マルマイトの離宮
バイラド・ゴロジオ討伐戦があくまで賞金を目当てにした解放軍有志による作戦でしかなく、従っていつものクエストのような強固な命令系統を構築せずに敢行された。
そもそも解放軍司令部の意向としては、この時点ではリスクを冒してまで直接的にバイラド・ゴロジオを相手にすることをよしとはせず、ゴロジオ王国とバイラド・ゴロジオ勢を直接的に対立させることで消耗させるように仕向ける方針をこの時点で固めている。
確かにバイラド・ゴロジオという個性はゴロジオ王国軍のみならず、そのまま放置しておけばスデスラスを含む周辺諸国にまで悪影響をもたらす存在であると認識はしていたのだが、かといって直接的に排除しようとしてもこちらに波及してくる被害が大き過ぎるものと予測しており、この場では介入することを避けておいた方が無難であると、そう判断していた形であった。
少し前にバイラド・ゴロジオ本人がフォロパイにある解放軍司令部にまで直々に足を運んでくれるような隙を見せてくれれば別だが、改めてことを構えても得るところが少ないという判断である。
さらにいえば、すでにバイラド・ゴロジオ本人はゴロジオ王家と対立する方針を明確に構えており、おおやけに声明こそ出してはいなかったものの、そのためにスデスラス内に侵攻していたゴロジオ王国軍を引きあげさせているところであった。
放置しておいてもゴロジオ王家との抗争によって弱体化するであろう、バイラド・ゴロジオを挑発することによって解放軍が得るところは少なく、いやむしろ叩くのならばゴロジオ王家との抗争により十分に疲弊をしてからの方が効率がいい、というわけである。
そんなわけで、このときの討伐戦に参加をした解放軍の有志は解放軍司令部による十分な支援を受けることなく、集まった者たち自身で作戦を合議し、役割分担を決める必要があった。
所詮は寄せ集めの集団ということもあり、参加をする人数が多いこともあって、実際にはかなり大雑把な打ち合わせしかできなかったが。
作戦遂行に必要な通信タグなども、解放軍から有償で借り受けるような状態である。
「やはり討ちそびれたようですね」
通信経由で報告を受けたスゲヨキがケイシスタル姫に結果を伝えた。
「標的には逃げられたようです」
「被害は?」
「人的な被害はほぼありません。
ただ、畑地をはじめとする物的な損害が広範囲に渡っています。
現在もかなり広い範囲が延焼中であるとか」
「現在使える人数を、すべて消火活動に回してくれ」
ケイシスタル姫はため息混じりにいった。
「放置しておけば勝手に去ってくれるものを。
なぜにわざわざこちらから手を出して被害を拡大せねばならんのか」
「とはいえ、味方の実績と士気の問題もありますので」
スゲヨキはそういい添える。
「ご心配はもっともですが、悪い面ばかりでもありません。
あのバイラド・ゴロジオを一度ならず二度までも撃退したという実績は、解放軍のイメージを向上させる面もあるかと思われます」
「ものはいいようじゃの」
そういうケイシスタル姫の表情は決して明るいものではなかった。
「二度も交戦して、しかも今回の討伐戦は十分な準備を行った上で、なおかつ討伐をしきれなかったということであろう。
強力な加護持ちであるといえ、たかが一人を相手にしてこのていたらくが、なんで自慢に思えるものやら。
それで、被害を受けた畑地などに対する賠償問題はどうなっておる?」
「どうなっておる、とは?」
「そもそもが、解放軍の者たちが手を出さなんだら、発生しなかったはずの物損になるわけだが」
ケイシスタル姫はそういってスゲヨキの顔を見返した。
「であれば、解放軍が率先して賠償すべきであると思うが」
「いえ、しかし」
スゲヨキは抗弁した。
「このクエストは解放軍主導によるものではなく、あくまで所属する冒険者有志が自主的に行ったものになるわけですが」
「では、戦勝気分に酔いしれているそいつらの元へ行って、弁償をせいと求めてみるか?」
ケイシスタル姫は諭すような口調でいった。
「今後も地元住民との関係を良好に保つためにも、ここが迅速かつ柔軟に対応しておくのが利口であるかと思うがの」
「それは、そうなのですが」
スゲヨキは気弱な口調になる。
「しかし、解放軍の財源も決して無限にあるわけではなく」
「金子ならば、あるではないか」
ケイシスタル姫はあっけらかんとした口調で指摘をした。
「バイラド・ゴロジオの賞金として託された金貨一万枚が。
このままでいくとあの賞金はしばらくは宙に浮く公算が高いし、仮に支払うときがあるにしても、それはあのご仁がこれからゴロジオ王国でのいくさを起こし、勝ち抜いてからになる」
どうせ、必要となるのは遠い未来になるはずであるから、それまで死蔵するよりはこの場でうまく活用すべきであると、いいたいらしかった。
「では、そのように手配をいたします」
スゲヨキは素直に応じた。
「それはいいのですが、そろそろ解放軍の財務状況が厳しくなっているのも事実。
その辺のことも、ご配慮ください」
「そんなに厳しいのか?」
ケイシスタル姫は訪ね返した。
「ことに最近は、食わせる口が急激に増えておりますので」
スゲヨキは平静な口調で指摘をする。
「数万単位の将兵が次々と解放軍に降っておりますので、これらをそのまま遊ばせておくとそれだけで日々膨大な資金が溶けていく計算になります」
もとより、戦争とはどのような観点から見たところで生産的な活動ではない。
活躍する場を与えられない軍隊は効率よく資金を食い潰すだけの存在なのである。
解放軍も当初こそ、その辺を織り込んだ上で洞窟衆の他の部門によって利益を出せる構造を構築していたのだが、解放軍に参加する者が増大をするに従ってその収支状況も破綻していった。
「早めにアポリッテア姫様とご相談になることをお勧めいたします」
スゲヨキは、そういって締めくくる。
「それしかなかろうの」
ケイシスタル姫は素直に頷いた。
「どれ、ちょうどアポリッテア姫様も門出になるおりじゃ。
もう少しして落ち着いたら、アポリッテア姫様をはじめとするスデスラス側の代表らと、そのあたりも含めて詳しくはなしこんでみることにしよう」
アポリッテア姫の門出、とは、この日、ゴロジオ王国軍が完全に撤退したことを確認するのを待って、アポリッテア・スデスラス姫がマルマイトの離宮に本拠として正式にスデスラス王国の復興を宣言する予定になっていたからであった。
ケイシスタル姫ら、解放軍司令部にしても、逃げに入ったバイラド・ゴロジオの行方よりも、こちらの方がよほどの重大事である、ともいえる。
マルマイトの安全が確認でき次第、ケイシスタル姫もアポリッテア姫と同行してマルマイトの中心部にあるスデスラス王家の離宮に入る予定となっていた。
ともにスデスラス公衆の面前に出ることによって、アポリッテア姫と解放軍との間が良好であることを示す、一種の戦勝パレードでもある。
「え?」
一方、アポリッテア・スデスラス姫はといえば不意の来客に驚いていた。
「もう来たの?」
「お久しぶりです、アポリッテア姉様」
そういって、まだ幼い少女は優雅な挙動で一礼をする。
「わたくしどもの手を必要とすると聞いて、ヘムレニー猊下が転移魔法の手配をしてくださいました。
姉様のご活躍についてはかの地でもよく耳にしております。
もう祖国スデスラスの地を四分の一も取り戻し、今日、ちょうどマルマイトの離宮に入るそうですね。
おめでとうございます」
「祖国の地を奪回したのはわたくしではなく解放軍の働きによるもので、取り戻したのも全体のせいぜい三分の一に満たない地所にしか過ぎないのですけどね」
ため息混じりに、アポリッテア姫は訂正をする。
「これまでのわたくしは王家の血筋を引いているだけ人形、せいぜい飾りの役割しか果たせなかった。
それを、これから変えようと思っている。
このことはちゃんと理解できている?」
「はい。
もちろんです」
アポリッテア姫に対面した少女は、艶やかに微笑んだ。
「前国王とは違い、民草と並んで王家の者が動くような。
姉様はこの国を、そんな国に作り変えようとしていらっしゃるのですよね」
「そこまで理解できているんなら、いいや」
アポリッテア姫は軽く頷いた。
「決して平坦な道にはならないと思うけど、それでも来る?」
「それが王家の血を引き、未来を担う者の勤めであると思いますから」
「それならば、いっしょに行きましょう」
アポリッテア姫は頷いて、手を差し伸べた。
マルマイトの離宮は、人口五十万を超える都市マルマイトの中心部に存在する。
離宮という語感から想像するような豪奢な建物ではなく、少しして立派なお屋敷といった風情の建物でしかなかった。
侵攻をしてきたゴロジオ王国軍も、マルマイトに入った当初はこの離宮を司令部用の建物として徴収する予定であったが、実際の建物を目にした途端、収容面積の不足を悟り、その場で急遽別の物件を探しはじめた経緯があるほどだ。
ただ、この離宮の周辺にはかなり広大な、よく手が入った庭園が配置されており、王家の者が離宮に入っていないときは一般にも解放されている。
王家の者がこの離宮を使用するときには、この庭園のそこここに兵士が詰めて警護の任務にあたることになっていた。
都市の外部に城壁を持たないこのマルマイトにおいて、スデスラス王家はそうした形で身の安全を図ってきた歴史がある。
マルマイトの中心部にあるその離宮にまで、アポリッテア姫とケイシスタル姫を乗せた馬車は一直線に進むことなく、たっぷりと半日以上をかけてマルマイト中の主要な道路を練り歩いてからようやく目的地に着いた。
屋根つきの、いわゆる箱馬車ではなく、多少の装飾を施した荷馬車に乗って、二人とも、その姿を道ゆく人々に晒したままでの行進であった。
当然、その前後左右には物々しい具足を身につけた警護の騎兵が固めている。
そうした行進を見つめるマルマイト民衆の表情は、おおむね満足そうではあったが、はやり固さも抜けきれていない様子だった。
ゴロジオ王国軍が勝手に去って行った直後のことであり、様々な不安が拭いきれないのだろうな、と、ケイシスタル姫は思う。
「客寄せの珍獣かなにかになったような気分ですね」
集まってきた見物客にむかってにこやかに手を振りながら、アポリッテア姫は小声でいった。
「同感じゃ」
ケイシスタル姫も、やはり小声になって、すかさず答える。
「わしらは所詮、下の者を動きやすくするための飾りでしかないからの。
ところであとで時間を貰えぬであろうか?
少し相談したいことがある」
「この時期にそういうのですから、込み入ったことなのでしょうね」
アポリッテア姫は小声で囁いた。
「こちらも紹介したい者が居ます。
離宮に入ってから、改めて」
「了解した」
「まず、バイラド・ゴロジオを取り逃がしたことを報告しておく」
パレードを終え離宮に入り、落ち着いた部屋に入ってから、ケイシスタル姫は短く結果のみを伝えた。
「またですか?」
「まただ」
「まあ、そちらは正直にあまり期待していなかったので、どうでもいいといえばいのですが」
「すまん」
「いえ、あれだけの賞金をかけて、なおかつ討つことができないというのは、相手が悪いということなのでしょう。
あとはあの男が自分の祖国で粗相をすることを願うばかりですね」
「それとは別に」
ケイシスタル姫は話題を変える。
「そろそろ解放軍の財政状態に不安が見えるようになったそうだ。
頭数が急速に、想定外に増えたため、運転資金が足りなくなってきている」
「想定の範囲内、ではありますね」
アポリッテア姫は頷く。
「むしろ、これまであんな危うい方法であれだけの規模の軍隊を食わせ、動かしてこれたことこそ奇跡に近いと思いますから。
スデスラス王国軍の再編成作業も思うように進んでいませんし、当面はスデスラス王家が解放軍に資金を提供し、維持をするように働きかけてみます。
しばらく様子をみたうえで 、それまで解放軍がおこなってきた仕事を徐々にスデスラス王国軍が引き継いでいくような形に持っていければいいのですが」
「今後どのような状況の変化があるのかわからぬし、その辺は臨機応変に対応するしかなかろうな」
ケイシスタル姫はそういって頷いた。
今後、スデスラスの状況がどのように変化するのか予測がつかない、というのはそのままの意味であったが、ケイシスタル姫にしてみれば、この時点ではアポリッテア姫の口から直接的に資金援助の約束を貰えれば上等である、という意識が強い。
どのみち、これ以上に詳しいことは、スゲヨキとか解放軍側の者とスデスラス側の財務担当者が相談した上に決定することになるわけで、この場で詳細を詰める必要もないのである。




