王家相手の駆け引き腹案
「話題を元に戻しますね」
タマルが黒板の前に移動して口調を改めた。
「ニョルトト公爵家との共同出資による領地開発を行うと、われわれ洞窟衆が単独で行うよりも多額の資金を投入することが可能になります。
この効果も、意外に大きい」
「こちらの持ち出し分が増えることが、そんなにいいことなのか?」
ハザマは素朴な疑問を口にした。
「いつもならば、余分な支出は絞るようにいうお前が」
「この場合は、捨て金ではなく将来的には見返りが期待できる投資になるわけですから」
タマルは表情も変えずに返答する。
「この場合は、変にケチるよりも大胆につぎ込んだ方がいい結果が望めるかと。
それに、王都へ供出する上納金の金額にも影響しますし」
「上納金に?」
ハザマは小さく首を傾げた。
「なんだ、それは」
「王国内の領主が毎年、王都に一定金額の上納金を収めているは男爵もご存知ですよね」
「まあな」
ハザマはあっさりと頷いた。
「あれは、その領地ごとの収入に応じて一定の割合を算出して金額が決定されます」
タマルはそう説明してくれた。
「簡単にいうと、儲ければ儲けるだけ、王都に差し出さなければならない金額も増えるわけで。
そこへいくとこのハザマ領などは、まだ初年度の割にはかなり歳入も多い領地といえますが、その代わりに、領地開発に必要な経費も多く、将来的な採算はともかくとして、今年度の収支状態でいえばせいぜいトントンといったところです。
そのおかげで、王都に差し出さなくてはならない上納金も普通に支払うよりはずっと低い金額で済みそうです」
「ちょっと待て」
ハザマは片手を上げて疑問を口にした。
「その、領地としての収入というのは、うちの場合、どこからどこまでの事業を計上しているんだ?」
「普通の領地の場合、仮に領主がなんらかの事業をやっているにせよ、その収入のほとんどは領民から供出される税収の占める割合が大きくなるわけですが」
タマルはいった。
「うちの場合、その税収を最初から放棄しているような状態ですからね。
しいていえば、保険金が通常の意味での税金に近い意味合いを持つわけですが。
それに、ハザマ領内で行われている洞窟衆主体の商行為全般によって得られる収益も加えて、ハザマ領全体の収益と見なすそうです。
王国側の官吏と協議した結果、今の時点ではそういう結論になっています」
「そうか」
ハザマは頷いた。
「その収益から、領地開発にかかるものなど、諸経費を差っ引いたものが領地としての純益になるわけだな?」
「そうです」
タマルも頷く。
「つまり、必要となる経費の金額が多ければ多いほど、王都に収める上納金の金額は安く済ませることができるわけです」
「なるほどなあ」
ハザマはいった。
「つまり、領地の開発費をさらに増やすことによって、何年分か、王都に収める上納金を割安にしようというわけか」
「実質的には、その上納金から領地の開発費用を捻出するようなものですね」
タマルはそう答えた。
「うちの場合、収入源は他にいくらでもあるわけですし、王都がしばらく肩代わりしてくれるのならば、せいぜい派手に使ってしまってもいいのではないかと思います。
長期的な視野に立ってみても、この開発が成功すればハザマ領全体の収入も底上げされるわけですし、それに、周辺地域に対する経済的な波及効果も期待できます。
王国側にとっても、決して悪いばかりのはなしではないと断言できます」
そんなものか、と、ハザマは納得をすることにする。
正直、ハザマの知識ではその内容をどこまで信用していいのか判断がつかなかったが、タマルのような専門家が自信を持って断言をするのならば任せておいてもいいのだろう。
「開発費用のことはそれでいいとして」
ハザマは話題を変えた。
「王国側が要求している、王国軍の維持費というのは、うちだけで負担できるような金額なのか?」
これについても、ハザマは気になっていた。
軍事費の捻出といえば、昔も今も為政者の頭を悩ませる問題なのだ。
王侯側にいわれるまま、黙って呑んでしまってもいいのどうか、もう一度確認しておかなければならない。
「その点についていえば」
タマルはそういって肩をすくめた。
「やり方次第、ということになりますね」
「やり方次第」
ハザマは渋い顔つきになる。
「それだけではよくわからない。
もっと詳しく説明してくれ」
「そもそも、王国軍とはなんなのか?」
タマルは滑らかな口調で続ける。
「王国が動員できる軍勢そのものではありません。
有事の際には、問題が起こった地域周辺の人員がかき集められて対応する。
以前の国境紛争においても、われわれはその様子を見ているはずです。
そもそも、王国も他の諸国も、まともな戦力になるだけの軍勢を常備軍として他の仕事をなにもさせずに養えるだけの経済力は持っていません」
「だから、実験部隊だろう」
ハザマはその疑問に答えた。
「新しい兵器とか戦術とか、そういうのを試験して使い物になるのかならないのかを判断するための」
少なくともハザマは、そのように聞いていた。
「そうです」
タマルは頷いた。
「一部の物好きな貴族が集まって国費を使い、どうにか集めた資金と人員を使って先進の戦法を模索するための組織、ということになっています。
国境紛争に勝利してからは、周辺諸国でリーダーシップをとりたい王国が同盟国などに呼びかけて国際的な交流の場にもしているようですが」
「だから、その費用をおれたちが被ったとしても」
ハザマはいった。
「本当に、長期的にやっていけるのかどうかを聞きたいんだが」
「それについては、あまり心配する必要もないでしょう」
タマルはいった。
「なぜならば、王国各地ならびに周辺諸国からやって来た身分の高い方々から構成される王国軍は、長居するだけで相応のお金を落としてくれるからです。
無論、演習や実験などで、純粋に使用される経費もそれなりに存在するわけですが、そういうのはまた別の方法で回収をすればいい」
「王国軍に参加するやつらが消費する物をどんどん売りつけてやればいいというのは理解できるんだが」
ハザマまた疑問を口にした。
「後半の部分がよく理解できなかった。
軍事的な演習や実験が、どうしておれたちの利益に繋がるんだ?」
「ですから」
タマルは涼しい顔をして答えた。
「出したくもないお金を出すのですから、そうした実験結果についてもこちらと共有するべきだと掛け合うんですよ。
そもそもハザマ領も王国の一部だといい、そのための負担も強要されているわけですから、それくらいの見返りを求めても罰は当たらないでしょう」
そうなるのか、と、ハザマは思った。
新式の魔法や戦法、それに新兵器。
そうした軍事的な機密事項が、この世界でどれほどの価値を持つのか。
ハザマの乏しい想像力でも、それなりに理解をすることが可能だった。
ハザマが居た世界で例えるのならば、
「核兵器の開発資金を出せといわれた。
それならば、資金を提供するかわりに開発の過程で得られたデータもすべてよこせ」
と、いっているようなものだ。
直接的な利益にはならないのかも知れないが、ハザマ領ならびに洞窟衆に対して今後敵対するであろう諸勢力に対する抑止力としては十分な効果が見込める。
これからの洞窟衆の立ち位置を考えたとき、これはこれで価値があるものなのだろう。
「商売にはならないんだな」
ハザマはいった。
「あいにくと、誰かに売りつけることはできないでしょうね」
タマルも、ハザマの言葉に頷いた。
「そのかわり、国際的な立場での信用度があがります。
これからは、そうした配慮も必要となりますよ」
いつ、誰かに潰されるのか定かでもない勢力と継続的な商売をしたり、対等の関係を結んだりするものは居ない。
組織であれ個人であれ、自衛をするための最低限の武力は持っていなければスタートラインにも建てない。
ここは、そういう世界なのであった。
ここまでは、これまでの洞窟衆の戦績と、ルシアナを討伐したというハザマ自身のイメージによって、洞窟衆の実戦力を過小評価する者は出てこなかったわけだが、それも永遠に続くとは限らなかった。
面倒なことだな。
と、ハザマは思う。
「王国を相手に、そういう駆け引きを行ってもいいものなのか?」
ハザマは、また疑問を口にする。
「そもそも、そんなことを持ちかけても王国はまともに相手をしてくれるだろうか?」
「駆け引きは必要ですし、して貰わなければなりません」
タマルはいった。
「再三、爵位と領地を辞退した人が今さらなにをいっているんですか。
あの調子で、今度も強気で突っぱねてください」
「強気でいってもいいのか?」
「むしろ、強気で行くしかないでしょう、この場合」
タマルはそう受け合った。
「客観的に見て、あまり旨味のない領地と、完全に生産性のない王国軍の経費とを、王国から無理に押しつけられようとしているところなんですよ。
まともな判断力を持つ領主であるのならば、強く反対します」
「そういえば、そうだったな」
指摘をされて、はじめてハザマはそれらの事実を思い出した。
「常識的に考えれば、こんなものはいらん、もっとまともな報酬をよこせと王国側に食ってかかる場面なのか」
「そうです」
タマルも保証してくれる。
「洞窟衆に対してこうした報奨を用意した方々は、完全に嫌がらせを狙っているわけですから。
ここは是が非でも強固に抵抗して何度も突っぱねて、その結果、根負けした形でこうした報奨を受け入れてやらないと、成り行きを見守っている方々の期待を裏切ることになります。
彼らは、この措置によってわれわれ洞窟衆が苦しむことを期待しているわけなのですから。
われわれとしてはせいぜいその筋書き通りの反応をしてさしあげるのが、こうした報奨を用意してくださった方々への義理というものではないでしょうか」
「いうねえ、お前も」
ハザマは呟く。
「嫌味や皮肉はともかく、この場合はやはり何度かこれを突っぱねるのが普通の反応なわけだな?」
「普通は、そう反応でするでしょうね」
それまで黙って一連のやり取りを眺めていたマヌダルク姫が口を出してきた。
「男爵様が凡百の領主とは違うということは、重々承知しておりますが。
この場合は、この凡庸な筋書きにあえて乗っておいた方が無難なのではないでしょうか。
そうした方が、凡庸な筋書きを書いた凡庸な方々もかえって安心してくださると思います」
「強く抵抗するふりをしておいて、裏ではばっちり対策や準備を進めておくわけですか」
ハザマはいった。
そして通信でリンザにむかって、
『ニョルトト家ならびに他の公爵家の、最近の動向を改めて探らせておいてくれ』
と、指示を出す。
『すでに手配しております』
リンザの返答は予想していた通りのものだった。
『マヌダルク姫自身が身を呈してまで接近してくるのは、やはりなにか裏がありそうですものね』
やはり、リンザもハザマと同様の疑問を抱いていたようだった。
こうした急接近の背景には、なんらかの事情がありそうだと、そのように考えるのが自然な発想だった。
王国内の各勢力に対する内偵はこれまでもそれなりに諜報部門にやらせてはいるのであるが、人数的な制限、時間的な制限、それに予算の制限などの、つまりはリソース面での制限から、期待しているだけの成果をあげられないでいる。
こうした諜報はなんといっても長期的な積みあげがモノをいう世界だそうで、新興勢力である洞窟衆はかなりの遅れを取っているのが現状であった。
多少、王室直属影組の人員を引き入れることに成功したとはいっても、すぐに目に見えるほどの成果が出るほどの影響はない。
そもそも、ハザマをはじめとする洞窟衆の主だった者たちからして、王国内外の詳しい事情について深く理解はできていないわけで、そうした諸勢力との駆け引きについては、洞窟衆は完全に後手に回っている。
だがまあ、これについてはもっと長期的な視野に立って、見守るべきなのだろうなと、ハザマは思っていた。
即効で成果が出ないのは仕方がないにしても、先々のことを考えると情報収集の手を抜くわけにもいかないのであった。
さて、その情報弱者としては、情報弱者なりの処世をしていく必要があるわけで、ここはやはり、マヌダルク姫の言葉を借りるならば、
「凡庸な筋書き」
を書いた者たちの思惑に乗っておく方が、なにかとやりやすいのか。
マヌダルク姫などは、
「あんまり唯々諾々といいなりになってしまっても、今後も王国からいいように使われるだけですよ」
などと重ねて脅かしてくる。
「今回に限らず、物分りがいいふりはあまりしない方が得策であるかと思います。
男爵様とハザマ領とは、すでに山地からの侵攻を抑えていることで、十分に王国と周辺諸国への貢献をなしているわけですから」
「そういう考え方もできますね」
ハザマはいった。
「何度かこの報奨を断るのはいいとして、それで王国側が翻意し、別の報奨を用意するということはありませんか?」
「まず心配はいらないでしょう」
マヌダルク姫は即答した。
「今の王国に、それ以外の報奨を用意できるような余裕はありません。
ましてや、これまでの洞窟衆の働きに対して釣り合いが取れるものなど、そうそうあるわけがありませんし。
今回の報奨に関しても、嫌がらせの意味合いはあるにせよ、現在の王国としてはかなりの厚遇であるという見方をすることも可能です。
ベレンティア公爵領の山地よりの領地といえば、決して豊かな土地ではないわけですが、その豊かではない土地でさえも欲しがっている領主の方々はたくさんいらっしゃいます。
そうした声をどうにか抑えて洞窟衆にさげ渡す決断をできただけでも、今の王国としてはかなりの力を振るったはずです」
「今の王国としては、ねえ」
ハザマはいった。
「ということは、現在の王国は、いつになく弱っているわけですが?」
「王国史をひもとけば、今現在よりももっと深刻な窮状に陥った時期も多々あるのでございましょうが」
マヌダルク姫は、そう続ける。
「現在の状況も、なかなかのものでございます。
なんといっても、大きないくさは大きく国庫を食い潰すものですから。
国境紛争に続いて召喚獣騒動、それに、ガンガジル動乱。
特に最後の、ワデルスラス公爵が直接スデスラス王国に侵攻し、その割にはたいした戦利品を得られなかったことが大きく響いております」
「でも、あれは」
ハザマはいった。
「ワデルスラス公爵としてはともかく、王国としては新しい領地を併合して、収支としてはプラスになったはずなのでは?」
「もちろん、将来的にはそうなるはずなのですが」
そういって、マヌダルク姫はゆっくりと首を左右に振った。
「その併合した新領土も、そのほどんどがいくさの影響で荒れ果て、復旧のために大きな費えを必要とするような状況です。
ワデルスラス公爵家だけでは負担ができず、王国からのかなり巨額の援助が行われていると聞きます。
これも、王国の資金ぐりに大きく影響していることでしょう」
対スデスラス王国戦としてみれば、スデスラス王室は事実上、解体されたも同然だったが、国土のすべてを王国のものにすることまではかなわなかった。
決して負け戦でもないのだが、諸手をあげて喜べるほどの結果でもない。
戦果が癒えた数年後ならばともかく、今現在の収支でいえば、確かに王国側としては持ち出しの方が多い、つまりは赤字の状態になるのかもしれないな。
と、ハザマは得心する。
「後先考えずに、ほうぼうに喧嘩を売るからそういうことになる」
そんな言葉が、不意にハザマの口をついて出た。
「戦争を仕掛けるのならば、戦後の処理まで視野に入れて入念な計画を立てておくべきだったな」
「その意見には賛同しますが」
マヌダルク姫は薄く笑った。
「そもそもいくさとは、相手があってはじめて成立するもの。
いつも計画通りに事態が推移するのならば、誰も苦労はしません」
そうそう、理屈通りにいくか。
と、いいたいらしかった。
それもそうか、と、ハザマも思う。
「とにかく、今の王国は」
ハザマはいった。
「いろいろな原因が重なって、経済的にはかなり苦しい状況にあるわけですか?」
「わたくしが知るかぎりでは」
マヌダルク姫は頷いた。
「穀物相場が高い水準で定着してることによる物価高も手伝って、今は、王家だけではなく王国の貴族全般の台所事情は、おおむね苦しくなっているのではないかと」
そうか。
インフレもあるんだよなあ、と、ハザマは思い出す。
景気が良くなるということは、いい面ばかりではないのである。




