洞窟衆の戦略
「やって来た斥候隊は三竜編成。
落とした飛竜は、ニ体」
炙った飛竜の肉を噛み切りながら、エルシムがいった。
「……一体取り逃がしている勘定になるが、いいのか?」
「構わんだろう」
ハザマは、即答する。
「別に爆撃してくるわけではなし、単なる偵察隊だってはなしだし、空の上から観察されて困るような事情はこっちにもないし……。
あっ」
「どうした?」
「そういや、残りの一体、いつの間にか姿が見えなくなったな。
硬直が解けて、慌てて帰っていたのか」
火を囲んでの、会話であった。
手分けして飛竜の解体をしたり、調理をしたりしているうちに日が落ちたので、囚人の護送隊ともども、このままここで野営の準備をはじめている。
どのみち、友軍の野営地まで、馬でもう一日くらいいけば到着するところまで来ているのだ。焦る必要もない。
「……別に構わぬのであろう、お前様よ」
エルシムの目が、半眼になる。
「まあ、構わないんだけどな。
……たぶん」
そううそぶくハザマの肩には、ニ体分の飛竜の頭部と胴体をきれいにたいらげたバジルがしがみついている。
いつもバジルを入れていた肩掛け鞄が破損したため、今ではこうして直に持ち運ぶしかなかった。
多少不便ではあるが、これから向かう戦場は宿場町ドン・デラのような人口密集地ではなく、いや、人は多いかも知れないが誰もバジルのことを詮索してくるほど暇ではないであろうと予測される戦地である。
このまましばらく、裸のまま持ち歩いていても大きな支障はあるまい、と、ハザマは判断している。
「それで、今回の便で運んできたのは、まずは、人だな。
男女併せてとりあえず三十名。
それから、天幕用の布地、各種医薬品、包帯や担架などの医療用品、製粉した麦の袋が百袋、弓が百張りに、矢が五千本、それに……ドワーフの手による刀剣類が、とりあえず、五十振り」
「……取引は、順調ってわけか?」
「多少、問題は発生しているがな。
まずまず、うまくいっている方だろう」
「問題、ってのは?」
「なに。
取引が、ちょっとな。
現金やドワーフの手による武器で支払ってくれる分にはいいのだが、家畜や作物、毛織物、奴隷などで支払いたいと希望する者が予想外に多くてな。
難儀しているそうだ」
「奴隷はなんとなくわかるが……家畜や作物、か?」
「家畜や作物、よ。
やつらにとっては、それも重要な財物であるということでな。物々交換は珍しくはないそうだ」
「……悪気は、ない……と。
で……それのなにが、問題なんだ?」
「値段が、な。
こちらで珍しい物に関しては、相場の判断が難しく、ゴグスやタマルの商人勢と連絡を取って適切な値を判定するのが一苦労で、なかなか時間がかかっておるようだ。
おかげさまで、交換所はここのところ、ずいぶんと賑やかなことになっている」
「仕入れの調子は?」
「新たに多数の仕入れ人が参入してくれたからな」
ドン・デラにいた老人の口利きで軍の物資を略奪してくれる、盗賊たちのことだ。
「こちらが報酬を用意する限りにおいては、よく働いてくれる。
全幅の信頼を寄せるつもりはないが、それはむこうにしてみても似たようなものであろう」
この盗賊たちに関しては、隙あらばこちらを出し抜こうとする者たちと、逆に必要以上にこちらにすり寄ってくる者たちとに二分されるそうだ。
このうち後者は、他にしようがなく盗賊に身をやつしている者たちであり、前者は盗賊を天職と心得て他の生き方を選択しようとはしない連中であろう、と、エルシムは説明した。
「……しばらく様子を見て、取り込める連中は取り込んではどうか、という意見が現場から出ている」
「ああ、もう。
好きにしてくれ」
ハザマは、投げやりにそういった。
森中の犬頭人の巣を襲い、犬頭人に捕らわれている女たちごと引き取りはじめた時点で洞窟衆の規模に関して思い悩むことはやめてしまっている。
「今の時点では、集荷作業が順調にいっているんなら、それでいい」
集荷作業とは、いうまでもなく軍の輸送隊を襲撃する略奪行為の意味である。
「集荷作業は、今のところ順調すぎるほどだな。
こんなに簡単でいいのかと問いただしたくなるほどだ」
無数の使い魔による監視下、肌理の細かい情報提供などのサポートを行った上での略奪行為である。
むしろ、失敗する方が難しい。
「……手強そうな大規模隊の相手は威勢のいいやつらに任せて、こちらは小規模なやつらを相手に数をこなすことにしている。
新規勢力の参入で集荷作業の効率は、従来のおよそ三倍以上に跳ね上がった」
「では……ボチボチ、あちらでは荷が足りなくなるな」
ハザマは、聞き返す。
戦地では、食料が足りなくなりはじめるな、という意味であった。
「そのはずであるがな。
なにぶん、戦地までは監視網を延ばしていないのでな。
確実なことは断言できん」
エルシムはそういったあと、
「次回以降の便で、食料や医薬品をはじめとする物資を戦地に送る手筈となっている」
と、ハザマに告げた。
「売るのか?」
「飛ぶように売れるさ。
どれも不足しているだろうからな。
金にもなるし、国内の有力諸侯に恩も売れる」
「それと……これも、ゴグスから預かってきたぞ。
なんだ? この模様は?
随分と多く用意させたようだが……」
エルシムはそういって、ある旗を広げる。
「そいつは赤十字といってな。
おれの郷里では、医療所の旗印になっている模様だ。
その旗の下では、敵だろうが味方だろうが、傷ついた者はすべて受け入れて治療することになっている」
「お前様よ。
その赤十字というやつを、こちらでも開くつもりか?」
「どうせ、捕らえた敵も財産になるんだろう?
手が届く範囲にいるやつなら、敵だろうが味方だろうがせいぜい助けてやろうじゃないか」
「捕虜といえば……あの飛竜乗りは、今後どうするつもりなのだ?」
「ああ。
あれね。
どの道、あれも完治するまではまともに動けないだろうからな。
今はクリフたちに世話をさせている。
適当に世間話でもして情報収集に努めるように、とはいってあるが、さて、どうなることやら……」
「……お肉、もっと持ってきますか?」
「ああ。
頼む」
荷馬車の荷台の上で、飛竜乗りのニブロムとクリフとの会話だ。
ニブロムはほぼ全身に包帯が巻かれている。満身創痍、という語を体現しているような格好だった。
そして、そのすぐ隣には、ニブロムが所属していた隊の隊長である、アブロムの死体が安置されていた。
「正直、食欲はないのだが、一刻も早く体を治したい。
なにかの間違いで、本国に帰れる目が出ないとも限らん」
そのためには、食えるときに食えるだけ食う、という貪欲さが大切だ、と、ニブロムは考えている。
諦めが悪いというか、しぶといというか。
だが、敵中に捕らわれていながらそんな思惑を隠そうとしないニブロムという男を、クリフは嫌いにはなれなかった。
「……はい」
皿に大盛りの肉を持って帰ってきたクリフが、ニブロムに差し出す。
「すまん。
世話になるな」
ニブロムは礼をいって、肉の皿を受け取った。
「いえ、そうしろといわれているので……。
そのかわり、ニブロムさんのおはなしを聞かせてください」
「情報収集、か。
おれが知っている程度のことならはなしてやらないでもないが、たいして役にはたたんぞ。
おれの部族は、山岳民の中では傍流もいいところだからな。
重要なことはなにも知らされておらん」
「では……怪我の具合はどうですか?」
「……痛いな。
すこぶる、痛い。体中が、だ。
だいたい、なんだあのムムリムというエルフは。
人の体だと思っていいように弄くりやがって。
ニヤケた顔をしているが、あいつは絶対、加虐癖があるぞ……」
「……かぎゃくへき、って、なんですか?」
「他人をいたぶって悦にいる悪癖だ。
やつは、治療を口実に他人に苦痛を与えることによって愉悦に浸っているのだ! 絶対!」
「……誰が加虐癖ですってぇー……」
ちょうどそのとき、ニブロムの背後から荷車の縁に手をかけて、当のムムリムが身を乗り出してきた。
「……うわぁ!」
ニブロムは驚いて、手にしていた肉の皿を落としそうになる。
「まったく……。
患者の調子はどうですかねー、と様子を見に来てみれば、好き勝手なことを……。
いいですか、ニブロムさん。
あなたは、今生きているってだけで奇跡的なんですよ。
あの高さから墜落したら、普通は命はありません。
ニブロムさんの場合は、たまたま乗っていた竜が地面に激突して、その衝撃で命綱が千切れて放り出されたからこの程度の怪我で済んでいるんです。
現に、命綱をつけたまま竜と一緒に転がったもう一人の方は、内臓を潰して折れた肋骨が肺に刺さってお亡くなりになっています。
ニブロムさんが、今、生きているのは、内蔵や頭部に大きな打撃を受けていないことと、ファンタルさんが適切な応急処置をしてくださったことが大きいです。
魔法で頭部も走査してみましたし、不振な脈流も見られなかったのでこのまま快方に向かうと予想していますが、見つけにくいところに何らかの打撃を受けている可能性も否定できません。
今は安静に努め、自分の体のことをまず第一に……」
以下、笑ったような顔をした丸顔のエルフの説教は延々と続く。
飛竜ニ体分を解体して食肉とした。
この内、一体の頭部と胴体、尻尾、もう一体の胴体と尻尾はバジルの餌とし、残りを人間用の食肉とする。
人間用に取り分けた部分だけでも、ハザマの見積もりではニ体分でたっぷり二百キロ以上はあったと思うのだが、囚人や護送隊、あとからエルシムが連れてきた連中も含めれば食べる側もかなりの人数となる。
全部が、とはいわないが、大部分はその夜の内に誰かの胃袋に収まることになった。
残りは、保存食として加工をし、戦場に持参することになっている。
革や骨は、素材としてあとで加工するつもりのようだった。
「……食料にせよ、武器にせよ、これから続々と戦場に送られる手筈となっているが……」
「ああ。
それでいい。
戦場では物資はいくらあって足りないはずだし、せいぜい、高く売りつけるとしよう」
エルシムに答えながら、ハザマは、「性質の悪い出来レースだな」と思う。
流通を遮断し、物資不足の原因を作った側の人間が、恩着せがましく必要な物資を売って回るのだ。
滑稽といえば、これ以上滑稽な構図も、そうはあるまい。
「当然、不審に思う者も増えるであろうな。
なぜ、ハザマ商会の荷ばかりが無事に戦場に着くのかと」
「勝手に不思議がらせておけばいい。
実際に飢えていれば、気にくわない相手にだって媚を売ってくるさ。
力づくでどうこうようとしてくるやつがいたら……」
「……いたら?」
「それを口実に、おれたちは全力で撤収だな。
もともと、好きで戦場に出たわけでもない」
ハザマのつもりとしては、
「洞窟衆は上の指示に従い参戦し、それなりの戦果をあげた」
という既成事実を作り上げれば、それでこの戦争での役割は果たしたのと同じことなのだ。
もとより勝敗などには興味はないし、戦功をあげて上の歓心を買おうなどという殊勝さとも無縁。
そもそも、戦争の存在自体が馬鹿馬鹿しい、とさえ思っている。
その馬鹿馬鹿しい戦争に無理矢理つき合わされているんだから、せいぜい好き勝手にひっかき回してやろう……というくらいの心づもりでいる。
「戦果をあげる方は現場の状況を確認してからでないと方針を固められないが……まずは、商売と赤十字の方だな」
「薬品関係は、今の時点で揃えるだけ揃えて搬入する手筈となっている。
それでもおそらく、不足はするであろうが……。
あとは、ムムリムが指導した医術や治癒魔法をおぼえさせた連中がどこまで頑張れるか、だな。
なにぶん、準備期間が短かったので、あとは実践の場で使いながらおぼえていくしかないそうだ」
エルシムとともに連れてきた男女が、その「ムムリムが指導してきた」連中にあたる。
薬品もそうだが、戦場の規模と比較すればできることはかなり限定されてくるだろう。
「なにしろ、千とか万単位の人間が動くわけだからなあ……」
たかが数十人程度の人間が多少足掻いたところで、成果は知れているだろうな、と、ハザマは思った。
しょせんは、数の問題だ。
……だからといって、なにもやらないよりはマシなのであろうが。
いずれにせよ、あと一日も馬を走らせれば、その戦場にたどり着くのである。




