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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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ビゲジア王国軍の撤退戦

 数ある戦闘の中でも撤退戦はもっとも心身を消耗するものであるとされている。

 基本的な前提として、成功しても味方の生存者数が確保できるだけで得られる戦利品はなし、失敗したら自分の命がないという局面では士気のあがりようもない。

 なにより、いつ敵兵に追いつかれるものかと心配しながらの行軍では普段の数倍気疲れをする。

 ビゲジア王国軍は目下、そうした過酷な撤退戦を敢行中であった。

 これは情勢の変化を読み取ったドメスト・ビゲジア王子の指示による。

 ビゲジア王国軍の中にはその判断について内心で不服に思う者も決してすくなくはなかったのだが、本国のビゲジア王国からこれ以上の支援を望めない現状ではこれまでに占拠してきた領地を長期間に渡って維持することなどできようはずもなく、結局は遅かれ早かれ占拠した土地を放棄して身軽になり、次の身の振り方を考えるのが上策なのではないかという意見に説き伏せられた形であった。

 確かに、これ以上執拗な抵抗をしてより深刻な打撃を受けるよりは、まだしも余力があるうちに方針を転回しておく方が、傷は少なくて済む。

 というのが、ビゲジア王国軍の中でもより冷静な者たちの意見であった。

 これまでに獲得した領地を早々に手放すのはよしとしても、それで次に手を結ぶのが解放軍であるという選択についてはまた賛否が別れるところであったが。

 スデスラス王国内に派遣されたビゲジア王国軍の最高責任者であるドメスト王子が、ほぼ独断により解放軍に下ると明言し、全軍にむけて号令を出してしまった。

 基本的に軍隊という組織はトップダウンの命令には逆らえないように出来ているので、最高責任者であるドメスト王子が一度命令をくだしてしまったら、下部の者に多少の異論があったとしてもそれを覆すことはできない。

 そんなわけで、かなり広い地域に散らばっていたビゲジア王国軍は早急に身辺を整理して、一斉に解放軍の勢力圏内にむけて移動をしている最中であった。


 そうしたビゲジア王国軍の動きは、周辺の敵対勢力にもすぐに知られるようにところとなった。

 つい先頃、つまり解放軍が本格的に稼働しはじめるまで、スデスラス王国内の情勢は一種の均衡状態にあったわけだが、最近ではその緊張を孕んだ均衡はかなり崩れている。

 各勢力は共通して、周囲の動きに敏感になっていた。

 具体的にいうと、ビゲジア王国軍の占拠地と隣接している

 ドラジア、ゴロジオ両王国軍と、それにベズデア連合軍が異変を察知して隣接した部隊が動き出していた。

 まだビゲジア王国軍の動きがなにを意味するのか、それを確認するために探りを入れてきている程度の感触であったが、それでも真相にたどり着くのも時間の問題であろう。

 今の時点で各勢力が本格的にビゲジア王国軍が占拠していた地域に侵攻していないのは、まだビゲジア王国軍がどれほどの規模で軍を引いているのか確認できていないからだった。

 そうした敵対勢力たちはまだ解放軍のような即時的に情報を伝達する手段を持っていないので、現場の部隊が確認した情報が中央の司令部に届き、さらにそれを分析して結論を出すまでにまだいくばかの時間が必要となる。

 そうした敵側の動きの遅さに現在は助けられている形であるが、ビゲジア王国軍としてその猶予を活かして今のうちにせいぜい距離を稼いでおかないと自分たちの身の安全が不安になる、という形であった。

 同時に、ドメスト王子の申し入れを受け入れた解放軍の方も即応してくれ、ヴァンクレスやエセルなどの部隊を動かして様子みがてらにビゲジア王国軍を追って来た敵の部隊を潰してくれているということであった。


 全般に、動きが速い。

 ドメスト・ビゲジア王子が解放軍について感心したのは、まずそのことについてであった。

 解放軍の代表者たちとの会見が終わってからいくらもしないうちに、解放軍は大勢の兵士や人足を送りつけて、ごく短時間のうちにかなり大規模な野営地を設営してしまう。

 それとほぼ同時に、次々と荷物が届いて木枠と板で出来た仮置き場の上に山積みにされていくことだった。

 そうした荷物は麦を入れた袋や防水布に包まれたパン、それに円柱形の金属などで、聞けばそのほとんどは兵糧であるという。

 木製の仮置き場は「パレット」、円柱形の金属は「缶詰」と呼ぶそうだ。


「パレットは、ですね」

 解放軍の代表者としてやって来たスゲヨキは早々に帰ってしまい、あとに残された二ライア・ガンガジル姫が説明してくれた。

「見たとおり、大きさが何種類かあって、それぞれに規格化されているわけですけど。

 こういう場所では単なる仮置き場としてしか使えませんが、船着場とかでは起重機を使用して一気に荷物を吊りあげて、船から直接馬車の上などにがーっと移したりするんです」

「……荷物を、一気に、ですか」

 目を丸くして、ドメスト王子は応じる。

 正直なところ、起重機なるものがどのような機構なのか、まるで想像できなかった。

「あー。

 口で説明しただけではわかりづらいですよねー」

 二ライア姫は、そういう。

「鉄でできた櫓から腕が伸びていて、その先に鎖が垂れていて。

 その鎖で荷物を吊るんですが」

「鉄と鎖ですか」

 ドメスト王子は首を捻る。

「そうすると、かなりの重量になりますね。

 そのように重いものを、どうやって動かすのですか?」

「滑車や歯車をうまく組み合わせた上で、人足たちや牛に鎖を引かせるわけです」

 二ライア姫はそう説明をする。

「そうすると力をかける方向が違ってくるので、 意外に楽に作業ができるわけです。

 なにより、荷物を積むときからパレットを利用していれば、船に積むときも船から荷物を降ろすときも一気に行けるようになり、 作業時間を短縮することができるわけです」

 そう説明をされたところで、ドメスト王子はますますそうした場面を想像することができなかった。

 微妙な顔つきになったドメスト王子を見て、二ライア姫は、

「アボレテの沼地まで行けば、実物はいくらでもご覧になれますから」

 といった。


 それ以外に、二ライア姫は缶詰についても説明をしてくれた。

「これについては口で説明するよりも、中身を確認して貰った方が早いと思います」

 ということで、その缶詰を開封して中身を調理する場面を実際に見せてもらう。

 調理といっても、蓋を開けて缶詰の中身を大きな鍋にあけて、加熱するだけだった。

 この加熱の際にも、解放軍は燃料を使用せずにいちいち魔法で加熱をする。

 燃料を節約すれば、それだけ余分な荷物も減るからそうしているということであった。

 中身を吐き出した缶の方は、洗ってまた再利用するのだという。


「つまり、調理済みの料理をこの金属筒の中に密封するわけですか」

 ドメスト王子はいった。

「中でも腐ったりしないんですか?」

「密封する際にも加熱処理をすると、まず腐らないそうです」

 二ライア姫はいった。

「理論上は数ヶ月とか、条件がよければ年単位でそのまま保存できる場合もあるとかで」

「それは……」

 ドメスト王子はいった。

「かなり、画期的ですね」

 兵糧としての利用価値も高いわけだが、それ以上にこうした保存方法が普及すれば食糧事情なども一変してしまう。

 この缶詰があれば、よく実るけどすぐに腐ってしまう作物などが、一年を通して食べられるようになるわけで。

 そうなってしまえば、農業事情もかなり変化してしまうだろう。

 場合によっては、主食である麦よりもお金になりそうな、嗜好品的な作物ばかりを栽培する農家も出てくるかもしれない。

 缶詰がもたらす可能性をざっと想像しただけで、ドメスト王子は目眩がするような気分になった。

 解放軍とは、いや、その背後にある洞窟衆とは、事前に想像していたよりもずっともの凄い集団ではないのか。

「この缶詰という兵糧は、解放軍では日常的に利用されているのでしょうか?」

 ドメスト王子は二ライア姫に訊ねた。

「なにかと便利ですし、それに最近ではあちこちで作っていて入手や調達が容易ですから、解放軍ではかなり頻繁に利用しています」

 二ライア姫はいった。

「いえ、順序が逆になるのでしょうか?

 このスデスラスにおいて消費が増えることを見越して、各所で缶詰の生産が活発になった、というべきなのでしょうか。

 いずれにせよ、缶詰の生産量は増える一方であり、そう遠くはない将来には解放軍以外の場所にも出回って行くものと予測されます」

 なんというか、容易にスケールが想像できないような内容だな、と、ドメスト王子は思う。

 解放軍を頼ったのがいい判断であるのかどうか、この時点では結論を出すことができなかったが、少なくとも解放軍を敵に回さなかったのは正解なんだろうな、と、ドメスト王子はそんなことを考える。


 ドメスト王子も別に解放軍の相手ばかりをしていたわけではない。

 なによりドメスト王子はビゲジア王国軍の命運を握る最高司令官でもあったわけで、なによりも自軍のために働くことを優先させていた。

「安全な地域まで後退して来た友軍には、至急連絡が取れる態勢を整えるように」

 ドメスト王子はそう命令をくだした。

 より具体的にいうのならば、解放軍より提供された通信タグをこの近くまで来た部隊から順番に配るように、という意味であった。

「その上で、各兵員の損傷を考慮し、負傷者は後方に搬送し、健在な者は十分に休養をさせた上で部隊を再編成し、そののちに撤退中の友軍の救援にむかわせる」

 解放軍ばかりに撤退中の友軍支援を任せるわけにいかないし、なにより、多少目減りをするとしてもビゲジア王国軍はそれなりの兵数を有している。

 これが順番に反転して追撃に来ている敵軍と衝突するようになれば、なかなかいい戦いができるはずだと、ドメスト王子はそう考えた。

 解放軍側もその判断を支持して、各種の補給物資を提供してくれることを約束してくれた。

 今のうちからビゲジア王国軍が少しでも役に立つことを解放軍側にアピールしておかないと、肩身が狭くなるばかりだしな、と、ドメスト王子ははそんなことを考える。


『なによりも優先させなければならないのはビゲジア王国軍将兵の身の安全なわけですが』

 通信を介して、アボレテ方面に居るとかいうネレンティアス皇女はドメスト王子にそういった。

『もしも余力があるようであれば、周辺地域に通信のための中継タグを敷設していって欲しい。

 この中継タグをうまく敷設できれば、それだけ通信可能地域も広がって今後の作戦行動も、より自由なものになる』

「わかります」

 その言葉に対して、ドメスト王子は即座に頷いて見せた。

 遠隔地と時差なくやり取りできることが、軍にとってどれほど重大なことか。

 少しでも従軍経験と想像力があれば、 誰にでも理解できるはずであった。

 実際、解放軍の敵対勢力たちは、解放軍の反応のよさにまるでついて来れていない。

 この差が埋まらないかぎり、敵対勢力たちは解放軍にいいように鼻面を掻き回されて終わるのではないか。

 潤沢な補給物資とそれを戦地にまで送り届ける輸送能力、連弩などの新奇な兵器もなるほど脅威ではあるのだろうが、この通信網だけは他の勢力が逆立ちしても解放軍に追いつけない、決定的な差異になるのではないか。

 ドメスト王子はそんなことを考えはじめている。



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