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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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552/1089

騎馬部隊の到着

 スデスラス王国は現在、周辺数カ国からの侵攻を受けている。

 主要な国だけでも、ムノライ王国、ビゲジア王国、ゴジオロ王国、ドラジア王国、ベズデア連合の五カ国にも及び、それ以外に、どさくさ紛れに火事場泥棒的な働きをするために国内に入り込んできた小勢力が無数にあるような状態であった。

 司令塔である王家の喪失という、この王国においては未曾有の危機にあって、国家として意志の統一された、組織的な抵抗運動ができなくなっているという事実がどこまでも祟っている。

 むろん、そうした略奪や侵略の現場にあって果敢に立ち向かった将兵は無数に存在したわけであるが、そうした勇敢な者ほど早い時期に戦死する傾向にあった。

 目の前に出現した敵を叩くだけでは、自然と戦略的な動きが制限される。

 横の連絡や支援がなく、あくまで限定した地域だけで完結した抵抗運動を続けたとしても、結局は次から次へと現れる侵略者や略奪者に押し切られ、いたずらに摩耗する結果となった。

 王家を失ってからまだ半年と経過していないのにかかわらず、スデスラス王国の民は急速に疲弊していた。


「と聞いていましたが、このあたりは随分と賑やかなようですね」

 馬上のスセリセスは誰にともなくそう呟いた。

「この辺りは、宿場町だそうだからな」

 ここまで来る途中の露天商から購入した果実にかぶりつきながら、やはり馬上のヴァンクレスがそう応じる。

「宿場町には、侵略者もクソもねえさ。

 行き交うやつら全員がお客だ。

 強いていえば、金を落としていかないやつが敵だろうぜ」

 この二人は、他の騎馬部隊とともに洞窟衆の隊商を護衛する、という名目でこの地に入っていた。

「それに、この手の町に賭場と地廻りはつきものだ。

 力ずくでどうこうしようとしないかぎりは、おとなしいはずだぜ」

「地廻り、ですか?」

「旅の恥は掻き捨てっていうからな。

 旅先で羽目を外したくなる奴は多いもんだし、当然、そういうやつらに対抗するための人間も普段から飼っておく」

「ああ、無法者の類ですか」

 スセリセスは頷いた。

「そういえば、賑やかな場所には常にその手のひとたちが居るみたいですね」

「ま、こちらがなにもしなければ、その手の人間に会うこともないだろう」

 ヴァンクレスは果実の種を路上に吐き出した。

「で、まだなのか?

 その目的地とやらは?」

「町外れのあばら屋を借りたと聞いています」

 スセリセスは答えた。

「もっとずっと先だと思いますよ」


 このホイノイの宿場町は現在、ビゲジア王国の支配下にあるという。

 しかし、これまでのところ、ビゲジア王国民らしい人物を見かけることはなかった。

 通常であれば主要な街道には関税を取るための門番が配置されているはずなのだが、スデスラス王国の荒廃を物語るように、そうした関所の跡地にも人影はなかった。

 事実上、このホイノイ宿場町を含む一帯はすでにビゲジア王国の領地に併呑されたという扱いをされているわけである。

 地元の住民たちはそのことを歓迎しているのかどうかまではわからなかったが、体制上はすでにそうなっていた。

 ヴァンクレスやスセリセスを含む一団はそのまま進み、やがて人気のない町外れへと差し掛かる。

 そこで、路上に出ていた小男が手を降って挨拶をしてきた。

「洞窟衆から派遣をされてきた隊商ですね?」

「ああ、そうだ」

 その言葉にヴァンクレスが頷く。

「そちらは、先行していたやつらか?」

「ええ。

 先行して、倉庫などの手配をしておりました」

 その小男はいった。

「どうぞ、こちらに。

 ここが、洞窟衆の最前線になります」


 小男は、ネイクレと名乗った。

 洞窟衆の諜報部門に所属しているという。

「皆様を案内したそのあとは、またすぐにさらに奥地へと旅立つことになっておりますが」

 この人が諜報部門の人か、と、スセリセスは思う。

 洞窟衆がそうした人種も抱えているという噂は耳にしていたが、実物を見るのはこれがはじめてだった。

 だが確かに、現在のスデスラス王国は、そうした人種が暗躍していてもおかしくはない状況にある。

 このネイクレという男も、平均よりもかなり小柄であるし到底手練にはみえないのであるが、そうした外見であるからこそ任務がやりやすい面もあるのだろうな、と、スセリセスは思う。

「なにか引き継ぎはあるか?」

 ヴァンクレスはぶっきらぼうに確認をした。

「引き継ぎというほどのことでもありませんが」

 ネイクレは平然とした口調でいった。

「ことによると今夜辺り、不意の来客があるかもしれませんな」

「客か」

 ヴァンクレスはいった。

「歓迎した方がいい類の客か?」

「相手の出方次第でございましょう」

 ネイクレは答える。

「ただ、うちが地所を押さえるのにあたって、随分と探りを入れてきた樣子はありましたが」

「そうか」

 ヴァンクレスは頷く。

「好きに判断してよいということだな」


 ネイクレが案内した先は、半壊状態の古ぼけた建物があった。

「一応、時間があるときに手は入れているのですが」

 ネイクレはいった。

「足りない分は、そちらでお願いします」

 廃墟同然の家屋を安く借り受けたらしい。

 建物の状態に反して床面積は広く、手を入れればちょいとした倉庫としても使用可能なようだったが。

「そういう面倒なことは、冒険者ギルドのやつらに任せよう」

 ヴァンクレスはそういって、建物の中の比較的ましな状態の部屋の中に馬車の荷を降ろすよう、指示を出す。

 これまでの経験があるので、隊商に参加している者たちはその手の作業には手馴れていた。

 彼らもここに到着するまで漫然と荷を運んでいただけではない。

 行く先々で洞窟衆の支店を開設して、そこで荷を捌きながら、ここまで足を伸ばしている。

 洞窟衆にとって、スデスラス王国への遠征は新しい販路の開拓も意味していた。

 目的地のスデスラス王国内だけではなく、途中で通過する場所にも中継拠点と兼用した支店を開設して商売を行う。

 場合によっては、人を集めて工房を開き、生産活動を行う場合もある。

 それ以外にも、通信網の敷設などをおこないながらの旅である。

 馬車に荷を乗せっぱなしで長旅をしていたわけではなく、途中で関税に取られた分の荷を補充したりしながらここまで進んできている。

 ヴァンクレスたちの一行はできるだけ早くスデスラス王国内に到着することを目的としていたからそうした細かい作業にはあまり携わっていないのだが、人手が足りなくなって手伝いされることも決して珍しくはなかった。

 そうしてスデスラス王国への物流の動線を構築しているのはヴァンクレスたちだけではなく、何種類か平行して別個のルートを作っている別働隊が存在しているということであった。

 これは、兵站線のどれかを分断されたときにも補給が途絶しないようにという配慮であるという。

 通信網と含めて、洞窟衆はこうした兵站線についても二重三重、あるいはそれ以上の保険をかけていた。


「本隊の解放軍は、今頃派手に暴れているということだがな」

 荷降ろしが一段落したあと、ヴァンクレスは誰にともなく呟いた。

 通信があるので、そちらの動きも逐一伝わってきているのである。

「ムノライ王国の支配圏は、ほぼ取り戻したということですね」

 スセリセスが応じた。

「そこから飛びだ出して、他の国の支配権を侵食している最中だそうです」

 ケイシスタル姫の解放軍は、やたら動きが早い。

 これは、通信網を駆使して連絡を取り合いながら、少勢力の部隊を同時に多方面に展開して動かしているからだった。

 戦力を集中して人数を揃え、決戦に挑むといった戦法が主流のこの時代にあって、かなり異質な兵の運用方法だといえる。

 あれに対応する側も大変だろうな、とスセリセスは思う。

 ともすると、兵員を揃えて集合したときは、敵は目的を果たして逃げ去っていることになる。

 旧来の軍隊とケイシスタル姫の解放軍とでは、それくらい、動きに差があった。

「おれたちはまだ動けんのか?」

「もう少し、周囲の状況を把握してからですよ。

 なにをするにしても」

 スセリセスはいう。

「しばらくはここの支店の整備を手伝いながら、ネイクレさんたちからの報告を待つことになるでしょう」

「……つまらねえな」

 ヴァンクレスは、ぼつりと呟いた。

「ここまでくれば、暴れられると思ったのに」

 そろそろ危ないかな、と、スセリセスは思った。

 ガンガジル動乱が終結してからもうかなり経つわけだが、その間、ヴァンクレスは演習などは別にして、本番の修羅場からは遠ざかっている。

 そろそろ、欲求不満が爆発しかねない頃合いであった。


「ええ、ごめん」

 そんなやり取りをしているとき、玄関先でそう呼びかける声がした。

「誰ぞ、おりませんかね」

「なんだ、なんだ」

 ヴァンクレスは大声を出して玄関先にむかった。

 ああ、これは。

 スセリセスは思う。

 いよいよ、いけないかもしれない。

 慌ててスセリセスは大股で玄関先へとむかうヴァンクレスのあとを追う。


「いったいなんの用だ?」

 玄関先でヴァンクレスが叫んだ。

「あなたが、こちらのご主人様で?」

「そんなもんじゃねえがな」

 ヴァンクレスはいった。

「一応、警護の責任者ということにはなっている。

 なにか用があるのなら、まずこのおれを通してくれ」

 ヴァンクレスはかなりの大男だった。

 そのヴァンクレスを目前にしても、訪ねてきた男たちは臆した樣子がない。

 訪問してきた者は三人組の男だちであったが、揃いも揃って柄がよろしくない。

 どうみても、堅気には見えないよなあ、と、スセリセスは思った。

「そうですかい」

 三人の男のうち、先頭に立っていた者がいった。

「それでは率直に申しあげますが、いったい誰に許可を得てここで商売をしようってんですかい?」

「許可だと?」

 ヴァンクレスは面白そうな表情になった。

「ここで店を開くのに、誰かの許可が必要なのか?

 そんなことは、耳にしていないが」

「とぼけてんのか、おら!」

「余所者だからってつけあがりやがって!」

「つべこべいわずに出すもの出しやがれ!」

 先頭の男の左右に居た者たちが、ここぞとばかりに気炎をあげる。

 ああ。

 スセリセスは心の中で瞑目した。

「なんの騒ぎですかな?」

 三人組の背後にネクイレが立っていた。

「ああ、これはこれは。

 グネレス親分のところの方々でしたか。

 そちらには、かなり前に挨拶を済ませていたはずなのですが、本日はなんのご用件で?」

 ネクイレが気配もなく唐突に現れ、そう声をかけてきたので、三人の男たちは大きく身震いをする。

「お、親分のところに、だと?」

「出鱈目を抜かすな!」

「出鱈目と申されましても」

 ネクイレは芝居がかった樣子で首をかしげる。

「しかと、洞窟衆の支店をここにたちあげると申しあげておいたはずなのですが。

 ひょっとして、伝わっていないのですか?」

「洞窟衆だと?

 洞窟衆が何者か知れねえが……」

「あ、兄貴!」

 そういいかけた先頭の男の肩の上に、別の男が手を置いて制した。

「洞窟衆っていえばアレ、ガンガジル動乱の際、エデチエル伯爵を倒した連中の裏で、暗躍していた奴らのことでは……」

「はぁ!」

 先頭の男が間の抜けた声を出す。

「なんだってその洞窟衆がこんなところに居るんだよ!」

「そういえば、例の解放軍とやらの背後にもその洞窟衆とかいう連中が居るって噂がありますぜ」

 三人組は身内でなにやらコソコソと相談をしはじめた。

 スデスラス王国内での洞窟衆の知名度というのは、この程度のものなのか。

 と、スセリセスは思った。

「……おう!

 念のために確認しておくがな!」

 身内同士での打ち合わせが終わったあとも、三人組に兄貴分は威勢を崩さなかった。

「お前ら、本当に洞窟衆なのか?

 そう名乗っているだけの偽物じゃないだろうな!」

「なら、この旗はどう説明をつける」

 ヴァンクレスは馬車に固定していたトカゲの紋章が入った旗を手で広げてみせた。

「この旗はハザマ領を出てからこっちずっと、広げていたもんだぞ。

 偽物が、わざわざそんな真似をすると思うか?」

 兄貴分が、ぐっと言葉に詰まる。

 第一、こんなところで洞窟衆の名を騙る利点などなにもないのに、と、スセリセスは思った。

「お前ら、地廻りのもんか?」

 今度は、ヴァンクレスが三人組の身元を確認した。

「そ、それがどうした!」

 兄貴分が、震える声で答える。

「グネレス親分のところの方はだいたい顔をおぼえておりますが」

 ネクイレがいった。

「このお三方は、いっこうに見おぼえがありません。

 大方、最近親分のところに世話になったばかりのお客人でありましょう」

「旅の侠客か」

 ヴァンクレスが大きく頷いた。

「組の名前を勝手に使って、小遣い稼ぎをしようとしたわけだな」

 このヴァンクレスも元はといえば盗賊。

 その辺の世情には明るい。

 ああ。

 スセリセスは思う。

 もう駄目だ。

 止められそうにない。

「なあ、ネクレイ」

 言葉を発しなくなった三人組に代わって、ヴァンクレスが話を進める。

「こっちは筋を通して先に挨拶をしていた。

 にもかかわらず、こいつらがそれを無視して脅しに来た形だよなあ?

 客人だろうななんだろうが、そのツケは大元のその親分とやらに払って貰っても構わないんじゃねーか?」

「わたしとしましては、無用な騒ぎを起こしたくないから筋を通しておいたのですけどね」

 ネクレイはいった。

「その筋を、むこうからひっくり返してくださったのですから、これはもうお止めする理由がございません。

 強いていえば、ここでグレネスの組と悶着を起こすと、周囲の地下組織との関係も危うくなる可能性もあるわけですが」

「なに、その程度ならばどうということもない」

 ヴァンクレスは無造作にいい放った。

「立ち向かってくるやつらは片っ端から返り討ちしてやるまでさ。

 野郎ども!

 いよいよ本番のデイリだぞ!」

 ヴァンクレスがそういうと、いつの間にか周囲に集合してきていた騎馬部隊の者が、

「応!」

 と野太い声で唱和する。


 この日、ホイノイの宿場町を長年裏から支配していたグネレス組は壊滅した。

 数々の実戦を潜ってきたヴァンクレスたちと宿場町の無法者とが正面からぶつかっても、まともな勝負にさえならなかった。

 ましてや、ヴァンクレスら洞窟衆側は小型連弩という優秀な武装を装備している。

 わずか数時間の交戦で組長以下主要な幹部が息絶え、残りの構成員はヴァンクレスたちの配下として吸収された。

 もともと、この手の非合法組織は国家自体が瓦解し、他国からの侵攻を受けている状況下だと好戦的な抵抗組織に変容する傾向にある。

 グレネス親分をはじめとする旧幹部たちはそうした状況下にも関わらず目先に利益を追うばかりであり、その下に居た武闘派の幹部たちは忸怩たる思いを抱えていたところであった。

 そこにヴァンクレスたちが登場し、邪魔な上役たちを一掃してくれた形になる。

 残った者たちは、洞窟衆の目的を知ってからは、かえって積極的に協力してくれるようになった。


「あまり目立つ真似はしたくはなかったのですが」

 ネクレイは平然とした樣子でいい放った。

「こうなったらなったで、やりようはございますな。

 なんといっても無法者たちは独自の情報網を持っておりますから」

 つまりは、吸収したグレネス組の伝手を極限まで利用するつもりであるらしい。

 この人も、なんだかなあ。

 と、スセリセスは思う。


「いいか、お前ら」

 ヴァンクレスは新たに吸収した仲間たちに告げた。

「とりあえず、冒険者ギルドってやつに加入しておけ!

 お前らの死に場所はおれたちが用意してやる!」

「へいっ!」


 いいのかなあ、これで。

 と、スセリセスは思った。


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