おはなしの時間
食事をしたあとは、少し広めの部屋に移動した。
どうやら小さな子どもたちの遊戯室として使用されている場所らしい。
床は板張りになっており、どうやら転んでも怪我をしないよう、柔らかい木材を使用しているとトエスに説明をされた。
全員でそこに移動すると、なぜか他の子どもたちもぞろぞろとあとをついてきてハザマたちを取り囲む。
「お前らはなにを期待しているんだ?」
ハザマはそうした子どもたちに声をかける。
「おじさん、領主様なんでしょ?」
子どもたちの一人がそう声をあげる。
「なんか面白いことをやってよ」
「なんでそうなる」
ハザマは軽く顔をしかめた。
「領主というのは流しの芸人でもなんでもないぞ」
第一、まだ二十代の男を捕まえておじさんというのはどういう了見だ。
とか、心の中でそうつけ加えた。
「えー!」
子どもたちがいっせいに大きな声を出す。
「けちー!」
「なんかやってよー!」
子どもには権威とか社会的地位なんてものが通用しないのであった。
「あー。
はいはい」
抵抗することを諦めたハザマは投げやりにそういい、その場に腰をおろす。
「そんじゃあ、仕方がない。
今からちょいとの間、お前たちの動きを止める」
そういって、バジルの能力を限定的に開放した。
たまたまハザマの近くに居た数名の子供たちの動きをほんの数十秒間だけ、止めたやったのだ。
「え?」
「なになに?」
「なにをしてんの?」
バジルの能力の影響を受けていない子どもたちが、異変を感じ取って騒ぎはじめる。
「たった今、何人かの子どもの動きを止めた」
ハザマはいった。
「放っておいてもすぐに元に戻るはずだが。
これが、おれのかくし芸だな」
あまり隠していないけど。
とか、心中でつけ加える。
積極的に使う局面がないから、結果的に目立っていないだけであって。
「ほんとに動けなかった!」
「なんで!」
すぐに回復した子どもたちが、騒ぎはじめる。
あとはもう、
「やってやって」
の大合唱であった。
ハザマは素直に、子どもたちの要請に応じていく。
バジルの能力を開放するために、別になんの労力も払わずに済んだからだ。
それに子どもというんは基本的に飽きっぽい。
一通り体験したら、すぐに関心を失うだろうとも予想していた。
そうして適当にバジルの能力を使って子どもたちをあしらいながら、ハザマは身内との会話を続ける。
「そんでお前たちは、真面目にやっているのか?」
ハザマは、ドゥ、トロワ、キャトルの三人にむかって訊ねた。
「やってるよー」
「でも最近は、仕事が少なくなってきた」
「筏が増えたのと、鉄蟻が重い荷物をかなり近くまで運んできてくれる影響だって」
「なるほどなあ」
三人からの返答を受けて、ハザマは頷く。
少数の特殊な能力の持ち主に依存しているよりは、個々の能力は落ちるものの、代替が効く人手で運用される方が、システム的には安定するわけだしな。
特に日常的な運送網ともなれば、いつまでも特定の誰かがいないとまともに動かないような状態では困るわけで。
この三人の負担が徐々に減っていくのは、順当といえば順当な結果といえる。
輸送網を管理する洞窟衆の誰かが真面目に仕事に取り組んでいる結果といえた。
「それでお前たちは、他の人に迷惑をかけないでやっているか?」
今度は、アレルとエレルの二人に声をかけてみた。
「やってる」
「やってる」
双子は、ほぼ同時に声を揃えて答える。
「……本当か?」
ハザマは半眼になって双子の顔を見据えた。
この二人が、素直に大人しくしていたとも思えなかったのだ。
そしてすぐに、そばに居たトエスに同じ問を放つ。
「こいつら、本当に迷惑をかけていないか?」
「かけているかいないかといえば、それなりにかけられてはいますけど」
トエスは澄ました顔をして即答する。
「でもそれは、他の子たちも同じ様なものですから。
それに、粗相をする子たちへの対応は決まっていますし」
トエスの返答を聞いた双子と、そしてなぜか関係がないはずの他の子どもたちまでもが、顔色をなくして軽くうつむく。
ああ。
と、ハザマは納得した。
「少ない人数で大勢の面倒をみなけりゃならないわけだから、多少の無茶はしょうがないのかもしれないが、くれぐれも節度はわきまえてな」
ハザマはとしては、気軽にこの施設の予算を増やせない以上、そうとしかいえない。
「手を上げるのは、悪いことをしたときだけですよ」
トエスはいった。
「それに、やりすぎるっていうことも絶対にないはずです。
ここの職員にはそんなことをしている暇すらありませんから」
まあ、多少の体罰くらいは仕方がないのか、と、ハザマは思う。
動物の躾と同じようなものだ。
ただ、虐待レベルにまでエスカレートしないよう、なんらかの監視と歯止めはかけておくべきかもしれないなとも思い、通信でリンザにそのことを伝えておく。
本人たちが真面目な性格であるほど、ストレスの多い職場ではその鬱憤の矛先が弱者にむかいがちなのだ。
予防しておくことにこしたことはない。
リンザは特に反論することもなく、
「その旨、手配をさせておきます」
とのみ返してきた。
そんなやり取りをしている間にも、双子たちはハザマにほとんど抱きついた状態でいた。
以前は、そんなにスキンシップが好きな様子もなかったんだがなあ、と、ハザマは思う。
しばらく離れていたのが効いたのだろうか。
「しばらく見ない間に、甘えるようになったな」
ハザマは、双子にそう声をかける。
「環境の変化が激しかったから、この子たちなりに思うところがあったのかもしれない」
トエスは、そういった。
いわれてみれば、この双子はごく短期間のうちに生みの親から離れ、ハザマ領へ、山地へ、そしてまたここへとめまぐるしく居場所を変えている。
精神年齢的にもまだまだ幼いし、不安に思うことはあるか、と、ハザマは納得をした。
「しばらくは、お前らはここで落ち着くからな」
ハザマは、双子にむかってそういう。
「ハザマは?」
双子のうち、一方が即座にいった。
「ハザマはまたどここかにいくの?」
「いくことなるんだろうな」
他人事のような口調でハザマはいった。
「別になにか用事がなかったとしても、もう少しすれば領都とやらに住むことになるようだし」
ハザマがそういうと、双子は「ふー」と威嚇するように唸った。
「お前らが拗ねても駄目」
ハザマは淡々という。
「今のお前らに必要なのは、人間社会でうまくやっていく方法を学ぶこと。
そのためには、しばらくこういう場所で過ごす方が都合がいい。
お前ら、ちゃんと友だち作っているか?」
「友だち?」
ハザマがそう訊ねると、双子は声を揃えて首を傾げた。
「なにそれ?」
駄目だ、これは。
と、ハザマは思った。
なまじ生まれてからずっと二人いっしょにいたため、この双子の対人関係はほとんどそこで完結している。
外部の人間を、本人たちのつもりとしてはあまり必要だと思っていない。
「……重症だな、これは」
ハザマは、あえて口に出してそういった。
「トエス。
こんな調子だから、まだしばらくは頼むわ」
「了解」
トエスは気軽な口調で応じた。
「しかし男爵も大変だねえ。
他でも忙しいのにこんな子どもたちの面倒まで押しつけられて」
「まあなあ」
ハザマは素っ気なく答えた。
「だがまあ、いつものことだ」
だいたいにおいて、ハザマの仕事というのはそうした無理難題をどうにかすることで成立している。
いつの間にか、そういう立ち位置になっているのだった。
「それで、ハザマ」
水妖使い三人組の最年長者、ドゥがハザマに問いかけてくる。
「ドン・デラではなにをやってきたの?」
「いろいろと、面倒なことを」
ハザマは真面目な表情で答える。
「具体的にいうと、兄弟喧嘩を焚き付けて、その後始末を手伝ってきた」
「確かに面倒くさそう」
どこまで理解できているのか、ドゥはもっともらしい表情で頷く。
「それ、面白かった?」
今度はトロワが訊ねてくる。
「面白くはないな」
ハザマはいった。
「面白くはなくても、こなさなければならない。
仕事なんてものはたいがい、そんなもんだ」
「なんで?」
最年少のキャトルが、根本的な問いをつきつけてきた。
「たとえやりたくはない仕事であっても」
ハザマは答えた。
「その仕事が発生したってことは、誰かがその仕事を片づけないかぎり、誰かが苦労し続けるということだからな。
その仕事をするのは別におれや洞窟衆でなくても構わないんだが、仕事をすればしたでそれなりの報酬も発生するわけだし。
無理な仕事を引き受ける必要もないが、自分でもできそうな仕事ならやっておいても損はない」
実際、洞窟衆はその繰り返しで大きくなってきているわけだしな、とハザマは思う。
結果論ではあるし、それに組織として大きくなることが必ずしもいいことばかりだとは限らないのだが。
それでも、これまでのところは、その繰り返しが洞窟衆にとっていい結果を生んでいる。
「ねーねー!
領主様ー!」
子どもたちが、再びハザマの周囲に集まってきた。
「もっと他になんかないの?」
「他になにか、といわれてもなあ」
ハザマはいった。
「そんなに芸風広くないぞ、おれは」
そういっておいてしばらく考え、
「そうだ。
戦争、いくさのはなしでもしてやろうか。
それとも、ルシアナ退治のときのはなしを」
子どもなら、そういう勝った負けたの物語は好きなはずだ、ハザマは単純にそう考えた。
「えー!」
しかし、子どもたちは不満そうに声をあげる。
「そんなの、もう何回も聞いているし、飽きちゃった」
「……飽きたのか」
ハザマは、少し驚く。
「特にルシアナ退治とかは、ここに実際に参加した子たちが居るから」
トエスが水妖使いの三人の方を見ながら、小声でハザマに補足説明をしてくれる。
「ああ」
ハザマは納得して頷いた。
「それじゃあ、仕方がないな。
とっておきのおはなしを語ってやろう」
そういってハザマは、「桃太郎」とか「竹取物語」とか、元の世界の定番のお伽話をざっくりと語ってやる。
細部の記憶はかなり曖昧であったが、あらすじくらいはハザマでもおぼえていた。
反応は子どもによって様々だったが、大体は予想外に強い興味を持ってハザマの語る物語に聞き入っている。
元の世界でいえば、この世界はどれくらいの時代に相当するんだろうな、ということはハザマも何度か考えたことがあるのだが、分野によって発展している部分とそうでない部分の差などもあり、単純に比較することは不可能なようだ。
ただ、紙が普及していないせいもあって、民間に伝承されている物語などが集成されたことはないようだった。
フィクションの分野に限定していば、日本でいえばお伽草紙が普及する以前、西洋でいえばグリム以前といえる。
この世界の人間は、家族間や村の中など、限定された条件下でかろうじて伝えられているもの以外に、こうした荒唐無稽な物語に接する機会が極端に少ないわけであり、免疫がない分、食いつきは強いようだ。
その後、ハザマは何度か子どもたちのアンコールを受ける形でいくつものお伽話を語る。
日本のものだけでは足りず、「シンデレラ」とか「長靴をはいた猫」などの外国の童話も持ち出してきて、それでも足りなくなって、最後には「あたま山」や「目黒のサンマ」などの落語の根多まで持ち出す羽目になった。
もちろん、原典そのままではなく、細部はこちらの世界の者たちにも理解できるような形で語ったわけだが、予想外に強く興味を持たれたようだ。
なんども子どもたちの、
「もっと!」
「次の、ほかのおはなしを!」
というコールを受け、最後にはハザマの方が強引に、
「今日はここまで!」
と打ち切った。
「もう時間も遅いから!」
気がつけば、外はもうとっぷりと日が暮れている。
具体的にどれくらいの時間なのかまではわからなかったが、よい子が寝る時間を過ぎているのは確かであった。
少なくともハザマは、最近なかったような疲労感に襲われている。
普段、意識することがない古い知識を思い出しつつ、この世界なりにアレンジしながら語り尽くすという行為は予想外に疲れるものだと、ハザマは実感した。
ハザマがそういったことによって、子どもたちといっしょにハザマが語る物語群に聞き入っていた職員たちが慌てて動き出し、子どもたちを寝室へと誘導しはじめる。
職員までもが聞き入っちゃいかんだろう、と、ハザマは思った。
「なんでこんな子どもだましにそこまで興味を持つかな」
小声で、誰にともなくそう呟く。
「むしろあれだけいっぱい知っていることが驚きです」
リンザが呆れたような口調でいった。
「さっき男爵が語った物語群はすべて口述筆記させておきましたから、あとで目を通してください」
「どうするんだ、あんなもん?」
ハザマは訊ねた。
「出版します」
リンザは素っ気なく答える。
「その価値はあると思います」
まあ、単純に、娯楽に飢えているんだろうな。
と、ハザマはそう判断した。
仮庁舎に戻ると今度は直属班の者たちがどっとハザマを取り囲んだ。
「なんだって、あんなにいっぱい物語を知っているんですか?」
「男爵は、元居た場所では学者だったのですか?」
うんうん。
ハザマが見かけによらず博識であったことで、直属班の中にも動揺した者が出たようだった。
「あれくらいなら、おれが居た場所では誰でも知っている内容なんだがな」
ハザマは平静な声で答えた。
「どうして?」
「ああした内容を専門に教える学舎などがあるのでしょうか?」
「どうしてもなにも、自然とおぼえるんだよ」
ハザマはいった。
「おれが居たところは、あー。
そういう情報には、ことかかない場所だったからな」
ハザマは、そうとしか答えることができなかった。
この世界の人間では、高度に情報化された社会のことをいくら説明しても理解できないだろうと、ハザマは判断する。
元の世界とこちらとでは、前提となる条件があまりにも違いすぎるのだ。
「それで、出版についてですが」
ハザマの反応が薄いことを察して、直属班の者が実務的な方へ話題を転じてきた。
「出版部門は、ふたつ返事で快諾してきました。
というか、むこうの方が乗り気です。
すぐにでも男爵に他の物語はないか、あれば口述筆記をする要員をこちらに送りつけてくるとそういわれました」
「ああ、そう」
ハザマは素っ気なく答える。
「そういうのは、ほどほどに。
公務の合間にな」
というのはもちろん、相手のやる気を牽制するための表向きの口実だったわけだが。
ハザマとしては、ああいう疲れることはあまりやりたくはないのだ。
「そうおっしゃらずに」
直属班の者は、そういって食いさがってくる。
「そういわれてもな」
ハザマはいった。
「第一、まだ紙不足は完全に解消されたわけではないんだろう?
そんなことに無駄に使うのは控えさせた方がいんいんじゃないか?」
紙についていうのなら、各地で生産がはじまり、供給も増えているのだがそれ以上に需要が伸びていて、ぜんぜん生産が追いついていない状態であった。
この状況は、少なくともあと数年は変わらないだろうといわれている。
「それでは、紙ではないものに印刷をしましょう」
その直属班の者は、そんなことをいいはじめる。
「出版部門の色刷り版が、試験的に薄い板に印刷する実験を開始しています。
そこでやってもらえば」
「板に印刷?」
ハザマは首を傾げる。
おそらくは、版画なのだろう。
そして、紙不足を背景にして、そうした発想が出てくるのだろうが。
「板に色刷りなんかして、使いようはあるのか?」
ハザマは、その問いを口にしてみた。
「そうした板をあちこちに掲げて、告知として使用します」
その直属班の者は答えた。
「確か、興行部門の方からの要請ではじまったとか」
ポスターみたいな使い方をしているのか、と、ハザマは納得した。
「薄い板に印刷をするのなら」
そう前置きして、ハザマは紙芝居のことを詳細に説明しはじめた。




