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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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マヌダルク姫のサロン

 今回の開発事業にはニョルトト公爵家も多額の出資を約束しているわけだが、その窓口となるマヌダルク・ニョルトト姫はハザマほどには開発計画に口を出してくることはなく、万事、

「専門家の方の判断に任せます」

 で通していた。

 金は出すけど口は出さないという、金主としては理想的なあり方でもあったが、ハザマにしてみれば不可解に思うところもある。

 自分の意向を強く通すことをしないのならば、なぜこれほど多額の出資を行ったのか、疑問に思ってしまうのだった。


「街や建物などというのは所詮入れ物でございましょう」

 機会があるとき、ハザマがその疑問について問いただしてみると、マヌダルク姫は軽やかな笑い声をたてながらそう答えてくれた。

「わたくしが興味をおぼえるのはその入れ物に入る中身、つまり行きた人々がそこでなにをおこない、なにを為すのかということなので。

 正直なところ、入れ物の方にはさほど興味はありません。

 それに」

 これまでと同様、洞窟衆の方々がどのような仕事をなさるのか、成り行きを見守る方が楽しめそうな気がいたします。

 と、マヌダルク姫は続けた。


 共同出資者として積極的に意見をしなかったからといって、マヌダルク姫はこの再開発事業において非協力的な態度をとっていたわけではない。

 強く意見をすることこそなかったものの、マヌダルク姫はそれ以外の面では協力を惜しまなかった。

 出資する以外にも積極的に資材の確保や施工管理のための人材などを供出し、かなり積極的にこの事業に加担してくれている。

 この施工管理のための人材も大半はマヌダルク姫が各地から集めてきた若き女性たちであり、まだ実際に建物こそ完成していなかったものの、これから立ちあげられる予定の女学校の実質的な第一期生ともいうべき人々であった。

 彼女らはしばらく前から実習も兼ねて洞窟衆の内部に入り込んで働いており、大勢の人を使って大規模な仕事をさせるための管理術を学んでいたのだ。

 今回の事業は、そうした女性たちにとっても格好の実習の場となり得る。

 もちろん、それに先行してしてマヌダルク姫の女学校の方の建築作業も進められていたわけであるが、建物の造成は順調に進行していて、むしろそれ以外のなにをどう教えるべきかとという、教育カリキュラムの選定の方が遅れがちであるという。

 基礎的な部分においては洞窟衆も協力する約束になっており、そのため人材育成部門のルアともこの女学校製作委員会の人々も定期的に顔を合わせて打ち合わせを行っているようであるが、それ以外の専門的な分野においては洞窟衆内にも頼れる者がいない事が多く、結局は伝手を頼って遠くから適切な知識なり技術なりを持つ人々を招聘するしかないということであった。

 数年単位の長期間に渡って身柄が拘束されるわけであるから、これらの交渉についても、それぞれの専門家個々人にあたり、口説き、相応の報酬を提示して契約を取りつけていく必要があるわけで、これについてもまとまった講師役を集めるのは容易ではなく、なかなか時間がかかるという。

 無論、手を抜こうと思えばいくらでも抜けるのであろうが、マヌダルク姫の一党はどうやらそうするつもりはないようであった。

 マヌダルク姫が、

「入れ物にはあまり興味が無い」

 という発言も、裏を返せばその入れ物に入れる中身の方こそ重視するというマヌダルク姫のスタンスを表明する発言であるとも解釈することができる。

 マヌダルク姫は、ハードウェアよりもソフトウェアをより重視するようであった。


 旧ベレンティア公爵領の再開発事業については、共同出資者にあたるニョルトト公爵家の他に王国軍の代表者とも事前の打ち合わせを必要としていた。

 王都から押しつけられた取り決めにより、洞窟衆は新しい領土引き換えに王国軍の維持費まで肩代わりすることになっている。

 一口に王国軍の維持費といってもその内訳は多岐にわたり、実際にどこまでを洞窟衆側が負担するのか、その線引きを早い時期に確定しておきたかったのだ。

 もちろん、ハザマたち洞窟衆側としては、より少ない出費で済むように交渉をするつもりであった。

 しかし、この交渉は意外に難航した。

 王国各地の諸侯から、それに同盟国各国から選抜されてきた将兵によって構成されている王国軍は予想外にまとまりが悪く、ここを通せば確実にはなしが伝わるという窓口というものがなかった。

 出身により、あるいは兵科によって独自の編成がなされており、完全な寄り合い所帯なのである。

 よくよく考えて見ればこの王侯軍という代物も、非常時に出動することを前提とした組織ではなく、あくまで新手の戦術などを研究することを目的とした組織である。

 通常の軍隊のように統率を取る必要はないし、したがって確とした命令系統を構築する必要もないのであった。

 また、分野によっては最新の技術を盗まれるのを警戒して極端な秘密主義に走っている部署もあり、こうした烏合の衆すべてにこちらの意思を伝え、なんらかの約定を確定していく作業は予想外に煩雑であり時間も必要とした。

 もっとも、そのためにハザマ自身が走り回ったわけではなく、専門の人員を割り振って交渉に当たらせたわけであるが。

 いずれにしろ、この交渉については予想外に時間がかかることとなった。

 そうして交渉を進めていくうちに、ハザマたち洞窟衆側の予想に反して、王国軍は多額の金銭を必要とするわけではないということが判明してきた。

 もちろん、それはあくまで頭に、

「当初の予想と比較すると」

 という言葉がつく程度であり、実際の必要とされる金額はやはりそれなりに多額ではあるのだが。

 実際に交渉を開始してからはじめて明らかになったのだが、各種検証実験や演習のために必要となる経費を負担することは避けられないものの、それなりの割合を占めるものと予想された王国軍将兵に支給する各種の手当や給金、飲食のための費用などはすべて王国軍に所属する将兵自身の自腹であった。

 もともと王国軍に参加するような者は出身地で相応に高い身分にある者がほとんどであり、身の回りを世話をする使用人や馬などの持ち込んだ家畜の維持に必要な経費など含めて、すべて自腹で当たり前だとする風潮がある。

 王国軍の将兵たちは、ここに働きに来てというよりも、自分が所属する勢力のために最新の戦術を学びに来ているという意識が強く、王国軍での活動も一種の奉仕活動兼自助努力の一環であると認識しているらしい。

 だから自分の生活費や自分が引き連れてきた使用人の給金などは自分で用意するもの、という意識が強い、らしい。

 実験や演習の際に消耗する品々について洞窟衆側が負担をするのは仕方がないにしても、多数の将兵に対して支給するはずだった給金などが丸々浮くのは正直なところ、ありがたかった。

 そのどうしても外せない経費も客観的に見て相応の金額になるのだが、多くの王国軍将兵があまり世慣れていないのをいいことに、洞窟衆側はそうした経費を支給するかわりに実験結果を報告書としてまとめて洞窟衆側に提出する契約を結んでいく。

 こうすることによって洞窟衆側はその経費を負担するかわりに通常であるのならば軍事機密として扱われるような最新の情報を受け取るわけである。

 少なくはない出費を強いられるわけであるから、それくらいの見返りは確保するように努めないとやってられないというのが、洞窟衆側の本音であった。

 将兵へ支給する給金以外に、現在建築中である王国軍関係の諸々の施設についても、その建築費は引き続き王国側が負担をするということになった。

 これはすでに予算がつき、それにそって動いている計画を今さら変更するのもリスクが大きく、また、同盟国の中で盟主国となるべく王国が威信をかけて動いているからでもある。

 こんなものまで洞窟衆の懐をあてにするとは、他の同盟国の手前、王国も大きな声で公言はできない。

 ということらしい。

 洞窟衆としても、余分な出費を少しでも控えることができれば文句をいう筋合いでもなかった。


 しばらくそうして商用地区に滞在している間に、ハザマはマヌダルク姫が主催するサロンに招かれた。

 通常の夜会とは違い、まだ日が高いうちに集まる一種のお茶会のようなものだという。

 マヌダルク姫にはそれなりに世話になっているし、無碍にすることもできなかったので時間を作って出席することになった。

 場所は居留地内にあるニョルトト公爵家の公館で、出席者は諸国から集まってきた多士済々の妙齢のご令嬢たち。

 つまりは、マヌダルク姫の女権拡張運動の賛同者たちであった。

 そんな場におれなんかがいっても仕方がないと思うがなあ、とか思いつつ、ハザマはその集まりにリンザやヘルロイ、ニライア・ガンガジル姫を引き連れて参加する。


 馬車を使うほどの距離でもないので徒歩で移動し、ニョルトト公爵家の公館に到着するとすぐに案内の者が出てきて公館の奥の方にある広間へと通された。

 リンザが案内の者に手土産かわりの木箱に入ったアイスクリームを渡す。

 集まった人数がわからなかったため、かなり大きな箱であった。

 広間には五十人前後の着飾った若い女性たちが談笑しており、ハザマたちが入ると顔をこちらにむけて一斉に視線を投げてきた。

 若い女性の体臭とそれに化粧品の匂いが周囲に充満しており、それだけでハザマはなんだかげんなりとした気分になってくる。

「本日は、お招きに預かりまして」

 注目を浴びてしまったので、しかたがなくハザマは当り障りのない挨拶をしておいた。

「一応男爵ということになっている、洞窟衆のハザマ・シゲルという者です」

「この場に居る方で、男爵のことをご存じない方は皆無ですよ」

 主催者であるマヌダルク姫が進み出てきて、軽い笑い声をたてた。

「男爵様は、もう少しご自身の令名を意識するべきだと思います」

「はあ、そうですか」

 ハザマは生返事をした。

 なにごとか、確たる目的がある交渉などならばともかく、相手がなにを考えているのかわからない、こうした場は、正直なところ、ハザマは苦手としていた。

 どうしても、及び腰になってしまう。

 それから、マヌダルク姫によって次々と盛装した若い女性たちを紹介された。

 大多数はどこぞの国の貴族の子弟であったが、どこぞの商人の縁者だと名乗る女性も少数ながら居る。

 いずれにせよ、経済的に恵まれている立場の女性たちが大半であった。

 ま、そうでなければ、こんな運動にかまけている余裕もないだろうしな、と、紹介された女性たちを失礼にならない程度に適当にあしらいながら、ハザマはそんなこを考える。

 その場に何十名も居る女性たちの顔と名前をハザマが一度におぼえられるわけもなく、生返事を繰り返すばかりだった。

 そうしてマヌダルク姫に紹介された中には、初対面の女性たちばかりではなく、ハザマが面識がある人物なども混ざっていた。

 いつだったかファンタルへの口利きを求めてハザマに面会を求めてきたエーデリンク男爵夫人をはじめとする女性兵士が数名、それに、ヘムレニー猊下とヘムレニー教の神官服を着たアポリッテア・スデスラス王女などである。

 なるほどなあ、とハザマは感心をする。

 この手の人々が、ここに合流してくるわけか。

 なんとなく、腑に落ちた気がした。

 おそらくここに集まってきた女性たちの中の多くは、なんらかの理由があって自分が生まれ育った場所では居場所がないか、それも居心地が悪いと思っているのだろう。

 ま、そうでなければ安寧な立場から自発的に離れて、離れてわざわざ仕事を求めようとは思わないだろうしな、と。

 そうした女性のほとんどはそれなりに豊かな家柄の出身であり、本人がその気になりさえすればおそらくは一生遊んで暮らせるくらいの余裕はあるはずなのだ。

 それでもそこに集まった女性たちの面持ちからはそれなりに真剣さを感じ取ることができ、その点についてはハザマも素直に感心した。


「それで今日は、なんでおれなんかが招かれたのですか?」

 主席者の紹介が一通り終わったので、ハザマはマヌダルク姫にそう訊ねてみた。

「まず第一に、こちらにいらっしゃる皆様から男爵様のおはなしを直接聞きたいという要望ありましたので」

 マヌダルク姫は微笑みながら答える。

「なんといっても男爵様は、類まれな異邦人でいらっしゃいますから。

 それも、この地に根を張って成功していらっしゃる異邦人です。

 耳を傾ける価値は十分にあるかと」

 漠然としすぎているなあ、と、ハザマは思う。

 このお姫様のことだから、もっとこう、明確な目的があるものと警戒していたのだが。

 いや、今の時点で表に出してはいないだけか、と、ハザマは思い直す。

「ええと、そうおっしゃられても」

 ハザマは周囲を見渡して、そういってみた。

「具体的に、なにをどうはなしていいのやら。

 なにしろ、これだけ大勢の若い女性に囲まれることも滅多にありませんし、こうしたご婦人が好みそうな話題など、すぐには思いつきません」

「ご冗談を」

 マヌダルク姫はそういって軽やかな笑い声をたてた。

「今でも洞窟衆で働いている女性は大勢いらっしゃいますし、それに初期の洞窟衆は男爵様以外はほとんど女性であったと、そのように聞いております。

 その名残か、今でも要職に就いているのもほとんど女性ですし」

 当然のことながら、マヌダルク姫は洞窟衆についてもかなり詳しく調べをつけているようだった。

「はあ、まあ」

 不肖不肖、といった感じで、ハザマはその言葉に頷く。

「それはまあ、確かに、その通りではあるんですけどね」


 いろいろな経緯があって結果としてそうなったわけだが、基本的に洞窟衆という組織は実力第一主義的な性格が強く、その仕事をこなす能力さえあれば性別に関係なく高い地位に就くことができる。

 ハザマにしてみればそれは当たり前のことであったが、少なくとも平地の国々ではそれが当たり前ではないらしかった。


「そのような洞窟衆の体質は、どこから来たのでしょうか。

 男爵様ひとりの思いつきなのか、それとも男爵様の故国自体にそのような風土の場所であったのか」

 マヌダルク姫はそう続ける。

「その辺の詳細について、少し時間を割いて説明していただきたいと思っています」

 ああ、なるほど。

 と、ハザマは思う。

 これは、マヌダルク姫だけを相手にして語るよりは、大勢を相手にして語った方がいい内容なのかも知れない、と、ハザマはこのサロンの目的について腑に落ちるところがあった。

 さて、どこからどう説明すればいいのかな、と、ハザマは少しの間、考え、その結果、こう切り出した。


「まず最初にはっきりしておきたいのは」

 考えた結果、そう切り出す。

「おれが元居た世界においても、真の意味での男女平等というのは実現されていないということです。

 というか、生物的な条件から考えても、職場における男女平等というのは無理でしょう。

 身体的能力的な条件によるむき不むき以外にも、女性には妊娠と出産、それに育児という男性にはできない仕事を担当してもらわなければならないわけで。

 そうした女性特有の仕事に従事している間、他の仕事には就けないわけです。

 出産と子育てのため、数年の職場を空ける女性を責任のある部署に配置することを避けるような職場も、おれの世界では決して珍しくはありませんでした」

 自分の出身世界を美化して語ることもできたし、そうしてもなんら不都合はないはずであったが、ハザマはそうした不都合な部分も含めてできるだけ率直な物いいをするように心がけた。

 別に積極的に嘘をつかなければならない理由がなかったからでもある。

「……こうしたマタニティ・ハラスメントの問題以外にも、若い夫婦が保育所、ええ、子どもの預け先がなくて、思うように働きに出られないというような問題もあります。

 おれが居た世界では、子どもの世話は基本的にその子どもの家族ですることが当然とされています。

 夫婦の親の世代が健在であればまだしもやりようはあるのでが、そうした祖母の世代は多くの場合、遠く離れた場所で生活しているか、それともそれぞれに仕事を持って働いているのか、あるいは年老いて子どもの世話もままならない状態であることが多く、子どもの預け先がないせいで世帯収入が激減するようなことも多いようです」

「ええと、それから。

 そうだな。

 おれの世界においても、本格的に女性が社会進出したのはせいぜいここ数十年くらいの新しいことで、その大きなきっかけとなったのも、多くの国々が、国をあげての総力戦を行ったことだと聞いています。

 男手はだいたい戦場に取られていたので、それまで男性がやっていた仕事の多くも女性がやるようになって来たわけですね。

 それ以外にも思想的な理由もあるようですが、案外、そんな身も蓋もない理由で本格的に女性が働くようになってきたというのが、本当のところのようです」

「思想といえば、フェミニズムと呼ばれる思想と運動も一時期盛んだったそうですが、今ではあまり相手にされていません。

 というのは、こうしたフェミニズム運動の信奉者の多くは、あー、なんというのか、性差をなくすことと、それに男性優位の社会をひっくり返すことに熱心なあまり、必要以上に声高になったりヒステリックになったりすることが多いからです。

 いや、思想や定義からいえばそうした行動は本来のフェミニズムからは遠いのかも知れませんが、世間一般でイメージされるフェミニズムは、こうした鼻息が荒いおばさんたちのことを指します。

 こうした方々が、興味本位の目で見られることはあっても、まともに相手にされることはほとんどありません。

 そうした見解がかなり浸透してきたのか、最近ではめっきり目立たなくなりました。

 ま、ありたいにいって、一種の道化と見なされています」

 などなど。

 ハザマとしてはありったけの知識を総動員して、出身世界におけるその手の周辺情報を立て続けにしゃべりまくる。


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