幕引きの準備
「未熟でなにが悪い!」
叫びながら、ケイシスタル姫はメイスを両手で握って振りかぶり、ワデルスラス公爵の脇腹めがけて降りおろす。
「わしが未熟であればこそ、ここまでの助力が得られたんじゃろうが!」
ゴガン! という激突音がした。
「そもそも、おのれが解放軍などというわけのわからんもんを旗揚げするからここまで拗れたんじゃあ!」
ワデルスラス公爵は両手でモーニングスターの柄をしっかりと握りしめ、巨大な棘つき鉄球をケイシスタル姫の肩口に振りおろした。
「お前さえいなければ、今頃こちらの領地も安泰であっただろうに!」
鉄球の棘の部分がケイシスタル姫の甲冑に当たり、耳障りな音をたてた。
「解放軍がなかったとしても、ベズデア連合にやられておったわ!」
ケイシスタル姫がメイスを振りかぶって、ワデルスラス公爵の頭部を横薙ぎにする。
「その程度のこともわからんのか、老害が!
だいたい、あの焦土作戦はなんじゃ!
あんなん、貴族として統治者として、一番やってはならんことじゃろうに!」
「背に腹は変えられんのだ!」
ワデルスラス公爵もケイシスタル姫の兜にむけてモーニングスターの鉄球を当てる。
「ああでもしなければ、しのげんかったからに決まっておろうが!」
「そこまで追い詰められていたんなら、さっさっと逃げ出す算段をせんかい!」
ガゴン!
「せっかく分捕った領地をここで放棄してなんとする!
あそこで放棄したらこれまで戦ってきた分、丸ごと損害になるだろうが!」
ボゴン!
「銭勘定よりも兵士や領民の命が大事じゃろうが!
生きていればこそ、名誉も金子も回復のしようがある!」
ガガン!
「貴様はワデルスラス家が代々舐めてきた苦渋を知らんのだぁ!」
ボスッ!
「そんなもん知るかぼけぇ!」
ケイシスタル姫はメイスをそれまで以上に大きく引いてから、振りおろす。
「なんでわしらが過去の因襲に縛られねばならん!
メレディラスとスデスラスの板挟みになりたくなければ、その両者に媚を売るのをやめて独立でもすりゃあいいだけのこっちゃろう!」
ケイシスタル姫の振りおろしたメイスはワデルスラス公爵の頭部、その正面頭頂部にまともに命中をした。
ひときわ大きな濁音が鳴り響いいて、ワデルスラス公爵はその場で棒立ちになる。
「まあ、あれだけボカスカ殴りあっていりゃあなあ」
見物していたハザマが呟いた。
「そら、脳震盪くらいは起こすわ。
っていうか、どちらかというと今まで立てていたことの方がおかしい」
「常人ならば、最初の一撃だけでも戦闘不能になるか死亡しているところでしょうね」
アズラウスト公子が澄ました表情で解説してくれる。
「決闘している両者ともが、常人よりもよほど頑丈にできている方だからこそ、ここまで保ちこたえて来れたわけですが」
その力任せの、粗暴なだけの殴り合いはワデルスラス王国軍、解放軍双方の兵士たちが大勢見守る中でおこなわれたわけであるが、最初のうちは無邪気に声援してそれぞれに応援していたそうした見物人たちも、その決闘のガチ具合に次第に声を失っていき、途中から周辺は妙に静まり返っていた。
ワデルスラス公爵もケイシシスタル姫もともにワデルスラス公爵家の人間で、つまりは身内同士ということになる。
見物をしていた兵士たちにしても、そうした背景を知っていたので、決闘といっても所詮は形だけの、いわば手打ちをおこなう前の建前としての小芝居であると、自然にそんな風に思い込んでいたのであった。
しかし、こうして実際のところを目の当たりにしてみると、どう見ても本音としか思えない罵声が飛び、本気の殺意が篭っているとしか見えない攻撃を応酬する、見事のまでの、手加減なしの殺し合いである。
呑気に構えて見物していた者たちとしては、途中からドン引きして静まり返るしかなかった。
棒立ちになったワデルスラス公爵のは、その場でゆらゆらと体を揺らしたかと思うと、そのままゆっくりとうしろに倒れて、地面に寝そべったまま動かなくなった。
「勝ったどぉーっ!」
ケイシスタル姫がメイスを高々と掲げて、大きな声で勝利を宣言した。
しかしその直後、ゆらゆらと体を揺らしたかと思うとメイスを落とし、そのまま背後に倒れこんで動かなくなる。
「ケイシスタル姫の辛勝というところかな」
従者たちが慌てて決闘をおこなった二人に駆け寄っていく様子を見ながら、ハザマは呟いた。
「ま、この場合、勝敗はあまりこのあとの状況に影響しないわけだが」
そんなことは、ケイシスタル姫は最初から承知しているのだろうな、と、ハザマはそう予想をする。
ただ、これだけの事態を引き起こした元凶の一人であるワデルスラス公爵、その裁きをそのまま他者に委ねることが、我慢できなかっただけなのだろう。
ワデルスラス公爵の側から申し出がなかったとしたら、ケイシスタル姫の方から決闘を申し込んでいたのかも知れない。
思想や判断力は別として、そうした気性についてはこの二人、案外似ているのではないか、と、ハザマは思った。
ともあれ。
「区切りとなる座興も無事に終わったことだし、ここでの一連の騒ぎも、いいいよ本格的に幕を引かなければな」
ハザマは、誰にともなくそういって、その場から離れようとする。
「おや?」
アズラウスト公爵が、そんなハザマに声をかける。
「結局、男爵の出番になるわけですか?」
「誰に頼まれたってわけでもないんですけれどね」
そういって、ハザマは肩を竦める。
「ぼちぼちこちらの方面を落ち着かせませんと、洞窟衆としても困ったことになりそうなんで、ちょっくら周辺諸国の首脳を集めてきます」
「こちらの招集に素直に応じたのが、ムノライとドラジア、それにメレディラスの各王国になります」
洞窟衆の天幕の中で、オットル・オラがいった。
「その逆に、こちらの招集に対してなんの反応も返さなかったのが、ゴロジオ王国とビゲジア王国、それにベズデア連合になります。
この三ヶ国のうち、どこから訪れますか?」
このオットル・オラは、もともと王国影組の者であった。
それも、頭領の家系の者である。
さる事情から、今ではその配下の者たちもろとも、洞窟衆に加担している。
そうした出自を持つ者たちにしてみれば、各国の元首が普段在住する場所を調べ、そこにいって転移魔法により一気に移動できる準備を整えるくらいは、朝飯前のことといえた。
なにしろ、そうした諸国が警戒している場所に潜入したり、極秘情報を調べあげてくるような危険な内容はまるで含んでいないのである。
「順番はどうでもいいんだけどな」
ハザマは平静な口調で答える。
「そうさな。
今一番ごたついているにはゴロジオだっていうから、様子見がてら、まずはそこからいってくるか。
ビゲジアの方には確か」
「ビゲジア王都で洞窟衆が借り受けている屋敷の中に、すでに冒険者ギルドのスゲヨキ嬢が待機しています」
「うん。
打ち合わせ通りだな」
ハザマは頷く。
「ビゲジアの方はスゲヨキに首実検をして貰わないことには誰が国王なんだかよくわからないわけだが、ゴロジオ王国の方は今頃玉座に座ってふん反り返っているのが、例の問題児、バイラド・ゴロジオに確定だからな」
バイラド・ゴロジオが企てたクーデターはゴロジオ王国を引き裂き、多くの流血を伴いながらもどうにか成功し、多くの血族を蹂躙した結果として、バイラド・ゴロジオはゴロジオ国王になりおおせていた。
そのゴロジオ王国国王バイラドその人を、ハザマは少々手荒な方法で強引に今回の周辺諸国の首脳会議へと招待しようと企てているわけである。
解放軍の前線司令部の仮眠室でケイシスタル姫は目をさました。
すぐに身を起こそうとして、全身に走る激痛に打ちのめされてまた寝台の上に寝そべる。
「目がさめましたか?」
寝台のそばに控えていた侍女がいった。
「あれからどれくらい経った?」
ケイシスタル姫は短く問い返す。
「まだ、いくらも」
侍女は心配そうな様子を隠そうともせず、そういう。
「少なくとも、今晩一晩は安静にしていてください。
公爵様とあれほど激しく戦った直後なのですから」
「じゃが、仕事が……」
「しばらく、解放軍では大きな動きはないはずです」
次女はきっぱりとした口調で告げた。
「姫様は初志を貫徹して、立派にやり遂げたのです。
明日には周辺諸国の王様方を集めた会議が開催されるとのことですから、姫様の今の仕事はその会議に間に合うようにお体をいたわることです」
「そうか」
ケイシスタル姫は寝台に伸びたまま、軽くため息をついあ。
「わしは、やり遂げたのか」
そして再び、目を瞑る。
ゴロジオ王城前の広場は、そこここに血痕が残っているような状態であった。
王城の壁面も、そこここに煤などで汚れている。
どこからともなく焦げ臭い匂いが漂っており、街のそこここから細い煙があがっているのが確認できた。
「おう、おう」
そうした周囲の状況を確認してから、ハザマが感想を述べた。
「モロに、内乱直後って雰囲気だなあ。
王都でこの有様ならば、この国全体はさぞかし荒れ放題ってところだろう」
「新王となったバイラド・ゴロジオなる人物は、どうやらそうした細かいことに頓着しない気質の持ち主らしいですね」
転移魔法によりハザマをここまで運んで来たオットル・オラがいった。
「自分以外のゴロジオ王族も、禍根を残さないために皆殺しにしているようです」
「ふむ。
実にわかりやすい」
ハザマは感慨深げにいった。
「典型的な独裁者気質というわけか。
ま、この国のことにまで干渉する義理もないがな」
今のハザマにとって肝心なのは、かなり強引な手段によって得た地位であろうとも、そのバイラド・ゴロジオという人物が現在のこの国の最高責任者であるということだった。
「そんで、この城の中には入れる?」
ハザマはオットル・オラに確認した。
「すんなりと中に入れるようなら、余計な手間が省けるんだけど」
「その辺は、手筈を整えております」
オットル・オラが静かな声で応じる。
「バイラドという人物は、人望がないようですな。
門番を買収するのにも、さして苦労はしなかったようで」
「そりゃ、これだけ派手にやらかしているんだ」
笑みを浮かべながら、ハザマはそういう。
「身内や部下の中に、その新王を面白く思わないやつも大勢居るだろうよ」
どちらにせよ、苦労をせずに城の中に入れるのならば、それに越したことはない。
物理的な障害さえ取り除いてしまえば、ハザマとバジルの行く手を遮れる者はいないのであった。




