捕虜の扱い
あとの詳しい打ち合わせはタマルとメキャムリムに任せ、ハザマは中座することになった。
リンザから、「人質として連れてきた敵軍高官が、ハザマに会いたがっている」という伝言を受けたからだ。
本来であれば、大貴族の令嬢を放置しておいて別件に赴くのは礼儀から外れる行為だったのかも知れないが、メキャムリムは用件を聞くと、即座に、
「そちらの方を優先に」
と、いってくれた。
……単純に、詳しい内容はタマルと直接詰めた方が早い、と判断しただけなのかも知れないが。
「……先方はどうも、待遇に不満がおありのようです」
「待遇、ねえ……」
捕虜の元へ向かう途中、リンザがそう耳打ちしてきた。
ハザマとは違い、すでに無粋なレザーアーマーを脱いで普段着に着替えている。
「……こっちでの、平均的な捕虜の扱い方ってのは、どういうもんなんだろう?」
「……さあ?」
リンザも、首を傾げた。
ついこの前まで平凡な村娘でしかなかったリンザが、戦場での作法など知るはずもない。
「ファンタルさんあたりなら知っているんだろうが……」
そのファンタルは、ハザマが想像していた以上に「伝説の傭兵」として名が売れていたらしく、仕官先や出世を求める連中に乞われて教練を開始していた。
あのシゴキを自ら進んでやりたがるというのは、ハザマからすればどうみてもMにしか思えないのだが、教える側も教えられる側も満足しているようだからそのままにしている。
「……栄えあるグゲララの部族長であるこのわしをいきなり縄で縛るとは、何事か!」
その天幕に入った途端、いきなり怒鳴りつけられた。
見ると、バジルが「二番目にうまそう」と判断した太った中年男が、顔を朱に染めている。
「でも、縛っていないと逃げるでしょう?」
「逃げるか!」
その「グゲララの部族長」は、また、怒鳴る。
「そもそも、こんな敵陣のまっただ中でどうしたら逃げられる?
それに、おぬしが奇っ怪な術でわしらの動きを封じておったときも、周りの景色は見ていたし、音も聞こえていた!
おぬし、ハザマとかいったか?
認めたくはないが、わしらを生け捕りにした手際、まずは天晴れである。
で、あるからこそ、このような縄を使ってこれまでの勝敗にケチをつけるような真似をするな!
あそこまで見事にしてやられた以上、無駄な抵抗はせん!」
「ああ、そうっすか」
ハザマは、投げやりに呟く。
「では、これから縄は解きますが、周りに見張りはつけさせて貰います。
うちには人間なんかより遙かに足が速い犬頭人が大勢いるので、逃げ出そうとしても無駄な試みに終わると思ってください」
「犬頭人、か。
そうだ。
おぬし、よくもあのような異族を手懐けたな!
異族と共存しようなどという酔狂な平地民なぞ、はじめて見たぞ!」
「おれは多分、そちらのいう平地民とやらではないと思います。
おれは、もっとずっと遠い、おそらく皆様が想像もできないような遠くから来た男です」
そういいながら、ハザマはリンザに「ここの見張りを増やせ」と指示し、人質たちの縄をナイフで切りはじめる。
「それで、遙か遠くから来たおれは、こちらでの習慣にはひどく疎いわけです。
ですから、ときおりなにか適切ではない行動をとるかも知れませんが、その辺はご容赦ください」
「ふむ。
わかればよろしい」
「グゲララの部族長」は、尊大な態度で頷いた。
「若い者を教導するのも年老いた者の勤め。
その素直さに免じておとなしくおぬしの俘虜となってやろう」
「そいつは、ありがたい」
ハザマは、苦笑いを浮かべる。
「ついでに、皆様の身代金を要求する先なぞをお教えいただけると、こちらとしては大助かりなのですが……」
「身代金? 身代金、か。
ふむ、そうさのう……」
「グゲララの部族長」は、眉間に皺を寄せた。
「……なにか問題でも」
「俘虜であるわしは、おぬしに協力したい気持ちは山々あれど……。
どちらかというと、身代金を支払う側でな。
他の一族の者が、あの川の向こうに残っておればなんとかやりようがあるのだが……」
「……まさか……」
ハザマは、ある可能性に思いあたって、覿面に顔をひきつらせた。
「ふむ。
わが一族は、老若男女総出で、あの陣から川にかけてを守っておった。
おぬしの奇妙な異能により、そのほとんどが捕らわれたとなると……身代金の請求先もなくなってしまうわな」
「……おい」
ハザマは、頭を抱えたくなった。
この展開は、流石に予想できなかった。
「他の部族が、わしらのために身銭を切ってくれるとも思えぬし……わしらの土地まで戻れば、なにかしら金目のものも準備できるのだが……そもそも、わしらの部族の土地はここから遙かに遠い。
身代金とやらを持ってここまで往復するだけでも、相応の日数が必要となる。
このいくさの最中に、おぬしは悠長に誰かが取って帰ってくるのを待っていられるものかね?」
「いや、わかった。
わかりました。
身代金の件は、またあとで考えることにしましょう」
ハザマは、この問題をとりあえず棚上げすることにする。
「それで、部族長さん。
捕らえられた者たちがほとんどあなたの配下であるということは……」
「配下、というのは少し違うな。
平地民はどうなのか知らぬが、わが部族においては、同年代の中で一番知略に秀でたと認められた者が、一代きりの長として選出される。
ゆえに、わしの長という地位も単なる肩書きでしかないし、他の部族民がわしの配下にあたるわけでもない」
意外と民主的なんだな、と、ハザマは思った。
「そちらの統治に関してはよく知りませんが、とにかくあなたなら、他の部族民たちをまとめあげることが可能なのですね?」
「然り。
それこそが、わしの仕事である」
「……では、部族の長であるあなた様にお願いしたいことがあります……」
そう前置きし、ハザマはつい先ほどメキャムリムに説明した事柄を詳細にはなしてみた。
「おぬし」
一通り、ハザマの説明を聞いたあと、グゲララの部族長は確認を求めてきた。
「わが部族に、おぬしら平地民にくみせよと申すのか?」
「どのみち、身代金が用意できなければ奴隷になるしかないはずでしょう?」
ハザマは、聞き返す。
「自分が生きるために必要な糧を自分で稼げる分、今いった提案の方が、待遇的には幾分か、マシなハズです。
反抗的な態度を取らなければ、今後も必要以上にそちらの民を束縛しないよう、掛け合ってみましょう」
「……部族民連合を、裏切れと申すか?」
「そちらの政権に対するに義理立ては、おれが知ったことではありません」
ハザマは、その問題を、そういって切り捨てた。
「でも、こうして捕虜になって身代金も用意できない以上、そちらもおれたちの意向を無視することはできないはずでしょう?
おれとしては、これでもかなり譲歩して、一番穏健な待遇を提案しているつもりですが……」
正直にいってしまえば、財産として奴隷を抱えるのも、それなりの維持費がかかるのだ。
ましてや、負傷者多数も含めた数百数千という奴隷ともなると、なかなか面倒をみきれるものではない。
自立して、自分の食い扶持は自分で稼ぐようになってくれるのなら、まだしも利用のし甲斐があるのだった。
「……そちらさえよければ、なるべくそちらの部族民の方々が散逸しないよう、上の者に交渉してみますが……」
「……一時の恥辱さえ堪え忍べば、まだしも再建の機会を待てる、か……」
グゲララの部族長は、数秒目を閉じて考え込んだあと、顔をあげてそういった。
「よかろう。
そちの意見に従おうではないか。
わしは、グゲララ族のバジャスという。
おぬし。
頭にトカゲを乗せた奇妙な男よ。
おぬしの名は、なんと申す」
「ハザマ・シゲル。
ここでは、洞窟衆のハザマで通っています」
「……と、いうことになりました」
ハザマは、タマルとまだ残っていたメキャムリムとに、グゲララ族のバジャスとの会談の内容を伝えた。
「大勢の捕虜を一括して管理してくれるというんだから、それなりに重宝するだろ?」
「……それで、その族長さんのこと、本気で信頼しているんですか?」
タマルが、なにかいいたげな目つきでハザマに確認してくる。
「まさか」
ハザマは、即座に否定した。
「利用価値があるうちは、利用する。
むこうだって、そう思いながら裏切る機会を狙い続けるさ」
「そうですか」
タマルは、安心した顔をして頷いた。
「そう思っているんなら、よかった」
「ちょっと待って!」
今度はメキャムリムが、ハザマに話しかける。
「つまり……あなたは、いつ寝返るかわからない集団をこの野営地に抱え込め、と……そうおっしゃいますの?」
「そうなるな」
ハザマは、あっさりと頷く。
「武装解除はするだろうし、仮に今すぐ反乱だの脱走などをしたところで、成功する確率はとても低い。
それぐらいのことはむこうさんも弁えた上で、しばらく雌伏の期間を過ごす選択をしたのだろうよ。
今すぐむこうに帰ったとしても、歓迎されるとは思わないし……」
「……逆に、こちらに寝返ったと思われるのがオチですわね……」
捕虜になりました。でもすぐに解放されました……では、絶対に、怪しまれる。
メキャムリムが山岳民側の人間なら、必ずそういう疑念に駆られる自信があった。
「つまり、少なくとも今すぐに裏切ることはないってこった。
だったら、捕虜として無駄飯を食わせておくよりも、せいぜいこき使ってやる方がいいんじゃね?」
ハザマの論理は、実に明快であった。
「理解しました」
メキャムリムは、そう答える。
「あなたの考え方は、理に適っていると認めます」
「まあ……あの人たちに、優先的にやってもらいたいのは……」
「……できるかできないかっていったら、そりゃ、できるけどぉ」
架橋作戦時に発生した重傷者の始末がちょうど一段落したばかりのムムリムは、ハザマの相談にそう答えた。
「というか、洞窟衆の女たちは、普通にそういうことを経験したわけだしぃ。
……そうね。
こっちとしても、使える人手が増えるのは歓迎することだし……。
でも、本当にいいの?
いつまた寝返るかわからない人たちに、回復魔法とかお薬の処方を教えちゃっても?」
「別に構わないよ」
ハザマは、肩を竦める。
「この戦争には、おれは成り行きで王国側に荷担しているわけだけど、王国にはなんの義理もないわけだしな。
敵味方がどうこうっていうより、使い物になる知識やスキルはどんどん広めていった方が、みんな、助かるでしょう?
長い目でみて、さ」
「……相変わらず、妙なところで読めない発想をする子ねえ、ハザマくんって……」
ムムリムは、目を細めてハザマの顔をしげしげと見つめた。
「いいわ。わかった。
どのみち、薬品類も不足しているし、回復魔法の使い手を増やす必要はあったの。
その、グゲララ族だっけ? その人たちにも、回復魔法、医術や薬学も含めて、順次教えていくことにします」
「おう。頼みます。
ある程度知恵をつけてくれれば、ムムリムさんたちの負担も減ってくると思いますので」
「そうなるといいけどね。本当に」
タマルとの打ち合わせを終えたメキャムリムが侍女のリレイア、それに、洞窟衆の荷物持ちを何十名か引きつれて、ブラズニア公の天幕へと帰って行った。
「結局、ツケで買っていったの?」
ハザマが問うと、
「ツケというか、代金をすべて借金になさりましたね」
タマルは、借用書をひらひらさせながら答える。
「その方が、こちらも金利を得られるからおいしいんですけど」
ブラズニア公家と違い、ハザマら洞窟衆は、それほどの極端に現金をかき集める必要に迫られてはいない。
この戦場においては、他にろくな商売相手がいないので、どんな商品でも持ってくる端から売れていく。
洞窟衆にとって、この戦場は、空前の売り手市場といえた。
「医療所で、かなり赤字を作っていますけど」
「あー、まーなー……」
ハザマは、天を仰ぐ。
「……ある程度は、予想していたことだけど……。
そんなに、損になっているのか?」
「売ればそれなりに高価な薬品類がすぐになくなってしまいますからね。
それに、人件費も考慮すれば、かなりの損害になるかと……」
タマルの回答は、明瞭であった。
「……でもまあ、領地持ちの貴族の子弟とかには治療費を請求できますし、現金の持ち合わせがない傭兵や下級貴族には、ちゃんと借用書を発行していますし……そんな極端な赤字にもならないと思いますよ。
将来的には。
敵兵の治療費に関しては、回収する目途がたっていませんが……」
「敵兵のうち、グゲララ族の分に関しては、働いて返させるよ」




