一局地戦の後始末
メキャムリム・アルマヌニア姫曰く。
「いくさは、本番よりも前の準備と後の始末の方が数倍面倒くさい」
まったくだ、と、ハザマは心からその言葉に同意をした。
今回、アボレテ沼地を巡る攻防はたかだか一会戦にすぎない局地戦であったわけだが、それでも後始末、つまり戦後処理はかなり面倒くさいことになった。
その原因ははっきりしている。
利害が対立する立場の関係者が、多すぎたのだ。
今回の共通の敵であったベズデア連合の場合は単純である。
敗者であるがゆえに、彼らには選択権というものがない。
そんなベズデア連合の生き残りに、ハザマはこういう意味のことをいい渡した。
「一応、捕虜として虐待するようなことは考えていはいない。
が、それでも体が動く者には目一杯働いて貰う形となる」
こうした生き残りの敵軍兵士を活かしておくのも相応の物資を消耗するわけであり、その食い扶持くらいは自分たちで稼いでもらわなければならない。
当面は死傷者などへの対応を含む戦場の片付けをして貰うつもりであるが、そちらが一段落をしたら個々人ができることを聞き取り調査した上で適切な仕事を割り振り、働いて貰う予定であった。
「立場を考慮して、同じベズデア連合と戦わせるようなことは考えてはいないが、本人の希望があれば別の戦場に伴うこともあり得るので、そのつもりがある者はあとでうちの者に申告してください」
ハザマは敗者であるベズデア連合軍の者たちを前にしてそのように説明をした。
「その他にも事務仕事とか土木や建築、それに運輸関係など、仕事の種類はいくらであるので、なにか希望があれば遠慮なく申し出るように」
以上が、戦時捕虜となったベズデア連合軍兵士たちへの通達になる。
これと平行して、ベズデア連合国との交渉も開始しなければならない。
洞窟衆としては全員戦死したことにしてこちらに取り込んでもいいくらいのだが、ハザマ個人の意見としては当人の意思を無視して勝手に未来を定めても、長い目でいいことにはならないだろうと感じていた。
絶対に一定数は故郷であるベズデア連合国に帰還することを望んでいる者が存在するはずなのだ。
「そこで、あなたたちの中から数名を選出して、こちらの意向をベズデア連合国に伝えるための使者になって貰いたい」
ハザマは、捕虜一同をぐるりと見渡してそう言い渡した。
「身代金と、それにあなた方の食費や生活費、医療費などを足した金額を支払っていただけでは、こちらとしてはあなた方をベズデア連合国に引き渡すことに異論はない。
こちらの要求をベズデア連合国に伝えるための書面は、あとでこちらで用意しておく。
その書面を持ってベズデア連合国まで赴き、こちらの意図をベズデア連合国に伝える役割を担ってもらう形だ」
ベズデア連合国の方が、身代金を支払ってまでこうした敗残兵を引き取りたがっるかどうかは微妙なところであったが。
でもそれは、おれたちが決めることではない。
と、ハザマは思っている。
その身代金の支払いをベズデア連合国側が渋った場合、その際の責任はこちらにはないということであった。
このベズデア連合国にむけた要求には、期限として三十日前後の締め切りを設定しておくつもりである。
これは、本来は捕虜扱いであったニライア・ガンガジル姫の扱いがなし崩し的になったことの反省に基づいている。
そうした使者をベズデア連合国にまで運ぶ役割は、洞窟衆とつき合いのある水賊衆のいずれかに依頼をする予定であった。
陸地のどんな権力にも属さずに中立を保っている勢力が存在するのは、こんなときには重宝する。
戦死者の埋葬と負傷者への治療行為はこうしてベズデア連合兵士の捕虜たちを中心として、スデスラスの地元住民、それにはるばるハザマ領からやってきた医療班が共同して行うことになった。
特に負傷者の治療は一刻を争う場面が多かったので、ベズデア連合が降伏した直後から大勢の人間が戦場に駆けつけて手をつくしていた。
「で、今度はこっちか」
ハザマは移動して、次の会談の場へとむかう。
今度は、勝者たちとの談合を行う必要があった。
なにせ、圧倒的な戦力を送り込んできたベズデア連合国という強敵を前に、とりあえず一時的に団結しただけの即興の集団である。
当面の敵であるベズデア連合国軍が排除された今、それぞれに思うところはあるだろう。
それぞれのいい分に耳を傾け、適切な落とし所を決めるのはなかなか面倒そうな仕事になりそうだ、とハザマは思った。
アボレテ沼地の周辺の村々を代表する人々。
地元スデスラス王国の国有奴隷であり、現在の兵士たちを代表する立場にあるフレダレス。
ビゲジア王国のオイラット・ドラムイ男爵、ドラジア王国のリゼルラ・ギュヌイ子爵、ゴロジオ王国のチュノラ・ノイ伯爵ら、スデスラス王国に侵攻してきたものの、現在は現地に孤立した形である各勢力。
こうした面々が集っている場所にハザマは顔を出した。
「やあどうも。
遅くなりまして」
ハザマはすでにそろっていた面々に対して、そう挨拶をした。
「とりあえず、当面の脅威はこれで去ったわけですが、皆さんは今後どうなさるおつもりですか?」
「それはこちらが聞きたいところであるな、ハザマ男爵殿」
リゼルラ・ギュヌイ子爵がいった。
「今回、貴殿が率いて来た者たちの働きにより、奇跡的な勝利を得ることができた。
貴殿らは、なにを目的として遠路はるばるこの地にまでやってきたのか?」
まあ、そう思うだろうな、とハザマもその問いかけに納得をする。
今まではそれどころではなかったので詮索する余裕もなかったのだろうが、ハザマたちが他の国々と同じくスデスラスの支配権を狙ってきていると、今度は完全に敵対する関係になってしまう。
この段階でこちらの意図を確認してくるのは、ある意味では当然であり、予想の範囲内であった。
「目的はいろいろとあるのですが」
ハザマはいった。
「当面の目的は、スデスラス王国の領土内から余計な勢力を一掃することになりますかね」
オイラット・ドラムイ男爵、リゼルラ・ギュヌイ子爵、チュノラ・ノイ伯爵の顔が、てきめんに引きつった。
「貴殿らも、この地の覇権を狙っているのか?」
チュノラ・ノイ伯爵が穏やかな口調で確認してくる。
「いえ、こちら、スデスラスの支配権はまるで欲しくありません」
ハザマはあっさりと首を横に振る。
「現状でも十分に面倒なことになっているのに、この上さらに自分で面倒を増やすなんてとんでもない!
ただ、この王国に侵攻してきている方々はちょっと邪魔だから、退散して貰おうってだけです」
「随分と簡単にいってくれるものだ!」
オイラット・ドラムイ男爵が乾いた笑い声をあげた。
「いや、それだけの自信を得るのに十分な実力も、持ち合わせていると見るべきかな!
だが、スデスラスの支配権を欲していないとすると、なぜにこんな面倒なことに手を染めるのか?」
戦争は、一度はじまってしまえば膨大な人命と物資を損耗し続ける。
よほどの利権を得る確証がない限り、気軽に手を染められるものでもない。
これまた、当然予想された質問であった。
「さて、どのように説明をするべきか」
ハザマは、少し考える。
「皆さんは、東の端から、解放軍が次々とスデスラス王国の村々を開放している者たちの存在をすでに耳にしていますか?」
そして、そう質問してみる。
この土地における、情報の伝播速度をハザマは把握していなかった。
「それは、ハンガス城市を開放した者たちのことですか?」
リゼルラ・ギュヌイ子爵がいった。
「本国との連絡が途絶する直前に、確かそうした報告も受けていたはずです。
とはいえ、当時のハンガス城市はたムノライ王国の支配下にあったはずであり、当面こちらには関係して来ないものと思い込んでおりましたが」
「ああ。
あの者らのことか」
チュノラ・ノイ伯爵も、そんあことをいい出す。
「大方、スデスラスの者が抵抗を強くしているだけのことと思ってよく確かめもしなかったが」
「おれは、その解放軍とやらを、ワデルスラス公爵家の令嬢が率いているという噂を耳にしたぜ」
オイラット・ドラムイ男爵がいった。
「なんで今、王都を含むスデスラスの三分の一を押さえているワデルスラス公爵家の者が、わざわざ他のスデスラスの地を開放して回っているんだよ!
これはまあ、大方、無責任な噂に過ぎんだろうよ」
一応、そちらの動きも、伝わっていることは伝わっているのだな、とハザマは思う。
今の時点では、あまり強い関心を引いているようにも見えなかったが。
ケイシスタル・ワデルスラス姫の解放軍が活躍しているのは、ここからかなり離れた場所になる。
それだけに、差し迫った問題には思えないのだろう。
「その噂は本当です」
ハザマは断言した。
「おれたち洞窟衆は、そのケイシスタル・ワデルスラス姫率いる解放軍を全面的に支援しています。
さらにいえば、今回、この沼地を押さえたのもいずれはその解放軍と合流するために布石になります」
その場に居た者たちに、緊張が走る。
「それでは」
リゼルラ・ギュヌイ子爵が口を開く。
「今後われらとは、明確な敵対関係になるということですか?」
「それを決めるのは、おれの方ではありません」
ハザマは素っ気ない口調で答える。
「あんた方が今後、どのような方針で動くのかによって違って来るでしょう。
おれたちとしては、この周辺の村々の人たちに武器などを供給し、自衛するための能力を養うように支援していく予定です。
つまり、これまでとは違い、これからはスデスラス王国内での侵略行為はかなり高くつくことになります」
「……そいつは、道理だな」
チュノラ・ノイ伯爵は眉をひそめながらいった。
「あの連弩とかいう代物をふんだんに与えられれば、どんな匹夫にも容易に近寄れないようになる。
無理に武力で支配をしようとすれば、それはこれまでとは比較にならないほどの犠牲を伴うことになろう。
それでは、まるで割に合わん」
そういって、チュノラ・ノイ伯爵は肩をすくめた。
「この土地をスデスラスの民に返すことで、ハザマ男爵殿がどのような利益を得るのかどうもよく飲み込めぬであるが」
オイラット・ドラムイ男爵は、そういった。
「いずれにせよ、そちらと正面からやりあおうとするのは得策ではない。
そのことだけは、確かだ」
「本国の兵士が駐留する場所までいって、そうした内容を伝えてもよろしいだろうか?」
リゼルラ・ギュヌイ子爵がハザマに訊ねた。
「どうぞ、ご存意に」
ハザマは、あっさりと頷く。
「皆様は一時的とはいえ、ともに戦ってきた人たちです。
その皆様の行動に対して、おれたちはなんらかの掣肘を加える立場にはありません」
「今、ここに居るわれらをまとめて捕虜にできる実力を持ち合わせていながら、か」
チュノラ・ノイ伯爵は苦笑いを浮かべた。
「だが、行動の自由を保証してくれるのは正直、ありがたいな」
「どちらかというと、こうした内容をわざわざ伝えたのも、皆様の本国の方々にこちらの意向を伝えておきたかったからなのですがね」
ハザマはいった。
「将来的には、ケイシスタル姫様率いる解放軍と皆様の祖国との交渉の場が必要になるはずですから」
「ほう」
オイラット・ドラムイ男爵が感心をする。
「その解放軍とやらは、そこまで大きくなるのかね?」
「いずれは」
また、ハザマはあっさりと頷いた。
「このスデスラス全土を席巻することになるかと」
平然といい放たれたこの言葉にも、各国の指揮官は衝撃を受けたようだった。
「と、いうことで、各国の皆様に関しては、これ以上、こちらの目の届く範囲内で無体な真似をしない限りは、こちらも干渉するつもりはありません」
ハザマは、そう続けた。
「これ以上、スデスラスの民に危害を加えているところを発見した場合には、この限りではありませんが」
「正直なところ、こちらも負傷者ばかりでそんな狼藉を働くだけの余裕もないがな」
リゼルラ・ギュヌイ子爵がいった。
「ところで、こちらは容易に動かせないような重傷者も多数抱えている。
そうした者たちの扱いに関しては、どうするつもりであるのか?」
「こちらでまとめて面倒を見ましょう」
ハザマは即答をした。
「治療費や飲食代については、あとで請求させてもらいますが。
あとで郷里に便りを託して送金して貰うもよし、全快してからなんらかの働きにより返済してもよし。
いずれにせよ、こちらもこの手の戦傷者の扱いにはなれております。
悪いようにはしませんから、騙されたと思ってこちらに一任してください」
信じてくれるかどうかは定かではなかったが、ハザマとしてはそういうしかない。
「助けはするが、決して無償ではないというわけだ」
チュノラ・ノイ伯爵が感想を述べた。
「なかなかどうして、正直なことだ」
「だがそれゆえ、信用ができる」
オイラット・ドラムイ男爵がその言葉に頷く。
「負傷者をこちらに預けていけるのであれば、おれは健在な兵をまとめて一度本国の兵士たちに合流しようと思う。
なにより、ここで見聞してきたことを上層部に報告しなければならん」
「確かに。
その必要はあるな」
リゼルラ・ギュヌイ子爵も頷く。
「こちらの男爵殿の息がかかった兵士たちと正面からぶつかっても、損害が増すばかりだ。
急ぎ注意するよう、勧告しておくのが上策であろう」
「われらのことはそれでよいとして」
チュノラ・ノイ伯爵がハザマに訊ねる。
「男爵殿は、今後どう動かれるおつもりか?
男爵殿の本拠地からこのスデスラスはあまりにも遠く、絶対的に兵力が不足することと思うが」
「兵力なんて、そこいらにいくらでも居るじゃあないですか」
ハザマはいった。
「このスデスラス王国のうち、戦いを望んでいる者たちにふんだんに武器を与え、支援していくだけでも十分なほどです。
先ほど誰かもいいましたが、おれたちが与える武器は匹夫でも扱える。
今後はそこいらの村人が、いくさ慣れをした武人を軽くあしらうようになっていくでしょう」
「お待たせして悪かったな」
ハザマは、今度は周辺の村人たちとフレダレスにむきあった。
「こっちが狙っていることは、今説明をしたとおりだ」
「非常にありがたいとは思いますが」
フレダレスは戸惑った様子でいった。
「なんのために、そこまでしてくださるのですか?」
「直接の原因としては、ケイシスタル・ワデルスラス姫からの依頼を受けて動いているわけだが」
ハザマはいった。
「そちらの事情は、はっきりいってスデスラス王国の人たちとは関係がない。
ただ、こちらの都合でスデスラスの国内が現在のように混乱しているのは困るから、安定した状態にしているだけだよ」
「は、はあ」
フレダレスは、頭がくらくらとする思いがした。
一国の命運を、このように軽く扱う人間が存在するという事実に、理解が追いつかない。
「で、これまたさっきもいった通り」
ハザマは戸惑うフレダレスに構わず、先を続けた。
「こちらは武器や食料、その他を供給する準備がある。
運送面で不安があるから、十分な量を行き渡らせることができるかどうかまでは保証の限りできないが。
ああ、でも、この沼地を抑えたことで、水運もかなり使えるわけだから、今までよりはよほど便がよくなるのかな?
まあとにかく、なにか必要な物があれば何でも相談しに来てくれ。
出来る限り、都合をつけるように努力はする。
そうすることが、この国を手っ取り早く復興させることに繋がると思う」
「ただし、無償ではない?」
「そう。
無償ではない」
ハザマは頷いた。
「今、支払える物品や金銭に事欠くというのならば、なんらかの担保を差し出すか、それとも労働で返すなどをしてくれてもよい。
だが、決して無償ではない。
それから、ここはあなた方の国であるから、できればあなた方自身が先頭に立って戦うのが筋だと思う。
こちらがこの周辺の村々に要求することは以下の通りになる」
そう前置きをして、ハザマは用意してきた条件を切り出す。
各村に洞窟衆の支店を設置する。
この支店は、当面、冒険者ギルドの窓口機能も兼用する。
洞窟衆ならびに冒険者ギルド関係者の通行を許可する。
通信網の敷設に協力する。
「これらは、こちらとしては譲れない条件になる。
このうちのどれが欠けても、今後、おれたちはスデスラス王国内で自由に活躍できなくなる。
むろん、そうした事業において特定の地所などを借り受ける場合は、相応の賃料を支払うものとする」
「無理に接収するのではなく、対価を支払うということであれば特に問題はないでしょう」
まずフレダレスが頷き、続いて周辺の村人たちも頷いた。
「この沼地周辺以外にも、他国の支配下にある土地はいくらでもあります。
こうした土地を開放するのに協力をしたい場合は、どうすればいいのでしょうか?」
「いや、だから、協力するんじゃなくて、あなた方が主体になって動くべきだっての」
ハザマは、諭すような口調でいった。
「むろん、おれたちだって勝手に動くよ。
でも、このスデスラスの国土を考えれば、その程度の影響なんてたかが知れている。
あなた方はあなた方で自発的に目的を設定して、すぐにでも目当ての土地を開放していけばいい。
何度もいうけど、そのために必要な武器や物資、それに情報的な支援も、できるだけするから」




