであったが、賠償金と解放軍維持費の分担金とは国庫から出さねばならない。
特に後者については、前例がないだけに本国と連絡を取ってから検討をする必要があり、対応をこの場で即答するというわけにはいかなかった。
必要とされる金額が膨大なものになると予想される上に、解放軍が名を変えて周辺諸国の治安維持に貢献するとなれば、これ以降の国際情勢や力関係がかなり変わってくる。
もしそれが実現すれば、スデスラス王国が周辺諸国の中で軍事的な主導権を握ることにもなりかねなかった。
かといって、その負担を拒否したとすれば、これ以降の周辺諸国の中で一種の爪弾き状態になりかねないわけで、どの国にしてみても、それはそれで避けたい事態といえた。
つまり、この会議において、スデスラス王国は戦後の混乱から早々に脱し、以前以上の強国への道を踏み固めようと画策している。
その意図はあまりにも明白であったのだが、そうしたスデスラス王国の方策に対して、正面から反抗できる状態にある国は皆無といえた。
この会議に出席した諸国は、現在、それぞれに苦境にあり、スデスラス王国に強硬な態度を取れるほどの余裕を持っていなかったのだ。




