アラテラ公爵の到着
スデスラス王国で起こったことが、別の王国で起きないとも限らない。
いや、条件さえ整えば、解放軍の再現は、いくらでもなされる可能性は十分にあるのだ。
洞窟衆と冒険者ギルドのシステムがある限り、反政府組織構築のハードルは限りなく低くなる。
「なんでそんなところにばかり真っ先に気づくんでしょうね」
イジオドル卿は密かに嘆いた。
バイラド・ゴロジオ。
この旧友は、自分にとって興味がないことにはとことん無関心なため愚鈍にも見えるふるまいをすることがあるのだが、ときおり妙に勘の鋭いところも見せる。
「確かに、そういう傾向があるのは否定できません。
けど……」
「では、洞窟衆とかいう連中は、われら既存の国家にしてみれば危険な組織だということにはならないのか?」
バイラド・ゴロジオはイジオドル卿に最後までいわせずにずばりと本題を切り出してきた。
「いちがいに、そうとばかりともいいきれないでしょう」
イジオドル卿は表情を引き締めて返答する。
「彼らは基本的に、金を目当てに動く商人です。
物資の売買も人材の斡旋も、背後に思想性などなく、あくまで仕事として引き受け請け負います」
だからこそ怖いという側面もあるのだが、イジオドル卿はあえてそこまで踏み込んで説明をすることをしなかった。
「いちがいに、ということは、やはり多少の危険性があることは否定できないわけか」
バイラド・ゴロジオはイジオドル卿の言葉をそのように解釈した。
「仮にゴロジオ王国から洞窟衆を締め出すしたとします。
そうすると、ゴロジオ王国の経済はおろか工業や農業までかなり広範な分野で周辺諸国から大きく引き離され、あっという間に弱小三流国に成り果ててしまうでしょう」
「……なんで、そんなことになる?」
イジオドル卿にそう問いかけるバイラド・ゴロジオの声には、隠しようもない不機嫌さをにじませていた。
「洞窟衆が商う道具は他のどこの製品よりも質がよく、それに多種多様な書籍などを廉価で売り歩き、ある分野では実質そうした書物に書かれた知識が周辺諸国での常識になりつつあるからです」
「なんだ、それは」
それを聞いて、バイラド・ゴロジオは不機嫌を通り越して呆れ果てた。
「まるで万能の存在ではないか。
なんであの連中だけが、そんな真似をできるのか?」
「万能、とまではいいませんが」
バイラド・ゴロジオの機嫌がなおったことに内心で安堵しつつ、イジオドル卿はそういった。
「洞窟衆にできないことならば、周辺諸国の他の国家や組織などにも不可能であるということはいえそうです。
なぜ洞窟衆だけにそんな真似ができるのかといえば、そのことについては正直よくわかりません。
ただ、あのハザマ男爵は聞くところによると異邦人であるそうですから、ことによるとそれが関係しているのかも知れませんね」
「そうか、異邦人か」
バイラド・ゴロジオはそういって何度か頷いた。
「そういえば、そんな噂を耳にしたような気もする。
異邦人が率いる連中が相手であるならば、何度となくおれが敗れるのも仕方がないことだな」
ハザマが異邦人であることと、バイラド・ゴロジオが戦場や決闘で敗れることの間にはなんの因果関係もないのであるが、バイラド・ゴロジオの中ではそれで辻褄があっているらしい。
いや、より正確にいうのであれば、辻褄があっていると思い込むことによって、みずからの敗北を無理にでも正当化しようとする心理が働いているらしかった。
どちらにしろ、イジオドル卿にしてみれば、しばらくこの会議が終わるまで、このバイラド・ゴロジオが癇癪を起こしてまたややこしいことにならなければそれで安心なわけであるが。
ムノライ国王とベントリー・ドラジア王子とが、あるいはバイラド・ゴロジオとイジオドル卿とがそれぞれ並行して洞窟衆に対する議論を交わしていたとき、またひとり、要人が到着する。
到着したばかりの要人、メレディラス王国のアラテラ公爵が恰幅のよい五十がらみの男だった。
貴族らしい豪奢な装束を身につけているが、それがあまり板についているようにも見えない。
もともと何代も続いた商家の主人で、ごく最近になって貴族に取りたてられたからか?
と、最初のうち、ハザマはそう思っていたのだが、スデスラス王国側が用意をした席に着くまでに何度もハンカチでしきりに自分の額を拭っていたのを見るにつけ、
「ああ」
と、すぐに合点がいった。
「こいつは、この場に呼び出されたことに対して、極度に緊張をしているのだ」
と。
無理もないかな、と、ハザマは思う。
このアラテラ公爵は貴族になってから日が浅いことに加え、このスデスラス王国を裏切りメレディラス王国へと寝返った張本人でもある。
そんなアラテラ公爵にしてみれば、こうした場に元の主人であったスデスラス王国から呼び出されて出頭することは、かなり居心地が悪い思いがするものだろう。
今回、この会議に出頭することに関しても、なにかと理由をつけて渋っていたようだが、王国上層部とそれに洞窟衆からの再三に渡る働きかけに応じて、ようやく重い腰をあげた形であった。
アラテラ公爵家は、なんに使うのかよくわからないのだが、洞窟衆からもかなり巨額な融資を受けており、よほどのことでなければ洞窟衆のいうことには逆らえないようになっていた。
ましてや今回の会議は、スデスラス王国とその周辺諸国に取ってとても重要な意味を持っているわけで、スデスラス王国と直に隣接している領地を持つアラテラ公爵家としては、本来ならば外部からせっつかれるまでもなく参加をしなければならないはずであった。
「あのおっさんも、なにを考えてるんだかな」
と、ハザマは思う。
ハザマがその目でこのアラテラ公爵と対面するのは、これがはじめてのことであった。
このアラテラ公爵に対しては、「スデスラス王国を裏切った」とか「代々続いた豪商」とかの風評を耳にしていたため、ハザマは勝手に「怜悧な切れ者」としてイメージをしていたのだが、実物はその逆にどうにも小心そうなたんなるおっさんに見えた。
いや、外見から受ける印象だけでそう決めつけてしまうのも早計なのだろうが、とにかく、これまでにアラテラ公爵家がおこなってきた数々の方針や行動から受ける印象と目の前の人物の印象とが、どうにも噛み合わない。
あるいは。
「この人はあくまで表向きの顔に過ぎず、背後に優秀なブレーンでもいるのかも知れないな」
などと、失礼なことさえ思ったりする。
いわゆる、傀儡というやつで、決定権を持っているのはこのアラテラ公爵本人ではなく、その背後に居る何者かなのではないのか。
そこまで想像を逞しくしてからハザマは、
「まあ、あくまでなんの根拠もない想像だけどな」
と、そう思い直す。
ともあれ、このアラテラ公爵が到着したことによって、メレディラス王国の会議への参加者は三名になった。
国王の代理としてこの場に来たバグラニウス・グラゴラウス公子、バイラド・ゴロジオと同じくらいに顔や体に包帯を巻いているワデルスラス公爵、そしてこのアラテラ公爵。
なんとも珍妙な組み合わせだなあ、と、ハザマはさらに失礼なことを思う。
一国を代表する立場であるのはバグラニウス公子だけであり、他の二名はどちらかというとスデスラスを巡る一連の騒動における当事者として、一種の証人として呼ばれたようなものだった。
利害は必ずしも一致していないし、場合によってはこの会議の席上で内輪揉めを披露することも十分にあり得た。
ハザマ自身の席はアポリッテア姫らスデスラス王国の代表の背後にもうけられていた。
解放軍の責任者として出席をしているケイシスタル・ワデルスラス姫やルスリスと同様に、あくまでスデスラス王国を補佐したそちら側の関係者として、この場に招かれている。
とはいえ、この一連の件においてハザマが果たした役割はすでに会議の出席者には周知されており、仮に洞窟衆が果たした役割について深く認識をしていなかった者が居たとしても、これまでのやり取りにより相応に悟ることがあったはずであった。
つまり、この会議におけるハザマの役割はすでに終了しているも同然なのであり、あとはこの場に控えてスデスラス王国の背後には洞窟衆が存在するということを認識させてやればいい。
その、はずであった。
想定外の番狂わせがないといいけどな。
と、ハザマは思う。
スデスラス王国関連の件について、洞窟衆は解放軍や冒険者ギルドを介して間接的にしか関与していない。
ハザマにしても、報告としてあがってきた情報にざっと目を通して、遠く離れたハザマ領から事態の推移を知っていただけである。
だから、こんな場所に呼ばれたとしてもハザマには詳しい情報を証言することもできないわけだったが、この手の会議では関係者たちがどんなごね方をするのか予測がつかない。
場合によっては、ハザマが発言を求められる事態も起こるんだろうな、と、そう覚悟はしている。
もっとも、そうなる可能性はかなり低い、とも、思っていたが。
ハザマは会議の出席者たち、つまりは各国の代表者たちの顔ぶれをさり気なく見渡す。
よく通る声でベントリー王子と活発に意見交換をおこなっているムノライ国王。
このムノライ王国は関係諸国の中で真っ先に洞窟衆に接近してきた国であり、いい方を変えればそれだけ情勢を判断する感性に秀でているということになる。
その性質はどうやら、この国王に由来しているようだな、と、ハザマはそう判断する。
となると、代変わりしてムノライ王国の方針が変わる可能性もあるわけで、そのことに気づいたハザマはその場で通信によって次期ムノライ国王になりそうな候補者たちについての情報も今のうちから集めておくように諜報部門に命じた。
しかしこれはその場で、
「その程度のことは普段からやっています」
といった意味の返答があっただけに終わったが。




