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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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アボレテ沼地の周辺事情

 アボレテ沼地の周辺部も、今では解放軍の主要な拠点と成っていた。

 水運上の利便性がよく、なによりもかなり早い段階でベズデア連合の大軍を制圧したことにより、地元住民の強い支持を得ている。

 協力的な住民たちの手助けを背景に、解放軍はここを物流と人員管理のための拠点としていたわけだった。

 なにしろこの周辺は他国の軍勢が複数ひしめき合う激戦区であり、にも関わらず解放軍は平然と沼地の周辺から撃って出て、かなりの人数の捕虜を連れ帰ってくる。

 そうした膨大な捕虜を振り分けて適切な仕事を割り振るのもかなりの手間となったが、これについては洞窟衆から派遣されてきた教官に指導された者たちが総出で対処していた。

 それ以外にも、各方面に搬送するやはり膨大な物資の手配、その物資を運ぶための人員の確保なども、やはり洞窟衆の者たちから指導を受けた人員が手早く、機械的に作業している。

 仕事量こそ多いものの、そうした仕事をこなしているうちに管理を担当する人員が仕事をおぼえていくという側面もあり、実務的な面においてはさほど心配をする必要はないようだ、と、ニライア・ガンガジル姫はそんなことを思う。

 ニライア姫本人は、そうした実務には関わらず、諸外国との交渉窓口を担う者としてこの土地に待機をしている形であった。

 とはいえ、この時点でその交渉が実際にはじまっているのはベズデア連合のみであり、お世辞にも多忙とはいえない身だったが。

 そのベズデア連合とのやり取りも、仰々しい言葉遣いで修飾された露骨な身代金の値切りと期限引き伸ばし要求ばかりでり、ニライア姫の方もやはり定型的に修辞された文言で恫喝混じりに、

「そちらの要求を飲むことはできません」

 というだけの素っ気ない内容を送り返すだけであり、実に簡単な仕事といえた。


 洞窟衆から与えられた仕事についてはそんな調子だったので、暇を持て余したニライア姫は今回のスデスラスの内戦についての資料も集めはじめていた。

 なんといっても、現在のニライア姫の立ち位置ならば黙っていても重要な情報をリアルタイムで追うことができたし、そうした位置に居るのにも関わらずなんの記録も残さないことに対して罪悪感じみた感情を持つようになっていたからだ。

 以前、ごく短期間のうちに各方面に取材をして、ガンガジル動乱についてのまとめた経験からいっても、こうした複雑な騒動の内情について、ついつい、なんとか記録を残せないものだろうかと気になってしまうのだった。

 今のところ、解放軍は勢いを増しつつあるようだが、スデスラスの前国王が旗揚げをして軍を起こすなど、状況は常に流動的であり、まだまだ先の見通しが立たない部分がある。

 バジルニア経由の情報によると、どうやらムノライ王国がスデスラスから兵を引きあげるのは確実なようであるが、他にもスデスラスの国土を占拠している国は多い。

 このアボレテ沼地周辺だけでも、ドラジア王国、ゴロジオ王国、ビゲジア王国と実に三カ国もの占領地に囲まれている。

 これに撤退中だというムノライ王国とベズデア連合、それにワデルスラス公爵軍までもが国内に入り込んで多くの土地を占拠しているわけだから、スデスラスの状況もかなり複雑だといえた。

 そうした各国の軍勢の動きを把握できた分だけでも記録して、時系列順に整理をしていく。

 そうした地味な仕事を、ニライア姫はここのところ、自発的にしていた。


「なんだってそんな面倒なことを、わざわざなさるのですか?」

 あるとき、そういったのは、ニライア姫の弟にあたるダズモニル王子だった。

「重要なのは現在と未来、それだけでしょう」

「ですが、過去からは多くの教訓を学ぶことができます」

 ニライア姫はきっぱりとした口調で答えた。

「目の前のことに拘泥をするだけでは、遠い未来までを見通すことはできません。

 広い視野を持つためには、膨大な過去の経験を蓄積したものを丁寧に検分するのが一番の近道です。

 たとえば……そうですね。

 あなたは、ビゲジア王国がこのスデスラスに侵攻してきた理由を知っていますか?」

「噂によれば」

 ダズモニル王子は即答した。

「ドメストとかいう王子を厄介払いをするために、その他のビゲジアにとって目障りな貴族連中といっしょくたに体よく厄介払いをされてきたとか。

 跡目争いの結果、ビゲジアからはじき出された形であると、そのように聞いております」

「信憑性については保留しますが、一応、そういうことになっているようですね」

 ニライア姫は頷いた。

「以前、この沼地に居たビゲジア王国の貴族の方もそのようなことをいっていたそうです。

 そのことからもわかるように、各国にはそれぞれの事情や理由を持ってこのような侵攻を企てているわけです。

 そうした各陣営の内情を詳細にしておけば、将来的にも有利に立ち回ることができるとは思いませんか?」

「そりゃあ、そうかも知れませんが」

 ダズモニル王子は白けた表情になった。

「ですがそれは、手間暇がかかるわりには、随分と迂遠なやり方でもありますな」

「戦場の勝敗だけですべての雌雄を決する。

 国同士の関係も、すでにそんな単純な段階を通り越している気がするのです」

 ニライア姫はいった。

「現にハザマ男爵などはなによりも情報を重視しているわけですが、わたくしも最近、その考えがあたっているのではないかと思うようになって来ました。

 調べれば調べるほど、知るべきことを知っていれば十分に避けることができた争いは多いように思えてきます。

 今回の騒動によって、通信網を整備することの重要性を各国が認識しはじめたようです。

 そう遠くない将来には、すくなくともこのスデスラス周辺地域は競うようにして通信網の整備をはじめることでしょう。

 そうした風潮が強くなれば、従来であれば伝わるのに数日以上かかったような報せもほとんど時差がなく伝わるようになってくるはずです。

 そうした状況下で、国を治める側のものだけが旧態然とした意識の持ちようをしていたらどのようなことになるのか、想像ができませんか?」

「……それは」

 ダズモニル王子は、ここではじめて表情を引き締めた。

「確かに、予想以上に深刻な状況なのかも知れませんね」

「あなた方殿方は、すぐに誰が強いかとかそうした面にばかり注目するようですが、国同士の勝敗のつけ方は、戦場だけに託してしまえるほどに単純なものではありません」

 ニライア姫はそう続ける。

「本当に豊かな、強い国とは、一体どういった国であるのか。

 もっと本質的なことを、この機会に突き詰めて考えるべきでなのではありませんか?」


 アボレテの沼地に来て以降、バイデアル王子とダズモニル王子、二人のガンガジル王家の王子たちは、他のガンガジル王国軍兵士たちに混じって肉体労働に従事するかたわら、ときおり、ニライア姫が集めた文書類の整理を手伝っていた。

 ニライア姫のたっての願いを聞き届けた形であるが、一説によるとニライア姫はみずからの加護のちからを盾にして丁重な物腰で脅迫をした結果であるともいう。

 いずれにせよ、ニライア姫にしてみれば、ここで身につけた知識はいずれなにかの役に立つはずだという思いがあった。

 二人の王子のうち、バイデアル王子はダズモニル王子ほどには殊勝な性格ではなく、かなり頻繁にそうした労役から逃げ出して周囲をうろついているようだったが、ニライア姫はあえて放置していた。

 どこかに逃げ出したとしても、周囲はすべて敵地であり、結局はアボレテの沼地に帰ってくるしかないことを理解していたからであった。


 そのバイデアル王子は、加護の力によって驚異的な回復力をみせていた。

 くわえて、ハザマ領からやってきた医師たちが改めて診療をしたおかげで、ガンガジル動乱の際に折れ曲がったままであった鼻筋の矯正にも成功し、今では平時でも顔に包帯を巻くことなく過ごすようになっている。

 そしてヴァンクレスがこの沼地に帰還するたびにそのことを耳聡く聞きつけ、ヴァンクレスに挑戦してはあっさりと返り討ちに合うということを繰り返していた。

 この頃にはヴァンクレスも流石にこの大蛇に変身する王子の存在を認識していたのだが、その名前は相変わらずおぼえていないらしく、バイデアル王子が挑戦をするたびにヴァンクレスが名前を訊き返すやり取りはもはやこのアボレテの沼地の風物詩じみた光景に受け取られていた。


 さて、そのヴァンクレスたち解放軍の動向であるが、相変わらず果敢に、ときには通信可能域から足を伸ばしてまで周辺地域を占拠している三カ国の軍勢を挑発、交戦を繰り返していた。

 しかし、相手側の動きは以前よりはよほど慎重に、鈍くなっている。

 というのは、流石に度重なる交戦を経て、ヴァンクレスをはじめとする解放軍と交戦すると、被害が甚大であると気づきはじめていたからであった。

 たとえ迎撃のためであっても、以前よりはよほど慎重に動くようになっている。

 こうした傾向についてヴァンクレスは、

「面白くねえなあ」

 とのみ、コメントした。


 こうした解放軍が今の時点では敵地の奥深くまで攻め込んでいかないのは、通信網と輸送網の整備がまだまだ追いつかないからであった。

 それと、現在は三カ国の軍勢と同時に交戦しているであり、どこかに戦力を集中させると他の国からの反撃を受ける可能性があり、あまり積極的に攻勢に出られないという事情もある。

 常識で考えると、同時に三カ国の陣営と五角以上に渡り合えている現在の解放軍の状況は、破格であるともいえた。

 それも、ただ現状を維持することに汲々としているだけではなく、僅かではあったが解放軍の側がどちらかというと攻勢をかける姿勢をみせている。

 むしろ、いくら補給の心配がないといっても、これだけ不利な条件下で、いつまで戦意を失わずにじわじわと周囲の地域を取り込んでいっている解放軍の在り方の方が、規格外で非常識であるといえた。


「だがそろそろ、敵側もなんらかの手を打ってくる頃合いだと思う」

 そういったのは、ネレンティアス・シャルファフィアナ皇女であった。

 ネレンティアス皇女は、ここ最近はアボレテの沼地に在住して解放軍の動きを統括する役割を果たしている。

 ヴァンクレスをはじめとして実働部隊を率いてそれなりの戦果を見せる人員も揃いはじめているのだが、戦局全般を見通せるほどの将は、解放軍にはほとんどいない。

 だから、いざというときの防衛指揮官も兼任する形でネレンティアス皇女がこの沼地に腰を据えるのも必然的な成り行きではあった。

 ドラジア王国、ゴロジオ王国、ビゲジア王国。

 現在、沼地周辺の解放軍が直接相手にしている敵軍のうち、ドラジア王国軍、ゴロジオ王国軍はケイシスタル姫率いる解放軍の本隊とも交戦しており、残るビゲジア王国はスデスラスの西の端からじわじわと勢力を拡大しているベズデア連合軍とも交戦している。

 どの陣営も、それなりに苦しい状況にあるといえた。

 まともな軍隊ならば、補給もままならない敵地のただ中にあって、複数の勢力と同時に戦うことは避けたいはずである。

 ましてや、解放軍や前国王の親政軍の噂は今ではスデスラスの全土に鳴り響いている。

 いつ、占拠した土地の内部に居るスデスラスの住民たちが決起するのかわからないような状況であった。

 それぞれの内情は、かなり苦しいはずなのだ。

 本国に、さらなる戦力の追加を求める。

 近隣に居合わせた勢力と、期間や条件を限定した上で一種の同盟関係を結ぶ。

 など、そうした状況下では、各陣営が打てる手はいくつかあるものと予想できた。

 時期的に見ても、そろそろそうしたなんらかの動きがあってもいい頃合いだろうな、と、ネレンティアス皇女は読んでいた。

 やつら同士でいいように潰し合ってくれれば、こちらも楽をできるのであるが。


「ベズデア連合軍が、さらなる軍勢を送り込んできたそうです」

 ネレンティアス皇女の予想した通り、そんな報告が沼地にある解放軍本部に届いた。

「具体的に、どれくらいの規模になるのか?」

 ネレンティアス皇女は即座に訊き返した。

「大軍です!

 なんでも……五十万はくだらないとか!」

「なんとまあ」

 ネレンティアス皇女そういったあと、しばらくなにもいえなかった。

「あそこは人だけは多い国だと聞いていたが、それにしてもはりこんだものだ」

 五十万といえば、現時点での解放軍の人員すべてよりも多いくらいの人数になる。

 ベズデア連合軍以外の他の勢力も、それほどの人数を抱えている陣営はいないはずであった。

 うまく動かせば、スデスラス国内の邪魔な勢力を一掃しかねないだけの兵力であるといえる。

「やつら、どこまで本気でやるつもりだ」

 ネレンティアス皇女は、そう呟く。

「少なくとも、前国王の親政軍だけは本気で叩き潰すつもりのようです。

 関係各国に、そのような声明文が出されているそうで」

「身分制度を認めていないやつらの基準にしてみれば、旧来の王政を復活させようとする前国王はやはり気に食わんか」

 ネレンティアス皇女はいった。

「そのついでに、その他の有象無象も平らげてスデスラスの国土もできるだけもぎ取っていくつもりだろう」

 ベズデア連合軍と直接交戦しているビゲジア王国軍が、真っ先にその犠牲になるのではないか。

 と、ネレンティアス皇女は予想をする。

「しばらく、ビゲジア王国軍に圧力をかけてみてくれ」

 その上で、ネレンティアス皇女はそう命じた。

 現在、このスデスラスという盤上には、プレイヤーの数が多過ぎる。

 弱そうなプレイヤーに圧力をかけて、できるだけ早く盤上から退場してもらうように働きかけるのは、このようなゲームの定石であるともいえた。

 この指令に従う形で、解放軍はこれ以降、余剰戦力をすべてビゲジア王国軍が占拠する土地に差し向けるようになる。


 ヴァンクレスが率いる部隊はいつでも最前線で獅子奮迅の活躍をしていた。

 ヴァンクレスと同じ部隊に居ると、ヴァンクレスの戦いぶりに感化されて普段ならばやらないような無茶な真似もするようになるし、それでいて死傷者数は他の部隊もよほど少ない。

 この事実は解放軍はすでに広く知られており、そのおかげで、解放軍の中で一番危険な場所に飛び込むことが多いこの部隊に参加することを望む者はあとを絶たなかった。

 一度戦場に出て帰ってくれば、ヴァンクレス自身も決して無事というわけではなく、それどころか肩や腕などの所々に矢を突き立てた痛々しい姿である。

 そうした矢はプレートメイルの装甲の隙間に刺さっているわけであるが、不思議と急所は外していた。

 そして、当のヴァンクレスはというと、見た目の痛々しさに反して平然とした表情でそうした矢を掴んでは引き抜き、ガラム酒の瓶をあけて傷口に注いでは、出血が酷い場所を布で縛ったりしている。

 ヴァンクレスにしてみればこの程度の負傷をすることは日常茶飯事であり、手が空いたときに必要な処置は施すが改めて騒ぐほどのこともないようだ。

「今相手にしているのは、ビゲジアのやつらだったか」

 ヴァンクレスはいった。

「だったら、おれたちはこのまま進んでいけばいいんだな?」

「その前に、敵味方の混乱を静めておく必要はありますがね」

 そばに居たスセリセスが答える。

「もうすぐ後続の補給部隊が合流してきますから、捕虜などはそちらに引き取ってもらいましょう」

 これも、いつも通りの処置であった。

 今回の会戦は、ヴァンクレスが一騎で敵軍中深くに侵攻した上で、敵軍の指揮官を沈めるという形で収束している。

 敵味方に犠牲もそれなりに出て入るものの、交戦していた時間が極端に短かったため、正面からまともにぶつかり合った場合よりはよほど少ない範囲に収まっていた。

 ビゲジア王国軍の指揮官がヴァンクレスによって惨殺されたときの光景が衝撃的にすぎて、結果としてビゲジア王国軍の生き残っていた将兵は完全に戦意を喪失したのであった。

「その補給部隊と合流してメシを食って休憩をしたあと、おれたちはそのまま前進を続ける。

 それでいいんだな?」

 ヴァンクレスが確認してくる。

「いつもなら、ここいらで一度沼地に引き返せといわれる頃合いだが」

「今回の場合は、どのみち他の部隊も続々とこちらを目指していますから」

 スセリセスはそういって肩をすくめた。

「ぼくたちの部隊がさがっても、他の部隊がかわりに前に出るだけです。

 だったら、ぼくたちの部隊で少しでも敵軍を削っておいた方がいい」

「あとからいくらでも味方が追ってくるんなら、このまま進んでいいわけか」

 ヴァンクレスはいった。

「とっくの昔に、他の連中と連絡が取れない場所にまで出張っているんだけどな」

 継続的に複数の部隊があとを追ってきているのであれば、たとえ通信圏外の地域であっても孤立をする心配はしなくていいか、という意味であった。

「ビゲジア王国軍の使者と名乗る方が取り次ぎを求めております」

 そのとき、解放軍の兵士がヴァンクレスたちに声をかけてくる。

「今しがたまで交戦していた連中ではなくて、か?」

「ええ。

 なんでも、ビゲジア王国軍から、冒険者ギルドか洞窟衆に直接取り次いで欲しい案件があるとかで。

 こちらにお連れしてもよろしいのでしょうか?」

「さっさと連れて来い!」

 ヴァンクレスは怒鳴った。

「まずは相手のいい分を聞いてみないことには、なんともいえねえだろう!」



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