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即席の救世主?

 ハザマ・シゲルは、生肉を手で支えて、火であぶる。

 火が通った部分から小刀で削いで口にするつもりだった。

「これから……ですか?」

 ハザマ・シゲルが声をかけた娘たちは、トエスとハヌンと名乗った。

「村に、帰れるの?」

 ハザマ・シゲルは、短く問いかける。

「帰っても大丈夫なようだったら、なんとかして送っていけるように手配するけど……」

「本当ですか!」

 ハヌンの声が大きくなる。

「ま、打算込みなんだけどね」

 ハザマ・シゲルは、焼けた肉の表面を小刀で削ぎながら、苦笑いを浮かべる。

 確かに臭いがきつい肉だったが、我慢できないこともない。

「みんなを救っちゃったのはいいけど、このまま救い続けるのには圧倒的に物資が足りない。

 人数が人数だし、食料は当面森の中で狩りかなんかしてしのぐにしても……それ以外の道具や必需品が、全然足りてない。

 衣服とか、食器とか、さ……。

 いつまでも肉ばっかりでは食生活も偏るだろうから、穀物や野菜類もどっかから仕入れたいし……」

 トエスとハヌンは、こくこくとうなづく。

 周囲の状況を一瞥すれば、その程度のことは誰にでも推測がつく。

「で……助けだした人たちのうち、帰れるところがある人たちは順々にお帰りいただいて、そのかわりといってはなんだけど、各所と繋ぎを持って、必要なものを仕入れたりしたい。

 幸い、あの犬頭たちはおれのいうことは聞くそうだから労働力は余り気味だし、ため込んだお宝もあるしで、護衛と代金はどうにかなりそうだし……」

「……お前様よ。

 ようやくまともに会話ができるようになったかと思えば、面白いことをいいだしたな」

 いつの間にかそばに来ていたエルシムが、ハザマの横に座り込んだ。

「なんだ、つるぺたエルフのエルシムさんか」

「いかにもわたしはエルフであるが……つるぺたとはなんだ?

 いや。いわずともよい。語感からいって、蔑まれているような気がする」

「あっ、そ。

 で……どうです? この案」

「どう……と、いわれてもな。

 ヒトの習俗には明るくないので、どうともいえん」

 エルシムはハザマの手元から素早く焼けた肉片を手づかみで取り、自分の口の中に放り込んだ。

 とたんに、ハザマは実に情けない表情になる。

「われらエルフの場合はだな。

 集落自体がすでに移動しているはずだから、帰ろうとしても帰る方法がない。

 仮に帰ることができたとしても、他種族と交わった者とわかれば孤立するだけだな。

 つまり、帰る必要がない」

「……エルフって草食だと思っていた……」

「腹が減ってはなんとやらというであろう。

 戒律に縛られているわけでもなし、他に食べるものがなければ選り好みのしようもない」

「まったく。

 生きていていればこそ、なんですけどねえ」

 五十日に渡るサバイバル生活を経験したばかりのハザマの相槌には、実感が籠もっていた。

「で……ヒト族の場合はどうなのだ? 娘たちよ。

 来た村の場所なら、犬頭人を頼ればおおかたの検討がつくはずであるが……」

「いきます! 帰ります!」

 ハヌンが声を大きくする。

「……わたしは……。

 少し、考えさせてください」

 トエスの声は、対照的に今にも消え入りそうだった。

「帰ると、なにかやばいことがあるの?」

 無遠慮に、ハザマは問い返した。

「やばいというか……」

「トエスは義理の父親と二人暮らしだから」

 ハヌンが軽蔑もあらわに、吐き捨てるように説明した。

「貧しい家だし、このことがなくてももうじき売られるんじゃないかって噂になっていたし。

 でも、犬頭人に拐かされた今となっては、どこにも売れないでしょうけど……」

「トエスさんのところ、DV家庭なの?」

「で……でぃ、びぃ……ですか?」

「つまりさ、お父さんに乱暴されたりしていたの?」

「そんなことはありません!

 父様はよくしてくれます!」

 反射的に、トエスは叫んでいる。

「でも……うち、お金がないから……。

 早くなんとかしないと……来年分の種籾も税で持って行かれちゃって……」

「うん。わかった。

 じゃあ、トエスさん買っちゃおう」

 ハザマが軽くそういってのけたので、その場にいた全員がぎょっとした顔をしてハザマを振り返る。

「従業員? 奉公? 奴隷?

 こっちの習慣ではなんというのかよくわからないけど、一定期間働いて貰う代償として、トエスさんのお父さんにそれなりのお金を払う。

 それでいい?」

「いい……と、いうか……。

 そうして貰えますと……大変に助かりますけど……」

 トエスは、戸惑ったように声を震わせた。

「あら。

 よかったわね、トエス」

 ハヌンの機嫌もよさそうだ。

「その点、わたくしは村長の娘ですから!

 生還してもなんの問題もございません!」

「ああー。

 この子、こういうキャラかぁ……」

 ぽつりと呟いたあと、ハザマは、

「それでは、ハヌンさん。

 もう少し準備を整えてから他の希望者の娘さんたちと一緒に送っていきますから、そのときにでも、余っている穀物とか生活用品を融通してくれるよう、村長さんに口をきいてもらえませんかね?」

「おやすいご用ですわ!」

「それじゃあ、ハヌンさん。

 同じ村の人たちを集めて、帰りたいかどうか意志を確認しておいてください。

 皆を取りまとめるのは村長の娘さんが適任でしょう」

「任せてちょうだい!」

「トエスさんは……手があいたらでいいんで、何名か希望者を募ってあっちのお宝の集計をお願いします。

 硬貨の数だけでも把握できれば、今後やりやすくなるんで……」


「……なにをするつもりだ、あの男……」

 遠目にそうしたやり取りを観察していたはぐれエルフのファンタルは、強い戸惑いをおぼえていた。

 犬頭人を皆殺しにし、率先して猪頭人に立ち向かった男と同一人物とは思えない振る舞いだ。

 一体なにを考えているのか、まるで想像ができない。

 通常であれば……一度異族に捕らえられた女衆は、死人も同然だとされる。好んで救い出そうとする者はいないし、なにかの間違いで命を長らえたとしても、不浄の者として一生日陰者として扱われる。

 そうした常識もわきまえていないとなると……やつがどこから来たのか知らないが、よほど遠い場所から飛ばされてきたのであろう。

 ハザマの境遇は、ここに居合わせた者たちにはおおむね、「なんらかの転移魔法の巻き込まれた」ものとして理解されている。そもそも、「別の世界」どころか、「世界」という概念すらない。

 空の下、大地の上、自分たちが棲む空間を総括して形容する語彙がない。「異世界」という概念を理解できるはずもなかった。

 例外的な存在として、巫女であるエルシムのみが、ハザマ・シゲルなる男の「異質さ」を直感的に理解していたわけだが……そのエルシムにしても、なにがどう「違う」のか、詳細に他者に説明するのは不可能なのだった。


「こんな森の中に、新しい村でも立ち上げるつもりか……」

 もう一人、ハザマ・シゲルのやりようを観察して不審に思った者がいる。

「なにか考えておるのか、まるで読めん」

 黒旗用兵団副長、ガルバスだった。

 ガルバスは、あることを報告するついでに、ハザマの意見を聞くために近寄っている最中だった。

「……ちょっといいか? ハザマ・シゲル」

「なにかな? 団長さん。

 なにか問題がありました?」

 ガルバスは黒旗傭兵団の副長であり、決して団長ではない。

 しかし、この場にいる傭兵たちを仕切っているのは事実であり、初対面のハザマに自分の肩書きを訂正させるのも詮無きこととそのまま放置していた。

「問題というか、その……あの洞窟の中に残っている女たち、な。

 半分は衰弱が酷くて、助かる見込みはない。

 もう半分は、その……」

「もう半分は?」

「臨月か、明らかに孕んでいる。

 いずれにせよ、大半は動かせる状態ではない」

「……うん、把握した。

 おれがいこう」


「お前様、どうするつもりだ?」

「いって、実物をみてから考えるよ」

 エルシムの問いに答えるハザマ・シゲルの口調は、あくまで軽快だった。

 その背後には、ガルバス、ファンタルら、傭兵たち。

 それに、リンザ、トエス、ハヌンら、すでに救助されていた女たちのうちの幾人かも、同道している。

「いいのか、おぬしら」

 ファンタルが娘たちに確認する。

「これより先は、おぬしらが目にするのには少々厳しい情景となるわけだが……」

「あんただって同じ女性じゃない!」

 ハヌンが、真っ先に反発した。

「この手のことで、ヒトの子とエルフを同列に扱うのは間違いだ」

 ファンタルは、平然と指摘した。

「この耳目を経由してきた情景の量が、圧倒的に違う。

 どうせ短い生涯しかおくれぬおぬしらなのだ。

 むざむざ好んで目に厳しい情景を見ることもなかろう」

「でも……しっかりと見届けて、伝えなければ……。

 わたしたちが、そうなっていたのかも知れないのだから……」

 気丈に答えたリンザの顔をまじまじと見つめ、なぜか、ファンタルは露骨に目線を逸らす。


 据えた臭いが、あたりをおおっていた。

「……これは……凄いな……」

 ハザマ・シゲルが、軽く眉根を寄せた。

「五十人……いや、もっとか?」

「ここに集められているのは、衰弱して動けなくなっている連中だな」

 ガルバスが、説明する。

「他に、妊婦を集めている区画がある」

「はい、はい」

 ハザマ・シゲルは手前に寝そべっている女の間近に膝をつき、はなしかけてみた。

「もしもーし。

 聞こえてますかぁ?」

「無駄だ」

 エルシムが、堅い声で断言した。

「答える元気も残っておらぬ」

「……まばたきくらいは、できるんじゃね?」

「それがどうした?」

「じゃあ、さ。

 エルシムさん。

 これからいうことを、例の心話ってやつでこの場にいるみんなに伝えてくれないかな?」


『われらは、お前たちを救いに来た。

 しかし、おおいに辱めを受け、その救いをよしとせぬ者もいよう。

 これよりお前たちのそばに近寄って、一人一人の意志を確認してまわる。

 その者の問いかけられたとき、救われることを願うものはまばたきを一度。

 安らかに黄泉へと旅立つ者はまばたきを二度せよ。

 後者の意志を確認した場合、苦痛なき旅立ちを約束する』


 ハザマ・シゲルは一人一人の枕元にかしずいて耳元にささやき、その後、顔を確認してから、大部分の女たちの喉元に刃先を突き込んだ。

 ハザマが連れていたトカゲもどき……バジリスク、略してバジル。ハザマの郷里に伝わる、伝承の中の、凶眼持ちの怪物であるとか。そのバジルのおかげで、苦痛は完全に麻痺させているらしい。

 ごく少数が生き延びる意志を提示して、傭兵たちや犬頭人たちの手によって、外に運び出された。衰弱が酷い者が大半で、これから介抱したとしても、回復するかどうかはかなりあやういところであるが……ともかくも、彼女らはそうすることを選択したのだ。


 まず最初に、リンザがハザマ・シゲルのおぞましい仕事を手伝いだした。

 続いて、トエスが、ハヌンが、その他、様子を見についてきた娘たちが、ほぼ全員、ハザマ・シゲルと同じように、衰弱した娘たちの意志を確認して介錯をしていく。


 厳粛な雰囲気の中、作業は最後まで滞りなく進んだ。

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