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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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ヌマルスの狂犬ども

 この時点で解放軍はかなりの大所帯となっている。

 地元スデスラスの住民はもちろんのこと、それ以外にもムノライ王国その他の捕虜となった敵軍兵士たち、他国からわざわざ渡ってきた、功名心にはやる陣借り衆、流民などがそれぞれの目的で冒険者ギルドに所属して忙しく働いていた。

 予想以上に登録冒険者数が増加したので、解放軍の本部では日々新たなクエストの立ちあげに苦労をしている。

 なにしろ国ひとつを丸々取り返すための作戦行動中なだ。

 その気になればやるべき仕事などいくらでもある状態であったし、事実、作戦案自体はいくらでも作成されていた。

 資金も人数も集まってくるようになったから、そうした作戦案の数々をクエストとしてまとめて順次実行に移している最中であった。


「にしても、一度に十以上ものクエストを毎日のように実行に移している状況は、どうしたもんかと思う」

 ケイシスタル姫はそういって苦笑いを浮かべる。

「一度に多方面に、分散して軍を派遣するのは愚策といわれているそうだが」

「確かに、戦力はいたずらに分散するよりは集中させた方がいいとされていますが」

 スゲヨキは冷静な声で応じる。

「今回は、侵攻ではなく奪回戦ですからね。

 こちらが勝てば勝つほど、影響圏が広がってスデスラス側の保安状況や経済状況も安定してきます。

 それに、通信があるのでなにか事があればすぐにでも応援の人員を差し向けることも可能な状況ですし、ここは押せ押せでいいでしょう」

 なにより、解放軍全体の空気がかなり好戦的な様子になっている。

 解放軍の関係者たちの間では、その周辺の支援者たちも含めて、新たな戦場を求める声が大きかった。

 その勢いに水を差すよりは、いっそ乗ってしまう方がよいと、解放軍の司令部は判断している。

 数多くの関係者たちに蔓延する雰囲気をうまく利用することは、こうした大規模な軍事行動の際にはそれなりに重要なのだった。

「まあ、不安要素がないのであれば、あえて反対をする理由もないのだがな」

 ケイシスタル姫は慎重な口ぶりでそういった。

「そちらの方は、大丈夫なのだろうな?」

「正直にいいますと、まるでないとはいえないのですが」

 スゲヨキは答えた。

「まず第一に、熟練した斥候役の不足。

 稼動部隊数が急増したため、敵情視察を行う人数が絶対的に不足してきています。

 そのため、これまでのように交戦前に確実な情報を得るよりも先に実働部隊が先行することが通例となっていまっています」

「以前よりも慎重さがなくなってきた、ということだな」

 ケイシスタル姫はそういって頷いた。

「それでは、損害が増えるばかりではないのか?」

「確かに、想定外の遭遇戦が発生してしまうと、それなりの被害が出てしまうわけですが」

 スゲヨキは開設をする。

「実際にはあまり大きな問題にはなっておりません。

 不利な状況に陥ったらできるだけすみやかに撤退をして友軍と合流し、体制を立て直すようにとの指示を全軍に徹底させています。

 それに、各方面に部隊を展開しておかげで、そうして敵軍と遭遇することによって、敵軍の位置と規模とが類推できるようになります。

 そうした前線に派遣された部隊は、一種の、威力偵察としての役割も果たしているわけですね。

 解放軍もここまでの規模になれば、それ相応の運用の仕方になってくるわけでして」

「大軍を運用するにあたっては、それ相応の方法があるということか」

 ケイシスタル姫は低い声で呟いた。

 具体的にいえば、多少の被害がでることは覚悟した上で、先へ先へと部隊を展開して、ぶつかる敵軍のすべてを片っ端から叩いていくということだが。

 十分な物資と人数、輸送網、それに通信による柔軟な部隊運用が前提にないと、成立しない方法論でもある。

 どこそこに敵軍の大部隊が存在すると判明したら、数日中にその場所へむけて敵軍をも圧倒するだけの人数を集めてみせる。

 そんな芸当が、現在の解放軍ならば可能であった。

 また、そうした状況でもなければ、宿場町マノラスを中心として放射線状に、多方面にむけて多数の部隊を派遣することなど、到底不可能であっただろう。

 解放軍は健在、この時代の軍隊としてはかなり非常識なほどの速度で開放した地域を全包囲にむけて拡張している最中であった。

「それに、どんどん部隊を編成して外へ外へと動かしていかないと」

 スゲヨキは説明を補足する。

「集まってくる人々すべてに仕事をあてがうことが不可能になり、解放軍の機能が麻痺していきます。

 そうでなくても戦時捕虜を取り過ぎているくらいなわけでして」


 現在、ケイシスタル姫が解放軍の本拠地として確保しているこの宿場町マノラスを攻略した際にも、解放軍は大量の捕虜を取ったわけだが、それに引き続いて陥落させたエラドノ城市でもさらに数十万単位のムノライ王国軍兵士を新たに捕虜としている。

 そうした捕虜たちも、捕らえた以上は飢えさせるわけもいかず、日々人数分の食糧や生活物資を消費していくわけであった。

 無為に飼い殺しにするよりは何らかの仕事を与えて有効に活用した方が経済的なわけであり、そしてそうした捕虜たちの労働力を無駄にしない一番の方法は、やはりそのまま戦場に放り込むことになる。

 解放軍が前線に配置する部隊の損耗を以前よりも気にかけなくなったのは、今では最前線の部隊のかなりの部分が、こうした戦時捕虜たちによって構成されているからでもあった。

 捕虜たちにしてみれば激戦区に送られればそれだけ危険手当が増え、奴隷身分から開放される日もそれだけ近くなり、解放軍にしてみればその他の解放軍兵士たちと比較しても、こうした捕虜たちは、損害を気にかけなくてもいい存在だということになる。

 現在のところ、こうした戦時捕虜の中ではムノライ国軍出身の兵士たちが比率として多かった。

 そのムノライ王国軍はといえば、まだ正式な声明こそ出してはいないものの、実際にはスデスラスから撤退しはじめているような動きを見せており、今ではほとんど解放軍と交戦することがなくなっている。

 それどころか。


「その戦時捕虜であるが」

 ケイシスタル姫はいった。

「本当なのか?

 さらに増えそうな成り行きだというのは?」

「本当です」

 スゲヨキはいった。

「ムノライ王国軍の各方面軍から、個別に、今は解放軍とは交戦する意思がないという報せを受けているわけですが」

 現場指揮官レベルの判断であるとはいえ、事実上、休戦を申し込まれているような状態であった。

 解放軍としても、他にも敵軍が存在する以上、今の時点では無駄に交戦をする意味もなかったので、そうした申し出に対しては素直に応じている。

「さらにいえば、部隊全体を、解放軍で働かせてはくれまいかという打診も、いくつか受けておりまます。

 複数の部隊からそうした申し出があるということは、おそらくはムノライ王国上層部の意思も含んでいるのではないかと推測されます」

「ムノライ王国としては、主体性がどこにあるのか判然としない解放軍と同列の同盟関係は結びたくはないということだな」

 ケイシスタル姫はそういって頷いた。

「国としての威信を守るということもあろうし、それ以上に裏切られる可能性も考慮して、部隊単位での動きということにしておきたいのであろう」

「それ以外にも」

 スゲヨキは指摘をした。

「流石にスデスラスに派遣してきた全軍を解放軍に組み入れるのも、問題があると考えたのでしょう。

 ムノライ王国軍といってもその全部が熟練した兵士というわけではなく、さらにいえばバジルニアに居るハザマ男爵によれば、解放軍が持っている通信を多用した軍事技術の習得を狙っているようですから」

「下っ端や下働きの者は本国に返して、ムノライ王国への忠誠が揺るぎない、子飼いの将兵だけをこちらに寄越したいわけか」

 ケイシスタル姫はスゲヨキの言葉に頷いた。

「まあ、わからんでもないな。

 そうしてムノライから寄越された連中が、途中で裏切って反乱を起こす心配はないのか?」

「その辺は、部隊の運用と契約内容をうまく調整すれば十分に対応可能であると考えております」

 スゲヨキは即答した。

「というか、今の状況で解放軍を裏切っても、このスデスラスの地の混乱がさらに増すだけであり、誰にとっても益とならないと思われます。

 心配をするまでもないでしょう」


 見方によっては、解放軍が活動をはじめる以前のスデスラスの状況は、それなりに安定していたともいえる。

 侵攻してきた各国がスデスラスの国土を分割して占拠していた状態であるとはいえ、その占拠していた土地の境界は明瞭であり、勢力は均衡していたのだ。

 そうした境界線は必ずしも軍事力の優劣だけで決定したものではなく、各国上層部間の政治的な判断などが影響した結果、暫定的に固定されたものであったわけだが、そのかりそめの均衡を、解放軍が目下現在進行形で台無しにしているところなわけであった。

 それまでスデスラスの土地をいいように占拠してきた国々にしてみればいい迷惑なのであろうが、そもそもそうした国々もスデスラスに元から住んでいた人々の許可を得て占拠していたわけでないので、文句をいわれる筋合いでもないとケイシスタル姫は考える。

 現在、解放軍はムノライ王国だけではなく、その他のスデスラスの地に侵攻してきた国々に対して、同時に平行して喧嘩を売っている最中であった。

 そのための殴り込み要員として、ムノライ王国軍の戦時捕虜を多用するようにたっている。


 宿場町マノラスは、ほんの少し前まではムノライ王国軍が大部隊を配置していたわけだが、現在ではそのムノライ王国軍に代わって解放軍の本拠地となっている。

 あくまで現時点での仮設の本拠地であり、解放軍が取り戻した土地がさらに広がっていけば別の場所に本拠地を移す予定ではあったが、交通の便がよいという事情もあり、解放軍はここでのムノライ王国軍の野営地をそのまま接収して本拠地として使用していた。

 この宿場町は、解放軍が来る以前と今とでは、圧倒的に今の方が活気に満ちている。

 解放軍がこのマノラスを本拠として定めて以来、大量の物資と人員とがこの宿場町を経由して移動するようになったからである。

 モノやヒトが多く通過するようになれば、それだけ多くの金銭を落としていくのも道理であり、宿場町マノラスの地元住民たちは、解放軍の存在をおおむね歓迎していた。


「はい、資金調達完了!

 このクエストも受注可能!」

 元ムノライ王国軍の野営地であった天幕の一角に、大勢の人間が集まっていた。

「威力偵察を兼ねた、最前線での作戦行動になる!

 場合によっては通信可能域から外れ、友軍から孤立する恐れもあり!

 当然、経験者のみ受付可能、そのかわり危険手当も割増し!

 人数は最低三十名から受付可能なクエストだ!

 誰か受けるやつはいないか!」

 冒険者ギルドの職員は大きな声でそういって、集まった群衆を見渡した。

 誰も返事をせず、その職員の視線を避けるようにして顔を伏せている。

 ま、仕方がないか。

 と、その職員は思った。

 他にもいくらでも割りがいい仕事があるというのに、ここまで不利な案件をあえて引き受けようなてやつがそうそういるとは……。

 などと思いかけたところで、

「おう!」

 という野太い声が割り込んでくる。

「受けるぞ!

 その依頼!

 こちらは総勢四十五名の部隊だ!」

「はい、まいど!」

 その職員は、表面的な態度としては愛想よく答えた。

 内心では、

「こんな不利な案件、自分からやりたがるやつの気が知れん!」

 とか、かなり呆れていたが。

「こちらに来てより詳細な説明を受けてください!

 お仲間の意思も確認する必要がありますでしょうし……」

「不要だ」

 その当登録冒険者は即答した。

「われらの仲間に今さら命を惜しむような者はおらん!」


「誰だ、あれは?」

「具足からすると、ムノライのやつらしいが」

「戦時捕虜か?」

「いや、あれは、上官殺しの死にたがりだ!」

 その場に居合わせた人々が、そんなことを口にしはじめる。

「なんでも、解放軍の調略に応じた味方の司令官を嬲り殺しにしたとか」

「ああ!

 あのときの!」

「あの連中、解放軍の姫様のご下知で自由の身になったんじゃないのか?」

「自分から好んで戦地に身を投じているんだと。

 なんでも、より危険な場所へ好んでいっているようだ」

「もの好きなこったな」


 そうした声が聞こえないわけではないのだろうが、その男は悠然とした足取りで人混みをかき分けるようにして、冒険者ギルドの窓口へと移動していく。

「ヌマルス・ハイグだ」

 その男はいった。

「先ほどのクエストの詳細を説明してくれ」

「認識票を見せてください」

 ギルド職員にいわれて、ヌマルスと名乗った男は首にかけていた認識票を外して職員に手渡した。

「ええっと、ヌマルス様、と。

 こちらの記録によりますと、二日前に依頼を達成して帰ってきたばかりになっておりますが、休息は十分に取れているのでしょうか?」

「それがお前らになんの関係がある」

 ヌマルスは目を見開いてその職員の顔を見返す。

「万全な体調でない場合、クエストの成功率がさがるものとわれわれは考えております」

 職員は怯まずに答えた。

「マヌルス様のご一行は、直前のクエスト時にもかなりのお仲間をなくされているようですが。

 冒険者ギルドとしては、貴重な経験を持った冒険者をいたずらに損耗することはできれば避けたいものと思っておりますので」

「賢しらなことを」

 マヌルスは吐き捨てるような口調でいった。

「われらがわれらの意思で命の捨て場所を定める。

 それになんの不都合があるのか。

 お前らギルドとやらは、われらの死ぬべき場所を定める権利でも持っているといいうのか?」

「いえ、そこまではいいませんが」

 その職員はゆっくりと首を横に振った。

「ただ、戦地に慣れ、戦場で必要となる技能を持っている方々は、ギルドの中では貴重です。

 できれば、危険な場所に飛び込むことなく、安全な後方で他の冒険者の教導役などを務めていただければと……」

「はん!

 お前らの好きな効率とかいうやつか!」

 マヌルスは見下した様子を隠そうともせず、そう返した。

「どんな理屈をつけるにせよ、われらの仲間の中には命を惜しむ者はいない!

 本来ならばとうの昔になくなっているはずのこの身だ!

 今さら惜しむ必要もない!

 第一……」

 ……刑死して当然のこの身にわざわざ恩赦を賜ったお節介なそちらの姫様のために身を粉にして、いったいなにが悪い。

 と、マヌルスは続けた。


 元はといえばムノライ王国軍兵士の一員であったヌマルス・ハイグの一派は、解放軍の中でもかなり異質な存在であった。

 ムノライ王国軍に限らず、他の国の兵士たちも、かつて自分が属していた陣営と直接交戦することは、通常、いやがる。

 たとえ戦時捕虜の身となっても、それは変わらなかった。

 忠誠とか愛国心とかいう抽象的な理由ではなく、もっと根本的な心理から来る忌避感であり、解放軍としてもそうした傾向を認めてできるだけ出身国の軍隊とはぶつからないように配慮している。

 いやいや戦わせても、決していい結果にならないから、という即物的な理由も大きかったが。

 とにかく、そうした傾向がおおやけに認められている中にあって、このヌマルスの一派はたとえ相手がムノライ王国軍であろうともためらわずに、全力で戦うことで知られていた。

 みずからの安全をまるで考慮せずにどんなに危険な仕事でも進んで渦中に入っていくということと合わせて、解放軍の中では「ヌマルスの狂犬ども」という呼び方がそろそろ定着しはじめている。

 畏怖と感嘆とがないまぜになった呼称であった。


 そもそも、ケイシスタル姫の鶴の一声によって命を救われたときはたった六名であった。

 が、あれから似たような死にたがりが集まってきて、いつの間にかまとまった人数になってしまっている。

 基本的な方針として、解放軍は味方の命を惜しむような、かなり慎重な作戦を採用する傾向が多かったが、これだけの規模にまでなるとそうした方針も全軍に行き渡らせることが難しくなり、どうしたって割りを食う部隊が発生した。

 半分位以上、いや、八割とか九割、あるいはそれ以上に損耗した部隊でたまたま生き残ってしまった兵士たちの中には、自分の幸運に対してうまく納得をすることができなくて、みずから好んでより危険な戦場を選ぶようになる者が存在した。

 そうした死にたがりの兵士たちが吸いつけられるようにヌマルス・ハイグの元に集まり、多少の増減を繰り返しながら、一貫して好んで危険な戦場を選んでいるわけである。

 戦死することを恐れないこのヌマルスの部隊は、そうして腰を据えているからか、危険な任務ばかりを選ぶ割にはかえって生還率が高かった。

 解放軍が普通の軍隊であれば、勇猛果敢な兵士として名を馳せ、かなりの出世をしたことであろう。

 しかし解放軍はこの世界の中でもかなり異質な軍事組織であったので、破滅的な行動原理で動くヌマルスの部隊は、単なる変わり者としての評価しか受けなかったが。

 いずれにせよ、このヌマルスの狂犬どもは戦争が内包する歪みの体現者であり、解放軍が持つ暗黒面を象徴する存在にもなっている。

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