異族についての雑談
「そういわれてもなあ」
ハザマは困惑をする。
時計屋のナイゼルは帝国出身の独立した職人であり、さらにいえば大陸に名を馳せているほどの名人でもある。
そのナイゼルに対して、ハザマが頭ごなしにこちらの仕事を優先しろ、などと命令する筋合いはないのであった。
第一、そのようなゴリ押しはハザマの趣味でもない。
「まずは、ナイゼルさんの技量を必要とするほどの仕事がどのようなものなのか、教えてくれませんかね?」
ハザマは、そう訊ねてみる。
その仕事を引き受けるにせよ断るにせよ、詳しい内容を仲介するハザマが詳しいことを知っていないとはなしにならない。
「そうですね。
まずは、そこからでないと」
ヘムレニー猊下は神妙な顔をして頷く。
「現在、わが教団では天文台を建設中です。
そこで観測した情報を元にして、ナイゼル氏には正確な時刻を告げる時計を作っていただきたいと思っています」
そっちかあ、と、ハザマは思った。
ナイゼルにしてみれば本業の仕事であるし、持っていき方によっては興味を示すのかもしれない、とも。
「仲介をするのは構いませんが」
ハザマはいった。
「ただ、暦を作るのはその土地の為政者の特権ではなかったですか?」
「わたくしどもの教団が作りたいのは、あくまで正確な時刻を告げるための時計に過ぎませんから」
ヘムレニー猊下は笑みを崩さずに続ける。
「その副産物として暦ができたとしても、それを外部に公開するつもりはありません。
仮にその必要ができたときは、男爵の手をわずらさすことになるかと思います」
とはいっても、不定時法を採用しているこの世界において、正確な時刻を告げる時計を作ろうと思えば、太陽などの天体の正確な運行状態を把握する必要がある。
つまり、時刻と暦とは、不可分な関係にあるのだった。
「勘弁してください」
ハザマはぼやいた。
「これ以上に目立つのは、ごめんです」
洞窟衆は、部族連合からも独立した部族であると認定されているし、同時に、王国からも領土と爵位を託されている。
その両者を同時に得ているハザマならば、独立した暦法を採用したとしても、どこからも文句をいうことができないはずだ。
しかしそれは、洞窟衆ないしはハザマ領の内政に外部から干渉することができないという、あくまで制度上は問題がないというだけのことであって、それを実際にやってしまえば、外部からの不要な疑心を招く恐れがあった。
たとえば、ハザマ領が王国からも部族連合からも離れ、真の意味での独立国家として勢力を拡大するための布石である、などの。
実際のところ、そんな面倒な野心をハザマは持ってなどいないのだが、そういう無駄なパワーゲームに興じるのが好きな手合はどこにも居るものだ。
ハザマとしては、そうした物好きな連中の関心をこれ以上に引くような行動をすることは避けたいな、と思っている。
「まあ、おりを見て、ナイゼルさんには声をかけておきますが」
ハザマはいった。
「おれはナイゼルさんになにかを命じるような権限を持ってはいません。
結果はあくまでナイゼルさん自身の意向次第ということで、どうかご承知ください」
ハザマの立場としては、そういうのが精一杯だった。
「いえ、それだけでも、こちらとしては十分でございます」
ヘムレニー猊下は追うように頷いた。
それから、ハザマが連れてきた犬頭人たちの女性たちの方に目線をやって、
「ときに、今回は、犬頭人の方々のお世話を大々的にはじめたようですが」
という。
「別に、おれとしては大々的にやっているわけでもないですが」
ハザマはいった。
「むしろ、彼らのこれまでの貢献度を考えると、フォローをするのが遅すぎたくらいですね」
この辺は、割りとハザマの本音でもある。
冒険者ギルドという制度を思いつかなかったら、犬頭人たちとハザマ自身が直接に接触することももっと後回しにしていたのかも知れないのだった。
「というか、教団としては異族への差別とかはないんですか?」
逆に、ハザマは訊ねてみる。
「一応、表むきの教義としては、同じ生ける者への差別は禁じられております」
ヘムレニー猊下は慎重な口ぶりで応じてくれる。
「ただ、現実には異族のせいで身内にやご自身に直接的な被害を受けている信者も多いので。
そうした教義も末端まで真摯に受け止められているかというと、現実には厳しいですね」
理想は理想、現実は現実というわけだった。
まあ、そりゃそうだろうな。
と、ハザマは思う。
自分自身や身内の者が異族によってなんらかの危害を加えられた経験がある人にむかって、
「汝の敵を愛せよ」
などといったところで、まともに耳を傾けるわけがない。
それはそれで、この世界の現実というやつなのだろう。
それに、ハザマとしてもこの世界全体にむかって無差別に自分の理想を押しつけるつもりもなかった。
ただ、自分の手の届く範囲内で、直接的な接触がある犬頭人と他の不特定多数の人間とか、うまく協調して動けるような環境さえ構築できれば、とりあえずは満足できるのである。
この場合は、ヘムレニー教団が少なくとも表むきには異族の排斥を唱えていないということで満足するべきなのだろうな、と、ハザマは思った。
「ところで男爵は、どこまで異族を重用するおつもりなのですか?」
今度は逆に、ヘムレニー猊下から問われた。
「あまり重用し過ぎると、今度は職にあぶれた方々から反発をくらう可能性があるわけですが」
犬頭人もそうだが、たいていの異族は人間などよりも力も体力も優れている。
つまりは、こと肉体労働の分野に関しては、労働力として優秀なのだった。
そうした異族たちが本格的に人間社会の中に入って働くようになってくると、大きく割りを食うのは単純肉体労働でしか日々の糧を得ることができない下層民たちの仕事が不足してくることになる。
犬頭人の重用からそこまでの想像力を働かせることができるあたりは、やはりこの人もそれなりの組織の指導者なのだなと、ハザマは感心をした。
「それは無用な心配というものでしょう」
しかし、ハザマはそう答える。
「将来的にはともかく、当面、犬頭人たちには特殊な分野の労働のみ担当してもらうつもりですし、仮にそうでなかったとしても、うちの領地では当分、どんなに労働者人口が増えたとしても、仕事が不足することはありません」
なにせ、ハザマ領内だけではなく、山地方面とかガダナクル連邦をはじめとする平地の各国、それにドン・デラなどに常時まとまった人数を送っているような状況なのである。
むしろ、人間だろうが犬頭人だろうが、あるいは他の異族だろうが、働ける者さえいたらいくらでも働かせたいと思っているくらいなのだ。
ハザマがこれまでに関係する資料に目を通したところ、これから数十万単位で労働人口が増えたとしても、なんらかの仕事を割り振る余地が十分にあるほどだった。
もちろん、これはあくまで数字だけをみたハザマ個人の所感であって、実際には仕事をするのに必要な手順や知識を伝え、教えこむ時間とかが必要となるわけだから、すぐに人だけが来たとしても混乱するばかりなのだが。
とにかく、仕事を求めてきた者たちに順番に仕事を割り振っていけば、当面、仕事にあぶれる人間が出てくる心配はない、ということだけは断言ができる。
現状では、ルアが常々頭を痛めているように、ハザマ領に際限なく流れ込んでくる者たちを、いかに短期間で、効率的に使える人間に教育していくのかという点が問題になっているほどであった。
今のハザマ領は、どちらかというと単純肉体労働に従事する者よりも、ある程度の知識と判断能力を必要とする、管理職的な役割を担当する人材の方をより切実に欲している。
「そこまでお考えでしたか」
ヘムレニー猊下はハザマの発言に対して素直に頷いてみせた。
「ならば、こちらとしてはなにもいう必要はありませんね。
ところで、そちらの犬頭人の方々は、見たところ、全員女性のようですが。
今後、どのような仕事を割り振るおつもりですか?」
さて、どのように返答したものかとハザマは少し考えて、結局、犬頭人たちの要望からはじめて、すべてを詳細に説明することにした。
仮にも聖職者にむかって説明すべき内容でもないとも思ったのだが、このヘムレニー猊下はいろいろな意味で普通の聖職者とは違った存在であるし、なによりここで下手に隠し事をしてあとで糾弾されるようなことになるよりは、普通に説明をして理解をを求めておいた方がこじれなくていいだろうと、このときのハザマはそう判断した。
ヘムレニー教団の教義内で性的な事柄、とりわけ、性交渉を生業とする者たちへどのような態度で接しているのか、この時点でのハザマは知らなかったので、ある意味では賭けではあったのだが。
「そういうことですか」
ヘムレニー猊下はいった。
「そういうことでしたら、わが教団もお力になれるかも知れません。
そちらの犬頭人の方々は、定期的にこちらの寺院に立ち寄って体調を診て貰うといいでしょう。
妊娠の有無と、それに余計な病気の予防や治療などでお力になれることと思います」
「こちらの教団は、そうした事柄に関しては鷹揚なのですか?」
糾弾でもされなかねないと内心で身構えていたハザマは、拍子抜けした様子でそう訊き返した。
「鷹揚というよりは」
ヘムレニー猊下は苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「必要に応じて、そうした生業を認めているといった方がいいですね。
他になす術もなく、体を売ることでしか自分や家族を養う方法がない女性は、男爵が漠然と想像するよりも遥かに大勢居ます。
そうした無力な方々を、いちいち弾劾しても得るものはありません。
教団としては、そうした女性たちを助けるために、医療面の知識や技術を育てることくらいしかできませんでした。
その点、洞窟衆は、非力でろくな知識も持たない女性にもできる仕事をたくさん用意してくださるので、少なくともハザマ領内ではしかたがなく身を堕す女性はほとんどいないはずですが。
犬頭人の方々の事情を聞かせてもらった限りでは、そうした貧しい女性たちとは違った意味で切実な問題を抱えており、相応に支援を必要とする立場であると判断します」
なるほどなあ、と、ハザマは得心をする。
ものは考えようというか、歴史がある教団だけあって、それなりに実際的な判断を示すこともあるわけか。
「正直なところをいいますと、非常に助かります」
ヘムレニー猊下の言葉を耳にして、ハザマは素直に頷いた。
「ただ、医療面についてはこちらでもフォローはするつもりですが、なにぶん、異族を相手にするのはこれがはじめてのことになりますので、手探り状態の部分が多いわけで」
犬頭人たちに対しても、人間を対象とした医療行為はおおむね通用する。
たとえば、医薬品などは、人間用の物をそのまま使用してもどうやら害はなく、それどころか、飲み薬などは人間よりもよく効くようだ。
それでも、病気の種類によっては人間用の治療法が通用しないこともあり得たし、そうした細かい差異については、今後、臨床データを積みあげた上で有効な治療法を模索するしかない状態であった。
洞窟衆内の医局にも協力を要請しているところだったが、この分野でそれなりに経験と歴史を積んでいる、つまりは実績があるヘムレニー教団にも協力をしてもらえるのならば、ハザマとしては心強かった。
医療関係だけではなく、大々的、長期的に異族を相手にして仕事をするのはこれがはじめてのことであり、なにかと手探り状態のところである。
ヘムレニー教団のような大規模な組織が協力的であり、相談役になってくれそうだというのは、ハザマにとってはいい兆候であるといえた。
「洞窟衆の方々やヘムレニー教団の中での扱いはそれでいいにしても」
ヘムレニー猊下はそう続けた。
「それでも、大々的に異族の方々を雇用するとなると、内外から強い反発が来るものと予想されますが。
その点については、男爵はどのようにお考えですか?」
「その点については、すでに部下などから強い叱責を受けました」
ハザマは澄ました顔で答えた。
「そうした反発がまず確実に起こることは理解できましたが、おれとしてはあまり問題にしません。
他の異族のことは正直なところ、よくわかりませんが、犬頭人たちはおれのいうことをよく聞いてくれます。
万が一にも反抗し、人間に危害を加えることはありません。
犬頭人たちが人間に混じって働く光景がごく普通に見られるようになれば、異族に対する偏見も徐々に少なくなっていくのではないでしょうか?」
「論より証拠というわけですね」
ヘムレニー猊下は、なにか達観したような表情になって頷いてくれた。
「それは、即効性こそありませんが、地味に効果がある方法論だと思います。
犬頭人たちに多大な影響力のある男爵にしかできない方法でしょう。
男爵がそのおつもりで覚悟を決めていらっしゃるのなら、最終的にはその目論見は達成されることかと思います」
そういったあと、ヘムレニー猊下は、こう続けた。
「ただし、この世には、見通しがいい視野を持つ者だけが住んでいるわけではありません。
男爵の目論見が達成されるまでには、多くの摩擦が生じ、その際に、場合によっては多くの血が流されるかも知れません。
そのことだけは、どうか頭の隅に留めておいてください」
犬頭人に対する話題が一段落すると、そのあとはとりとめのない世間話をざっとしただけで、ヘムレニー猊下は退室した。
よかったら、今夜はこの寺院の中でお休みしていってくださいと、そう言い残して。
まだ無理をすれば日が落ちる前に商用地区に到着することも可能な時刻ではあったが、特に急ぐ必要もなかったので、ハザマは連れてきた者たちの意見を聞いた上で、その言葉に甘えることにした。
時間の追われていないということ以外にも、ハザマ自身がこの機会にこの寺院の設備を一通り見学したいという思惑も持っていたのだった。
教団はハザマたちのためにそれなりに上等な部屋を用意してくれて、一度そこに荷物を置いたあと、一行は解散して自由に行動することになった。
ハザマはヘルロイに対しても、
「ここでは護衛の必要もないから」
といって、ヘルロイの身内であるスデスラス王家の関係者のところに様子を見にいくように勧めておいた。
教団は、護衛のつもりか見張りのつもりか、いやおそらくはその両方なのだろうが、ハザマたちに一人ひとりにつき二、三人に人間をつき添わせていた。
それをいいことに、ハザマはそうしたおつきの者に声をかけて、教団の内部を適当に視察して回る。
寺院というから宗教的な儀式ばかりをやっているのかと思ったが、冠婚葬祭を担当する部署はごく一部であり、その他に、かなり大規模な学問所や育児所がすでに稼働しているようだった。
特に学問所の方は、教義に関する内容ばかりを教授しているわけではなく、医学や薬学、建築学、天文学その他、多岐にわたる分野のかなり専門的な知識を集積して教えているらしかった。
ハザマの世界でも昔はそうだったらしいが、大規模な教団ともなれば、その内部に知的な営為を集積し、伝授するような機能を自然と有するものであるらしい。
この教団がそういうことができるほどの余裕と富を恒常的に蓄えているということでもあるのだろう。
国境をまたいで複数の国々の信者が広がっている事実も合わせて考えると、こうした宗教的な権力も決して侮るべきではないよなあ、と、ハザマはそんな思いを強くした。
おそらくは、経済力とかいざというときに動員できる人数とかだけで比較すれば、この教団は下手な国家よりも強い権力を持っている。
下手に敵に回したら、かなりの火傷を負うに違いがないのだ。
ハザマとしては、ヘムレニー教団に対して敵対すべき理由も気持ちも、この時点では微塵も持っていなかったので、どうでもいいようなものだったが。




