バグラニウス公子との問答
「あくまで商談として、そちらの相談は拝聴させていただきます」
ハザマは淡々とした声で応じる。
「しかし、条件が折り合うかどうか。
そちらの提示する条件で仕事をしてもいいという者が現れるのかどうかまでは、こちらでは保証できません。
募集をかけても誰もが応募に応じない場合、応じる者が居てもそちらが希望するような技能を持ち合わせていない場合なども考えられます。
こちらでできるのはあくまで仲介のみであり、誰かに強制や命令をしてそちらに送り込むということはしないしできないのだということを、あらかじめご了承ください」
「ちょっと待ってくれ!」
バグラニウス・グラウゴラウス公子が叫んだ。
「ハザマ男爵!
あなたはメレディラス王の臣下でありながら、ベズデア連合の国内問題に干渉をしようというのか!」
「バグラニウス公子様。
あいにくと今のおれは、メレディラス王国のハザマ男爵としてではなく、洞窟衆の首領という立場でこの場に居るわけでして」
ハザマは静かな、諭すような口調でいった。
「それに、ベズデア連合への干渉といっても、一種の人材派遣事業をおこなっているだけですよ、これ。
口入れ屋がどこかの貴族様に、実務を遂行する代官を世話するのとなんらかわりません。
単なる商取引に過ぎませんし、王国の上層部から差し止めを受けるような内容であるとも思えないのですが」
他国への内政干渉ということならば、今回、ガンディード将軍がいいだした件よりも解放軍による一連の働きの方が、よほど深刻だと思うのだが。
などと、ハザマは口には出さずに、そう考える。
「いや、しかし」
バグラニウス公子はもどかしげに首を振ったあと、どうにか言葉を絞り出した。
「それは、いきすぎなのではないか?」
「ええと」
ハザマはゆっくりとしゃべった。
「王国の法には、領民ないしは王国に所属する貴族が、他国の地において、他国の依頼に応じることを禁ずる条文があるのでしょうか?」
はっきりと禁止する条項が存在しないのならば、咎められる筋合いもない。
というのが、ハザマのいい分であった。
「いいや」
バグラニウス公子は愕然とした表情で、そう口にした。
「いわれてみれば、他国での商取引の内容を細かく取り決めるような条文は、王国法の中にはないと思う。
わたしはそちらの専門家ではないから、実際に確かめてみるまではなんともいえないのだが。
それにしたって、この件はあまりにもあとに及ぼす影響が大きすぎる!」
「だから考え直せ、と?」
ハザマはため息混じりにそういった。
「それは、無理筋というものでしょう。
仮にここで公子の嘆願をいれてガンディード将軍の依頼を即座に断ったとしましょう。
そうしたらガンディード将軍は、別口をあたって適当な人材を調達しようとするだけですよ?」
「しかり」
ハザマの言葉に、ガンディード将軍が大きく頷いて見せた。
「一度や二度、断られたくらいで断念をするくらいならば、最初から頼みはせん」
「つまり、おれがこの依頼を断ろうが受けようが、結果としてはあまり変わらないわけでして」
ハザマはそういって肩をすくめた。
「この程度のことでいちいち騒いでいたら、メレディラス王国の器量が疑われてしまいますよ。
この場には、大勢他国の方々がいらっしゃっているわけですから」
「そう、だな」
立ちあがって身を乗り出していたバグラニウス公子が、拍子抜けをしたような表情になってすとんと腰を降ろす。
「その、取り乱してすまなかった。
だが、ハザマ男爵。
その選択は、ベズデア連合一国のみならず、周辺諸国の未来図まで一変させうる可能性を秘めている。
そのことだけは、指摘させて貰いたい」
「それをいったら、解放軍がこのスデスラスで仕出かしたことも相当だと思いますが」
今さらだよなあ、とハザマは思う。
「解放軍の件は、あくまでケイシスタル・ワデルスラス姫が主導して活動を開始したことになっています」
バグラニウス公子がいった。
「王国ではそういうことになっているし、現実にもその通りであるはずです」
「洞窟衆が背後にいたとしても?」
「洞窟衆がいたとしても、です」
ハザマの問いかけに、バグラニウス公子は即答する。
「事実、ケイシスタル姫の呼び掛けがなくては洞窟衆もスデスラス問題に介入することはなかったはずです。
新興の洞窟衆が手を出すのには、当時のスデスラスの状況は複雑に過ぎて、あまりにもリスクが大き過ぎた。
いいかえれば、このスデスラスにおいて、洞窟衆はケイシスタル姫の道具として働いていたに過ぎない。
そして今度は、ガンディード将軍の道具としてベズデア連合を掻き回すつもりですか?」
「それでなにがいけないんですか?
」
ハザマはバグラニウス公子に問い返した。
「スデスラスでは傭兵が、今回のベズデア連合では代官がこなすような仕事を、洞窟衆がたまたま担当するだけのことですよ。
仮に洞窟衆が断ったとしても、別の誰かが同じような仕事を請け負ったはずです」
「役割のみに目をむけたら、確かにそうなのかもしれません」
バグラニウス公子はゆっくりと頭を振る。
「ただ、あなた方洞窟衆が乗り出すと、不自然なほどに迅速に、効率的に物事を進めてしまう傾向がある。
このスデスラスにおいても、これほど多くの国の利権が錯綜し、拗れきった状態をここまで整理をするのには、どう考えても最低限数年以上の時間は必要となるはずだった。
それが、ケイシスタル姫がこのスデスラスに渡ってからものの半年もしない間に……」
「関係各国との停戦合意を取りつけられていない以上、スデスラス問題はまだ解決したとはいえません!」
それまで黙ってなりゆきを見守っていたアポリッテア姫がつよい口調で指摘をした。
「ここまで、整理されてしまった。
これほど短期間の間に、です」
バグラニウス公子はアポリッテア姫の方を一瞥してから、言葉を続ける。
「今度はベズデア連合で同じようことをするつもりですか?
国境紛争の件しかり、ガダルカナル連邦の件しかり、そしてこのスデスラス。
あなた方洞窟衆が本格的に介入をしたあとは、その周辺の地域もろとも、大きな変化を余儀なくされる」
「先ほどもいいましたように」
ハザマは冷静に指摘をした。
「どの件も、別に洞窟衆が自発に動いてそうなるように仕向けたわけではありません。
どちらかというと、半ば無理矢理に駆り出されることが多かったんですがね。
特に昔は。
最近では、どちらかというと公正な立場で取引をできるようになってきているので、われわれ洞窟衆の立場としては前進しているものと認識しています」
「どうにも噛み合いませんね」
バグラニウス公子は大きくため息をついた。
「洞窟衆が本格的に動くと、その周囲を巻き込んで大きな、不可逆な変化を余儀なくされる。
こちらはそのことを警戒し、先ほどから指摘をしているのですが。
ハザマ男爵。
あなたは、ことの重大さを理解できていないのか、それとも理解をした上でなおかつ、そんな些事を意に介する必要はないとしているのか。
とにかく、まるで気に留めているようには見えない」
「ああ、そのことですか」
ハザマは平然と頷いてみせた。
「それに対する回答も同じです。
洞窟衆がやらなかったとしても、いずれは誰かが同じような変化をもたらしたはずです。
そいつをほんのちょいと先取りしているだけですから、洞窟衆の影響力なんてものは見かけほどたいしたものではありませんよ」
この男とは根本的な部分で分かり合えないのではないか。
そのときのハザマの態度を目の当たりにして、バグラニウス公子はそう直感した。
根本的な部分で、言葉が通じていない。
あるいは価値観やものの見方が通常の人間とは大きズレているようなきがした。
とにかく、言葉を重ねれば重ねるほど、通じ合えないという確信と徒労感が大きくなってくる。
ハザマ本人からは悪意などが感じられないのが、なおさら始末に悪いな、とバグラニウス公子は思う。
厄介な存在なのだな、異邦人というのは、と。
「なあ、メレディラスのバグラニウス・グラウゴラウス公子よ」
ここで、それまで黙ってハザマたちのやり取りを眺めていたムノライ国王が発言した。
「そういうメレディラス王国も、洞窟衆の恩恵をこれまでに散々受けて来ている身ではないか。
自分たちだけが洞窟衆を頼りにして、他国の者にそれを許さないというのでは、いささか公平さを欠くのではないかな」
「それは」
そういったきり、バグラニウス公子は絶句してしまう。
「わかっておる。
そちらのお国の中で洞窟衆に対する処遇について意見が割れているということは、この耳にも届いておるからな」
そういって、ムノライ国王は頷く。
「下手に国が大き過ぎるというのも、こうしたときに小回りが効かなくて不便なものよの。
それはそれとして、洞窟衆とは果たして何者であるのか。
それを突き詰めて考えたことはおありかな、バグラニウス公子よ」
「何者、とは?」
バグラニウス公子は首を傾げた。
「ハザマ男爵に率いられた集団、なのではないのですか?」
「それも決して間違いではない。
だが、それだけでもない」
ムノライ国王は、そう続ける。
「山岳民、平地民、どこからともなく流れ込んできた流民、それに最近のこのスデスラス周辺においては、大量に発生した各国の戦時捕虜たちが合流して、洞窟衆という集団を構成している。
わかるかね?
こうした者たちというのは、つまるところ、われら諸国の為政者たちの手から離れた、元々居た場所からなんらかの理由で弾き飛ばされ、居場所をなくした者たちばかりだ。
洞窟衆という組織は、そうした者たちに活躍する場を与え、生計の手段を与えていることになる。
これは、わしら諸国の王侯貴族にはできなかったことだ。
このことについて、彼らを爪弾きにした、せざるを得なかったわしらが洞窟衆を責めることはできないと、わしは思うのだが。
なんといっても、わしらはそうした者たちに活躍する場を与え、養うことができなかったわけであるからの」




