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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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ケイシスタル・ワデルスラス姫の依頼

「親しい者はケイシィと呼ぶ」

 まるで八十年代に流行った世紀末な少年マンガの世界から抜け出してきたかのような筋骨隆々な公爵家令嬢はそんなことをいい出した。

「なんならその方も、そう呼んでも構わぬ」

「御身の呼び方はともかくとしまして」

 ハザマはその話題を軽く流した。

「本日はどのようなご用件で?」

「早速本題に入るか」

 ワデルスラス公爵のケイシスタル姫は小さな黒目をハザマの顔に据える。

「では、忌憚なくいうが、兵を貸して欲しい」

「ほう」

 ハザマは軽く頷いた。

「そういう用件ですか。

 しかし、公爵家の方ですと、うちを頼るよりも他にあてがいくらでもあるのではないでしょうか?」

「意地が悪いいい方をするな」

 ケイシスタル姫は軽く目を見開いていった。

「現在のわがワデルスラス公爵家に余力など存在しないことはおぬしも先刻承知しておるであろう。

 それに、別の貴族の手を借りるといっても、領主の孫娘の道楽につき合ってくれる酔狂な者のあてなぞない」

「他の公爵家の方々は?」

 ハザマは指摘をした。

「同じ王国公爵家のよしみで頭をさげれば、それなりの手助けはしてくれると思いますが」

「せいぜい恩に着せてな」

 ケイシスタル姫はハザマの言葉に頷く。

「これは純然たる私闘でもあるから、なおさら他の公爵家に貸しを作ることはしたくはない」

「いったい、兵を挙げてなにをなさるおつもりです?」

 ハザマは根本的な問題について訊ねた。

「知れたことよ」

 ケイシスタル姫は素っ気なく応えた。

「スデスラスの王城に立て籠もっているわが祖父の横っ面を張り飛ばして、力ずくで領地に軍勢を引きあげさせる」


「ああ」

 しばらく間を置いて、ハザマは感嘆した。

「個人的には、いいお考えだとは思います。

 同時に、ひどく非現実的な方法だとも思いますが」

「さもあろう」

 ケイススタル姫はいった。

「であるからこそ、これはわしの私闘として収めなければならない」

「私闘で済みますか?」

「済まなかったとしても、そのときはわし一人が詰腹を斬ればいいだけのこと」

 ケイシスタル姫はそういって薄く笑みを浮かべた。

「このまま放置をして、スデスラスに侵攻しているわが軍二十万の将兵を無意味に消尽するよりは、よほど意義がある」

 つまりは、この姫様はわがみを顧みずにワデルスラス公爵軍をできるだけ無事なままに帰還させようとしているわけか。

「公爵様を直接諌めるだけでは駄目なのですか?」

「うちの爺様は、なぜだかあの国のこととなると変に意固地になるところがあっての」

 ケイシスタル姫はいった。

「わしはおろか、家臣の誰が諌めても耳をかさない状態だ。

 もはや、誰かが直接ぶん殴ってでも正気を取り戻させてやるしかないだろう」

「用件については、理解できました」

 ハザマは慎重な口ぶりでそういう。

「しかし、なんでまたうちを頼ったのですか?」

「そちらは今、どこの軍にも所属せぬ、冒険者ギルドという戦力を抱えておるのだろう。

 そのように耳にしたが」

 ケイシスタル姫はまた、薄く笑った。

「これまでの戦績から見ても一騎当千。

 また、金次第でどういう働きでもするという。

 そのような手勢であるならば、こうした危険な仕事を遂行するのに後腐れがなくてちょうどよい」

 意外に考えては居るんだな、と、ハザマは思った。

「ということは、まとまった手勢を雇うだけの金銭はすでに用意なさっているわけですか?」

 ハザマはそう確認した。

「それと、冒険者ギルドに登録している者たちは、おのおのが自分の意思で仕事を選びます。

 仮にケイシスタル姫様が兵を募ったとしても、その仕事に応じる者がまるで出てこない、という可能性もあるわけですが」

「そのときは、単身でスデスラスに乗り込むしかないだろうよ」

 ケイシスタル姫はなんでもないことのようにいった。

「流石にそれは無謀だと思うので、少なくとも数百からなる兵くらいは揃えたいと思うが。

 それと、戦費についてだがな」

 これが、まるで宛がない。

 といって、ケイシスタル姫は朗らかな笑みを浮かべた。


「一応、うちの公館からこのような物を持参しては来たのだがな」

 呆れ返ったハザマたちの前で、ケイシスタル姫は同行していた侍女に合図をして、持参した桐の箱を開けさせる。

 箱の中には、幾重にも厚手の布で包まれた茶器が入っていた。

「あれは」

 それまで黙っていたヘイロス・スデスラスが呻くようにいった。

「知っているのか?」

 ハザマが、小声で確認する。

「おそらくは、名工ベネルシスの手によるものかと」

 ヘルロイも小声で答える。

「ベネルシスの茶器ともなれば、贋作でなければ小さな城くらいは余裕で買うことが出来る値がつきます」

「贋作と疑うか?」

 その声が聞こえたのか、ケイススタル姫は鼻で笑いながらそう答えた。

「王国公爵家の一角、ワデルスラス家に伝わる茶器が贋作であるわけもなかろう。

 疑うならば、しばらくこちらに預けておくから誰か目利きでも連れて来て目通しをさせてみればよい。

 そうだな。

 これは、当座の担保として洞窟衆に預けておく」

「姫様!」

 桐箱を開けた侍女が、ケイシスタル姫を諌めた。

「仮にも当家の家宝をいきなり他人に預けるというのは!」

「そうはいうがな」

 ケイススタル姫は噛んで含めるように説明をした。

「このままうちの爺様を放置しておけば、家宝どころかワデルスラス公爵家の未来自体が危ぶまれる。

 それに、この茶器の値が多少張ったとしても、本格的な軍勢を丸ごと養えるほどのものとも思えない。

 これだけでは、せいぜい、手つけ程度にしかならないであろう」

 手つけ、ねえ。

 と、ハザマは思った。

 この姫様も、豪胆なんだか常識的なんだか。

 価値観の根底のところでネジがいくるか外れていることだけは確かであったが。

「おれはそうした方面に疎いので、この茶器にどれほどの値がつくのか想像もできませんが」

 ハザマはいった。

「数百名からなる、それなりに使える軍勢を一定期間養い、手足のように使うとなると確かに不足するでしょうな。

 これ以外に、支払いの宛は?」

「宛は、ない」

 ケイシスタル姫は傲然とそういい放った。

「だが、作る。

 巧くいけば、わが公爵家から謝礼として公然とふんだくれるように取りはかってやる。

 失敗した場合は、そうだな。

 その軍勢の手を借りて、そのまま山賊の真似事でもしてみせるか。

 いずれにせよ、あとで考える」

 つまりは、でたとこまかせというわけだった。

 無茶というか、滅茶苦茶である。

 スデスラス王国内に侵攻したワデルスラス公爵軍は、おそらく何十万という単位に達するであろう。

 そのうちのすべてが健在であるとも、思わないが。

 それ以外に、そのワデルスラス公爵軍に抵抗する勢力が、その数倍はひしめいているというのが、現在のスデスラス王国の状況であった。

 そんな状況下に寡兵で潜入していって、スデスラス王城の厚い守りの中に鎮座しているワデルスラス公爵に直言し、場合によっては実力行使に訴えてでも公爵を翻意させ、ワデルスラス公爵軍全体を領地内に帰還させる。

 ケイシスタル姫の構想は、もはやどこから突っ込んでいいのか迷うほどの無茶と無謀の塊といえた。


「どうするんですか?」

 リンザが小声でハザマに訊ねる。

「どうするもこうするも」

 ハザマは平然と答える。

「依頼があった以上、淡々と処理するしかなかろう。

 ええと、ケイシスタル姫様。

 先ほども念を押したように、仮に姫様が冒険者ギルドを介して兵を募ったとしても、それに応じる兵が実際に出てくるかどうかは保証できません。

 なにせ、条件が条件ですから」

「しかり」

 ケイシスタル姫は頷いた。

「確かにこの条件では、集まる兵も集まるまい。

 それはそちらの責任ではないことは、こちらとしても心得ている」

「では、まずはこちらが保証できるのは、姫様がうちの領地内のギルド窓口に直接出向いて、依頼を出すところまでですね」

 ハザマはそう説明をした。

「あとは、成り行きというところで。

 実現可能かどうかは別として、個人的には姫様のような発想は好ましく思います」

 なにしろこのお姫様は、その方法はともかくとして、祖父であるワデルスラス公爵の愚行を諌め、被害を最小限に止めようとすることから発想されている。

 肝心の方法が、ひどく乱暴で出たところ任せではあるのだが。

「それでよい」

 ケイシスタル姫は重々しく頷いた。

「そちらで、転移魔法使いは使えますか?」

 ハザマは確認をした。

「その手の術者は、すべてわしから遠ざけられておる」

 ケイシスタル姫はいった。

「うちの者からも、わしは警戒されてるのでな」

「では、こちらで用意しましょう」

 ハザマは軽く頷いた。

「こちらの手つけに関しては、このままお預かりしてしかるべきところで鑑定して、買い取らせていただきます。

 姫様とおつきの方々をハザマ領内まで移送する手間賃を差し引いた額を現金でお渡ししますので、それを持って冒険者ギルドにクエストを発注なさってください。

 これだけの大事ですから必要な仕事の手つけにもならないでしょうが、あとの金策はそちらでどうにかなさってください。

 なにとぞ、この一件はあくまで姫様が自主的に発案し動いた結果ということに」

「わかっておる」

 ケイシスタル姫は重々しく頷いた。

「そなたら洞窟衆の者どもは、わしから相談を受けてそれに応じただけである。

 なんなら、書面にして残しておいてもよい」

「それは、是非に」

 ハザマも頷いた。

「すぐに紙とペンを用意しましょう」

 つまりは、ケイシスタル姫の家出とそのあとの動きについては、洞窟衆の責任ではない、ということを確認し合った。


「さて、具体的な相談になりますが」

 ケイシスタル姫が同意書を書いている最中に、ハザマはいった。

「いつ頃ハザマ領に移動できますか?」

「明日ではどうか」

 書類から顔もあげずにケイシスタル姫が答える。

「当座の荷物や具足をまとめて、ここに来る」

 具足かよ、と、ハザマは思った。

 このお姫様、どうやらみずからが陣頭に出て戦うおつもりらしい。

 似合いすぎて困るくらいだな、とか思った。

「公爵家の方々は大丈夫で?」

「見張りくらいはつけられるだろうが、それでもこの公館の中までは入ってはこれん」

 ケイシスタル姫はいった。

「仮に邪魔をされたとしても、そのときは実力で排除してからここに来る」

「はあ、なるほど」

 ハザマは無難な応じ方をしておいた。

「これでもわしはドレスよりも甲冑の方が似合うと、なかなかの評判でな」

 ケイシスタル姫はそういって笑った。

「いつかは戦場に立ちたいものとそう思っておったのだが、それがこのような複雑な状況になるとは思わなんだ」


 ケイシスタル姫が帰ったあと、ハザマは名工ベネルシスの茶器とやらの値段を鑑定できる者をここまで呼ばせたりなんだりの手配を手早く済ませ、そのままハザマ領の商用地区にまで移動する。

 そしてすぐに冒険者ギルドその他の関係部署にケイシスタル姫の依頼についての通達し、協力を求めた。

 冒険者ギルドの方では、

「まあ、そういう多少無茶すぎるくらいの依頼の方がかえって人が集まるのかもしれませんね」

 という返答とともに、人員募集の準備に入る。

 武名を高めるために集まってきたような連中は、ときに採算度外視でこの手の仕事に応じることがあるのだ。

 また、ガダナクル連邦から帰還した騎馬隊の連中も、そのうちのいくらかがこの仕事に応じるかも知れないといっていた。

 ま、このまま平和な場所においておいても邪魔になるだけといった連中もいるしな、などとハザマは思う。

 それから興行部門の広報課に連絡をして、ケイシスタル姫の意向を伝え、兵員の募集に協力するようにとも伝えておく。

 この広報課というのは、つまりは辻芸人やら紙芝居やらを担当する者たちを管理し同時にこうした者たちに広報すべき内容を用意するための部署になるわけだが、慢性的に刺激的なニュースに飢えている状態だったので、ハザマがこの一件について伝えるとすぐに飛びついてきた。

 かなり張り切ったようで、

「明日には商用地区中で知らぬ者がいないくらいの状態にしておきます!」

 とか保証してくれる。


 翌日の朝早く、ケイシスタル・ワデルスラス姫は甲冑に身を包んだ状態でハザマ領に姿を現した。

 本人も口にしていたように、ドレスよりもそうした甲冑姿の方がよく似合う。

 背はあまり高くはなかったが骨太で筋骨隆々としていて、ボディビルダーかアスリートのような体つきをしている。

 このケイシスタル姫の祖父にあたるワデルスラス公爵はかなりの肥満体であったが、ケイシスタル姫はその脂肪体質を受け継いでいないようだった。

 おともは、昨日もケイシスタル姫に随行していた、例の桐の箱を持っていた侍女ひとりだけであり、こちらもかなり大きな荷物を持参している。

 この二人だけか、と、ハザマは思った。

 ケイシスタル姫の無謀な企みへの協力者は、案の定、ワデルスラス公爵家の中にはいないらしい。


「お待ちしておりました」

「世話になる」

 ハザマとケイシスタル姫は短く挨拶して、その足で冒険者ギルドの窓口へと移動する。

 洞窟衆の出張所から徒歩での移動であったが、ハザマとケイシスタル姫の一行が外に出ると、その周囲に人垣ができ、ハザマたちの動きに合わせていっしょに移動してきた。

「こやつらは、なんだ」

 ケイシスタル姫が訊ねた。

「どうか、お気になさらず」

 ハザマは静かに答える。

「姫様のお顔を一目拝見しようと集まってきただけの者たちですから」

「そうか」

 ケイシスタル姫は頷いた。

「邪魔をせぬのならば、好きにするがいい」


 ハザマが冒険者ギルドの窓口まで誘導すると、ケイシスタル姫はその場で新しいクエストを発注した。


「目的: ワデルスラス公爵を翻意させ、スデスラス王国内に侵攻しているワデルスラス公爵軍を退却させること。

 方法: 未定。

 募集人員: 未定。

 報酬: 未定・時価。

 あるいはその武名のみ」


 ギルドに支払う手数料は、ハザマが手渡した茶器の代金の残りから支払うことができた。

 が、この時点でケイシスタル姫は身一つで来たも同然の、その生まれからくる地位以外の何物も持たない身であった。

 だが、このクエスト内容が正式に冒険者ギルドによって承認され、その内容がギルドの掲示板に貼られると、一斉に大勢の者がギルド窓口に殺到した。

 中には、勝手にカンパと称して街頭にいる者から金銭を徴収しはじめる者もいる。


「ええ、ケイシスタルの姫様。

 ここからスデスラス王国まで移動するのには、特に大軍をもって移動するのには、やはり川を下るのが一番手っ取り早いと思います。

 うちの筏を使ってもらえば、今なら格安で便宜を……」

「これからいくさをしようというのならばなんといっても大事なのは兵糧。

 うちの缶詰ならば今なら千個以上の購入で一割以上の割引を……」

「いや、なんといっても軍旗を真っ先に揃えなけりゃ!」


 同時に、ケイシスタル姫はあっという間に売り込みに来た連中に取り囲まれ、身動きが取れなきなった。

「な、なんなんだこれは!」

 ケイシスタル姫は叫ぶ。

「ハザマ!

 ハザマ殿!」

「こいつらは、いわゆるセールスマンですね」

 ハザマはいった。

「まず最初に、こうした連中を巧いことあしらえる優秀な秘書役をどうにかして雇うことからはじめるとよろしいかかと。

 あとは、金銭関係を管理する者とか、必要な備品や消耗品の管理をする者なんかも順番に雇っていくべきではないかと思います」

 これ以降の仕事はケイシスタル姫が自主的に行う約束になっていたので、ハザマの口からアドバイスできるのはその程度のことだった。

「それでは、おれは別口の仕事があるのでこれで!」

 そういって、もみくちゃになっているケイシスタル姫をあとに残してハザマは去っていく。


「ちょって待て!

 この状態でわしを見捨てるのか!」

 ケイシスタル姫はハザマの背中に叫んだ。

「せめてここから助けるところまでは面倒を見ろ!」

「これ以上のご相談は、改めて洞窟衆の窓口にご依頼くださーい!」

 わずかに背後に顔をむけて、ハザマはそう叫んだ。

「ご武運をお祈りしていまーす!」

 そして、ハザマはあとも見ずにその場から去る。

 はっきりいって、この時点でもかなりサービスをしているので、ケイシスタル姫に対する罪悪感を抱くことはなかった。

 そもそも、それなりの規模の率いるつもりであれば腕っ節が強いだけではどうにもならず、軍資金はいうまでもなく、書類や食料、補給についても管理できる者を確保しておかなければすぐに行き詰まる。

 そうした細々としたことまで予想できなかったとすれば、それは明らかにケイシスタル姫自身の不明なのである。

 実際に軍勢を整え動かす前に、自分で苦労して体制を整える経験をしておいた方が、絶対に本人のためになるのであった。


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